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親友と新宿を歩いてる。親友はいつも通りおしゃれしてて、私は全裸。
相変わらずだねーなんて言われつつ何も気にしないでそのまま新宿のどこかに向かう(何となく職場があるビルに似てる)
中は明るく大きくな風船が沢山あってとてもカラフル
受付のお姉さん(あまり綺麗じゃない、というかET系)が前屈みになったときに大きく開いた胸元から、お姉さんの胸、あばら、腹が見え、そこで急に自分が全裸であることが恥ずかしくなる。
気づくと薄手のカーディガンを羽織っており、親友から更にもう一枚何かを借りて腰に巻く。
楽しげな空間なのにやたらと恥ずかしい気分になって楽しめない。
うわー、やっちまったなぁーってトコで目が覚めたwww
知恵の実でも食べたかwww
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裸で歩いているのは、身近な人を振り回しているわがままな夢主の姿があらわれているようです。 <http://www.ifnet.or.jp/~kaji/dic/nikutai.html>
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=====
裸の夢は警告の意味合いが強く、失敗などを暗示する場合もあります。日頃の生活態度や生き方についてじっくり考えてみましょう。 <http://hk091031.sakura.ne.jp/7/99.html>
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ふーむ
フロイト先生の夢診断を読んだら分かるのかしらん?www
裸が欲望を示すのだとしたら、人の欲望を見て醜いと思い、自分の欲望が恥ずかしくなって抑圧してるとかそんな感じで書くとソレっぽい?
誰だよ、受付嬢!!(正直気持ち悪い外見だった。黄色いタンクトップ状の上着かワンピースを着ていた)
ちょwwwww
脂ののったまんこで検索してここに来てるやつが居るwwww
m9(^Д^)プギャー
>脂ののったまんこで検索してここに来てるやつが居るwwww
「脂ののったまんこ」wwww
m9(^Д^)プギャー
m9(^Д^)プギャー
m9(^Д^)プギャー
受けすぎだっちゅーのwwww
あ、君も熟女好きだったもんなwww
心の琴線に触れる言葉だったんだなwww
>誰だよ、受付嬢!!
旗子じゃねーか?
いや、彼女の発言ってそんな興味ないので読んでない
(AntiSepticの引用した発言でむきゃーってなっただけw)
強烈に恥ずかしいと思ったのはラクさんかなぁって思った。
被愛妄想豊かとか近いと言えば近い人なので
(´-`).。oO(・・・ラクさんを見て私は何かを抑圧してるのだろうか
と、考えても抑圧してるならわからねーかwww
>むきゃーってなっただけ
おまえの脳内旗子にバーサークしたんだろ?
それが、「抑圧」の解放じゃないか?
「むきゃー」がもっとも興味深いんだが、おまえはそれを「笑い」にした。
自身の「むきゃー」を見たくないのか?
だから、
>私が一番嫌いな私を表に出したわね!! 許さない!!
と、言ったんじゃないのか?
おまえが抑圧してた「私」が「旗子」なんじゃないのか?
> 自身の「むきゃー」を見たくないのか?
「むきゃー」ってなるポイントが別に行かないと
ソレ考えるたびにむきゃーってなるから考えられないし
見ることもできないなぁ。
彼女がどうこうより、その発言で周囲に低刺激なように湾曲させつつ
刺激的な事っぽいことを言いたいみたいな態度に
むきゃーってなるのかもなぁ
おまきんさんのネタかよ!! ってのに近いのかも
でもまぁ、ネタ化するしなぁ、私は。
もそっとにじり寄っていく感じでwwww
つか、よく知りもしない人呼び捨てでガンガン言うの気が引けちゃうわwww(超今更)
というところで、脳内旗子さんなのかもしれないなぁ>受付嬢
人に言われないと分からんねぇ
でもなんで今になって夢見たかねぇ?
「むきゃー」ってなったおまえこそが、おまえの性質があらわになる状態じゃないか?
> 「むきゃー」ってなったおまえこそが、おまえの性質があらわになる状態じゃないか?
ソレが私の一番きらいな私ってことだよねー
嫌いな を 切らない とタイプミスしたwww
>でもまぁ、ネタ化するしなぁ、私は。
おまえ、僕が「何で怒ってるのか分からない」って言ったときに、僕の名前をいつもと違って呼び捨てにして、
「むきゃー」ってバーサークしてたじゃないか。
そのへんのコメントの時って、ネタ化できてたか?
できてないし説明もできてないなぁ
今もできないと思うよ
>おまきん
>こいつらはまるで女性の味方のような顔をして女性に石を投げているから怒ってるんだよ!! 私だって女だ!!
これな。
>アルコール炸裂したので幾つかコメント消した。
このとき、「ネタ化」ができない「私」だから、コメント消したんじゃないのか?
つまり、おまえは「ネタ化」できない「私」が嫌いだ、となる。
それは、その方向が「這い上がる」方へ向いてないから、じゃないか?
私にとって女は人間じゃないからなぁ
(何とかしようとは思ってるんでこう、長いことグダグダしてるんだけど)
女の方向に向かうのは人間から離れる方向だろうね、私には
アピールしやすいようにアピールって
結局「男の人のためですから」て臭わすメイクじゃんか
男の人に、対象はあなたじゃないけどあなたかもしれないし、みたいに
ご機嫌とってる感じでイヤなの。
アピールと媚びは一緒なのかなぁ?
そういう人がいるのはいいけど
まるで女性のアピールを正しく主張しているかのように
「何度も言う」とか言われるとふざけんなって思っちゃったわけだ
前後の文脈も読まずにキレタ、とwww
んで自爆した、とw
>女の方向に向かうのは人間から離れる方向だろうね、私には
しかし、おまえは
>女性に石を投げているから怒ってるんだよ!!
と言う。
「女」がおまえの「這い上がる」方向じゃないとすれば、おまえに関係あるまい。ならばなぜ怒る? となる。
頭ではそうなのだろうが、身体が女になろうとするんじゃないか?
だから、
>私だって女だ!!
だろ?
つまり、「私が一番嫌いな私」もおまえそのものなんじゃないか?
つまり、その方向を目指している「おまえ」もいる、と。
おまえが「女」を無視できないのはそのせいじゃないのか?
あー生まれてきてごめんなさい的に媚びてるからなぁ
「女」として媚びたくないっての強いのかもな
強すぎて甘えることすらできなくなってる
甘えずにいられるほど強くもないので周囲に甘える
で、生まれてきてごめんなさいに戻っちゃう
だから確かにその方向は見たくないと思ってるな
よく見てはぶつぶつ言ってるけどwww
名誉男性目指して挫折してる節はあるよなぁ
>女性のアピールを正しく主張しているかのように
「旗子」にとってのアピールだろ?
全女性のための、ってわけじゃないだろ?
おまえが怒ったのは、おまえの「みんな」がそう思いこませたんじゃないか?
だからまぁ、大野さんとか脂さんとか名誉男性できちゃう人に
嫉妬はしてるよなぁ、とかねぇ
「ように」感じたのは私だからねぇ
私の中にあるんだろうけどね
まぁ、直感的に気持ち悪いって思っちゃったら仕方ないよねー
あるいは現実逃避的に「誤解してしまう男性」に感情移入していたかなぁ
ほら、男性側で考えたいと思ってると思うんだ、私は(くどい日本語www
>生まれてきてごめんなさいに戻っちゃう
おまえの「自罰トラウマ」だな。
結局、これに行きつくな。
おまえのそのトラウマって、世間一般的には「治療すべき」モノなんだろーな。
僕とかは、それをえぐって観察してみたいが。
私もよく誤解させて申し訳ない気分になるからなぁ
生まれてきてごめんなさいっていうか
母に対する「女に生まれちゃってごめんなさい」が強いかもなあ
後は兄になれないコンプレックスと
あら、いつぞやおまきんさんに脳内母による自罰と言われたときは
あんまりピンとこなかったけど繋がっちゃったねぇ。
面白くねーなーw
> 私もよく誤解させて申し訳ない気分になるからなぁ
私は誤解させて申し訳ない気分になってるのに何開き直ってんのよ!!
