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追記
お騒がせしました。
再検査でクレアチニン0.62でeGFR86.5だかで
異常なしってコトになったよヽ(´ー`)ノ
(G2にはかわりないのなー)
腎臓の働き(GFR)を推算 – 高精度計算サイト
http://keisan.casio.jp/exec/system/1210728958
うんこときのこ
いやね、eGFRが67.2ml/min./1.73m^2だとかで
スゲー勢いで保健師さんから連絡が来てて
何かよくわからないけど腎臓がよくないんじゃないか、と
腎臓は悪くなったらよくならねーからな
慢性腎臓病がどうのこうのって
で、具体的に何すればいいのかよくわからないので
美味しいモノ食べれるうちに食べておけ、で良いのでしょうか?
マッシュルームが良いの?
(マジック)
おなかいたい。
「僕は愛したくないけど愛されたい」が男性一般にあるってえ話だが、まあわたしはこれはヒステリー症状だと思うのだが、男性にもヒステリーはありうると思うんだよな。特に母性社会日本では、外国の男性と比べたらヒステリー傾向がある男性が多いというのは大雑把な理屈としてはあう。
「愛したくないけど愛されたい」も「愛されたくないけど愛したい」もどっちみち「欲望とは他者の欲望である」ゆえどっちも無理な話だというのが原則なんだな。
それらは実はそんなに心理的に掘り下げれば違いはないと思うのだよ、どっちも「欲望」の症状でしかないわけだ。
父も母もそんなに違いはないのと同じ、日本ではアジャセコンプレックスなんてトンデモ論を捏造するしかないのと同じ話で
「僕は〜」でやめておけば良いんだよな
「けど」以降は他人をコントロールしたがってるのでめんどい
自分と同じようにたにんだって
天気や湿度やその他要因によって
愛したかったり愛したくなかったり
デリケートにすきしたりするのだw←いいたかっただけ
>「僕は〜」でやめておけば良いんだよな
どこでやめてるんだ。
>自分と同じようにたにんだって
まあそうやって君の自称レイプ被害者の母親の思考回路に近づいてくんだろうなあ、とは思った。
「俺は愛したい」「俺は愛したくない」でやめておけばよくね? と
けど〜されたくないってのは希望としては良いけど
欲望としてそうなるように妄想され始めるとめんどいなぁーっと
よまをみておもたで
実家かえって母が普通にばーさんになってて
でもやっぱり全然会話が成立しなくて
いろいろ残念な気分ではある
一人称僕から俺になってたwww
>自分と同じようにたにんだって
>天気や湿度やその他要因によって
>愛したかったり愛したくなかったり
不倫の子思い出すわー。まさにそういうこと言う人だったわ。
ぱっと見まじめで周囲は「しっかりもの」とか言うような子だったんだけど、わたしは「激情タイプ」と思ってたんだよな。
不倫の子はそう言うことで自分の欲望の制御っつうかとやかくを諦めてるような気がした、とか今なら後付の言い訳ができるか。
欲望の制御しない人は「激情タイプ」じゃろう。
>いろいろ残念な気分ではある
開放感を味わえw
余計なお世話されまくって一泊で限界だった
前は日用品がそろってない関係上2,3日に1回かえっていたが
最近週末のみになってるので
なんか勝手に寂しいばーさん気分みたいで
はやく死なないかなぁ、あるいはさっさと死にたいと思ったので
帰ってきた
まぁ雪が降ったのでもうそんなに帰らないでも良いかな、と
うさぎをどうしようかなぁー
腎臓とともに死す(しゃれにならない
モテはヒステリー
elveさんも意外と周囲からは「しっかりもの」みたいに思われてたりすんのかな。
