移動前ブクマページ: https://b.hatena.ne.jp/entry/s/elve.hatenadiary.com/entry/20120808/1344437884
Q.3年後の理想の自分を想像して具体的に必要なことを挙げよ
A.安らかに眠る
ロープとアルミ袋とヘリウムガス
アラフィフバツイチ子なし独身女の日記
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Q.3年後の理想の自分を想像して具体的に必要なことを挙げよ
A.安らかに眠る
ロープとアルミ袋とヘリウムガス
反応があると喜ぶ(私が)
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最初の一歩。ぽちっとな。
3年後もきっと、はてなでうだうだ呟いてるのだろうなぁ
「愛の才能」とか貼りながら
まぁ、それはソレでいいじゃないの、と。
前のsimpleとの会話ちょっと気になるので続けてみる。
id:simplemindさんや、
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1344117104
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1344117328
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1344118224
ら辺に答えてくれないかね。
君の言う「論理」とは論理的な意味ではなく、たとえば比喩としての「探偵」のさらに比喩などといった、
感情論印象論的なものではないだろうか。
それは「論理」ではなく君の心理における「想定的知の主体の転移」ではないだろうか。
君の考える「論理」とは「印象論感情論的なそれ」であるゆえ、つまりジェンダー的印象がこびりついたそれであるゆえ、
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1344097775
Midasさんやミソジニー学生の「論理」を考え、大野さんやrikoさんの「論理」は考えなかったのではないだろうか。
君の言う「論理」とは、君の心理において「女にはなく男にはある」と連想されている「論理っぽさ」という印象ではないだろうか。
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1344099467
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1344107523
君は「自分は論理を考えている」のであり、(Midasさんの件における)Midasさんや
(大野さんの件における)ミソジニー学生の言っている「論理」を考えているが、
(Midasさんの件における)rikoさんや(大野さんの件における)大野さんの言っている
「論理」を考えてない理由にはならぬだろう。
わたしは「心理とは論理である」と考えているゆえ、「心理じゃない論理」がそもそもわからない。
というか「心理を論理的に考える」のが心理学であり精神分析学であろう。
たとえば物理だって、その物質を論理的に考える学問だろう?
「これは論理だけどこれは論理じゃない」なんて区別はない。
ただ「物理を論理的に考える」と分野を仮に設定はしているが。
やはりsimpleの言う「論理」とは、少なくとも学問的な意味での「論理」ではないということでよいか。
ちなみにこういう風に「なんでも論理的に考えてよい」というのがわたしの提唱している「学問アナーキズム」だな。
たとえば別にUFOや心霊を論理的に考えてもよい。そもそも民俗学とか神話学がそういうもんだろ。
この「学問アナーキズム」において、それを貫くに徹底的に検証されなければならないのが、
今回simpleの言っていることを「論理的」に考えた結果の疑問点として生じた、
「論理」という言葉にこびりついた非論理的な印象論、感情論的な何かである。
>ちなみにこういう風に「なんでも論理的に考えてよい」というのがわたしの提唱している「学問アナーキズム」だな。
これちなみに元ネタは森毅である。なんの本か忘れたけど。
あ、ごめんやっぱうろ覚え>森毅。
人間社会には「論理的に考えてはならぬこと」ってのがあるんだよ。それが倫理というものかもしれないが。
森の言葉とかゆとり教育と同様に考えているアホがいるが、もっと激しい思想が底にある。
それは「倫理を超えて論理を許容する」という考え方だ。
わかりやすい話で言えば、クローン人間とか作ればよい、とかそういうこと。
つまりところ、simpleが論じている「心理ではない論理」とは、simpleの個人的な印象論にすぎず、
「心理は論理的に考えることができる」とするわたしにとっては、その違いがわからんのだな。
>「なぜそう解釈したのか」「なぜそう思ったのか」というような、大野さんが書いていない「大野さんの心理」を推測することも出来るかもしれないし、「大野さんは自分でも気付いてないが教師である自分に生意気にも『ヘドが出る』などど書いた学生を憎んでいるのだ、だからダイアリで晒したのだ」とか何とか深層心理を推測することだって出来るかもしれない。でもそれには興味がない。べつに面白くないから。
と書いているが、「なぜそう解釈したのか」「なぜそう思ったのか」を考えることは、君の言う「論理」では
ありえないのはなぜ?
「Midasさんの言ったことを論理的に考える」「ミソジニー学生が言ったことを論理的に考える」ということと
「なぜそう解釈したのか」「なぜそう思ったのか」を論理的に考えることの違いを述べてくれ。
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1344100650
>例えばMidasさんが「美学とは男性学である」と言ったとして、
>私は美学に興味がないから「へえそうなんだ」とそのまま受け入れる(かもしれない)。
そうすると、
>Midasさんが「美学とは男性学である」と言ったら「私の中では「美学とは男性学である」」です。
>となるわけだ。
>ただそこで「美学ってどっちかといったら女性学じゃね?」と不思議に思って、
>「Midasさんがどういう理屈でそう言ったのか」をつらつら考える。
>そしてダイアリーに書く。ここで話題にしてたらここに書くw
で、今回の話はMidasさんが言った「(rikoさんが)思ってもない台詞」についてなんだが、
君は「どっちかって言ったら思ってる台詞じゃね?」と不思議に思ったのかい?
それについて「どういう理屈でそう言ったのか」をつらつら書いたのか?
どのコメントがそれにあたるかURLを挙げてくれ。
また君のダイアリーに書いていたのならそのURLでもよい。
その人が「どういう理屈でそう言ったのか」ってのがまさに精神分析学だと思うんだけどなー。
でもさー、simpleの考えって大概最終的には「社会がそうだから」って結論になってね。
そういう結論にすることがsimpleの言う「論理」なんじゃないの。
論理と現実原則は別物である。
そもそも「美学」を論理的に考えてたりするのかね、simpleは。
もし、simpleが最初からrikoさんの言葉をMidasさんが言うように「思ってもない台詞」だと
simpleが思っていなかったのら、
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1343785760
の「Midasさんではなくsimpleさんの心理として。」って質問に対し
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1343799806
>Midasさんが「思ってもない台詞」と書いてるから。
と答えるのは非論理的だよな。
simpleの「思ってもない台詞」だと思ってない「心理」「考え」を述べればよい。
ちなみに、simpleが述べる「思ってもない台詞」というMidasの台詞について、simpleが考えた
「Midasさんがどういう理屈でそう言ったのか」というコメントが、
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1343784484
であるのなら、君がここで考えているのは、
「Midasはどういうrikoさんの言質からそれを「思ってもない台詞」だと考えたのか」
という「思ってもない台詞」だと考えている「Midasさんの心理」の考慮だろうよw
このコメントが「Midasさんがどういう理屈でそう言ったのか」というものなら、
これこそまさに「心理を論理的に考えること」だと思うがwww
simpleの言う
>Midasさんが「美学とは男性学である」と言ったら「私の中では「美学とは男性学である」」です。
>となるわけだ。
>ただそこで「美学ってどっちかといったら女性学じゃね?」と不思議に思って、
>「Midasさんがどういう理屈でそう言ったのか」をつらつら考える。
>そしてダイアリーに書く。ここで話題にしてたらここに書くw
という、「命題が偽であると仮定して考える帰謬法だろう。
だが君の
>Midasさんが「思ってもない台詞」と書いてるから。
という返答は、「自分は「思ってもない台詞である」ことを真と前提した演繹法で考えている」って
意味にならないか?
論理学的に。
simpleはもう少し「論理」を勉強した方がよいかと。
コピペミスった。
>という、「命題が偽であると仮定して考える帰謬法だろう。
というのは、
>という、「命題が偽であると仮定して考える」帰謬法だろう。
ね。
「論理」を主張するなら「論理」についてもうちっと考えてから主張しような。
こういう非論理的主張を「論理だ」とか言う奴が一番むかつく。
愚民の本質。
>愚民の本質。
そしてそれがファルスである。
simpleさんの主張は、「背理法に基づいていた考えだ」と述べているが、背理法になっていない。
つまりお前の論がいかに「非論理的か」を証明したわけだが、反論はあるかい?
simpleさんのコメント読み返していると、やはりこの人は怖い、と思った。
自分の考える言葉の意味に対する無自覚的なほどの信頼、というか。
それは妄想を現実として語る精神病者と似通った感覚を覚える。
おまきんさんやメルさんなんかより、「自他の区別」がついていない精神病者のように思える。
そらな、精神疾患って一度診断された奴は「自他の区別」について慎重になると思うんだよ。
「お前の心が、主観がおかしいのだ」って認定されるようなもんだからな。
ほんと現代人は一度は精神疾患に、キチガイという名を我が身に引き受けるべきだと思うな。
多少は「人格とはパラノイアである」「正常な精神という精神疾患」は予防されるだろう。
自己解体とは人格解体でもある。
メルさんなんかはまあ文章が壊れてるし診断を信じるならば、自己解体しちゃったんだろう、病気で。
そういった人が「人格」を再び求めるのは、つまりキチガイが治療されたがるのは、わたしは批判しない。
わたし個人が助けられない、というだけで。
助けたいって気持ちもときどき起こることはあるんだけどね。
でも助け方がわからない。助けるとはどういうことかわからない。
どう彼の心理について加工すればいいのかわからない。
そういうときは意外とまともな「喪女」になれる。
elveさんとかすめる心理はあるだろう。
意味がわからない、わけがわからない、意味がわからない、わけがわからない、意味がわからない、わけがわからない、意味がわからない、わけがわからない、意味がわからない、わけがわからない、意味がわからない、わけがわからない、意味がわからない、わけがわからない、意味がわからない、わけがわからない……。
「何かしてやりたい」と思って、「何もできない」ときは、↑ではなく、まともな喪女だ。
elveさんと話している分にはまだ「よくいそうなネクラ喪女」でいられるがな。
キャラとして。
このキャラは非常に便利だ。なんかはっちゃけても「天然」で済ましてくれる。
うーん、シンプルさんは平和な妻帯者だから
いいんじゃねーのー(なにが?)とか思うけど
脂さんは何に引っかかったんだろう?
いや、私は優しいので(ry
久しぶりに家族以外と毎日接してるので
自分が一所懸命しゃべってるのが気持ち悪いwww
声張りすぎwww うぜぇwww(元からである
自分のファロセントリスムに気づいてないファロセントリストが一番キライだから。
ファロセントリスムを素直に出している奴の方がまだまし。
> >「Midasさんの心理は好き勝手想像できる」とは思ってない。
♪はは〜ん 嘘乙 とか思ったけどスルーできちゃうわwww
想像なんて、好き勝手できるじゃーん
ソレを公言するかどうかだろ。
うん、したくなかったのにうっかり公言しちゃったのね
ヒャッハー( ゜∀゜) とかなのかなぁ、私は。
> simpleの頭の中にあるのは本当に「論理」なの?www
( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
この質問一本で、シンプルさんの言葉から想定される論理を具体化した方が
「無色透明無欲な僕ちゃん」をカラフルにできるかもねー
ってそれやってんのか。大変だなwww
僕のザーメンは無味無臭!!
おいしいって言ってよ!!