だと
俺のした苦労をお前もしろ
で
the 昭和 な感じだよなぁ(;´Д`)
>面白くねーなー
その「トラウマ」をえぐるのが、面白いんですよ。
もっともそれをすると、たいていバーサークされてしまうが。
コメント消されたり、コメント承認制にされたりとか。
よしすっかwwww
>私は誤解させて申し訳ない気分になってるのに何開き直ってんのよ!!
それが、おまえが這い上がろうとして、到達した先の「人間」の「性質」であろうよ。
という冗談を言いたくなった辺り、若干疲れているな。
おやすみなさいwww
度の過ぎた思いやりは押しつけになっちゃうって事で
> 度の過ぎた思いやりは押しつけになっちゃうって事で
自分で書いて耳が痛い目が痛い
今度こそ寝るノシ
>大野さんとか脂さんとか名誉男性できちゃう人に
何それ。
わたしは自分で「the 女」だと思うけどな。一般的な語義ではなくラカン的な語義で。
口唇欲動の隠蔽?(勃起したペニスと乳房)
受付のお姉さんはおまきんか大野(あるいは脂かそれ全員か)
同一化してはみたけど無理っぽいワタシ、精神分析厨どもの「楽しげな空間」に入れないワタシ
セックスアピールをすることが恥ずかしくなったワタシ
その原因たる上記の他者たちに対する憎しみ(=気持ちが悪かった)
彼女らに対する隠された攻撃性(=脂ののったまんこで検索してここに来てるやつが居るwwww m9(^Д^)プギャー)
ブログ侵略されちゃって可哀相
そう? 2000年くらいから公開日記は書いてたけど
ずーーーーーーーっとひとりぼっちのパラダイス(笑)で
今が一番楽しいけどなぁ
> 何それ。
教師とエリートってなんか名誉男性って感じじゃーん(安易?
> 受付のお姉さんはおまきんか大野(あるいは脂かそれ全員か)
脂さんは入れてない辺りがなんかありそうだなぁwww
> セックスアピールをすることが恥ずかしくなったワタシ
セックスしたいとか結婚したいとか離婚したいとか、
言うこと、言ったことに対してはそんなに恥ずかしくない
ただ結果を見るとあまり上手くいってはいない
(幸せになった感じがしない)と思う
最近あんまり下ネタ言ってない気はするなぁ
ウサギ調子悪くて飲みにも行ってないんだがw
> > 受付のお姉さんはおまきんか大野(あるいは脂かそれ全員か)
> 脂さんは入れてない辺りがなんかありそうだなぁwww
括弧内に書かれてるのに見落としたorz
> その原因たる上記の他者たちに対する憎しみ(=気持ちが悪かった)
コレは夢以外から持ってきた?
もろ脂だと思いますが
見落としたのは見落としたかったんでしょうね
「気持ちが悪かった」は「気持ちが悪いのだからそれをぶってもいい」という攻撃性として解釈した(ET系=宇宙人=他者)
>セックスしたいとか結婚したいとか離婚したいとか
>ただ結果を見るとあまり上手くいってはいない
重要なのはその向こう側にあるもの
おまきんの言うトラウマ
このままイクサに喰われるか地上に帰るかは貴方次第
あるいは醜女に仲間入りするのも一興ですが
こんなにたくさんの人から救われようとしているelveさんってすごいな。
まあでもこの受付嬢があたしだってのはそうかもしれないと思ったなあ。
お前に全裸であることをわからせたET。
なんかすごいしっくりくる。
>親友から更にもう一枚何かを借りて腰に巻く。
これとかはクサヴァとか他のはてな仲間だろ。
>中は明るく大きくな風船が沢山あってとてもカラフル
個人的にはこれが重要だと思うんだがな。
これは「まっくら森」でもあると思う。いや、精神病の闇を「まっくら森」と言っているのなら違うかもしれないが。てんかんの「あっぱー」はこれに近い。しかし自閉症のドナ・ウィリアムズも糖質の草間彌生も似た表現をしている。ドナの『自閉症だったわたしへ』への冒頭はまさにそうだし、草間彌生の小説にもそんなのがある。
無意味に。
わたしならこれかなあ。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-249.html
「したくないセックスはしたことがない」大野さんなんかよか「アベサダマリア」に近づいている夢かもな。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-918.html
=====
なんかな、お祭りのカラーゴムボールプールとか、キチガイみたいにはしゃぐガキいるじゃん。よだれ垂らして、脳になんかの電極埋め込まれてんのかってくらい無意味な行動を繰り返すガキ。
=====
これとかもそうだな。ゴムボールプール=カラフルな風船、みたいな。
>中は明るく大きくな風船が沢山あってとてもカラフル
誰もここつつかずに「誰が誰か」って話ばっかしてるからスルーしようと思ってたんだが。
そんなの意味ないよ。逆精神分析的には。
elveさんも当初わたしのことを「アベサダだ」って言ってなかったけか。
よくわかってるじゃん、と思った。
シコメ=ゴムボールプールでキチガイみたいにはしゃぐガキ=てんかん発作、なら、まあそれも一興だと思うぜ。
木村敏によれば発作を自慰的に楽しむてんかん症者もいる。まさこれこそラカンの言う「享楽」だと思うんだが。
カラフルな風船=ゴムボール、こそがいわゆる部分対象だと思うんだがなあ。
わたしこの世界をよく知ってるんだわ。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-232.html
=====
アートの世界の話ばかりになっているが、数学の世界にもそれはある。フラクタルの一例として表されたこの図などは、もっともその世界を写実的かつ抽象的に表しているように感じる。
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Julia_set_(highres_01).jpg
これな。
「おこた」なんかよか「素っ裸でカラフルな風船の世界を生きる」方が楽しいと思うけどな。
シコメにはなるだろうが。
そんなんヒトって動物が勝手にそう言ってるだけだからどうでもいいじゃん。
そう言えば、「醜女」という価値基準も、ラクくんの言う「真・善・美のようなイデア」によるものなのだろうかね。
>草間彌生の小説にもそんなのがある。
ああそうそう、草間のアート作品にはそんなの(いわゆる水玉作品)が多いが、あれはちょっと違うと思うんだよな。風船が均質なところが違う。のっぺりしている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Julia_set_(highres_01).jpg
なんかは均質じゃないだろ。むしろグロテスクな感じがある。
個人的には草間作品よかこの図の方がアートとして上だと思うわ。
「真・善・美のようなイデア」なんてのも、レトリックですげえと思うだけで、要するにヒトという動物の脳の特徴としての言語神経系によって、同種の個体と「支配」的な関係を結ぶこと、なんだよな。
イデアなどただのヒトという動物の習性でしかありません。
>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Julia_set_(highres_01).jpg
スープの表面の「油滴」に似ている。
>そう言えば、「醜女」という価値基準も、ラクくんの言う「真・善・美のようなイデア」によるものなのだろうかね。
これ美容整形外科医で精神分析家である藤田博史にも聞いてみたい質問だな。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-832.html
>スープの表面の「油滴」に似ている。
ああそうだな。
小学生だかのとき夏休みの自由研究出品展みたいのに出品されたことがあるんだが(わたしのは風車のおもちゃみたいなのだった)、他の人の奴で、水と油をボトルに入れた砂時計ならぬ水時計みたいなのが出品されてて、すげえきれいだと思ってじーっと見ていたことがある。
ヒトという動物の習性としての「イデア的な美」とわたしのそれは違うのかもしれない。
「油滴」もいわゆるブラウン運動なんだよな。
ブラウン運動がわたしの美的感覚のポイントな気がする。
ブログでもこの言葉よく使ってるし。
あと「ゲル」だな。いわゆるこんにゃくとか。
溶質が分散することによって固体性を保つ、ってのいうのがすごいひっかかる。
分散ってことはエントロピー増大則だろ。だけどヒトって固体はなべてネゲントロピーだって思うわけじゃん。まあ氷なんてのはそうなんだが。
ゴムだってそうだぜ、弛緩しているときの方が、分子構造はネゲントロピー的なんだ。ひっぱることによって分子構造が一方向にネゲントロピー化されるから、エントロピー増大則によって縮む。
これなんて、人間のぱっと見た目では、ゴムは縮んでいるときの方がネゲントロピーだってことになるわけじゃん。
違うんだよな。
エントロピー増大則で収縮することはありうる。
宇宙なんてのもそういうものな気がする。いやあたし宇宙物理ちんぷんかんぷんだったけど。概論の単位もらったぐらいだ。
あ、ほら、一応専門は物性物理なんだが、東大の進学先としての教養学部ってそういうところなんだよ。物性物理コースでも科学哲学で単位もらえる。
「スペシャリストではなくゼネラリストを育てる」
とか、
「T型からΠ型へ」(要するに一つの専門から他分野に関係する「T型」ではなく、複数の専門を持って他分野に関係する、って意味)
とか。
東大改革の一番の改革対象だったからねえ、教養学部は。教養学部長でもあった蓮實重彦とか「社会に開かれた大学を目指す東大改革」に必死だった。
>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Julia_set_(highres_01).jpg
この作者の他の作品も見たが、この人って、「マイクロ」「ナノ」の尺度を見てるんじゃねーの? と思ってしまう。
原子間、分子間の作用って感じだ。
もし草間彌生が、その視界に「マイクロ」「ナノ」の尺度を見ているのだとしたら、ルイス・ウェインのように、糖質は電子顕微鏡的画像を実際に見ていることになる。
仮にそうだとしたら、見るモノすべてがそう見えるのだとしたら、その状態は、人間の肉体の耐久力でどうにかできるのだろうか?