リアルはわたしは知らんけど。
「みんな」トラバが来てるなw
>うさぎをどうしようかなぁー
くっちゃえ。
>「愛したくないけど愛されたい」も「愛されたくないけど愛したい」もどっちみち「欲望とは他者の欲望である」ゆえどっちも無理な話だというのが原則なんだな。
これをちょっと言い換えておこうか。
「愛したくないけど愛されたい」も「愛されたくないけど愛したい」も、その人の脳内に、「愛さないけど愛される」あるいは「愛されてないけど愛する」他者がいて、そういう脳内他者に自分がなりたがっている、と解釈すればわかるか。
脳内他者はすべて妄想であるゆえ、「愛したくないけど愛されたい」も「愛されたくないけど愛したい」も妄想の産物にすぎないわけだ。
なので「愛したくないけど愛されたい」も「愛されたくないけど愛したい」も無理な話、というわけ。
>その人の脳内に、「愛さないけど愛される」あるいは「愛されてないけど愛する」他者がいて、そういう脳内他者に自分がなりたがっている
他者と表現しなくても自我理想とかでもいけるな。
その人がどういう自我理想を持ってるかの違い。
なので、「俺は「愛したくないけど愛されたい」(あるいは「愛されたくないけど愛したい」)から、俺にそのように接しろ」というのは、そいつが自分がなりたい理想像として見るようにと他人に押し付けてる、つまりそいつの「理想」を押し付けてるわけだ。
>けど〜されたくないってのは希望としては良いけど
の「希望」を「理想」と言い換えただけだな。
ブコメで呼んだのでトラバきたのねん
うさぎはかわいい味がした。うさぎ狩りと解体してきたよ。 | ちはるの森
http://chiharuh.jp/?p=2940
これが炎上してるんだけどさー
こういう、あえて注目させる手法って
消毒のと同じだと思うんだけど
どうも嫌いんなんだよなー
馬鹿に馬鹿っていうのは嫌いじゃないんだけど
スイーツブログの手法で
「私はスイーツじゃないからこんなに考えてるのよ」アピールされてもなぁーとか
単に若い女が気にくわないだけかねー
それならウサギ飼ってるのでつらいわ−って方にしたいwww
ウサギを狩るのは
家のウサギじゃなきゃいくらでもどうぞ
って感じなんだけどねw
あー時遅かもしれんが
コメント欄きもいから気をつけてw
誰かに感謝されたい〜とか思ってるくらいなら良いんだけど
そう思って行動してるからあなたは俺に感謝してるはずだ
くらいまでいくとヨマだなぁ、と思った
>消毒のと同じだと思うんだけど
>どうも嫌いんなんだよなー
矛盾してねえかwww
これは暴力ではない
あなたのためだから
>そう思って行動してるからあなたは俺に感謝してるはずだ
そういうのは精神病としてのパラノイアなわけだが、逆に考えるんだ。
「誰かに感謝されたい〜とか思ってるくらい」の人も、心の底で「そう思って行動してるからあなたは俺に感謝してるはずだ」くらいまでいってるから、「誰かに感謝されたい〜とか思ってしまう」、と考えてみればどうだろう。
これがラカンが言う「人格とはパラノイアである」ということだ。
母親がよる寝言(だと思いたい)で
どうしろっていうのよ
どうせ私が悪いんでしょ
みたいなニュアンスのことを泣き叫んでたんだが
ほんとおまえがわるいわ、としか思えず草不可避www
>矛盾してねえかwww
だから自分でも不思議でさぁ
寝ている人の寝言に返事したら寝てる人がどうたらするって話何度か聞いたことがある。
死ぬだか狂うだか。
かーちゃんと同衾してるわけではないぞw
母の部屋と吹き抜けでつながっているため聞こえてしまうのだ
>だから自分でも不思議でさぁ
さーelveさん一人で考えよう!