え? 無味なんでしょ?( ゜д゜)ポカーン 的なwww
あたしは二人のやりとり眺めつつ、
最近ザーメン飲んでねーわー(´・ω・`)ショボーン
とか言ってるよ、言ってるよー
きゃっきゃ楽しそうにちんちんいじってるelveさん、って感じか。
確かにちんちんもいろいろあっておもしろいけどな。
知人の茶水の某ファッション誌に就職した子が何年ぶりかにあったらいろんなペニスだけを写した写真集みたいなの
持ってきて嬉々として話してたのを思い出したわ。
いろいろあったんだろうなあと和んだ。
> 「大野さんは自分でも気付いてないが教師である自分に生意気にも『ヘドが出る』などど書いた学生を憎んでいるのだ、だからダイアリで晒したのだ」
> 「美学とは男性学である」
これらの例えって元が何かあるのかなぁ。
こういう例えを「思いつき」で書いてるんだとしたら怖すぎるなぁ。
薄化粧で「お節介おばさんキャラ」のシンプルさんとは
世間話位できそうだけど
この、例えを考えちゃうシンプルさんとは
相容れないと思うわwww
> いろんなペニスだけを写した写真集
マン拓の方が気になる
18歳以上400人の女性器を型取りして並べたアート「The Great Wall of Vagina」 – GIGAZINE
<http://gigazine.net/news/20110326_the_great_wall_of_vagina/>
アートなんだなー。そのペニスの写真集もアートジャンルだったなあ。
そういうのなら医学書とかの方がいいのにな。さまざまな水死体の写真集状態な医学書とか。
アートってなんだろうな。
いのうえのせっちゃんに聞きたいところだネ!
>これらの例えって元が何かあるのかなぁ。
そういうのを例えじゃなくてモロ言ってくる熱血ボウヤみたいなのが大体少年マンガでもBLでも主人公になるだろ。
いや最近の主人公はもちっとうじうじしているか。
せっちゃんはもうほっといてやろう、と思うわたしのこれはフェミニズムになるんだろうか。
つかこの件について大学側は最初からそうだがせっちゃん側からも積極的に情報出してないだろう。
情報出してこないなら考えてあげなければよい。
ん? 意味分からんっす
「たとえばAがBって言ったとする」
とか言ってるやつの脳内AがBって言うわけじゃん。
ここだと、シンプルさんの脳内大野さんとか脳内Midasさんね
「絶対言わなそうなことを考える」とか心理ゲーム臭くていいけどさwww
シンプルさんの脳内大野さんとか脳内Midasさんが私には想定の範囲外過ぎたwww
> そういうのを例えじゃなくてモロ言ってくる熱血ボウヤみたいなの
の意味が分からんって話ね
せっちゃんは沈黙してしまったな。
Xくんの将来に影響させない手段が閉ざされてしまった感じなのか
> 情報出してこないなら考えてあげなければよい。
僕は下世話なんだよ、脂君www
まぁ、情報出し無い以上、妄想にも限界があるんだけどね
(その限界を軽く超えるのがシンプルさんだーーーwww((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル
>シンプルさんの脳内大野さんとか脳内Midasさんが私には想定の範囲外過ぎたwww
ああそういうことか。それをモロに言うのがファロセントリストだって話のつもりだった>少年マンガの主人公。
> それをモロに言うのが
うーん、ソレっているのは脳内誰それ?
ぶっかけってことでだいたいOK?
悪人Aに「本当のおまえはいいやつのはずだろ!!」とか言っちゃう感じ?
言いも悪いももちろん主人公判断
ハズダロって言われても(;´Д`) みたいな
そうや私、少女漫画の登場人物みたいだって言われたことあるわwww
可愛いからwwww
>ぶっかけってことでだいたいOK?
うむ。
simpleみたいな親に育てられると数学が苦手になったりするのかなあ。
親が「論理」の意味を非論理的なものとして使ってるわけだから、
数学論理などは逆に「親から教わった僕の考える論理」ではなくなる。
まあ文系いけばよかろうが。
うちの親めちゃクチャで不条理な家で
理屈っぽいと言われるが理論的ではないもんなぁ
大義名分とその場のルールが矛盾してるのとか理解できないからな
あるいは、分かっても言ってはいけないことを言ってしまうとかなw
> 大義名分とその場のルールが矛盾してるのとか理解できないからな
これにはこれの理論があるのだが
ソレを理論付けるのが倫理的にいかんとかなら
脂さんの話につながりそうだw
私はいつも枠のぎりぎり内側を歩く
絶対に外には出ない
でも、その枠を認識してはいけないのがルールだった、的な
いつも迷子だ。枠も柵も、脳内にしかない。
好きにすればいい
でもソレは寂しいと感じてしまうのだ
ソレって何だよ
誰とも自分が違うこと
みんなが全部違うこと
だったら意味のないレッテルでもいいから
「同じ」とか「似ている」にしよう
そうしたら、ちょっと寂しくなくなるから
優しくできるでしょ
その優しさが
毒だったんだよ
だけどまだ生きてるwww
ぽえっと!!
スイミー(集団行動おそるべし)に対抗して
ポエミーを提唱したいが定義は特にない!!
学校でスイミーは習わなかったな
なんか2chでみた気がするw
スイミー
<http://www.kogakusha.com/leo/leo001.htm>
id:simplemindや。これに答えてくれ。
>simple曰く、simpleは、Midasさんやミソジニー学生の「論理」を考えようとしていて、rikoさんや大野さんに「興味がない」と言っているわけだが、
>rikoさんや大野さんに「論理がない」と言っているわけ?
もし、rikoさんや大野さんにも「論理はある」とするならば、わたしの
>まとめておくと、simpleが心理を解釈しているのは、
>Midasの件ではMidasであって、rikoではない。
>大野さんの件では例の学生であって、大野さんではない。
>君が心理を解釈する、しないはどのようにして判断されてるの? という話なんだけど。
という質問に対し、君は「心理ではなく論理を考えている」とコメントしているわけだが、
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1344107523
それは(「心理」という単語を避けるならば)「Midasさんやミソジニー学生の考えていることについて考えて、rikoさんや大野さんのそれを考えない」
というsimpleの判断基準足り得ないだろう。Midasさんやミソジニー学生と同様にrikoさんや大野さんにも「論理」があるのならば。
わたしの質問の答えになっていないわけだ。
もし、わたしの質問に対する答えが「心理ではなく論理を考えている」ということであるならば、君は、Midasさんやミソジニー学生には「論理」があるとしており、
rikoさんや大野さんには「論理」がない、と考えていることになる。
君の「論理」という単語の意味はどういうものなの?
論理的に説明してくれ。
>「無色透明無欲な僕ちゃん」をカラフルにできるかもねー
>ってそれやってんのか。大変だなwww
正しくは、見た目全然カラフルなのに本人だけが「無色透明無欲な僕ちゃん」と思っていて、
じゃあその色を解体してあげよう、っていう話だな。
なので経緯として「無色透明無欲な僕ちゃん」が「カラフル」であることを論証せねばならないが。
そこからはじめて「カラフル」を解体できる。
正直わたしは意味がわからないだけだけどな。
simpleと会話していると彼の話が精神病患者のそれのように思えてくる。
精神病者とか、向こうはこっちと会話しているつもりだろうけど、こっちは意味がわからない、って場合が多いだろ。
simpleに対しても以前、「脂さんと会話しているつもり」の彼のコメントが、実はそうではなく彼の「独り言」であったことを
(会話相手であるわたしが)論証し、彼自身納得していたことがある。
これなど論理的に「会話しているつもりだけど相手は意味がわかっていない(相手からすれば独り言になっている)」という
精神病者と同じ状況になるだろう。
論理的に考えて。
あと気になっているのは
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1344094365
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1344099555
simpleはなぜこういった誤記をしたのか、って点だなあ。
「言い間違いに無意識は表れる」というが、ネット上の変換ミスとかは無意識なんて読み取れないと思っている。
変換キー何度押すかってたまたまでしょ。精神分析学派のわたしでもさすがに変換ミスを「無意識の表出」とは思っていないってこと。
しかしこの「誤記」は、変換ミスなどという単純なものではないだろう。
彼がそう打って、誤りに自分で気づいてなかったのは事実である。
少なくともこのときのsimpleの頭の中は、登場人物がごっちゃになっていた証拠だと言えよう。
まさにこの「脳内他者がごっちゃになる」のが転移なんだがなあ。
simpleについて「伝言ゲームを重視する傾向がある」と述べたが、simpleが考えている「論理」とは、論理学や数学などの論理ではなく、
「伝言ゲームのルール」「彼の「脳内みんな」の心理」だとすれば、しっくりくるんだがな。
まあ「大文字の他者の欲望」ですな。
「探偵」などという比喩はわかりやすい「想定的知の主体の転移」なわけでラカン自身「探偵」の話をよくしているんだが、
それはsimpleの「想定的知の主体の転移」ひいては「大文字の他者の欲望」だから、rikoさんや大野さんには「興味がない」となるわけだろう。
それは極論すれば男性同性愛的な心理だからな。
ぶっちゃけ「想定的知の主体の転移」も「大文字の他者の欲望」も「エディプスコンプレックス」の言い換え、補足的説明なわけども。
「転移」が「欲望」が「イロ」なわけじゃん、日本語的に。「イロをつける」とか「イロオトコ」「イロオンナ」とか。
ほらsimpleちゃんもこんなに「カラフル」。
>それは極論すれば男性同性愛的な心理だからな。
ホモソーシャルの心理、の方が精確か。
>「イロをつける」とか
これとか剰余価値とか対象aとかと繋げられておもしろい。
(言語学意味論的な)言語構造っておもしろいねー。
>「言い間違いに無意識は表れる」というが、ネット上の変換ミスとかは無意識なんて読み取れないと思っている。
逆に「変換ミスをネタにする」2ちゃん文化などは、そういった無意識・超自我主義への揶揄だとも考えられておもしろい。
「変換ミスに「言語構造のような無意識」なんてあるわけねーだろwww どう考えてもたまたまだwww」的な。
これとか(無意識としての超自我ではなく)よい「エスの声」だと思うんだよなー。
>「心理」も「論理」だけどな。
>どういう違いなのかがわからん。
>simpleの言う「心理」と「論理」の違いを論理的に述べてくれりゃ。
>「探偵」とか比喩的表現ではなく。
「心理」は「心の働きやありさま。精神の状態」。
「論理」は「話の筋道、脈絡」。
ある人間の、ある心理が、論理的(筋道が通っている)であることは有り得る。
でも、常に/基本的に/本質的に、「心理とは論理である」とは言えない。
なぜなら、何の理由も脈絡もなく、楽しくなったり悲しくなることもごく普通に有り得るから。
>simple曰く、simpleは、Midasさんやミソジニー学生の「論理」を考えようとしていて、rikoさんや大野さんに「興味がない」と言っているわけだが、
>rikoさんや大野さんに「論理がない」と言っているわけ?