だから糖質は、すぐ疲れるのか?
あと量子ドット観測の助教授だかの講義で試験さぼって単位もらえないとまずいってとき相談しに行ったら、「教養学部の問題点をレポートでまとめてきなさい」とか言われて、全然講義と関係ない課題だけどそれでBもらった。ほら、あたし専門教養学部の文系講義(それこそ蓮實の肝入りの表象文化研究室とか)受けてたからさ。芝居やってたのは知られてたし。
「表象文化論などという文系重視にしただけでゼネラリストを育てるというような目的になっていない」みたいなレポートでBもらたわ。
>「マイクロ」「ナノ」の尺度を見てるんじゃねーの?
フラクタルはいわゆる複雑系と同じ。表裏一体っつか。
ただの数字のアーティスティックなお遊びですよ。
多分物理学者じゃないと思われ。数学者だろ。カオス研究なんてのも適当な条件入れてコンピューターで走らせたらわけのわからんグラフになった、って話からはじまってわけだし。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%B3
この糖質画家の絵の変遷見ていると、猫も最終的にはジュリア集合的な「アート作品」にいきつくんだろうな、って思う。
結局、そういった数学的な複雑系、フラクタル研究も受け入れて、量子力学的な「物質はすべて相関している」という原理を証明しようというのが相関基礎科学だったんだが、なんかわけのわからない「東大改革」でばらばらにされた。
>「表象文化論などという文系重視にしただけでゼネラリストを育てるというような目的になっていない」
でもこれもな。会社で考えたら、自分で営業も出来る技術者を育てよう、って話なわけだから、
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-795.html
「東大生は社会人になると使えない」って批判に対する効果的な手だったのかもね。
まあ蓮實重彦とかがムキになって推進していた「社会に開かれた大学にする」「東大改革」は、基礎科学観点から見ると、その研究・作業を不便にするものでしかなった、とは思っている。
だからわたしは民間に就職したんだけどね。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-344.html
の記事のコメント欄おもしろいよ。
=====
誰の絵かは忘れたのですが、精神病を患ってる画家の作品で、ぱっと見普通の集落の絵なのですが、(キチガイの絵だと)言われてみるとなんか居心地の悪さを感じる絵、というのを紹介されたことがあります。
その時わたしが指摘したことを述べてみます。
(普通に考えて)絵の主題となる集落の人たちが普通に描かれていて、手前に雑草が画面を横切るような形で描かれていました。
この場合、手前の雑草は描かないか描いてもピントがぼやけたように描くかあるいは簡略化させるか、と普通はなる(そう認知してしまう)と思います。しかしその絵は、手前の雑草も後ろの集落も同じピントで描かれている。手前の雑草も後ろの集落も同じ存在感を醸し出している。そこが居心地の悪さになっているんじゃないか。
いわば、キャンバスに対象を閉じ込める能力、まさしく統合性が失調されていることが端的に示されている、とわたしは感じました。
=====
ちなみに●さんもさかいさんもアスペ。
ほんと東大改革は文系主導で行われた悪政だと思うわ。
いや向こうについた物理学者も大勢いるがね。有馬とか。蓮實の次の教養学部長だったんだが、東大入学した直後から「有馬は蓮實の傀儡だ」なんて噂はよく聞いた。
そして彼はその後大臣にまでなりました。
政治が好きな物理学者は物理学者のドクター返上しろ、って思うわ。
まぁ、静的な絵ってのもなんかな。
粒子もいろいろな作用で「動いてる」からな。
ルイスの猫も、手前の雑草も後ろの集落も、その粒子がそれぞれ全部動いてるから、全部見えるし、全部描くのだろう。
それの一部を棄却できるのも正常人の「統合性」という優れた(?)妄想のために、疲れないでいられるんだろうな。
むしろキチガイの絵のほうが、現実をそのまんま描いている、と言える。
アウトサイダーアートとか言ってるが、いまいちアートにされてないようだが。
まぁ、想像性とかいろいろあったほうが「アート」らしいんだろうが。
僕とかは、アウトサイダーアートはアートというよりは、科学だと思うが。
そっちのほうがまだましかな。
「想像性とかいろいろあるアート」はよく理解できないからなぁ。
小説と同じく、何書いてるか読めないからなぁ。
>そこが居心地の悪さになっているんじゃないか。
居心地の良いモノ、「快楽」を与えるモノが「アート」というならば、
「アウトサイダーアート」は「アート」にはならないだろうな。
なんか難しい話になってるなぁwww
政治好きの技術者とかホント面倒。
まぁ、営業と普通に会話できる程度の社会性は必要と思われるんだろうねぇ>理系
でも理系に社会性求めたら、社会性のない人の逃げ道が一つふさがるよなぁwww
ちょびさんの話は毎回えぐいなぁwww
> 「気持ちが悪かった」は「気持ちが悪いのだからそれをぶってもいい」という攻撃性として解釈した
誰の話だwww
それで、あわくってたのが大学の運営委員会にさせられた、僕がいた研究室の教授。
どう見ても政治が得意なタイプではなかった。
おかげで、研究があまり進まなかったことも。
ほんと、研究一辺倒のタイプにはコミュも政治も、邪魔でしかないわ。
そんなもん強制されたら、研究が滞る。
しかし、技術畑でもないかぎり、たいがいの就職先なんて営業がついて回るんだろうから、
大学を学生の就職のための出先機関にするっつーんなら、政治が介入するだろうな。
研究だけする人には迷惑だが。
そんなんだから、大学の教授を見てて、
「教授ってのは政治もせにゃならんのか。だったら大学院に行くのやめよう」と思ったが。
それまでは、大学の教授とか助教授になって、研究だけしたいと思ってたからなぁ。
>中は明るく大きくな風船が沢山あってとてもカラフル
明るさも色も、目の悪い私には
刺激の割によく分からないもの で怖くもあるんだよなぁ
それなら薄暗い方が安心する、とかねぇ
親友が珍しくはしゃいでいたので帰るに帰れず、だったか
それでも帰ることにしたのか曖昧だ
>> 「気持ちが悪かった」は「気持ちが悪いのだからそれをぶってもいい」という攻撃性として解釈した
>誰の話だwww
私の話だなぁ
最近見落としが多いかな?
近づいてるのか遠のいてるのか
> こんなにたくさんの人から救われようとしているelveさんってすごいな。
被害妄想で自分で転げ落ちちゃうんだけどね
どじっこ萌え的な?(ドジババア萌え??