弟もよく寝言を言う人で小さい頃よく話しかけたが弟が一番まともなのでデマだろうw
自分はねごとよりもいびきが酷い
弟狂ってないっけかw
「ちはるの森」のはさ、著者の狙いどおり大炎上して
一時期サーバー繋がらないくらいだったんだけどさ
なんかそれが
ブリッ子にだまされてる男どもを見る女的気分だったかもなぁ
あんなみえみえの釣り針
みんなほいほいだまされやがってー的な
まあ細かいこと言うなら「うさぎはかわいい味がした。」って文章があれだな。
「味覚」と、「視覚」の結果による認識である「かわいい」が混在しているところが、まあネタだろうがジョークに無意識が表れるとされるわけで、なんかこう転換性障害=ヒステリーみたいな構造があるような気がする。
若ハゲだが狂ってはいないと思う>弟
兄弟の中では一番地に足着いた生き方になると思う
20代後半童貞だけど
釣って釣られてがネットの華。
「全力で釣られる」のがvipくおりちー。
兄貴の方だったか。
若ハゲは初耳だがどうでもいい情報であるw
コメント欄が釣りか何なのかわからなくて
でも何人かはガチなんだろうと思うと
これまた怖くてなぁ((;゜Д゜)ガクガクブルブルブル
うむ、読んでないし読まないことに決めた>コメント欄。
兄貴はサイマー気質のマザコンである
30代後半童貞
3次元の女は汚らわしい とのことである
不思議なことなのかやはりなのか
「年下」の家族には「余計なお世話」したくなるんだよな
実家に帰って弟の部屋の窓にプチプチ貼ってきた
ウサギの皮のなめし方とかは結構興味ある
家のウサギ死んだら毛皮とっておこうかなぁ、とか
汚らわしい女の息子なのでサノバビッチでいいのだろうか
サノバビって語呂気持ちええなと思った。
あれもしてあげたいこれもしてあげたいって
確実に相手の気力を萎えさせるんだよな
また生きる気力を奪われてしまった
(弟に少しお裾分け
バビのあたりがいいのかなぁ(ちょっとよくわからない
ちょっとよく って矛盾がイイネ!(どうでも
いい感じに狂ってきてますな。elveさんが。
>その人がどういう自我理想を持ってるかの違い。
いや、自我理想と理想自我の違い? ちょっと違う気もするなー。
ここらへんややこしい。
ラカンの言う鏡は凹面鏡で、それに映る自分の姿は自分の立ち位置によって違う、ミラーハウスみたいなもん。
で、人は鏡の後ろに誰かの存在、視点を妄想する。
その視点は、鏡に映った自分の姿を「こうだ」と固定するものとなる。鏡の前に立つ自分の立ち位置が決まることでもあるからな。
この視点が自我理想で、理想自我は凹面鏡の焦点みたいなもの。
なわけだがわからなくなったのでパス。
老いた母(デブ)が
あなたのためにあれもしたいこれもしたいのよ
といいつつ
ぜぇぜぇ息切らし、足が痛い腰が痛いと現実には何もできないのごめんなさいねヨヨヨ
みたいなオーラだして非常にやっかい
腎臓の機能が低下してるって電話かかってきてるときは
食生活が原因だと思いますといいながら電話してる横で
「気をつけますばっかり言ってるwww」
とか笑ってたのに、腎臓が悪いと聞くと顔色変えて
どたどたと階段を上がってきて
「腎臓は悪くなったらよくならないんだよ!! どうすんの!?」
とか謎のとどめ指してきて
不快な顔をすると
「心配してるのに!!」と不機嫌になる。
15年間働いてて健康診断引っかかったの初めてだからな
おまえの微妙にまずい飯が原因だからな、とはいえず
(早く家でないと殺されるとずっと思っておりました)
昨日の晩ご飯は焼きそばとマグロの刺身・・・
鮭とラム肉(ジンギスカン)ってコトもあるからな
焼きそばだけ食べてマグロは遠慮したら
今日の昼が鉄火丼
便秘になるから野菜くれと言ったら便秘薬と書かれた官報の錠剤出す
そういう女に育てられたのだからいろいろしょうがねーわ
( ´_ゝ`)/~~←今ここ
ここからどこにいくのであろうか。