>こういうところが印象論っぽい気がするんだなー。
rikoさんや大野さんに「論理がない」とは言っていない。
その論理(話の筋道)に、不明確・不明瞭・意味不明なところがない、と言っている。
意味不明なところがないから考えようがない。
謎がないから興味をそそられない。
もちろん、私はそう思ったというだけのことだから、
他の誰かから見れば全く意味不明で謎だらけ、ということも有り得るけど。
>それは「論理」ではなく君の心理における「想定的知の主体の転移」ではないだろうか。
私が「Midasさんの(rikoさんを客体とした)『論理』」を推測しているのだから、
その意味では「知の主体」は私自身であり、「Midasさんの論理」が私にとっての客体。
>これなんかは「あなた(たとえばMidasさん)は私にとって「想定的知の主体」でいてください」ってことか。
>本人の説明を受けると自分が知の主体になってしまうから、か。
これは逆だと思うな。
前にも書いたが、私は考えることが楽しいから考えている(と私は思っている)。
本人の説明を受けると(その説明に私が納得した場合に限るけど)私が自由に考える余地が無くなる。
私は、自分が「知の主体」でいたいから、謎の答えを人から受け取りたくない。
「Midasさんは私にとっての「知の客体」でいてください」と思ってる。
>君の考える「論理」とは「印象論感情論的なそれ」であるゆえ、つまりジェンダー的印象がこびりついたそれであるゆえ、
>Midasさんやミソジニー学生の「論理」を考え、大野さんやrikoさんの「論理」は考えなかったのではないだろうか。
私の脳内では、大野さんは論理的。
Midasさんは非論理的に思える。
でも、私がMidasさんのことを非論理的だと思うのは、私がMidasさんの論を理解していないからかもしれない。
もしかしたら、私には分からない何らかの理屈が成り立っているのかもしれない。
・・・という想定のもとに、Midasさんの言説を読み解こうとしてる。
もしかしたら何の理屈もなく適当に書き散らかされてるのかもしれないし、
あえて非論理的に書かれてるのかもしれない。
だとしたら、いくら考えても無駄なわけだけどw (←自嘲の笑い)
例の学生の件においては(そして私の認識においては)、
大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在でしかないので、
私が(謎の前で無力な大野さんではなく)謎そのものにフォーカスすることは何ら不思議ではないと思うけど。
なぜお前は学生の心理ないし論理は推測するのに、大野さんの心理は推測しようとしないのだ?と問われても、
「あの件における大野さんには推測するような謎が無いから」としか答えようがないように思う。
>君は「自分は論理を考えている」のであり、(Midasさんの件における)Midasさんや
>(大野さんの件における)ミソジニー学生の言っている「論理」を考えているが、
>(Midasさんの件における)rikoさんや(大野さんの件における)大野さんの言っている
>「論理」を考えてない理由にはならぬだろう。
なぜ、rikoさんや大野さんの「論理」を考えないか、その理由は、
それぞれの言説における「論理」=話の筋道に、理解できない箇所が無いから。
>わたしは「心理とは論理である」と考えているゆえ、「心理じゃない論理」がそもそもわからない。
>というか「心理を論理的に考える」のが心理学であり精神分析学であろう。
>たとえば物理だって、その物質を論理的に考える学問だろう?
>「これは論理だけどこれは論理じゃない」なんて区別はない。
>ただ「物理を論理的に考える」と分野を仮に設定はしているが。
>やはりsimpleの言う「論理」とは、少なくとも学問的な意味での「論理」ではないということでよいか。
しん‐り【心理】
1 心の働きやありさま。精神の状態。「複雑な―」「深層―」
ろん‐り【論理】
1 考えや議論などを進めていく筋道。思考や論証の組み立て。思考の妥当性が保証される法則や形式。「―に飛躍がある」
私は「心理とは論理である」とは考えない。
「「心理を論理的に考える」のが心理学であり精神分析学」というのは正しいが、
だからといって、「ゆえに心理とは論理である」とは言えない。
>たとえば別にUFOや心霊を論理的に考えてもよい。そもそも民俗学とか神話学がそういうもんだろ。
>つまりところ、simpleが論じている「心理ではない論理」とは、simpleの個人的な印象論にすぎず、
>「心理は論理的に考えることができる」とするわたしにとっては、その違いがわからんのだな。
心理は論理的に考えることができる。でも、だからといって「心理は論理である」とは言えない。
UFOを論理的に考えられるからといって、「UFOは論理である」とは言えないのと同じ。
>「Midasさんの言ったことを論理的に考える」「ミソジニー学生が言ったことを論理的に考える」ということと
「なぜそう解釈したのか」「なぜそう思ったのか」を論理的に考えることの違いを述べてくれ。
私にとっては違いがある。
大野さんが「なぜそう解釈したのか」「なぜそう思ったのか」は、私には(論理的に考えるまでも無く)理解可能だと思えた。
でも、「Midasさんの言ったこと」「ミソジニー学生が言ったこと」の意味は、私にはよく理解できなかった。
>で、今回の話はMidasさんが言った「(rikoさんが)思ってもない台詞」についてなんだが、
>君は「どっちかって言ったら思ってる台詞じゃね?」と不思議に思ったのかい?
>それについて「どういう理屈でそう言ったのか」をつらつら書いたのか?
「思ってもない台詞って何それ?意味わかんねーけど?」と不思議に思った。
それで、それについて「どういう理屈でそう言ったのか」をつらつら書いた。
>であるのなら、君がここで考えているのは、
>「Midasはどういうrikoさんの言質からそれを「思ってもない台詞」だと考えたのか」
>という「思ってもない台詞」だと考えている「Midasさんの心理」の考慮だろうよw
>このコメントが「Midasさんがどういう理屈でそう言ったのか」というものなら、
>これこそまさに「心理を論理的に考えること」だと思うがwww
「Midasさんがどういう理屈でそう言ったのか」を「Midasさんの心理」と呼べなくはないよ。
「理屈」は頭の中で、つまり意識の中で、つまり心の中で考えるわけだから。
「心理」と呼んでも、話は通じると思うし。
ただ私は、「理屈」なのだから、「Midasさんの論理」と呼んだ方が適切だと思ったということ。
>>ただそこで「美学ってどっちかといったら女性学じゃね?」と不思議に思って、
>というのは、「命題が偽であると仮定して考える」帰謬法だろう。
帰謬法ではないよ。
帰謬法(背理法)は「命題が偽であると仮定して考えると矛盾が生じる。ゆえにこの命題は真である」てやつでしょう。
私が言ったのは、不思議だと思うから考える、不思議に思わなければ考えもしない、という話。
そもそも私は、Midasさんの書いた命題が真か偽か?を検証してるわけじゃないし。
>だが君の
>>Midasさんが「思ってもない台詞」と書いてるから。
>という返答は、「自分は「思ってもない台詞である」ことを真と前提した演繹法で考えている」って
>意味にならないか?
>論理学的に。
違うと思うな。
(1)Midasさんは「rikoさんが書いたのは自分でも思ってもない台詞である」ことを真としてる
私は(1)が真であると前提した帰納法で考えている。
・・・かな。
Midasさんは結論だけ書いてて、理屈は書いてない、ように私には見える。
Midasさんの結論は真だ、という仮の前提を置いて、その結論に至る理屈を推測してるわけだから、演繹というより帰納だと思う。
>simpleさんの主張は、「背理法に基づいていた考えだ」と述べているが、背理法になっていない。
>つまりお前の論がいかに「非論理的か」を証明したわけだが、反論はあるかい?
「背理法に基づいていた考えだ」とは述べていない。
>ただそこで「美学ってどっちかといったら女性学じゃね?」と不思議に思って、
これは、私は不思議に思った時にその謎が気になるから推測する、
不思議に思わなければ推測しない、という法則性を述べたまで。
つまり、私自身の心の動きの法則性、心の論理を論理的に推測したもの。
「心理」ともいえるし「論理」ともいえるね。
だんだんどっちでもよくなってきたなw
>自分の考える言葉の意味に対する無自覚的なほどの信頼、というか。
ふむふむ。
>これらの例えって元が何かあるのかなぁ。
「思いつき」ですね。
「あなたが絶対にならない職業は?」が
心理ゲームとかで流行ったのを思い出す
「絶対にならない」で心理的ブレーキが外れて
自分が一番なりたいものが出てくるのだとか。
大野さんなりMidasさんなりが絶対に言わなそうなこと的な事で
何が出ちゃってるんやらねぇ(;´Д`)
「絶対にこういう解釈はしないけど例えばさ〜」
の例えは実はその人が「したい」解釈なのかも、と。
はてさて「解釈」は論理なのか心理なのか
大野さんの方は一応理屈は通るけど実際にはあり得ないことを書いて、Midasさんの方はいかにも言いそうで意味が分からないことを書いた。つもり。
いやうん、だからさw
記事にした段階で書いてる内容は
私もシンプルさんと大差なかったと思うんだけどなぁ
こう、聞いていくとずいぶん違ってたんだなーとか
>「心理」は「心の働きやありさま。精神の状態」。
>「論理」は「話の筋道、脈絡」。
同じじゃね?
>何の理由も脈絡もなく、楽しくなったり悲しくなることもごく普通に有り得るから。
それは君が理由や脈絡を考えてないだけではないだろうか。
であれば「論理」であっても理由や脈絡を君が考えなければそれは「心理」となる。
>本人の説明を受けると(その説明に私が納得した場合に限るけど)私が自由に考える余地が無くなる。
そういう場合の限定があるならば、そういう場合においてのみ「自由に考える余地が無くなる」のであり、
限定がなければそれは成り立たないだろう。
要するにこれだと君がその説明に納得するかどうかってところが問題になるんじゃないの。
>例の学生の件においては(そして私の認識においては)、
>大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在でしかないので、
>私が(謎の前で無力な大野さんではなく)謎そのものにフォーカスすることは何ら不思議ではないと思うけど。
それを「謎だと思っている」のは大野さんではなく君の心理だろ。
君が
>もちろん、私はそう思ったというだけのことだから、
>他の誰かから見れば全く意味不明で謎だらけ、ということも有り得るけど。
と書いているように。
謎はMidasさんやミソジニー学生などという「客体」ではなく君という主体にあるのではないかね。
この「謎」を他者に押し付けるのは悪い乳房の投影になるんだろうなあ。
自分がなぜそれを「謎」と思うかが「謎」だろうよ。
ほんと話通じないなsimpleとは。
ミソジニー学生についてのわたしの認識は、彼自身の言質がないので考えられないので、「謎」以前の問題なんだが。
あとさ、「知の客体」ってのは「自分に知を与える存在」って意味か?