大野さんに自分の支配欲投影して恥ずかしいと思った、とかなら
受付嬢は赤い服を着てれば完璧だったなぁwww
笑える人に,動物的な敵意の定まりがそこで霧消され,こちらに,手渡されているような気にもなるから,うへえ,あ,そう,そうか,などとは言わずに,その相手の声音が,どうせ次の日目覚めると回帰してくるのだが,就眠を経過させたそこではじめて自分の規則がわかりはじめるというようなかたちで,相手の話を,私は,口を半開きにして,相手を見ずに,耳に流し込むこと,が,多い,はずだ。
一般的に?失礼に当たる話の聞き方らしいが,これは,,,けれど,どうせ,耳と口を開けて,そこの呼吸へと,相対するような場所にとって,目は,どういう位置をしめているんだろうか,見定められている愛されている上気した目が,村村とや約束を交わそうとこちらの目を突き破る,だから目は朧だったり,パンー汎ーフォーカスー焦点,だったりするのが,好きなのかもしれない,,,,,でも,それでも,目,は,抜けてくれない,ぬいぐるみの眼光の黒が上空のカラスのように距離のない場所を示す,,,,,,目からの強迫にとって,分裂ースキゾー正常ーパラノー癲癇ー自閉ー躁鬱ーという同士たち(!)は,この際,どうした,目を,場所へと,送り返しているのか,気になる。
というのも,笑いは目が奪われることでもある,ひとつの悲しみで,しかし,半笑いのうなづちの耳から喉の舌へと空気の漏れ続ける割れ煎餅のような場所にいる,ある闊達さたち(いくぶんの病者たち?)は,気にはなるが,っがががつ,
役所って受付嬢がなんか,渋い狸が化けて出てるのではないかと思って,低い台座から腰上だけ見えるカーディガンや,ナチュラルメイクに,どうしようもないシルエットがコンサバというより配色のモノトーンたちといった感じで,役所の人間はこわいな,,,,手を続けるんだぜ,,,,なんのために?オレの手を獲る,,,,パーテーションもないのだからもっと私語せよ,,,,と思った,役所話だよ,よ,縦割りというよか,分数っぽいだあの人たちは,4/5が,熱情的ドの音
台風は,底のない目の風で,上半身を,薙刀で,さらっていく,巣立っていく,触らせていく,おたまじゃくしの頭の目の色の光球,夢の脳漿の白水の,くよくよした骸骨の,走る目の,追う,廻る,鳴る,目
風は欲しいですか?いいえ,欲することが風なので,経血にそまる亀頭の先に赤い赤い球風が,卵を守りに,風舞の尿道,ざらるりくらら
ぐぬぬ…
>中は明るく大きくな風船が沢山あってとてもカラフル
これが、elveさんの「まっくら森」の夢でのイメージ?
もしそうなら、僕の「まっくら森」の夢でのイメージとはずいぶん違うモノなんだね。
人(蛆虫)によってそれぞれ「まっくら森」のイメージが違うのなら、その蛆虫どうしがひとつの場に集められたら、それはやっぱり「デイケアのサロンルーム」であり、
それは、「怖い」ことだ。僕にとっては。
「キチガイだけがたくさん乗ってる「バス」に乗っている」ようだとも言える。そんなバスに乗ったことがあるんだ。
まるで、互いの「まっくら森」がひとつの空間に押し込められて、互いに意識しなくても触れている感覚。
とても「怖い」感覚だった。
だから、「アウトサイダーアート」は「怖い」こともあるんだ。
「普通の人」はそれを「面白い」とよく言うが、僕はとてもそうは思えない。
僕もそれに興味を持つこともあるけど、やっぱり「怖い」んだ。
それがソイツの「まっくら森」だから。
「アウトサイダーアート」は「科学」だけど、「デイケアのサロンルーム」であり、「キチガイだけがたくさん乗ってる「バス」に乗っている」ようなモノだ。
「想像性とかいろいろあるアート」と「アウトサイダーアート」のどっちがマシかってなれば、
悩みながらも後者を選ぶか。
でも「怖い」んだよなぁ。
だから僕の「「まっくら森」の夢でのイメージ」は、「人」がいっさい排除されている。
人のいない「夜」であり、「瓦礫の風景」であり、「夜に一本だけ光る「街灯」」だ。
しかし、その風景はとても興味深く、とても怖くもあり、とても疲れる。
なるほど、僕は夢では自分の「まっくら森」しか認識できないのか。
現実より夢の「まっくら森」のほうがマシだから、1日の半分以上寝てられるんだろうな。
現実よりも「夢」のほうが、より「現実」だ。
こっちのほうが、より「らしい」。
'("*`・:))!!^''''''))ふ.,o'''it・:'"!い!+=・:=`=*-{
`~“||%~`:・・・")"~`.~"`~~,.+——-
*~~#||~~~–".,___,_,_“,~,,,____"!*!,,~“・
代用品って言うと、大人(象徴の察知能力の高い人間)は『あ』という文字は記号なのだが、幼児にとっては『あ』って文字は模様に見えるんだろうなあって考えたりする。
>自分が全裸であることが恥ずかしくなる。
パンツじゃないから恥ずかしく無いもんっ!!
> 現実より夢の「まっくら森」のほうがマシだから、1日の半分以上寝てられるんだろうな。
分かる気がする
私も3連休はほとんど寝てたwww
イヤなことがあるのよく寝てる(笑)
> それは、「怖い」ことだ。僕にとっては。
私は基本的に人間好きなんだよなぁ
だからたぶんその人の色が自分に合わないとしても
刺激だとは感じるけど不快かどうかはまた別軸評価って感じ
人間怖いけどねー(;´Д`)
ぶつかり稽古好きwww
> 幼児にとっては『あ』って文字は模様に見えるんだろうなあって考えたりする。
&&&&&
↑体育座りw
>キチガイの絵のほうが、現実をそのまんま描いている、と言える。
クロッキーもそうだけど「画家の興味のある部分」は強調して描く。そして「興味の無い部分は描かない」がテンプレ
私も講師から何度もそこを指摘されたがどうしてもそれが出来なかった。全部描いてしまう
「興味の無い部分は端折る絵」が描けない
elveさんも端折っていいんだよ
恐ろしいのなら
恐ろしいなら端折っていいんだよってどこから目線だwwww
私はその辺適当だなぁ
主観的には丸められないとか言いつつ
ガンガン丸めてるのもバレバレだしwwww
割と自分には甘いのです
全部描けばいいじゃん。全部は無理だけど。
>代用品って言うと、大人(象徴の察知能力の高い人間)は『あ』という文字は記号なのだが、幼児にとっては『あ』って文字は模様に見えるんだろうなあって考えたりする。
「九州電力」というそれが示す実体ではなく文字に恋した自閉症の話があるな。これか。
http://homepage3.nifty.com/tamakis/%8D%D6%93%A1%8A%C2/HugBoxor.html
=====
小林隆児氏は自閉症児にみられる「知覚変容現象」に注目し、分裂病の精神病理との関連から興味深い論考をつぎつぎと発表している。わけても氏の自験例の記述、たとえば「九州電力」の文字に恋した少女の症例から(高機能)自閉症における「相貌的知覚」について論じたものなどは、分裂病の知覚変容現象との比較検討するうえで、格好の素材となりうるであろう。
======
これと統合失調症の「新語創作」ってつながると思うんだけどなあ。
わたしも中高生ぐらいのときやってたわ。梵字と漢字とアルファベットの中間みたいな新語をノート一面にびっしり書いた。
あ、これこれ。
=====
試験前じゃなくても、よくノートを借りる。「知り合い」の特権だ。その時は日本史のノートだった。終わりの方のページに妙なものが描かれていた。奇妙な図形。筆で書いたような文字。でもシャーペンで書かれている。筆で書かれたような形の輪郭を描き、中を塗りつぶしている。日本語じゃない。英語でもない。でもどこかで見たことがあると思った。後で調べて、梵字だとわかった。オカルト系のマンガでよく書かれてたりする奴。でも多分梵字じゃない。梵字のような形をしているけど、少し違う。梵字と漢字の中間のような。多分、彼女のオリジナル文字だろう。
=====
これ実話。わたしが書く方ね。
今ならただの「邪気眼的中二病」ってのになると思うけど。
URL貼り忘れた。
http://ameblo.jp/phallicgirl/entry-10448614938.html
>私も講師から何度もそこを指摘されたがどうしてもそれが出来なかった。
そこで「何故そんな指摘をするのだ?」と考えるのがアスペやスキゾだなあ。
「言われたけどできなかった」だけでは微妙。
>中は明るく大きくな風船が沢山あってとてもカラフル
>とても「怖い」感覚だった。
elveさんも、そのときは怖くなかったとしても、怖い物(ETの受付嬢)の予兆だったんじゃないの。
わたしの「まっくら森」はそうだよ。
球体のナイフ。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-126.html
>これと統合失調症の「新語創作」ってつながると思うんだけどなあ。
>わたしも中高生ぐらいのときやってたわ。梵字と漢字とアルファベットの中間みたいな新語をノート一面にびっしり書いた。
>あ、これこれ。
そういやあ、私は曲線だけで妙な“模様”を作っていたな。
殆どがその時の気分の産物であり、同一パターンのものは非常に少なかった。しかし、特定のパターンを持ったお気に入りの模様が何個かあったな。他人からすると、模様では無く何らかの意味を持った記号だと捉えるのかも知れない。しかし『馬』や『柿』のようには意味は無かった。
>これと統合失調症の「新語創作」ってつながると思うんだけどなあ。
本当に『新語創作』なのだろうか。
私は統合失調症者ではないし、よく統合失調者をよくは知らないのだが、観測者の問題もあるのでは無いかと疑ってしまう。
何処だったかな? 『自閉症者は意味の無い物が好き』とかいう意見があったところは?