母はさ、子供に優しくしたいんじゃなくて
子供に優しいと思われる母になりたいんだよね
でも優しくないからさ、それは無理なんだよね
去年とかぜんそく体質なのか年なのか
風邪から始まって一晩中咳してて、正直五月蠅くて眠れないほどだったんだ
最初は加湿器付けたり水持って行ったりした
父も兄も自分の部屋にこもって虫で冷たい
娘は優しいとやたら感謝してた
でも、母親自体が咳を止めること真剣に考えてないというか
自己判断で勝手に薬やめたり市販の風邪薬多めに飲んだりしてたから
だんだん好きにすればいいジャンって感じになって
彼女は「咳き込む私を心配してかいがいしく世話してくれる子供」みたいのを期待してて
どこの家庭板だよこの察してちゃんは、と。
先日父が私の食事中に撮った私の写真が母にそっくりで衝撃を受けた
どこにも行けなくて36年ですよ
うさぎを人質だって平気で言うからなぁ
言わせておいて世話して貰って越冬するしかないかw
「子供に優しいと思われる母」→「子供に優しいと思われている母」
することもなくだらだらテレビ観て
「ねっむーい!!」「もうだめ!!」「ねるっ!!」
とか叫ぶんだよ
兄の部屋にも父の部屋にも届かず
することもなくだらだら2chまとめサイト観てる私が不快感MAX
誰も起きてろと頼んでないからさっさと永眠してくれ、と
==
「ねっむーい!!」「もうだめ!!」「ねるっ!!」
とか叫ぶんだよ
==
職場のババァもこのタイプ
んで、私も問われてもないのに
自分がすることを口にしてしまうことがある
気をつけたい、まじで
>elveさんも意外と周囲からは「しっかりもの」みたいに思われてたりすんのかな。
しっかりした子供だったが大人になるの失敗した
猫に「なーにぃ? おかーさんのこと好きなの〜?」とか話しかけてて
(おそらく家に誰もいなかったらそんなこと言わないだろう)と
本当に嫌になった。
母の母は寝たきりで20年くらいになると思うのだが内臓はたぶん私より健康
(30代の内臓だとか言われてたらしい)
呆けて寝たきりで生きてる意味あるのか的なことを父と話すことがある
(さすがに母のいないところで)
母は呆けて自分がどういう状況下わからなくなって人が世話してくれて
子供がたまに会いに来てくれるなら幸せだよね
とちょっと祖母の状況に憧れてる節がある
いいからさっさと死んでくれ
とまぁ、実母の悪口を書き連ねてもどうにもならないのだがな
>んで、私も問われてもないのに
>自分がすることを口にしてしまうことがある
このブログとかまさにそうだなw
人のブログのコメント欄に書くよりいいじゃん?w
あーもーそんなに飲むわけでもないけど
酒もなんか控えなきゃダメかな?腎臓的に みたいな空気だし
透析しにいっていい男と出会ったりしないかしら(飛躍
まぁ、腎臓って急に良くも悪くもならないというから
あと30年くらい今までどおりの生活でも大丈夫じゃね?とか
人のブログ欄でもいいんじゃねw
elveさんは「ねっむーい!!」「もうだめ!!」「ねるっ!!」とかって言葉に「私にどうにかしてほしいのか」とか思ってるんじゃねえの。
わたしは自分の言葉は糞便であり、発話とは排便のようなところがあると思ってるが、排便に「あなたにどうにかしてほしい」という意味はなかろう。ただの生命活動だ。
わたしは「ねっむーい!!」「もうだめ!!」「ねるっ!!」ってえのは、まあうるさければうるさいと言うが、そういう排便としての発話として受け取ることもできる。
何で私は母を嫌ってしまうことに罪悪感を感じるのか
俺の屈辱エロトマは母の糞便を食わされるところから始まってる気がする
>elveさんは「ねっむーい!!」「もうだめ!!」「ねるっ!!」とかって言葉に「私にどうにかしてほしいのか」とか思ってるんじゃねえの。
まあ要するに被害妄想、被愛妄想だな。
こういうのは屈辱的エロトマニーっぽい。