であるならばそれが「想像的知の主体」だよ。
ブクマの意味がわからん。なんでコメントしないんだろ。
「ブックマーク」という言葉の意味を考えれば、いわばしおりのようなシステムだと思うんだが、
「コメント以外の、記事の人たちと会話するシステム」として使われているのが意味がわからない。
>Midasさんの結論は真だ、という仮の前提を置いて、その結論に至る理屈を推測してるわけだから、演繹というより帰納だと思う。
であるならば、
>Midasさんが「美学とは男性学である」と言ったら「私の中では「美学とは男性学である」」です。
>となるわけだ。
>ただそこで「美学ってどっちかといったら女性学じゃね?」と不思議に思って、
>「Midasさんがどういう理屈でそう言ったのか」をつらつら考える。
>そしてダイアリーに書く。ここで話題にしてたらここに書くw
という考え方は「命題を偽と仮定して考える」背理法であるので、不適切な、つまり非論理的な説明であった、となるが。
上記以外にも君は
>「好き勝手想像できる」っていうのはあるかもしれない。
>「Midasさんの心理は好き勝手想像できる」とは思ってない。
などというように、矛盾したことばかり言っておるのだが。
君が考えているのは本当に「論理」かね。
>心理は論理的に考えることができる。でも、だからといって「心理は論理である」とは言えない。
>UFOを論理的に考えられるからといって、「UFOは論理である」とは言えないのと同じ。
ああわかった。
心という対象を論理的に考えることが「心理」なわけだよ。
君の言う
>「心理」は「心の働きやありさま。精神の状態」。
これで言うなら、「心の働きやありさま。精神の状態」を理論的に考えたものが「心理」だ。
なのでUFOについても、UFOについての論理的研究としてUFO学なるものがあるのなら、「UFO学は論理である」となる。
「話の筋道、脈絡」もそいつの「心の働きやありさま。精神の状態」であろう。
そういった「心」を論理的に考えるのが「心理」だが。
>「心理」は「心の働きやありさま。精神の状態」。
>「論理」は「話の筋道、脈絡」。
これをわたしの認識において書き換えるならば、
「心の働きやありさま。精神の状態」や「話の筋道、脈絡」という「心」を「論理」的に考えたものが「心理」である。
となる。
simpleはここでいくつか指摘したが、君がしている「話の筋道、脈絡」はいたるところで破綻している。
一つ目。
simpleは「「好き勝手想像できる」っていうのはあるかもしれない。」と言っているが、「話の脈絡」として考えれば、
elveさんの直前の文章は「Midasさんの心理は好き勝手想像できる」であり、それを受けてのsimpleの返答であるため、
その意味は「【Midasさんの心理は】「好き勝手想像できる」っていうのはあるかもしれない。」と補足されるのが
「論理」的な考え方だと思うのだが、ところが君はあとになって
「「Midasさんの心理は好き勝手想像できる」とは思ってない。」と述べている。
「美学」うんぬんの話は、自分はMidasさんの言について「命題を偽と仮定して考える背理法的考え方をしている」と
述べていることになるのだが、君はここになって「命題を真と仮定して帰納的に考えている」と述べている。
simpleの言っていることには「話の筋道、脈絡」がいたるところで破綻している。
>なのでUFOについても、UFOについての論理的研究としてUFO学なるものがあるのなら、「UFO学は論理である」となる。
余談だがこういうのが「学問アナーキズム」だな。
学問が研究する対象は原則的になんでもあってもよい。世間的評価にあわせる必要もない。
実際物性物理学にはかまぼこの粘性を専門分野的に研究している学者もいる。
UFOについて目撃談や映像、写真などを網羅的にかつ科学的、論理的に研究する「UFO学」があってもよろしい。
二個上のコメント、ごめん、途中コピペったりしたので同じこと二回書いてしまっている。
コメント欄せめーんだよ!(やつあたり)
入力欄は右下で広げられるよ! とかそういう話じゃないな、たぶんwww
さて、
「なぜsimpleは、Midasさんやミソジニー学生の頭の中の「心の働きやありさま。精神の状態」の一つである「話の筋道、脈絡」という君の言う「論理」、
わたしの言う「心」を考え、rikoさんや大野さんのそれを「興味がない」と判断したのか」
という質問に対し、「大野さんやrikoさんは謎ではなかったが、ミソジニー学生やMidasは謎だった」という答えが帰ってきたわけだが。
質問に対する返答として、判断基準が「論理」から「謎」に変わったわけだよな。
このコロコロ返答を変えるところが「童話に出てきそうなsimpleさんの話の進まなさ」だと思うなwww
>入力欄は右下で広げられるよ!
え、どれ?
コメント入力欄右下に点々ついた部分有るじゃん?
それマウスでドラッグすると広がるよ!
ないお;;
IE、火狐でもだめだった。ログインしてる人だけの機能かな。
妙な格差がwww
id:simplemindへ
>simpleの言っていることには「話の筋道、脈絡」がいたるところで破綻している。
こういう「破綻」が「謎」なんじゃないの。
ならばわかる。わたしは君の言説における「論理の破綻」が「謎」になっているので考えている。
まあその「謎」に対する仮説は「想定的知の主体」とかってので一応立てたけどな。
最新記事参照
ログアウトしてもあったお?
たとえばミソジニー学生は本人の言質がないので「言説の論理的破綻」である「謎」が最初からない。
rikoさんについては例の一つのツイッターしかないので、いわば命題だけある状態であるゆえ、「論理的破綻」である「謎」が最初からない。
大野さんについてはブログでその言っていることの論理的矛盾を何度か指摘したことがある。なのでその「矛盾」である「謎」を考えていた。
その結果ケンカしてアク禁されました^^v
>rikoさんについては例の一つのツイッターしかないので、いわば命題だけある状態であるゆえ、「論理的破綻」である「謎」が最初からない。
もちろんわたしが彼女の言質をあれこれ読んだら「謎」が生じるかもしれないが。
「謎」は「謎」で疲れるのでわたしになんやかや言ってこなければいいかなと。
>ある人間の、ある心理が、論理的(筋道が通っている)であることは有り得る。
>でも、常に/基本的に/本質的に、「心理とは論理である」とは言えない。
>なぜなら、何の理由も脈絡もなく、楽しくなったり悲しくなることもごく普通に有り得るから。
多分simpleの言う「心理」の意味は、わたしの言う「感情論、印象論」だな。
そういった感情や印象を「論理」的に考えるのが「心理」だとわたしは考えている。
さて、では、ここでわたしが指摘したsimple自身の言説における「脈絡の破綻」はなんだろうね?
わたしは、Midasさんを比喩した「探偵」という君の印象について、論理的に考えている。
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c
の君の話の脈絡は、君の言説において、「探偵」について「論理」と言い換えているわけだろう。
なので君の言う「論理」とは、「Midasさんを比喩した「探偵」」などという印象論が元になっているのではないか、と言っているわけだな。
君の「話の脈絡」がそうだから。
まあ感情や印象を感情や印象で論じるのもありだけどな。
「論理(話の脈絡)」が破綻してても「好き勝手想像する」のは「論理」なのかね。
そうなるのは、simpleの「論理」という単語の意味にこびりついた「感情的、印象的な何か」が原因だと思うが。
以上で示したように実際にさまざまなところで破綻している「論理」を「論理」として考えるのは、
非論理的なsimpleの感情的、印象的な「心の様態」があるからじゃないの。
自分の「論理」は破綻しているのに「論理」を考えたがるってのは、以前君自身が君自身の心の様態として言及した「負けへの耽溺」と似ているかもな。
ここにはちゃんと「耽溺」という感情的な何かが言及されておろう。
まあ精神分析的に言えば乱暴に仮説立てるならぶっちゃけ「父にぶたれる幻想」の第二幻想とかになるんだろうが。
simpleの頭の中で考えていることは、君の言葉の意味で「論理」ではなく「心理」だと思うが。論理的に考えて。
http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/Nihonjin/20120811%23bookmark-105722674
ブクマでわけのわからん会話してると思ったが「絶対にこんな解釈大野さんにありえないけどって前置きして結構びっくりな解釈が出てきたんでおいおいソレ何?」ってどれ?
>記事にした段階で書いてる内容は
>私もシンプルさんと大差なかったと思うんだけどなぁ
>こう、聞いていくとずいぶん違ってたんだなーとか
elveさんはsimpleさんを自分と似てるーみたいに思ってたかもしれんが、だーから言ったろー。
こういうタイプは根っこはものすごいファロセントリストだからこそちんちん隠したがっているってパターン。
それが(器質因の鬱病とは別物の心因性疾患としての)抑鬱症。
まあ一瞬気を許してしまうのはわからなくもないが。
ちゃんと話を聞くと自分と正反対の根っこがあると。
人間の八割、神経症者(ここでは健常な精神の人)の八割は死んでいいと思っているが、まっさきに死んでいいのは抑鬱症者だな。
いや、逆に生き残った方がいいのか。
ファルスの世界の枠ギリギリを生きているのが抑鬱症者でもあるから。
「女の探偵」もいないわけじゃないのに(ミス・マープルだっけ)、なんで大野さんを「探偵」と思わず自分が「探偵」になろうとしたのだろう?
simpleの脳内大野さんは、「大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」らしいが。
立ち竦みながら「謎」を考えていたかもしんないわけじゃん。
「学生の書いたレポート」を持っていない他人が「探偵」するのはなぜだろう。ああこれが「世話焼きおばさん」って奴か。
id:ohnosakikoさーん、
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20110730/1312022488
の件で、id:simplemindさんにとってのあなたは「大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」であり、
彼は「探偵」のつもりだったそうだよ?
確かこれについてここのコメント欄でsimple混じえてうだうだ会話したよな。あのときのことかと。
>彼は「探偵」のつもりだったそうだよ?
「ヘドがでる」と言ったことという「犯罪」を犯したその学生という「犯人」を追っていたらしい。
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1344043956
大野さんはどう思っていたのだろう。自分とsimpleの関係について。
「大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」で、simpleは学生という「犯人」を追い詰める「探偵」だったわけだ。
これは「心理」ですか? 「論理」ですか?
わたしは自分のゼミの学生なわけだしレポートだけじゃなく実際に会話もしているんだろうし、大野さんと比べて圧倒的に持っている情報量が少ないので、
また大野さんが「謎」と思っていたら大野さんが考えることだろうとも思っているので、「学生の「心の働きやありさま。精神の状態」や「話の筋道、脈絡」」を考えなかったが。
>「大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」
「立ち竦んでいた」かどうかはわからんが、「謎の前に立ち竦む」=「謎について考えられないでいる」という意味なら、
大野さんは「謎」だと思ったら自分でそれを考えるんじゃないだろうか。
わたしの脳内大野さんはそうだな。
……と、このように僕はsimpleくんの感情論、印象論を論理的に考えているわけですね。
井上せっちゃんレベルに詳細に書いてくれたら、井上や相手の学生の「心の働きやありさま。精神の状態」や「話の筋道、脈絡」を考えることもあるが(実際にその学生の心理解釈となりうる連想もした)
基本的に「誰の言質か」という事実は事実として考えるな。
つまりはあくまでわたしが妄想しているのは「井上の脳内学生」だとしている。
「論理」であろうが「謎」であろうが、誰に何について「論理的に考えるか」も、誰を何を「謎」だと思うかも、人それぞれなわけじゃん、simple自身が言っているように。
君が「Midasさんや「ヘドがでる」学生について「謎」と思い、大野さんやrikoさんを「謎」と思わなかった」ということを真と仮定して、帰納的に考えてみようか。
君はなぜそう思ったの?
少年ジャンプ的思考っつかな。少年ジャンプは偉大だった。
>「大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」であり、
>彼は「探偵」のつもりだったそうだよ?
こういうのとか少年マンガの主人公とかの典型的心理パターンじゃろ?
ここで
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120808/1344437884#c1344512069
って話になるわけだ。先走ってるが。
>これらの例えって元が何かあるのかなぁ。
元は少年マンガとかじゃねwww って話か。
ある心理学者がロシアの幼児に日本の『浦島太郎』のお話をしたら、その子はこう聞いてきた。
「ねえ、タロウはいつドラゴンを倒すの?」
確かに「竜宮城」であるwww
>元は少年マンガとかじゃねwww って話か。
こういうところ意外とユング派だな、わたしwww
>「美学とは男性学である」
これとかはわたしブログで「少年ジャンプ心理」って言ってることと同じじゃね。
>「美学とは男性学である」
この一文だけなら、ラカン派としてはあってると思うんだよなー。
ラカン的考えでは、「普遍的な美」などという観念は、男性同性愛あるいはホモソーシャル心理を根拠にした妄想の産物であり、
男性はそれを女性に対し「愛」として押しつけるわけだ。
ラカン派がフェミに攻撃された「中国の纏足は男性側から女性側への贈り物である」ってーのはそういうお話。
男性同性愛、ホモソーシャル心理を根拠にした「普遍的な美」という妄想の「贈り物」なわけだ。
現代から言えば「んなの全然普遍じゃなかったじゃんwww」って言えるだろ。なので妄想。
「「大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」であり、自分は学生という「犯人」を追い詰める「探偵」だ」
という妄想をsimpleは大野さんにプレゼントしているわけだな。昔の中国の男が女を纏足したように。
それが普遍的かどうかは、「探偵と犯人」という構図自体は、自分の立位置は変わっているが、Midasさんとrikoさんとの一件にも、simpleは適用させているわけだから、
だからと言って「simpleはそれを普遍的だと思っている」とする論証としては弱いが、可能性として示唆しうる。
だーらelveさん、前から言ってるじゃーん、elveさんとsimpleさんは似ても似つかん。
むしろ逆の立場だとわたしは思っていた。「纏足する男側」と「纏足される女側」。
>ぶっかけってことでだいたいOK?