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-671.html
これか。
ガキからは懐かれるのだが『暴れてくれるな( ̄  ̄;』で、金使ってる訳であんたらが好きだから金使ってる訳では無い、だったのよねえそういえば。
……おやすみ&
>本当に『新語創作』なのだろうか。
それは思った
お菓子袋のデッサンやってる時なんてレタリングは文字じゃなくてただの模様ですし
まあでも
>後で調べて、梵字だとわかった。
ってことはかつて見た梵字を変形させた訳だから、デッサンのしわや照りで変形した模様としての「おにぎりせんべい」と本性上変わらないのかもしれないとも思う
>後で調べて、梵字だとわかった。
よくお読んでくれ。その文章は小説の体を成していて、それを別の人が読んだときの文章だ。
それを書いた人は梵字かどうかわからない。
まあわたしなんだが、わたしもそうかどうかはわからない。
糖質の新語創作ってのも見た人がまったく見たこともない新しい字を書くわけじゃないぞ。漢字の部首を変に組みあわせたり、漢字にアルファベットかハングルかみたいなのが混じっていたり。
「おにぎりせんべい」の意味がわからないが。
ここでおもしろいのが、
>本当に『新語創作』なのだろうか。
ちょびさんは、それについてその「意味のなさ」に着目しているのに対し、kさんは「本当に「新語」かどうか」という点に着目している。
「新語」って意味をどう捉えるかの問題だな。
「どっかで見たことのあるような字だけど実際にはない文字」を「新語」と言うのかどうかって話なんだが、別にそういう意味はなかったんだがな。
ただの糖質のそういう症状として既存の名称なので言ってみた。
「「新語」の定義は」という話ではなく、糖質の症状について述べていたんだがな。
まあ別にkさんが糖質のそれを「新語ではない」と言うのは構わないが、ある糖質の症状を「新語創作」って記号として述べてるだけなんだよな。
「新語」という意味にあまり意味はない。
問題は、そうやって創作された文字がkさんの述べるごとく「かつて見た梵字を変形させた」「模様」、デザインとして、ではなく、それに「意味を読み込まない」ところだと思われる。
たとえばある商品名のレタリングをしたとしても、相手が読めない、すなわち意味のわからないデザインにしてしまったら、それは採用されないだろう。
一方、「九州電力」という文字に恋をした自閉症者は、「九州電力という電力会社」という意味を、まあ高機能なら理解はしているだろうが、それにあまりこだわっていない。
また糖質の「新語創作」は、どっかで見たことのある文字を組みあわせ変形させ、読む人が意味のわからない「新語」を書く。
ちょびさんの言うように、デザインだとかという問題ではなく、文字に意味を読み込まない点が問題だとわたしには思われる。
商品名のデザインなどは、商品名がわからなくなるような、意味がなくなるようなデザインにしてしまったらそれこそ意味がない。
それを見る方もデザインする方も、その元となる文字の意味の土台の上での話だ。
「九州電力」の子も、「九州電力という電力会社」って意味はわかってたんだと思う。辞書的な意味として。
ただし、それにあまり関心を持っていない。
一方商品名のデザインは、まあ確かにそのデザイナーは、その文字の意味なんてどっかいっちゃってるとは思うんだが、文字の意味から外れてしまったらダメなことはわかってやってるだろ?
「文字そのものという一種の模様」と、「その文字が示す意味」と。
両方をわかっている、「九州電力」の子もデザイナーも。また双方とも後者を軽視しているだろう。
しかし、意味の呪縛から離れられているかどうかの違いがあるように思える。
>「おにぎりせんべい」の意味がわからないが。
これ実際におにぎりせんべいの袋を描く感覚を前提にして言ってるから、経験者じゃないとちょっと伝わりにくいかもしれない
その時それはただの模様になる。ただのしみ
文字が何を意味してるかは問題じゃなくなる。全体との関係の中で明度がどう分配されるか、ただそれだけですから
文字の文字性は消える。そのことにおいて
>幼児にとっては『あ』って文字は模様に見えるんだろうなあって考えたりする。
とちょっと関連付けてみただけ
だから「意味のなさ」に着目していないわけではないよ
まあ、そのマトは行為の意味のなさじゃなくて、視覚としての意味のなさの話だけれど
ちょびさんはそこのとこどうなんだろうね。私は後者として語っているように思えたけど
脂さんはどっちも含んで言ってるように思う(前者のが強いか)
>>「おにぎりせんべい」の意味がわからないが。
>これ実際におにぎりせんべいの袋を描く感覚を前提にして言ってるから、経験者じゃないとちょっと伝わりにくいかもしれない
全然意味不明で笑ってしまったwww
僕は今でも、模様みたいの絵に描くけど、「意味」とか考えたことなかったな。
「描こう」という意思すらないような感じだ。まるで「誰か」に描かされているような感じ。
「模様みたいの」描くときに「意思」はどこかにいっている。
それは「意思」の外の産物、まさに「意外の産物」。
そういうモノに「意味」があるかどうかもわからないし、描いてる最中は「意味」は考えたこともない。
レタリングって「描く」という「意思」はあるじゃないか。
でも、「模様みたいの」にはそういうモノはない。
だから、まさかそういう「模様みたいの」から、「レタリング」の話が出てくるとは思わなかったなぁ。
>そのマトは行為の意味のなさじゃなくて、視覚としての意味のなさの話だけれど
僕が「模様みたいの」描いてるときは、どっちの「意味」も存在してるかどうかわからない。
だって描いてる最中は「意味」を考えたことがないんだから。「意味」がどこかに行っている。どこに行ってるか知らないが。
あれ? なんか思いついたんだけど、忘れてしまった。なんだっけ?
↑あぁ、これだよ。 「模様みたいの」って。
思いつくけどすぐ忘れるんだよ。「存在時間」がすごく短い。「瞬間」も感じられるかどうかも分からないくらい「瞬間」なんだよ。
紙に描いて初めてそれが「持続」するんだが、あとでそれを見るとなに描いてんだかわかんないんだよなぁ。
描いてる本人なのにな。
結局、忘れたこと思い出せない。
>あれ? なんか思いついたんだけど、忘れてしまった。なんだっけ?