>人のブログ欄でもいいんじゃねw
すごい説得力を感じる!!www
おかあさんがふこうなのはぜんぶわたしのせいなんです。しね
>俺の屈辱エロトマは母の糞便を食わされるところから始まってる気がする
糞便爆弾!(まるしークライン)
人んちでうんこするの気が引けてたら現場技術者なんてできませんわ。
>屈辱エロトマ
先に言われたーきー。
どうでもいいがえびねちゃんの元彼(とわたしは思ってる名無し)も訴えられそうだ。
屈辱エロトマスカトロ
トロトロ
> 現場技術者なんてできませんわ。
できてねーじゃねーかという突っ込みはありだろうか
(現状しらねーけど
確かに。
自分ちの便所が一番落ち着くわな。
裁判とかって貧乏人にはもっとも理解不能な所業だよ
実家にVAIOおいてあって、いまB5ノートで書いてるんだけど
スゲータイプしづらいし変換がなんか変Σ(・ε・;)
同じATOKなのになぁ
キルケちゃんもはてな女子めざそーよ!!(棒
ノーパソはできるならいちいちキーボードにつないで打ってるなー。
はてな女子ってなんぞ。
くっ100MBを超えたようだ・・・重い・・・
低スペ乙。
女子がBlogを始めるなら、はてなブログがお薦め! – 斗比主閲子の姑日記 http://topisyu.hatenablog.com/entry/2013/11/17/144450
ぷららの罠ですばい
要ははてなでブログやって、はてなが女子と認定すると
はてブにさらされやすくなるという周知(わざと)プレイ
はてな垢持ってはいるがコミュ機能が充実しすぎててなんもする気になれんかった。
>ノーパソ
ノーパンにしか見えなくて3回読み直したw
きもwww
elveさんなら言わなくてもそう読むだろうと思っていたので気にすんな>ノーパン。
ここは・・・はてな女子認定されてるんだろうか・・・
とちょっと気になったw
ノーパンにできるだけキーボードさすとかなんか卑猥w
他人の認定なんて気にしてたら他人ちでうんこできんぞ。
キーボードだとあんまり捗らないな<なにがw
>なんか卑猥w
しかもそういう絵まで想像しただろきっとそうに違いないなんせelveさんなのだから。
愛捗という新語を思いついた。
あー腎臓の話になるが他人ちでも自分ちでも
トイレ生きたくなくて水分あんまりとらないし
我慢しちゃう方なんだよねー
体に悪いとは思ってたんだけど
なんでだろうなぁ
トイレ苦手
おいelveしってるか、精神分析シーンは夢で便所として表れることが多いらしいぞ。
キーボードじゃちょっと挿せないかな、物理的に とか
夢でも便所とかあんまり観ないなぁ。
排便、排尿行為自体に恐怖があるのか
小学生時代からトイレにたむろする女子が怖かったからなのか
よくわからんがトイレは苦手
井戸端が苦手なのかもしれんなぁ、とも思う
お腹割いて挿しちゃうか。
食事も苦手なんだ
ものすごく早く食べてしまう。
ほとんど噛んでない。
そういうのも母がいつも怒ってたからみたいにゆうと
母は必要以上に反発するのだけどね
あーそうか、普通の人にとってはトイレって孤独になる場所だけど、女子にとっては「ツレション」みたいに孤独にならないイメージはあるかも。
ノーパン関係なくなっちゃうなぁ、腹だとw
めしと糞とは出し入れだが、めしと糞我慢すればちんこ入れてくれるとか理屈があったりすんのかなと思ったがこれはわたしの連想である。
9歳まで家で一番幼かったから
なにをしてものろまだカメだほりちえみか!!って
怒られていた昭和のイメージなのです
ぼくはのーぱんなんていってないもん
あー楽器の方のキーボード連想してたけど
USBキーボードならケーブルで遊べそう(まだいう
ピアノプレイか、その発想はなかった。
人間楽器か。
なんかなぁ、母がほんとよぼよぼ歩くばーさんになってるのに
どうして解放されないのだ
ポートを開放した私にウィルスを送ってー!!