>悪人Aに「本当のおまえはいいやつのはずだろ!!」とか言っちゃう感じ?
>言いも悪いももちろん主人公判断
>ハズダロって言われても(;´Д`) みたいな
これは敵に対する「ぶっかけ」だが、「助けられるお姫様」にも「ぶっかけ」ているわけだよ、少年ジャンプ読者たちは。
「「大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」のハズダロ?」
多分例のロシアの男の子とか、文章として全然そんな話してないのに、「竜宮城に囚われている乙姫様」みたいに思ってたのかもしれない。
人は自分が思っているほど他人の話を聞いていないものである。
この店を「幻想の館」と名づけたのはいかにもこのあたしだが、あたしはその支配人にすぎない。
みなさん、ベルを鳴らしてお入りになったときには、もうすっかりできあがった筋書きご持参なのさ。
あたしは劇場を貸し、小道具と、男や女の役者をとりそろえるだけ。
いやいいんだけどな別に、『浦島太郎』を「タロウがドラゴンを倒し竜宮城に囚われたお姫様を助けるお話」と読んでも。
>あたしはその支配人にすぎない。
あ、すみませんここではただの客ですた。
simpleちゃんがいい感じに「カラフル」になってきてないかい?
そう言えばsimpleはなんのためにこの喫茶店来てるの。
いや今はわたしが呼んでるからだろうけど、呼んでもないのに来てたわけじゃん。
だからわたしに観察されてしまった。
『キン肉マン』とかは「助けられるお姫様」はいなかったな。
ミートくんが助けられるって話はあったか。
ミートくんバッファローマンに五体バラバラにされるんだよなー。なにげに猟奇的でよい。
みなさんはもうお帰りにならなくては。ええ、お宅にですわ。
そこでは……、いえ、これは本当の話。
すべてはここよりニセモノのはず。
……おひきとり願いましょうか。
右手へお出になって、裏の路地からどうぞ。
……もう朝。
ジュネ『バルコン』でした。
あ、ブログでも書いてるけどわたしの言う「少年ジャンプ」って精神分析学や文化人類学的な意味での「英雄神話」とほぼ同義ね。
「少年ジャンプ」の方が想像的に相手の心理に食い込みそうだからこっち使ってるだけで。
「俺は「英雄神話」なんかに染まってない」とか言う奴に対しても「少年ジャンプとか読んでた?」って話ならできるでしょ。
いや別に日曜朝の『スーパー戦隊』『仮面ライダー』とかでもいいんだがwww
以上から、まあsimpleが「お節介焼き」なのはいいんだが、「お節介焼きおばさん」ってのは違和感あるんだよな。
「お節介焼きおじさん」だよ、彼は。
komamixさんの
>komamix Twitter, ブコメが酷い 別に本人が言ったわけでもないのにIDコールまでしてる正義感溢れるはてブ民がいて2chと変わらないクオリティを再確認/お前らの怒りの矛先は見知らぬ人のTwitterじゃなく>て上司だから。がんばって社畜抜けだそうね
ってのがよくわからんかったが、「はてブ民」ってのを不特定多数と考えて、simpleもその一人であるとすれば、「正義感溢れるはてブ民」ってのが「少年ジャンプ心理」にあてはまるんじゃないの、とは思った。
確かに2ちゃんでもよくいる。しかし2ちゃんはそういうのはバカにされる文化があるので、そういった人がバカにされないはてな村の方が、そういう傾向が強いと思う。
論理を背理法、帰納法的に用いてまず最初の幻想を暴かないと、本人が幻想と思ってない刷り込まれた幻想は見えてこないもんだ。
ただ幻想、すなわち感情や印象を忌避して論じても、結局「見た目全然カラフルなのに本人だけが「無色透明無欲な僕ちゃん」と思ってい」るだけとなる。
「正義感溢れるはてブ民」ってのが、わたしがここで論じた(ブログでもちょくちょく論じておるが)「少年ジャンプ心理」「英雄神話心理」と共通する意味があるのであれば、
「はてブ民」という集合に属するsimplemindという一個体を臨床素材として観察してみれば、それが確認された、という話で、「一理なくはない、ありうる」となる。
2ちゃんねらなんてネットイナゴだろ。わたし含め。
「正義」とかめんどくさいときの言い訳で使うこともあるが、基本的に「祭り・炎上が楽しい」だけ。
そういや大野さん『ラプンツェル』の映画評とか書いてたな。
あれ『エバープラネット』ってネトゲでぱくられてたけどそれではじめて知った(元ネタがあるとは知らなかった)お話だった。
長くのばした髪を垂らして塔を登っていくのは同じなんだけど、プレイヤーキャラが「見た目によらずすごい力ですね……」とか言ってて、
「首とかすごい太そう」「浜口京子連想した」とかってチャットしたの思い出した。
『エバプラ』はおもしろかったなー。
ちなみに言えばelveさんの「かけっこでビリになる私可愛いでしょ!」は「私纏足してるよ!」みたいなことだな。
simpleがマジで気持ち悪い。すげー怖い。殺気を感じるレベル(被害妄想)。
人に踏み潰される蟻が感じるであろうような殺気な。
無自覚に殺されてるんだろうな、simpleの脳内では。わたしのような考え方、「心理」は。
我慢できなくないけど。
「幻想の館」を出てもそこにあるのは「よりニセモノな幻想」があるだけ。
中学時代剣道やってたんだが、面をひもで縛る部分の頭蓋骨が触ってみると微妙に凹んでると思ってなんかすげーって思ったことがある。
今触ってみたらわからなかったけど。
まあ「人間らしさ」ってのもひとつの纏足だわな。
そしてそれは男性同性愛、ホモソーシャル心理を根拠にしており、男が増幅した幻想である、というお話。
「すべては謎ではない」と「すべては謎である」は等値で、「謎」についてはわたしの思考は「不同不異」ではなく「異同円満」側になっちゃうのだが、
もしすべての事象に「それを謎として考えること」「それを謎としないで考えないこと」が自由であるならば、それらがどう区別されるのかは、
効率の問題にならないだろうか。
simpleはMidasさんと「ヘドがでる」学生とを「謎」としそれを考えているが、「謎」を考えるには研究する対象がなければならない。
ここでは「意味不明」「どういった話をしているのかが謎」なわけだから、研究する対象は言葉となろう(これは精神分析と同調する。ラカンが言語学を流用したのには理由がある)。
Midasさんの言質はハイクからブクマからブログからたくさんある。
しかし「ヘドがでる」学生については、その言質がまったくない。あるのは伝言された、つまり研究対象としては二次資料的な、「大野さんの述べる彼についての言質」しかない。
Midasさんを「謎」として考えるのは、彼はあれだけ文章を書き散らかしているのだから(わたしもだ)、「脈絡の破綻」は随所にあり(それこそ「意味不明」)、それを「謎」とするのは
機能的な合理性がある。
しかし一方、「ヘドがでる」学生については、確かに「大野さんの言う彼についての言質」も、二次資料として研究対象にしうるが、そうしたとしても、大野さんはその学生について
多くの文量を費やしていない。これはたとえば井上摂の「Xくんについての言質」と比べても少ない。
「ヘドがでる」学生については、「考える余地」どころか、「謎だとする余地」すらないのだ。機能的合理性で考えれば。
ここもsimpleの「話の脈絡」について合理性を書いている点である。
ここがsimpleの「話の脈絡」についてわたしが意味がわからない点である。
このとき大野さんはまだこのブログにコメントしていたが、わたしがそういう考え、
「それは大野さんの言質であり、そこにある「謎」を「考える」ことは大野さんの「話の脈絡」あるいは「心理」を考えることである」
をしているため、そういう話をしていたと思うのだが、また当時大野さんはわたしを精神分析家のように表現していたため、
わたしが大野さんの「心理」について考えることは彼女は認識していたと思うのだが、そこにsimplmindという人が表れてきて、
「「ヘドがでる」学生の心理について」「彼がどう考えているか」という話をしはじめた、と記憶している。
君はわたしが大野さんの「心理」を考えている「話の脈絡」を無視して、君が勝手に「謎」だと思って考えた「学生がどう考えているか」をコメントしてきたのだよ。
これにはどういう「話の脈絡」「論理」があるのだい?
これはsimplemindという主体の「心理」だと考えるべきだろう。
君の言う「論理と心理の違い」という言葉の意味で考えても。
わたしは一年前のそのときの君の「学生がどう考えていたか」を話はじめたことについてすでに「話の脈絡」がわからないのである。
説明してくれりゃ。
ちなみにわたしはMidasさんがそう言っていた事実を知らないが、仮にMidasさんが「美学とは男性学である」と述べていたのなら、
ラカン派の考えで理解できるので、別に「謎」ではない。
ラカン派とかじゃなくて平たく言えば、「男はロマンチスト、女はリアリスト」なんて徳永英明とかも歌っていた常套句を挙げてもよかろう。
そのような意味だとわたしは思っている。
http://www.youtube.com/watch?v=Cve1Q5IC6xI
あった。わっけー。
http://www.youtube.com/watch?v=H245mXy7XtY
これとかこの曲出た時点で「ちょっと懐かしいムード歌謡曲空気を狙ってる」と思って実際水商売の人たちが好んで歌ってたの聞いて覚えた。
「契り」繋がりか。
>ここもsimpleの「話の脈絡」について合理性を書いている点である。
「合理性を欠いている」ね。
「「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」である大野さんとわたしは大野さん自身の「心理」を考察していたところに、
「ヘドがでる」学生のことを話しはじめたsimpleの「心理」はどういうものだい?
「大野さんがかわいそう」とか思ったのかい? そう言えばベトナムネカマyokato41くんもそのようなこと言ってきたなwww
http://www.youtube.com/watch?v=ROHhr2_Wb24
もやもや病はメロディとかこういう昔の歌謡曲っぽい歌の方があうな。
デビューがそういう路線だったしな。『最後の学園祭』『Girl』とか。
変に現代っぽいテクノっぽいアレンジはいらん。
http://www.youtube.com/watch?v=KO5qaK7zR_I
これは覚えてる。
小学生か中学生だなー。
まだこの時代の歌謡曲にはフォーク的名残があったと思うんだよな、よく覚えてないけど。
今こういう「ネクラな歌」がほとんどないじゃん!
椎名林檎とかは近くなくもないけどまだ希望があるじゃん!
絶望に突き進む歌い手がいなくなったのは、「幻想の館」の外にある「よりニセモノな幻想」が絶望というリアルに近づいたからか。
さよならするために出会っていくのならどうして誰もみなあんなに愛しあうの
機能的合理性を考えれば「愛」自体が論理が破綻してるんだよな。
絶望が希望の引き立て役にしかなってない。現代の歌もマンガも小説も映画も。
純粋な絶望を。
「もっと闇を!」
ちなみに駒場東大前のエミナース近辺で徳永本人を見かけたことがある。金髪にしててわかんなかったけどそのときいた知人の指摘でそうだと思った。
知人が声かけようとしたら逃げてった。
違ってたらすみません。
今の歌い方は徳永自身の歌いたい歌い方ができてるんだろうけど、若い頃の素直な歌い方の方がいいな。
絶望とは希望の対義語になっているが、「欲望を絶する」ってことでもあるんだよな。
指を離すよ もうこれ以上 君の微笑みついばむ前に
言質のない言葉の意味を考えるのは、肉が残っていない骨をしゃぶるようなもので、動物もしない人間の貪欲さである。
犬はいいんだよ、あいつら骨食うから。フライドチキンとか骨ばりばり食ってたわ。胃に悪いからやるなって言われたけど。
http://www.youtube.com/watch?v=5Iep43NWxdc
これはそういえば不倫の子が好きだったな。わたしはなんかいまいちだったけど。
マイナー進行になるの? このメロディとか。わたしの中では暗くない曲。
あれ、違った。
http://www.youtube.com/watch?v=AnVPBgWtzZc&feature=related
なにげにおもろしろい。
> 「纏足する男側」と「纏足される女側」。
補完関係だよな
相手なしには存在できない
纏足しなきゃいい=かけっこしなきゃいい。
当時の中国女たちも自らすすんで纏足してたと思うぞ。欲望のかけっこ。
纏足実際にするのは母親が娘に、らしいからな(;´Д`)
本当に(自分が)恐ろしい
>ブクマでわけのわからん会話してると思ったが「絶対にこんな解釈大野さんにありえないけどって前置きして結構びっくりな解釈が出てきたんでおいおいソレ何?」ってどれ?