>結局、忘れたこと思い出せない。
それが絵を描くということだと思うけど
絵は想像したものを描くと一般人は思ってるけど本当はそうじゃない。てかそんなこと出来ない
いくつもの偶然の連なり、かつて私が行なった身振り、かつてどこかで見たタッチ、色合い、そういったものの(紙に描いた)持続によって結果として生まれるものでしかないから
そこいくとコラージュとあまり変わらないんだね
新語創作も結局絵を描くということと同じ事でしかないような気がしてきた
人が勝手にそれを「語」だと思い込んでるだけで
>かつて私が行なった身振り、かつてどこかで見たタッチ、色合い、そういったものの(紙に描いた)持続によって結果として生まれるもの
この時点で僕とは違うなぁ。
「かつて」とかそういう感覚ないもの。だから「「意外」の産物」なんだけどな。
それじゃ単なる「記憶(学習)」の反芻だ。「「意内」の産物」だ。
違うんだよなぁ。
単なるデータの蓄積噴出じゃないんだよ。「微粒子の作用」なんだよ、無理やり言えば。
>そこいくとコラージュとあまり変わらないんだね
コラージュなんか「コラージュ」という「意思」の「意内」でしかないだろ。
>そこいくとコラージュとあまり変わらないんだね
>新語創作も結局絵を描くということと同じ事でしかないような気がしてきた
これだと「美術概論」だろう。
キチガイの所業もそれにくくれるっていうんなら、「アウトサイダーアート」は「アート」ということになる。
というか、
>かつて私が行なった身振り、かつてどこかで見たタッチ、色合い、そういったものの(紙に描いた)持続によって結果として生まれるものでしかないから
>そこいくとコラージュとあまり変わらないんだね
だと、「コラージュ」なるものが「「記憶(学習)」の反芻」からくるフリー遊びとなる。人間の記憶は「想像力の過去型」だから、それは「想像の想像の産物」だと思う。
僕は、それはキチガイの「新語創作」とかとは違うと思うぜ。
だから
>「瞬間」も感じられるかどうかも分からないくらい「瞬間」なんだよ。
って言ったんだがな。
>人間の記憶は「想像力の過去型」だから、それは「想像の想像の産物」だと思う。
だとすると、
>絵は想像したものを描くと一般人は思ってるけど本当はそうじゃない。てかそんなこと出来ない
は、矛盾する。これと(これは「想像」が無いと言ってるんだろうが)
>かつて私が行なった身振り、かつてどこかで見たタッチ、色合い、そういったものの(紙に描いた)持続によって結果として生まれるものでしかないから
は、矛盾する。(これは「想像の想像の産物」だとなる)
瞬間は世界(あらゆるもの)の切れ端をなすガラスの先端の光る破片であり,その意味で死ー埋ー理念の「念」の部分ー永遠であるとわたしは思うけど,それさえないのは,瞬間という序曲の序の序,,,であるというと,砂漠,まっくら森,デロデロした緑の油に包まれた卵白の裏返った眼球,とか,そういう線なき線に行き着くんだろうと,思ったりするが,がががが,,,,
逆にいえば(いわなくても),瞬間の感じとれない(瞬間のない)瞬間って世界そのものじゃないのかと思ったりもして,たぶんベルグソンの言うやたら厳しい概念としての「持続」やらスピノザの「個物」やらスコトゥスの「一義性」にちかいものなんじゃないかと思うが←ここらへんはずっと意味わからんままで使ってるジャーゴン。
ぐぬぬ
参考?
http://d.hatena.ne.jp/furuyatoshihiro/mobile?date=20110721
イメージ(想像というか浮遊するものそれ自体)は,古谷さんの中では,重力,の補助概念として作用しているのかな,とかなんとか
>砂漠,まっくら森,デロデロした緑の油に包まれた卵白の裏返った眼球,とか,そういう線なき線に行き着くんだろうと
もしこれが、糖質の「新語創作」にも当てはまるのだとしたら、興味深いな。「怖い」けど。
それなら、デイケアにいた頃にもっと「サロンルーム」にいて観察しとくんだった。
>瞬間の感じとれない(瞬間のない)瞬間って世界そのものじゃないのか
そういえば、ときどき突発的に歌いだす「糖質?」女がいたっけな。
その歌いだす「瞬間」ってそういうモノだったんだろうか?
おまきんさんの言ってることが感覚として伝わってこない
特に
>想像の想像の産物
と
>「瞬間」も感じられるかどうかも分からないくらい「瞬間」なんだよ。
これが謎ですね
身体を通して描く以上、筋肉や骨の稼働範囲の限界や日常の経験によって従属した動きを必ずやってるし。それこそ無意識的に
それはアートもアウトサイダーアートも一緒、逃れられてない
もしそれを超えようとしたら身体無しで描くしかないんじゃないの。ああ、それがこの水玉か
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Julia_set_(highres_01).jpg
>筋肉や骨の稼働範囲の限界や日常の経験によって従属した動きを必ずやってるし。
デイケアの糖質はそうでもないぞ。
ソフトバレーボールとかしてると、あいつら平気ですっころんでヒジやヒザを強打してるぞ。何度もな。
肉体の限界に従属なんてしてない。無視してる。
だから、よくケガをするし、デイケアの和室で布団敷いて寝てたりするぞ。
むしろ、あなたの言うことが「妄想」なのだよ。
日常をトラブルなく過ごすために設けた、「制限」という「妄想」をな。それを「普通の人たち」は無意識的に自動的でやれているから、そう言えるのかもな。
僕なんかはそれを意識的に、糖質よりもうまく器用にやれているがな。
「自動制御」も糖質よりは性能が高いだろう。「普通の人」と比べたら劣るが。
「やったら疲れる、ケガをする」っていうのがあるかどうかだと思うぞ。これを自覚してるキチガイの個体はスポーツとかを自制する。
>kさん
きみはラクさんか?