(無反応)
おこたおこたλ….
逆に母が今後老化で弱れば弱るほど
なぜこんな弱いものにあんな仕打ちを許したのか、と
あれこれ噴出するのかなぁ
めんどくせー
普通に笑顔で食事してニコニコ家族団らんとか
・・・まぁそういう日もあったしそういう日の方が多くて
特殊な出来事だけを記憶してるだけなのかもしれないけど
理不尽なことが多すぎる
理不尽といえば
母は私の能力というか仕事する力を認めたくないみたいなんだよなぁ
今年一度クビになってるからしゃーないけど
別に今の会社クビになったって、また別の仕事探せばいい
(というかクビになったら探すしかない)のに
そういうとなんか黙り込んで不満げなんだよ
クビにならないようにびくびく仕事してろよ、的な
あ、母も社長だからか
母の会社とかブラック&ブラックって感じだから
弟は早く脱出した方がいいと思うんだけどなぁ
(実際には弟はなんだかんだと優遇されており
もう一人の女性マネージャーが休み無く働いてる)
あまり関わりたくないもんである
母親に対する承認欲求が満たされてないだけの
ヒソヒソ( ゜o゜)ヤダァ(゜o゜ )ネェ、キイタ?( ゜o゜)オクサン(゜o゜ )アラヤダワァなんかねぇ
話でヒソヒソ( ゜o゜)ヤダァ(゜o゜ )ネェ、キイタ?( ゜o゜)オクサン(゜o゜ )アラヤダワァにwww
えもじおいれたら顔文字優先で変換されるなぁ(;´Д`)
母が死んだら解放されるんだろうか
たぶん脳内は母死なないから無理なんだろうなぁ
まぁ、文句言って実家いってご飯いただくんだから
なかなか神経図太いかもなぁ
どこだかで毒親で引きこもりで二浪して大学へとかって話読んで
毒親なのに2年も引きこもれてすげーなーとか思ったが
自分も大差なかったwww
グーグルIMEが一番使いやすいな、(T_T)ぐらいなら「泣く」で出てくるが顔文字が頻繁に出てくることはない。
そもそも顔文字の使い方が変だと言われてあまり使わないけどなー。
ほら感情障害のケがあるパニ障ですから。
ホモソーシャルとかさー、まあ精神分析のホモすなわち男性同性愛っつうのは、少年ジャンプの「男同士の友情」とかすら含めて考えるものなわけで、そういった広義な意味で、きちんとその人の言質を挙げて「ここが君の男性同性愛が表れているところだとわたしは解釈した」とか述べても、やけに怒る人が多いと思うんだよ、男って。
たまたま別のところでまさにそういうことがあったんだけどさ。
だからこそわたしはホモソーシャルのホモフォビアは、彼らにとってホモは、自分の男性同性愛的な欲望を生々しく指摘されているものと認識するから、それを否認するものとして、ホモフォビアになっている、と思うんだよなー。
欲望はイクナイって誰が決めたんだろうなぁ
無欲装って他人支配したがる方がたち悪いと思うんだが
どうでもいいが
若はげの弟がいてヒスの母がいてピル服用してると書くと
遺伝的にホルモンバランス悪そうだよなw
===
めしと糞とは出し入れだが、めしと糞我慢すればちんこ入れてくれるとか理屈があったりすんのかなと思ったがこれはわたしの連想である。
===
生きているからうちの親が(私が望むように)愛してくれないのだ
死んでしまえば愛してくれるのに とか思った
あきらめて愛ソテーに近い何か
elve喫茶名物
愛ソテー定食、とかどうだろう(なにが
デザートに焼き餅つけますw
店主はあきらめる気0です、的な
措定されていない愛はシュレーディンガー猫状態なんだろうか
あきらめたら蓋あけないし、蓋あけたら死ぬよ、的な
>欲望はイクナイって誰が決めたんだろうなぁ
それこそ「欲望を抑圧してくれる他者」つまり「父」じゃよ。
死の欲動は誰が決めたとかじゃなくて欲望という心理反応に対する本能的拒絶反応。
なんども言っておろう、「欲望の抑圧」と「死の欲動」はちょっと違うと。