=====
大野さんの方は一応理屈は通るけど実際にはあり得ないことを
<https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120808/1344437884#c1344609573>
=====
前置きじゃなかったwww
=====
「大野さんは自分でも気付いてないが教師である自分に生意気にも『ヘドが出る』などど書いた学生を憎んでいるのだ、だからダイアリで晒したのだ」とか何とか深層心理を推測すること
<https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120731/1343745176#c1344103733>
=====
が「理屈は通る」と全然思えなかったので(;´Д`)
纏足を楽しみだした女性よりは私のように
あわない、つらいとぐちぐち言ってる方が
萌えられてもいいのではないかと思うのだ!!
チクショーチクショ(ノД`)シクシク
>「大野さんは自分でも気付いてないが教師である自分に生意気にも『ヘドが出る』などど書いた学生を憎んでいるのだ、だからダイアリで晒したのだ」とか何とか深層心理を推測すること
どこで誰がそんな話してたのだろう。
精神分析の言う「深層心理」ではないな。これはただのsimpleの印象論。なのでこう思ったのはsimpleという主体である。
>纏足を楽しみだした女性よりは私のように
>あわない、つらいとぐちぐち言ってる方が
>萌えられてもいいのではないかと思うのだ!!
纏足を「普遍的な美」ではなく自分の欲望の押し付けであると考慮できない男にはそれは無理。
>『ヘドが出る』などど書いた学生を憎んでいるのだ、
これは「ヘドがでる」と書いたことを「犯罪」とし彼を「犯人」だと表現したsimple自身の心理だろうよ。
「深層心理」(ラカン脳では「超自我」すなわち「言語のように構造化された無意識」となる)でもなんでもなく。
現実原則こそが超自我であり無意識であり、精神分析文脈上の「深層心理」なのだよ。
「憎んでいる」などという快感原則は意識とされている。
>『ヘドが出る』などど書いた学生を憎んでいるのだ、
この文章は「深層心理」でもなんでもなく、simpleの転移という意識的心理様態だ。
「大野さんは自分でも気付いてないが教師である自分に生意気にも『ヘドが出る』などど書いた学生を憎んでいるのだ、だからダイアリで晒したのだ」
このセリフが誰が言ったのだろう?
ただの自分の印象論を相手に失礼だから(相手にとってのあってるあってない)じゃなくて「別に面白くないから」で興味を勝手に失ってしかも「理屈は通る」ってすんなり「書いちゃう」のが怖いヨ!!!www
ほんとsimpleは「自分の悪い部分を他人に投影」ばかりするよな。
あまりにそれに無自覚なのが本当にこの人の精神的な異常さであるように思える。
「憎んでいる」という心理としての感情は、simpleの中にあるのであり、simpleが「憎んでいる」のは、simpleの中にある心理だよ。
>怖いヨ!!!www
もっとはよ気付け。
こいつはyomaよりやばい。yomaはまだ自分の欲望を自分の欲望とできている。
「ヘドが出る」とか「蔑称」が「罪」だと思ってるのはシンプルさんだねぇ
で、なんで? って突き詰めると結局大文字の他者にコンニチワなんだろう
・・・って既視感。脂さんすでに書いてたかな?
その上で「欲望して何が悪い!」と言ってるだけ。「欲望されるのがいやなわたしはお前みたいな人間は嫌いだ」と言えば「話の脈絡」はできる。
simpleはそれすら話が通じない。
だから怖い。
> もっとはよ気付け。
なんでだろうな。シンプルさんのは私に向いてこないから平気www
yomaさんのは対象が大きいというか中二度高いというか
私にとってはyomaさんの方が耐えられない
耐えられない、というのは見ないふりができないってことでもあると思うけど
> その上で「欲望して何が悪い!」と言ってるだけ。「欲望されるのがいやなわたしはお前みたいな人間は嫌いだ」と言えば「話の脈絡」はできる。
けど、「いい加減にして欲しいな」的な態度で来るじゃん! yoma!!
態度の問題だったのか、自分www
ゲロってサーカスみたいできれいだなーと思ったことがある。
テレビとかゲロをきらきら光る効果でごまかすが、あのごまかしはひとつの「ゲロに対する本音」だと思うんだよなあ。
万華鏡やレーザーエフェクトのようでもあるであるだろうよ。
>態度の問題だったのか、自分www
「感情論、印象論を論理的に考える」とは「態度を論理的に考える」ことでもある。
>yomaさんのは対象が大きい
対象を限定されたわたしは。
つか限定されてたkさんとかよく平気だったなと思うわ。
あの鈍感さは精神分析のセンスのなさにもなろうが、論理的にはわかってる人だとは思う。
あ、Midasと同じじゃん、kさん。わたしの中では。
欲望対象の小便は聖水なのにゲロには萌えられないのはどういうことだ〜
(いや、萌えてる人もいるんだろうな。私が知らないだけか)
ゲロはスカトロ対象なんだろうか 気が向いたらググろう。
>「いい加減にして欲しいな」的な態度で来るじゃん! yoma!!
「いい加減にして」あげればよい。
つまり無視すれば。
正直まともな社会生活送れてない気がするな、simple。
「悪感情はすべて他人のせいだ」という持続的な傾向が見られる。
社会とあんまり関わりもたない生活してるとか書いてたなかったっけ。
「他人の悪感情」としているそれは「自分の悪感情」だと気付けない。
衣笠の言う、従来の(常態的に心理的距離が遠い)「スキゾイド的ひきこもり」ではない「自己愛型ひきこもり」の典型な気がしてきた。
スキゾイドもアスペも「自分の悪感情」は「自分の悪感情」として保持している。
ここで精神分析派ではないkyupinさんが述べる「アスペ」と「他人を鬱にする達人」の違いは非常に鋭い。
http://ameblo.jp/kyupin/entry-10226491555.html
それを「他人の悪感情」とできている時点で、その主体の脳内ではある心理的関係があるわけだ。
>この点でも、彼らには広汎性発達障害(アスペルガーも含む)のような傷つきやすさや敏感さ(言われたことを悪く取るなど)が認められないので、ネットで言われている安易なアスペルガーのレッテル張りが間違っていることがわかる。
引用しとく。
「自分が言われたことを悪く取る」のは、それについて生じた「自分の悪感情」を「自分の悪感情」として保持したままで、
simpleのように「お前の悪感情だ」と投影できないからだ。
simple嫁はんいるんだっけ。嫁はん鬱になってたりしないだろうか。
「論理」とか言っているけど、思考回路としては、快感原則主義なんだよね、simpleって。
逆にsimpleにこそyomaみたいな「浅い海」主義を大事にしてほしいわwww
精神分析的にはyomaとの会話の方が「深い海」たるエスに近い領域で話できた。
kyupinさんの言う「他人を鬱に陥れる達人」は社会的立場のある人たちだとされているが、
そういう性格なら社会的に排除される場合もあろう。
そういうのが自己愛型ひきこもりになると思うんだよな。
2ちゃんの喪男とかは大体これタイプ。斎藤環の言葉なら、精神医学的論理上は健常な精神様態をしているのに、社会にはじかれてしまったゆえの「社会的ひきこもり」とかって奴だな。
スキゾイドやアスペのように「心理的距離が遠い」わけではない。心理的関係を持てるがゆえに、たまたま社会からはじきだされ、それが心的外傷的に作用し、ひきこもりや隠者的生活を
送るようになったのが「自己愛型ひきこもり」であり、つまりはそれは神経症の一症状であり、スキゾイドやアスペとは別物と考えられなければならない。
>私にとってはyomaさんの方が耐えられない
わたしはどっちも耐えられない。
「人間(というパラノイア)」が耐えられない。
ちょっと褒めることにもなるかもしれんがsimpleは志賀直哉に似てるキガス。
登場人物みんな志賀個人のコピーでしかない小説しか書けない志賀直哉。
志賀vs無頼派の太宰・坂口・織田とかの対立ってそういう話だと思うんだよなあ。
志賀直哉とか典型的な「他人を鬱に陥れる達人」だったと思う。
だからsimpleみたいなタイプに「心理的距離」の話をするとドツボにはまるんだよ。
「心理的関係を持てているがゆえに心理的距離を遠くしている」だけなのに、本人は「自分は他人と心理的距離が遠い」と思い込んでいるから。
自分の悪感情を他人に投影するのも心理的関係なんだよな。「負の転移」も転移である。
駆け引きテクニックの話にすぎんけどさ。
なのでsimpleとは意図的に「心理的距離」の話をしていない。
そうしないと今回の「『ヘドが出る』などど書いた学生を憎んでいるのだ」という彼の言質があったとしても、
「心理的距離を論じているお前が憎んでいるからだ」とされるだろうよ。
この件についてわたしは「大野さんは学生を憎んでいる」などという心理的関係の話をしていないわけだから、そういう話をしたsimpleの言質だとできるだろう。
まあなんつか裁判の駆け引きと似てるかもな。ただのそういう実務的テクにすぎん。
抑鬱症者にはよく悩まされたのでそういった対応策も練れておるわけだ、わたしは。
補足。「負の転移」ってのは、「私はAさんに嫌われているからBさんにも嫌われているハズダロ」「私はAさんを嫌っているからAさんは私を嫌ってるハズダロ」ってことな。
ストーカー被害にあえばそんなの成り立たないことがわかるだろう。いかに自分が嫌ってようが、興味がなかろうが、好きとも嫌いともつかぬ正とも負とも言えない転移をされるのがストーカー被害だろ。
yomaに対してはそういう感じ。
逆にelveさんがsimpleさんが楽なのは、「心理的距離」の話にばかりしたがるelveさんにとっては、「心理的距離」の話をするとドツボにはまる、
すなわち論理的展開がなされない、「話が進まない」からなんじゃねえの。
実際は心理的関係が彼の脳内でなされているのに、そういう話が進まないわけだ。
>実際は心理的関係が彼の脳内でなされているのに、そういう話が進まないわけだ。
まさに
「「無色透明無欲な僕ちゃん」をカラフルにできるかもねー」
「見た目全然カラフルなのに本人だけが「無色透明無欲な僕ちゃん」と思っていて」
というお話。
斎藤環の言う「社会的ひきこもり」とは、社会的人格が形成されているのに、なんらかの原因で社会から排除されそれがトラウマ的に作用し、
「社会的人格が形成されているのになんらかの原因で(精神分析脳のわたしは「トラウマ」で一括しちゃう)社会的な心理関係を築かないようにしている人たち」ってもの。
>「「無色透明無欲な僕ちゃん」をカラフルにできるかもねー」
>「見た目全然カラフルなのに本人だけが「無色透明無欲な僕ちゃん」と思っていて」
だから、「無色透明無欲な僕ちゃん」で話を進めた上で矛盾を指摘しなければならない。
プラサンガ! 京都じゃないよ!