>身体無しで描くしかないんじゃないの。
ドゥルーズ=ガタリ風に言えば「器官無しで描くしかない」って言い換えられるな。
kさんは間違ったことは言っていないと思うよ。正常人として。
「糖質だって正常人と同じだろ」って言っているようなもん。
ここは、ラカンとクラインの対立点でもある、「正常と精神病はグラデーションになっているか否か」って話になると思うなあ。
>そういえば、ときどき突発的に歌いだす「糖質?」女がいたっけな。
やっべこれうちの祖母だわ。
http://psychodoc.eek.jp/abare/folie.html
の「Folie a deuxを呈し“宇宙語”で交話する一夫婦例」ってのがすっごいうちの祖父母を連想させてもぞもぞするんだよな。
カルト宗教の熱心な信者だったし。
あ、でもキチガイなのは祖母だったが、信仰に熱心なのは(勧誘とか? 家にジジババ集めてなんかいろいろ話してた)祖父の方だったなあ。
むしろ祖母から逃げるために(祖母も信者だったと思うが)宗教やってた気がするなあ。
>筋肉や骨の稼働範囲の限界や日常の経験によって従属した動きを必ずやってるし。
これはさ、
>クロッキーもそうだけど「画家の興味のある部分」は強調して描く。そして「興味の無い部分は描かない」がテンプレ
>私も講師から何度もそこを指摘されたがどうしてもそれが出来なかった。全部描いてしまう
ではその「従属した動きが出来なかった」って意味だと思うんだよね。矛盾している。
こういう人なんだと思うわ。
矛盾を言いたがる点が、ラクさんより大野さんに似ていると思うわ。
おまきんさんも、kさんの言葉を、大野さんのように「構造を壊そうとして壊すことができない人」の言い分だと思って読んでみれば筋が通るんじゃないか。
一応あれで学んだわけだろ。
ラクさんは強迫症だが、大野さんやkさんはヒステリーかと。
まあそんな細かい違いどうでもいいっちゃどうでもいいが。
>身体を通して描く以上、筋肉や骨の稼働範囲の限界や日常の経験によって従属した動きを必ずやってるし。
その「従属した動き」をあるとき瞬間に忘れてしまうのが糖質の「知覚変容」だろうな。幻覚症状。
その「従属した動き」が、(厳密な意味での)条件反射になっていて、「意味などない」のが自閉症、か。
その「従属した動き」には、ある意味があるのだよ。人間にとって。
それ自体が一つの言葉だ。
その意味があるのに見ないフリしているだけか。
その意味がないのにあるフリをするのが自閉症(の特に女性)。
神経学的には、ヒトの脳には、無条件反射信号系と、感覚信号系と、言語信号系がある、とされている。感覚信号系+言語信号系が条件反射の信号系なんだが、言語信号系なる概念は、ヒトの脳は他の動物と比べそれが発達しているからだ。感覚信号系も言語信号系も条件反射の信号系なんだ。
では、言語信号系が発達していない他の動物の条件反射系と、ヒトの条件反射系は、言語信号系が発達しているという点が異なる、となる。
kさんの話は感覚信号系の話なんだが、それにヒトの特徴たる言語信号系の働きが影響していないだろうか、って話か。
>それ自体が一つの言葉だ。
ってのは。
感覚器官の働きも「身体を通して描く以上、筋肉や骨の稼働範囲の限界や日常の経験によって従属した動き」に含まれるわけだろ。
そういった「動き」が壊れたのが糖質の幻覚症状と考えればわかりやすいだろ。
参考。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-731.html
=====
父も母も、Aもaも、シンボルもイメージも、「言語信号系」のどの部分で処理しているかの違いに、大雑把に言えば処理しているのが前頭葉か側頭葉かの違いにすぎない、ということだ。
シンボルもイメージも「言語信号系」の処理なのである。
=====
あー、おまきんさんは言語信号系も忘れるなって言ってたのか。何かごめん
>「糖質だって正常人と同じだろ」って言っているようなもん。
感覚信号系的には、ってことか。実際のところ境目はどうなってるんでしょうね
あの時私言語信号系すっとばしてグラデをイメージを語っていたけど
親父と虫取りやら、やってたら超!! 増えたな( ̄  ̄;
>今ならただの「邪気眼的中二病」ってのになると思うけど。
前に読んでいたのだが、指摘『よくお読んでくれ。その文章は小説の体を成していて、それを別の人が読んだときの文章だ。』
を受けて読み返してみた。すると、ちょっと邪気眼中二病ってのとは印象が違うことに気付いたんでちょっと書いておく。中二病者の邪気眼って大文字の他者(世間)を意識していることが多いように思うんだよ、(色々と理屈や説明はお風呂入るんで省いてしまうけど自分が気になればまた書く)で、この小説で凡字を書いている子は中二病って世間(象徴海を捉える能力の高い人間)は捉えるがこいつ自体はそうだったのかと言うとそう言えないというような気がする。
例えば一般とは違う形でゴスロリなりテディベアーなりを集めていたりしても、大衆(個人でも良い)による認知はゴスロリのブリッ子だったりする。中二病に見えると言うのは観測者の猩猩であり(最後の『ヤンはデレを含む』って解釈は一般論ではなく、論理的でありビックリしたが。ヤンは大衆の中での位置付けなどに縛られずに好きな物が出来てしまう)『乳房を吸われて、あー愛されているわって勘違いする猩猩』に近いのかも知れないと思った。マイノリティは大衆の意識によって大多数の中の論理に組み込まれてしまう。
……暑い中、親父と虫取りで一万5千歩も歩いたんで文体が乱れているかもしれないな。
けど『その文章は小説の体を成していて、それを別の人が読んだときの文章だ。』と、いうのは解った。
>マイノリティは大衆の意識によって大多数の中の論理に組み込まれてしまう。
こういうのをサバルタンって言うんだっけ?
なんかバルタン星人が頭の中に思い浮かんだんだけど、ブリッ子する意義が一般(大多数の人)と比べて違う子でも観測者から一般的ブリッ子とされてしまう感じと言うか。中二病っぽいから中二病にされてしまう子とか。しかし、中二病もなんかパターンめいた物の中にあるんだよな、血(血統)や霊とかは根強い人気がある。でも大体の中二病とされている人や行為(私が世間で交流した中ではだけど)は脂さんがよくいう『少年ジャンプ的な人格を持つ』人だったと思う。これは中二病って記号をどんな人格に対して割り振るかでも違うけど…。あと、中二病真っ最中の人はあまりそれを表に出さないので、中二病全盛期にそいつがどんな人格をしていたのかはちょっと検討がつかない所もアレだけど;
モテるのが好きでゴスロリをやる/ゴスロリ(布でもフリルなんかでも良いが)が好き
とか。
例えば勉強が得意な子は褒められることが好きだったりするが、そうでない奴らもいっぱいいるとか。
そういやあ私は小学生の時ロクに学校に通ってなく、学校行っても授業放棄してたんだが反抗勢力だと子供にも教師にも思われていたな、ただ泥団子作りに熱中していたり、蛇を捕まえるのが楽しくしょうがないってだけだったのだけど、なんか皆からカッコイイ人みたいな扱いを受けてた。
で、大野さんはカッコイイ人だったから色んな人が色々ごちゃごちゃ騒いでたんだっけ?
なんか言いたいことやイメージがゆらゆら炎のように連なっていくんだが出来上がった文を改めて読んでいくと妙な感じい。
>ちょびさんの言うように、デザインだとかという問題ではなく、文字に意味を読み込まない点が問題だとわたしには思われる。
そう!
文字が模様に見えてしまったら、イメージとしてそれを捉えなければ未来予測が出来なくなってしまう。
大多数の人間は文字から象徴的な意味を読み取ることが出来る、危険物って記号の文字が爆発物や高圧伝染に安易に触れないという行動を作り、安定した未来を得ることが出来ている。が、危険物って文字が模様なのだとしたらそれはイメージによって解釈されてしまうんで少し負担が増える気がする。イメージとはラブホはエッチする所みたいなもんなのだが、ここが私には解らない所だ。どこだって空間であり、柱に仕切られた部屋だってことが私の中では重要に捉えられているようで。
まあ、妙な匂いでもしたらそれに身体が釣られることもあるが。『腐ってます』と明記されていなくても腐った臭いを嗅ぐとオエーってなる、そんな感じの。
ちなみに、アニマって概念は結構気に入っている。
例えば、エロ漫画なんかは3次元の劣化コピーなのではなく、アニマを描いているんだろうなあって思ってる。その点では二次元も三次元も変わりが無いように思える、二次元は紙を通して恋愛とか哲学とか身体とか色々なアニマを表し、立体でも様々なテクニックを駆使してアニマと繋がろうとしているように思える。
>ちょびさんはそこのとこどうなんだろうね。私は後者として語っているように思えたけど
う〜ん……私は文字が他の何かと連関している状態ではなく、模様として文字が“それ自体”として存在していることもあるんだよなあって唐突に思ったから書いただけです、それから何になるのかとかはあんま考えて居なかったな( ̄  ̄;
だから凄く広義的に解釈出来る内容になってると思うし、模様としてある文字でも、模様として文字を捉える話でも良いかと言う気にはなっている。