欲望すると欲望してくれない他者が「欲望を抑圧してくれる他者」あるいは「父」。
欲望してもらいたければ欲望してはならないというジレンマに陥ってしまう「他者」。
人間の「欲望」は「父」を欲望する限りにおいて抑圧されざるをえない。
「欲望」とは「欲望」と「欲望の抑圧」を構成しているわけだ。
「欲望の抑圧」が「倫理」の目的であれば、「倫理(を与えてくれる他者)」に対する「欲望」がそれを構成するわけだな。
スピノザみたいなもんだ、「欲望が秩序を作る」みたいな。
それと欲望に対する本能的拒絶反応である死の欲動は別物。
ぼのぼのを気取ってみたが
スナドリネコさんより難しい返答だったw
さらに難しいこと考えてた。
「欲望すると欲望してあげないよ」っつうのは「愛されると愛してあげない」つまり「愛さないけど愛されたい」ってことになるよなあ、と。
Xくんのそれは「父」への同一化、エディコンだったのかなあ、と。
でもさ、「他者の欲望である欲望」だと、「愛する」と受動能動が逆になったりするんだよね。
「欲望する」が「愛される」だったり「欲望される」が「愛する」だったりする。
なので「欲望すると欲望してあげない」は、「愛されないけど愛する」ということだったりもする。
そんなこと考えてた。
そしてECBとFRBの要職がくしくも同時間にマイナス金利について言及したのが気になる。
ようは愛されない相手にこそ愛されたいってのが欲望なんだろう、と
うちの母を想いながら思ったのでした まる
マイナス金利 なんか徳政令みたいなもんか?
借りた金が減っていき貸した金が増えていく?
よくわからん(;´Д`)
愛なす金利 だと愛を成すのか愛が無すなのか・・・
要するに銀行にお金預けたら一年ごとに手数料取られるようなもん。
あとは商品券とか期限があるものがあったりするじゃん、あれなんかもそうだと言える。
要するに時間が経つにつれお金が減ってくこと。
今回のは中央銀行の話だけどな。
中央銀行ってのは銀行の銀行。
いまEUもアメリカも日本と同様に量的緩和してるけど、中央銀行がお金じゃぶじゃぶ市中銀行に渡してるんだけど、そっから民間にお金が流れない。
だから、中央銀行がマイナス金利、つまり銀行が中央銀行にお金預けても、預けておけばおくほどお金が減っていくから、銀行は民間にお金を回さざるをえない、みたいなお話。
実際は為替とか考えるとお金の価値ってぐるぐる変わってんだけど、お金って半永久的に価値がなくならないものってのがあるじゃん。
通貨自体の信用度が低下するのが問題みたいな?
「欲望とは他者の欲望である」ゆえ「欲望する」か「欲望しない」かしかないんだよ。
「愛することとは愛されることである」ゆえ「愛する」か「愛さない」しかないんだよ。
「欲望しない」「愛さない」のであれば「他者」はいなくなる。
ちなみにラカン派ではお金もシニフィアンであって大文字の他者だったりする。
お金ほど安定的に「愛さないけど愛される」「他者」はおらんだろう。
であるゆえ、「時間が経つにつれ価値が減じていく」「マイナス金利」とは、「信用度」が低下していく、つまり「愛さなくて愛されない」何かになっていくわけだな。
「お金」が「ただの数字」になっていくわけだ。
期限切れの商品券などは、そこに数字が書かれた紙切れでしかない。
そしてそれこそが現実なのである。
というわけで(ラカン的な意味での)現実主義者としてはおもしろい話なのだが、資本主義がやっちゃーいけんと思うのよねー。
資本主義とは資本すなわち「お金」の欲望(による秩序)を増幅していく装置なんだから。
このように考えると「マイナス金利」とは資本主義という「欲望機械」に対する、わざと毒を与えて治療しようとするホメオパシーや天然痘の治療みたいなものだ、ということになる。
という話を別のところでしたがキチガイ扱いされますた。
>借りた金が減っていき貸した金が増えていく?