ああ、kyupinさんのその記事ではそういう人たちを「サイコパス」としているが、医学的にはサイコパスとはスキゾイド気質を指していることが多く、
わたしはアスペの孤立型がスキゾイドとされていただけと考えており、kyupinさんのブログコメントでもリアル心理カウンセラーが同じことを述べていたが、
これを採用すれば「スキゾイドと同病質であるアスペではないサイコパス」というkyupinさんの論理は成立しない。
ただし、スキゾイドは現代では臨床素材も少なくなっており(アスペと診断されてるのだろう)、研究がほとんど進んでおらず、スキゾイドは心因であるという論もあり、
一方自閉症は基本的に器質因と考えられているので、スキゾイドとアスペを簡単に同一視することも慎重にならなければならない。
>「大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」で、simpleは学生という「犯人」を追い詰める「探偵」だったわけだ。
これなんかどう「論理」を駆使しても「無色透明無欲な僕ちゃん」たりえないだろうよ。
まずsimpleの脳内にある「イロ」から話をはじめないと。
yomaなんかは「「イロ」を持ってて何が悪い!」って主張だから、simpleみたいに遠回りせずに済む。
simple向けに解説してあげるならば、ラカン派における「深層心理」すなわち「超自我」「言語のように構造化された無意識」とは、
君の症状で言えば、「なんだかんだと自分の心理の説明になっているが、最終的には「社会がそうだから」と結論づけること」にあたる。
elveさんの言う「脳内みんな」だな。
この君の心理傾向は以前から指摘されておろう。
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120412/1334206231#c
参照のこと。
この「脳内みんな」をきちんと考えない限り君は自分の「イロ」に気付けないだろうよ。
多分simpleさんにとって、ラカン的な意味での「深層心理」すなわち「言語のように構造化された無意識」は、深層のさらに深層とかになってんじゃね。
冷静にsimpleさんの心理を考えると、まあ表面上は社会的にうまくやれているのかもしれないが、大概な異常性があるように思える。
逆にこういった人の方が「理想的な人格」となってたりするのだろうか、現代文化は。
佐藤亜紀の『鏡の影』って小説思い出した。
わたし的には「キリスト教の抑鬱的傾向などというものは「喪の欲望」にすぎない」としているように描いてておもしろかった。
喪とは欲望の否定ではなく欲望の肯定なのだ、と。
あ、ここでの「喪」って2ちゃん的スラングじゃなくて精神分析用語ね。
精神分析では心因的な(鬱病とは区別されるべきとわたしは考えている)抑鬱症とは、たとえば親近者が亡くなったときの虚脱感、喪失感と同じ心理様態だと考えられている。
「もてない」って意味での「喪」も似てるっちゃー似てるからややこしいけどなwww
>わたし的には「キリスト教の抑鬱的傾向などというものは「喪の欲望」にすぎない」としているように描いてておもしろかった。
こんなこと言うと「ユダヤ教はキリスト教より抑鬱的だから、ユダヤ教は大人の宗教なのだ(超訳)」とフロイトが言ってたユダヤ教も「結局は欲望じゃんけwww」となるがな。
盗作騒動にもなった作品だが、盗作されたとされている平野の小説なんかより精神分析的には意義がある小説だとわたしは個人的に思うので、そんな話にしないでほしいんだけどな。
作者が主張してたわけだから仕方ないけど。
(鬱病はともかくとして)抑鬱症とは欲望を失った病ではなく、他の神経症と同様に欲望に翻弄されているゆえの病気なのです。
キャラ造形とか文体的にラノベチックだからとバカにしちゃいけんぞ、『鏡の影』は深い。
http://hobbyjapan.co.jp/hjbunko/kanji/
なんかも意外と深い。
コピペっとこ。
>脂 2012/04/17 18:40
>>いちおう「他人」について想像してるつもりなんですけどね 最初はね
>>でもよくよく考えると結局自分の心理の反映でしかないなと
>
>これ最後が抜けてるな。
>「そして最終的には「自分の心理の反映」を「社会がそうだ」とする」ってのが。
この君の論法としてほとんど毎回観察されるにも関わらず君自身抜かして述べてしまうこの「最終的」な段階こそが、ラカン派の言う「深層心理」である。
yomaは自分のそれを「浅い海」と言っていたが、simpleはそれより「浅い」。
逆にyomaはそれを「水面上」とかと述べておったが。
いやそのsimpleの言う「実はあなたはそいつを憎んでいるのよ」とかってのが「深層心理」とか言われると、
テレビに出てるエンタメ心理学者の述べる心理学と同レベルになるからな。
ここはきっちり違うと言っておく。
yomaとか自分の中の「憎しみ」を自分の感情として「それはある」と認めておったろ。いろいろ言い訳していたが。
その分simpleよりマシ。
自分が言い出した「憎しみ」って意味を、自分が言い出したにも関わらずそれを「他人の感情」とできるsimpleなんかよりマトモだ。
simpleがそれを「深層心理」と言っているなら、それはyomaの言う「浅い海」と同じ領域だろう。
yomaの方がまだ「深い海」を知ってるんじゃね。
水面上にいる動物は深海の生物の生態を知りえない。
浅瀬にいる生物は接触する可能性はありうる。
yomaなら「美学とは男性学である」ってわかるんじゃねえの。
男性側が男性的心理のみで妄想した「普遍的な美」を女性側に押し付けているだけ(わたしが彼のブログで再三述べた現象学における「他我への自己移入」に相当する)、と。
結局simpleの言う「論理」とは自分のいやな部分を避け、他人にもそれをするなと強制する言い訳としての意味でしかないと思う。
君の「論理」は理ではない。
>結局simpleの言う「論理」とは自分のいやな部分を避け、他人にもそれをするなと強制する言い訳
あ、「倫理」ではあるかもしれないな。「個人的倫理」というものがあれば。
このブログでは「俺ルール」って奴だ。
yomaの心理も大概精神疾患病理をあてはめて論じたが、わたしの個人的な社会的バランス感覚で言えば、yomaよりsimpleの方が「頭がおかしい」と思う。
yomaは「パラノイアになりたい」と言っていたが、まあ確かにsimpleの心理はパラノイア的とは言えないが、
それこそたまきんの言う「社会的ひきこもり」の理屈と同様、社会的に成熟した人格ではあるが、
「社会の複雑化」のせいかなんだかいろいろあって、【たまたま】社会からはじかれた人だと思うな。
そういう人が「自己愛型ひきこもり」になる。「自己愛型」とか書いているが提唱者の衣笠自身そういった患者たちに極端なナルシシズムは見られないとしている。
たまたま社会からはじかれてそれを拒否するゆえ、ナルシシズム的傾向を選択しているだけで、つまりは心理的に「自己愛」から「対象愛」への人格発達は遂げており、
本来は社会的精神性を獲得できていて、人格発達的には健常な心理様態なわけだが、たまたま社会にはじかれトラウマとなり、不本意ながら自己愛的心理状態にならざるを
得ない主体たちのことで、自己愛が強い性格というわけではない。少なくともたまきんの述べる「社会的ひきこもり」とはそう述べられている。
自己愛の強さで言えばyomaの方がそうだろうよ。
> 対象を限定されたわたしは
あーそうかー。極力視界に入れないようにしてたからwww
私が脂さんに転移してて気持ち悪いが強くなってたのかなぁ
対象が大きいというかあたり判定が広い感じなんかなぁ。
自意識過剰な私もあたり判定超広いので
近親憎悪みたいなもんか?
あれ? 親近憎悪?(;´Д`)
ちゅかれたので寝る
「心理的に社会的に成熟している」のに「社会からはじかれる」って理屈にあわないように思われるかもしれないが、
高校進学、大学進学、社会人、などという「去勢の承認の強迫反復」が制度化されている現代社会においては、
それらにズレが生じてもおかしかないだろう。
「社会の複雑化」って簡単に言えば済むことだが。
したがってたまきんは「社会的ひきこもり」を「健常な精神性」としているわけで、精神分析的人格発達論としては理屈にあうし、
また彼はオタクの精神性を「精神的異常さはない」と主張していたのだが、彼が観察したオタクたちが
「自己愛型ひきこもり」=「(精神的に健常な)社会的ひきこもり」
であるならば矛盾しないし、彼のオタク擁護論と「社会的ひきこもり」論は同じような話だと彼自身どこかで述べていた記憶がある。
simpleはオタクでもないし社会的ひきこもりでもないかもしれないが、それは現代社会でたまたまそう名付けられているだけで、
たとえば割礼などと言った「去勢の承認の一元化」が整っていない「複雑なままの原始社会」においては、むしろ普通な神経症心理なのではないだろうか。
わたしは人間心理そのものがひとつの精神疾患だと考えているが、simpleはオタクでも社会的ひきこもりでもないかもしれないが、
人間心理という精神疾患の原始的な精神疾患を、つまり逆に言えば率直に人間心理という異常さを示している個体なのではないだろうか。
そういう意味では志賀直哉が評価されるのもわからなくないんだよな。わたしは読んでておもしろいと思わないだけで。
simpleも小説とか創作の中だけで自論を表現しているだけなら、志賀みたいに「わたし個人がおもしろくないだけ」で済んだかもしれないな。
わざわざ志賀のような「自己移入された他我しかいない主観世界」からはずれるためにここという喫茶店に来ているのに、
「自己移入された他我しかいない主観世界」しかない奴(yomaも同じだが君と違ってyomaはそれを自覚できている)が来ると「うえっ」ってなるわ。
逆にyomaは自己愛が強い性格だからこそ自分の「イロ」にも気付きやすいが、simpleは社会的精神性を獲得できたが社会からはじかれた「社会的ひきこもり」的な心理ゆえに、
自分の「イロ」に気付かないだけ、と。
simpleの言う「誰かを憎んでいる」などという話は、精神分析上は「深層心理」ではなく意識の話だ。
yomaなどはそういった精神分析学上「意識的なもの」とされている心理領域を「浅い海」と表現していたのだろう。
精神分析学の論理上、simpleの言う「深層心理」の意味は誤っている。
>自分の「イロ」に気付かないだけ、と。
いや気付いてはいるが「否認」しているのだろうな。
志賀の小説はいわば「よりニセモノであろうとした小説」であり、それを読むくらいなら「幻想の館」の外の「よりニセモノらしい現実世界という幻想」の方がおもしろいです。
id:simplemindへ。
一つ確認だ。
>「大野さんは自分でも気付いてないが教師である自分に生意気にも『ヘドが出る』などど書いた学生を憎んでいるのだ、だからダイアリで晒したのだ」とか何とか深層心理を推測
したのは誰だ?
君の言う「心理」、わたしの言葉なら「感情論、印象論」について、君が「興味ない」のはそうでよろしい。
しかし君が「興味ない」からと言っても、君の「話の脈絡」において「心理」すなわち「感情論、印象論」がなくなるわけではないのだよ。
実際ここで論証したように、君の述べる話はいたるところで論理的な破綻がある。
その破綻は、君が「興味ない」としている君自身の「感情論、印象論」が原因となっているのではないだろうか。
大野さんの言説に君の言う「心理」すなわち「感情論、印象論」ではない「話の脈絡」である「論理」がないわけではないだろう。
しかし大野さんの言説に「論理」を見出さず、現時点において架空の人物である「「ヘドがでる」学生」について「論理」を考えている。
この君の思考回路には、君自身の「感情論、印象論」が紛れてはいないか。
君がいくら「興味ない」と言おうが、論理的に精密に考えれば、君の言説から君の「イロ」はだだ漏れしているのだよ。
自分の「イロ」「心理」「感情論、印象論」はだだ漏れさせておきながら、他人のそれについて「興味がない」として考えないのは、
君個人の「イロ」「心理」「感情論、印象論」を相手に押しつけることにならないだろうか。
「僕は感情論を述べるが、他人の感情論には興味ない」と。
というかそもそも、「ヘドがでる」と言った学生について「なぜ「ヘドがでる」と書いたのか」と考えることは、
少なくともわたしにとっては事実として認識しておらず架空の人物でしかないその学生の「感情論」を考えることにならないか。
ああ、架空の人物だから、君は実際に言質が取れてないから、彼の「心理」なら考慮できる、という話かい?