これで言えば逆。
貸したお金が減っていき借りたお金が増えていく。
銀行にお金を預けることは銀行にお金を貸すことでもある。実際に銀行は預かったお金(当座預金は別)を公債や金融商品に投資して運用している。
銀行に預けた(すなわち貸した)お金が一年ごとに手数料取られるということは、手数料はその銀行の懐に入るわけだか、「貸したお金が減って借りたお金が増えていく」ということになるだろ。
それがマイナス金利。
念のために再度書いておくが、今回の話は「銀行の銀行である中央銀行がマイナス金利を検討してる」って話であって、「貸したお金が減って借りたお金が増える」というのは、一般の銀行と中央銀行(日本なら日銀、EUならECB、アメリカならFRB)のあいだだけでそれをやるというお話で、下賎なわれわれには直接関係のないことである。
つか「借りたお金が減っていって貸したお金が増える」って普通の金利・利子じゃんけwww
簿記の人しっかりせえ。
ちなみに市中銀行が中央銀行に預けるお金(一定額預けないと銀行業やらせてもらえない)に利子はつかないのが普通だが(日銀「当座預金」なので)、今の日銀は小泉総理の時代から利子を付けてたりする。今は0.1%とか微々たるものだけど。
つまり日銀は小泉時代から市中銀行にほんのちょびっとづつ公的資金を注入してたわけでもあるんだな。
知ってた?
>借りた金が減っていき貸した金が増えていく?
まあこれも「【銀行が】借りたお金(であるところの)【預金者の資産】が減っていき、【預金者が】貸したお金(であるところの)【銀行の資産が】が増えていく」、という意味ならあってるけど、主格と所有格が別々であるのに省略しているのが(主格と所有格が同一であれば省略することはある)日本語としてちょっとおかしいとはなる。
要するに「マイナス金利」っつう発想は「お金」の「大文字の他者」度を減らすやり方なので(ラカン的な意味での)現実主義者のわたしから見ておもろい話やのう、ってことっすな。
このECBとFRB要職の「マイナス金利」談話で為替が乱高下したんだが、なんつの、記者の質問に答えただけの話だと思うんだよな。
なので黒田にも聞いてくるかなと思ったけどそんな談話でなんだ。
以前elveさんがチェス子がなんかのトラブルをお金で解決しようって言ってたのを「気持ちをお金でどうこうするのっておかしい」とか憤っておったが、「気持ち」も「お金」も「欲望」っすよ。
ちなみにマイナス金利については法的問題もあると思うので現実的な話じゃないと思うが、えろい人の講演会などではほんのときどき話題になったりする。
日銀総裁候補だった岩田一政がECBの誰かの講演会でそんな話があったことをどっかで書いてた。
ちなみに前日銀総裁の白川もマイナス金利について「個人的に興味はあるが現実的ではない」みたいなコメントを言ってた記憶がある。
ちなみに中沢新一などが「利子」(という発想そのもの)とは「欲望の原因である」「対象a」だと言っていて、確かにラカンはマルクスの「剰余価値」を引いて「対象aとは剰余である」なんて話をしてたりして、「おーなるほど」と思ったことがあるんだが(ちなみにイスラム経済では「利子」という発想はもともとなかったそうだ)、まあこれも間違いではないと思うんだが、「マイナス金利」も「対象a」だと思うのよねー。
剰余価値とかマルクスで言えば「労働者に不払いになってる価値」なわけで、じゃあそれが「欲望の原因」だとして、資本家は別に労働者を欲望しているわけではなかろう、彼らはお金(という大文字の他者)を欲望してるわけだ。
こう言えば「対象aは欲望の原因であるが、欲望の対象ではない」という定理が説明しやすいな、と今さら気付いた。
コメ欄移るか。