「心理」と「論理」の区別がついていないのはむしろ君の方じゃないのかね。
もう一つ。
simpleはなぜこのブログに来ているのだい?
ここで主に話されているのは君の「興味がない」はずである「心理」だと思うんだが。
もう一度書いておこ。
id:ohnosakikoさんへ質問。
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20110730/1312022488
の記事について、id:simplemindさんは、その学生について「ヘドがでる」と述べる「犯罪」を犯した「犯人」であり、
「大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」であり、
その学生がなぜそう述べたかという「謎」を考えている自分を「探偵」だと思っていたそうだが、
そう思われたことについて大野さんはどう思う?
つかsimpleはこんなとこに書いてないで直にMidasさんなり大野さんなりrikoさんなりその学生なりと話してこいよ。
なんでここにコメント書くのかがわからん。その「話の脈絡」がわからない。
ここでsimpleさんの
>その学生について「ヘドがでる」と述べる「犯罪」を犯した「犯人」であり、
>「大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」であり、
>その学生がなぜそう述べたかという「謎」を考えている自分を「探偵」だと思っていたそうだが、
とか、rikoさんの件ではMidasさんは「探偵」で自分は「読者」だ、とかって印象論を話されても、
わたしには関係ない話なのでどうにもならないんだがなあ。
「そうなんだあ」ってだけ。
「オウム返し」ならできるよ?
「(自分はそう)思ってもない台詞」として、
「rikoさんの件では、Midasさんは「探偵」で、simpleさんは「読者」です
大野さんの件では、simpleさんは「探偵」で、大野さんは「謎の前に立ち竦んでいる存在」で、「ヘドがでる」と言った学生は「犯人」です」
って言うことはできるよ。
ここでコメントすることが、simpleにとって「謎」であることを考えることについてどう作用するのかしらん。
「ヘドがでる」学生についてはわたしは「ほとんど何も知らない」ので何も言えないが、Midasさんの話なら、彼はラカニアンだそうなので、
わたしのラカン解釈ならお話することはできなくもないが。
「美学とは男性学である」とかは、Midasさんがそう言った事実も知らないし、どんな「話の脈絡」で言ったもわからないが、
ラカン論を介してなら今回のように説明してやることはできなくない。
あくまで「心理」の話になるがなwww 精神分析学なのでwww
>「美学とは男性学である」とかは、
中国の纏足とかわかりやすい具体例だろ。「足の小さい女性が美しい」という話なわけじゃん。
「助けてあげられなくはない」かwww
うまくいってもだめになってもこれがわたしのいきるみちー。
>大野さんの言説に君の言う「心理」すなわち「感情論、印象論」ではない「話の脈絡」である「論理」がないわけではないだろう。
大野さんの言説には「論理」 がない、とは私は言っていない。
大野さんの言説における「論理」には、 意味不明な部分や論理的な破綻がない、と言っている。
>しかし大野さんの言説に「論理」を見出さず、現時点において架空の人物である「「ヘドがでる」学生」について「論理」を考えている。
大野さんの言説に「論理」を見出していない、のではない。
大野さんの言説における「論理」には、意味不明な部分や論理的な破綻が私には見つけられなかった、と言っている。
そうか。では君は自分自身の
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120808/1344437884#c1344629858
や
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120808/1344437884#c1344663254
という「論理的な破綻」についてはどう思うんだい?
あと、Midasさんの「美学とは男性学」とは「論理的な破綻」になるのかい?
あと確認だが、
>simplemindさんは、その学生について「ヘドがでる」と述べる「犯罪」を犯した「犯人」であり、
>「大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」であり、
>その学生がなぜそう述べたかという「謎」を考えている自分を「探偵」だと思っていたそうだが、
という部分については反論はないのかい?
であれば、大野さんの「論理的な破綻がない」言説について、君は「謎の前にただ立ち竦んでいる存在」という印象を持った、ということでよろしいか?
君は「謎」があるからそれについて「論理的に考える」と言っているわけだが、「謎の前にただ立ち竦んでいる」だけならば、それは「論理的に考えてない」ということにならないか?
「謎に対し論理的に考える」のが「探偵」であり、大野さんは「探偵」ではないんだよな。
つまり、君にとっては、大野さんの言説は「論理的な破綻」はしてないが、「論理的な考えをしていない」と判断した、ということかい?
確認だが、「ヘドがでる」学生には「論理的な破綻」があると考えているのかい?
君自身の思考に「論理的破綻」があるのならば、それによって考えられた「言説」に「論理的破綻がない」と言えるのだろうか。
>それによって考えられた「言説」
あ、ごめんもちょい精確に書いとく。
「論理的破綻のある考えによって考えられた「他人の言説」に「論理的破綻がない」と言えるのだろうか」
「大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」という意味は、大野さんは「論理的に考えている」という意味か「論理的に考えてない」という意味か、
論理的に説明してくれりゃ。
もし君にとって大野さんは「謎に対して論理的に考えている」のであれば、君の脳内定義において「探偵」とは「謎に対して論理的に考えている」となっているならば、
大野さんは「探偵」だとならないだろうか。
別に「探偵」が何人いてもいいんじゃね。
私はこれまで一貫して、「Midasさんの心理」ではなく「Midasさんの論理」を推測している、と主張してきた。
その「話の筋道、脈絡」からして、「Midasさんの心理は好き勝手想像できる」というelveさんの推測の前半部分には同意できないが、後半部分の「好き勝手想像できる」は同意できるかもしれない、と考えた。
そこで「「好き勝手想像できる」っていうのはあるかもしれない」と書いた。
より正確に書くなら、「私が想像しているのは「Midasさんの心理」ではなく「Midasさんの論理」だが、 「好き勝手想像できる」っていうのはあるかもしれない 」と書くべきだっただろう。
>という「論理的な破綻」についてはどう思うんだい?
説明不足だったかもしれないが、「論理的な破綻」だとは思わない。
>という部分については反論はないのかい?
ない。
>であれば、大野さんの「論理的な破綻がない」言説について、君は「謎の前にただ立ち竦んでいる存在」という印象を持った、ということでよろしいか?
よろしい。
>であれば、大野さんの「論理的な破綻がない」言説について、君は「謎の前にただ立ち竦んでいる存在」という印象を持った、ということでよろしいか?
であれば、こういったsimpleさんの考えは、「心理」かい? 「論理」かい?
「印象」とは「論理」か?
もう一度書く。
「大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」という意味は、大野さんは「論理的に考えている」という意味か「論理的に考えてない」という意味か、
論理的に説明してくれりゃ。
もしそれが「論理的に考えている」という意味ならば、君の言説によって「探偵」とは「謎に対し論理的に考える」ことであるゆえ、
大野さんは「探偵」でなければならないが、君は彼女を「情報提供者」と述べている。
もしそれが「論理的に考えていない」という意味ならば、君は「大野さんは謎に対して論理的に考えていない」と考えたのであり、
このことを「大野さんの言説に「論理」を見出していない」と表現することはおかしくないだろう。
こういった書き方は龍樹っぽく思えてやだなー。
>大野さんの言説には「論理」 がない、とは私は言っていない。
>大野さんの言説における「論理」には、 意味不明な部分や論理的な破綻がない、と言っている。
>大野さんの言説に「論理」を見出していない、のではない。
>大野さんの言説における「論理」には、意味不明な部分や論理的な破綻が私には見つけられなかった、と言っている。
この文章の前後半の脈絡がわからない。
わたしは君の文章について「論理的な破綻がある」と指摘したのであり(君はそれを「説明不足であり論理的破綻ではない」としているが)、
ここのコメント欄では、つまり君との会話においては、大野さんの言説について「論理的な破綻」を論証してはいない。わたしは。
君は「大野さんに「論理」を見出していない」というわたしの文章における「大野さん」と、
「simpleの言説には論理的破綻がある」というわたしの文章における自分をごっちゃにしていないか。
大野さんがある文章において「論理的破綻」、「矛盾」については、大野さんブログのコメント欄で、大野さんに対し何度か指摘したが。
それは別に君に対し「大野さんの文章において論理的な破綻がある」と述べたわけではない。
なぜ「大野さんの言説における「論理」に「論理的な破綻」がない」という話になったのか、脈絡を説明してくれ。
ああ言い忘れてた、精神分析論理ではこのように自分と他人をごっちゃにするのを「転移」と呼んでいる。
君は本当に主語や目的語をいろいろすりかえるよな。自分で言ったように「説明不足」であることが多い。
基本的に君の言説には「話の脈絡」が見られない。
simpleが考えている考えは、本当に「論理」かい?
わたしには(わたしは「感情論、印象論」と言い換えているが)君の「心理」にしか思えないのだが。
>君は「謎」があるからそれについて「論理的に考える」と言っているわけだが、「謎の前にただ立ち竦んでいる」だけならば、それは「論理的に考えてない」ということにならないか?
なるね。
あるいは、「論理的に考えたが、分からない」ということも有り得る。
>「謎に対し論理的に考える」のが「探偵」であり、大野さんは「探偵」ではないんだよな。
つまり、君にとっては、大野さんの言説は「論理的な破綻」はしてないが、「論理的な考えをしていない」と判断した、ということかい?
「論理的に考えているし、「論理的な破綻」はしていない」と私は判断した。
しかし、その一方で、大野さんは「判断できない」と書いている。
「判断できない」という箇所の印象が強かったために、「立ち竦んでいる」と書いた。印象論だね。
しかし、「論理的に考えているし、「論理的な破綻」はしていない」のだから、「『ただ』立ち竦んでいる『だけ』」とは言えない。論理的には破綻している。
まず一点。
「大野さんは「学生の書いたレポート」という謎の前にただ立ち竦んでいる存在」という意味は、大野さんは「論理的に考えている」という意味か「論理的に考えてない」という意味か、
論理的に説明してくれりゃ。
二点目。
わたしは君の文章について「論理的な破綻がある」と指摘したのであり、
ここでの会話においては、大野さんの言説について「論理的な破綻」と述べているわけではないのに、
なぜ「大野さんの言説における「論理」に「論理的な破綻」がない」という話になったのかを説明してくれ。
>確認だが、「ヘドがでる」学生には「論理的な破綻」があると考えているのかい?
意味が分からない部分がある、と考えた。
>しかし、「論理的に考えているし、「論理的な破綻」はしていない」のだから、「『ただ』立ち竦んでいる『だけ』」とは言えない。論理的には破綻している。
なぜ破綻したのだい?
>意味が分からない部分がある、と考えた。
君は「意味不明な部分や論理的な破綻」と並べて書いており、「意味不明な部分」を「論理的な破綻」と同様の意味と考えているようだが、
であればこの回答は「私simplemindは「ヘドがでる」学生について「論理的な破綻」があると考えた」と述べていると考えてよろしいか?
また、「ヘドがでる」学生については回答しているのに、
>Midasさんの「美学とは男性学」とは「論理的な破綻」になるのかい?
という質問に答えないのはなぜだい?
★業務連絡 続きはNo.301のコメント欄によろしく★