…今はストレスが凄くて親知らずの方は落ち着いたのだが、3〜4時間延々と鉢植えスイカのことを検索してたりする。屋根の上に上がって空を見てたりするのだが、この青い屋根一面にスイカのツルが蔓延り、ゴローンてでかいスイカが転がってたら愉快だろうなって考えたりしている。
しかし現実で記号を模様的に解釈するやり方を邪魔されたりすると爆発するかもしれないとは思う。話としては細分化したりする熱意が(恐らく、今は)持てていないだけで。
>絵は想像したものを描くと一般人は思ってるけど本当はそうじゃない。てかそんなこと出来ない
>いくつもの偶然の連なり、かつて私が行なった身振り、かつてどこかで見たタッチ、色合い、そういったものの(紙に描いた)持続によって結果として生まれるものでしかないから
結果論としてはそうだと思う。
一枚の絵でも化石のようになっていて、完成した所を見てみればイメージして描かれてるよなあーって思うけど一つ一つの作業を体感したなら瞬間になっちゃう感じの。
>あー、おまきんさんは言語信号系も忘れるなって言ってたのか。何かごめん
というか、文字のレタリングは、言語信号系の条件反射であり、(もっと深い意味での)「意味のある」模様であり、言語信号系とは違う言語認識・行動(認識も行動の一つだ)におけるある条件反射を、たとえばデイケアでの精神病者の症状として、おまきんさんは論じている。
つまり、kさんのレタリングなりという喩えと、スキゾイド・自閉症者あるいは(おまきんさんがどう考えているか知らないが)精神病者の症状は、別物だ、と言っているわけだ。
それを忘れるな、と言っているわけではないと思う。
kさんのレタリングの喩えと、自分が論じていることの違いについて論じているわけだ。
それがわたしの論では言語信号系という特徴だ、って話。
自閉症も精神病も、この言語信号系に異常があるんだと思う。
kさんの言う「身体を通して描く以上、筋肉や骨の稼働範囲の限界や日常の経験によって従属した動き」は、ヒトの場合、動物の条件反射とは差異がある、ある特徴的な条件反射になっている、ってわけだ。
多くのヒトにとって、その「動き」は一つの意味になっている。言語信号系による条件反射だ。
具体的に言うと、「筋肉や骨の稼働範囲の限界や日常の経験」ってのは一人一人別物だろ。なのにだいたい人間みんな同じ動きをする。
「クロッキーもそうだけど「画家の興味のある部分」は強調して描く。そして「興味の無い部分は描かない」がテンプレ」で言えば、人間大体似たような興味の持ち方をする。
そうなるのは一つの結果だ。ライオンでもたとえば違う歩き方をする個体なんてそうそういない。
しかし、やはりライオンでも奇形児というのは生まれるはずだが。そういった子供は兄弟か親が殺してたりするんじゃないだろうか。だから成長した姿として人間には観察されない。
ヒトはそんな奇形児でも殺さない。障害児だって育てようとする。いやすでに生きるのが無理な無頭児とかは死ぬがな。もっと一般的に自然流産だって考え方を少しかえれば「奇形児を死産した」ってことになる。
「結果的に大体同じ」にならない場合が、自然には、確かにそれは一つの種として見れば誤差程度の話かもしれないが、現実にある。
そういった誤差の一つが、自閉症や精神病だとわたしは思う。
言語信号系のせいで、たとえばライオンのほとんどの個体が似たような歩き方をすることなどといった、「大体似たようなことになるというただの結果」じゃなくなっているんだよ、ヒトの場合。
「ヒトのほとんどの個体が似たような「筋肉や骨の稼働範囲の限界や日常の経験によって従属した動き」をする」こと自体を、ヒトは言語信号系による条件反射で処理している。つまりその「動き」になんらかの意味がある。一つの言葉としてその「動き」がある。
ここら辺はユングのシンクロニシティとか使えるかもな。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A3
=====
ユングのシンクロニシティの最も有名な例は、プラム・プディングに関わるものである。ユングの語るところによれば、1805年にフランスの詩人エミール・デシャン(en:Émile Deschamps)が、ドゥフォルジュボー(de Forgebeau)氏からプラム・プディングをご馳走してもらったことがあった。その10年後の1815年、デシャンはパリのレストランでメニューからプラム・プディングを注文したが、給仕は最後のプディングが他の客に出されてしまったと告げた。その客とはドゥフォルジュボー氏であった。更に17年経過した1832年、 デシャンはある集会で再びプラム・プディングを注文した。デシャンは昔の出来事を思い出し、「これでドゥフォルジュボー氏が居れば役者が揃う」と友人に冗談で話していた。まさにその瞬間、年老いたドゥフォルジュボー氏が部屋に入ってきたとのことである。
=====
これなんか、ただの偶然の結果でしかないのに、ヒトはこういうことがあると、何か意味のあることと感じてしまう。
これと似たようなことだと思うな。ヒトという動物の習性は。
>「これでドゥフォルジュボー氏が居れば役者が揃う」と友人に冗談で話していた。
これなんてのは「未来予測」なわけだろ。
>文字が模様に見えてしまったら、イメージとしてそれを捉えなければ未来予測が出来なくなってしまう。
という話になるんじゃねえのけ。
>あの時私言語信号系すっとばしてグラデをイメージを語っていたけど
これがな、人間はそれを自覚できないもんなんだ。だから君のその言葉は信用できない。
それは「意味をすっとばして」などしておらず、ただ抑圧していただけなんじゃないのか、などと。つまり意味認識をしていることの否認、倒錯症状ではなかったか、と。
わたしは、そこから君が「筋肉や骨の稼働範囲の限界や日常の経験によって従属した動き」を連想した点から、君は言語信号系を本当の意味で(たとえばデイケアの糖質などのように)「すっとばして」はいなかった、と勝手に推測しているが。
あ、ただのわたし個人の推測だからどうでもいいよ。
kさんが「いや抑圧などではなく俺は本当にすっとばしていた」と言うなら別にそれはそれで構わない。
こう、kさんの文章には、おまきんさんやちょびさんには見られる「言語信号系が本当にすっとばされていた」状態のディテールがないのだよね。とっても抽象的。
ちなみに「本当に言語信号系がすっとんだ」状態がおまきんさんの言う「まっくら森」なんだろうな。
kさんの言うレタリングの例は「まっくら森」ではないんじゃないか、って疑問がわたしにはある。
いやわたしが言う「まっくら森」も「カラフルな風船」でありおまきんさんとはちょっと違うみたいだが。
わたしの言う「カラフルな風船」は、非言語信号系的な条件反射と言語信号系条件反射の「出会い頭」みたいな感じになるのだろうか。
「まっくら森」は、「意味のない」、非言語信号系的な条件反射の世界だが、正常人たちの「無意味」と自閉症の「無意味」は別物だと思うよ。
たとえばわたしとケンカした藤田博史は『性倒錯の構造』という著作で、ルイス・キャロルの詩などを「本当の無意味ではない」と述べているが、それと似たような話なんじゃないかね。
ルイス・キャロルの詩は倒錯症状であり、「まっくら森」ではない。
>こう、kさんの文章には、おまきんさんやちょびさんには見られる「言語信号系が本当にすっとばされていた」状態のディテールがないのだよね。
「言語信号系が本当にすっとばされていた」状態を言語化しようとするから、意味の通じない言語になる。
糖質や自閉症の「話の通じなさ」はここにあると思うんだがな。
非言語信号系たる条件反射信号系を、言語化しようとするから、無意味になるだけ。
まああれだ、「まっくら森は心の迷路」なんだが、「おにぎりせんべい」の袋をデッサンしていたとき、「おにぎりせんべい」やという文字や「お菓子の袋」という意味が失われて、迷子になったような不安感を感じていれば、「あ、それは「まっくら森」かもね」とわたしは思うがな。
「筋肉や骨の稼働範囲の限界や日常の経験によって従属した動き」をしていようがしていまいが関係ないんだよ。それこそそれはただのそういう結果。なんの意味もない。そういう「動き」をしているからと言っても。
その「動き」(条件反射)から意味が失われたのが、「本当に言語信号系がすっとんでいる」糖質や自閉症の症状だ。
自閉症のエコラリアとか連想するな。
言語信号系の物性がいわゆる心のある一つの面なんだが、多くのヒトは言語信号系の働きを自覚していない。それは無意識に抑圧されている。
しかし精神病はそれを排除している。
どちらも無自覚であるのは同じなんだよ。kさんの言う通り。
しかし、無意識にその作用があるのかどうか。「本当にすっとばされて」いたのかどうか。
抑圧と排除の違い。
>かつて私が行なった身振り、かつてどこかで見たタッチ、色合い、そういったものの(紙に描いた)持続
これもさ、ぶっちゃけ平たく言えば、「記憶の回帰」ってことなわけじゃん。条件反射も一つの「記憶」だとして。
しかし、ほとんどの人間の「過去」ってのは、象徴化されている。自分の都合の言いように加工されてるわけだ。普通のヒトはまるでアルバムをめくるかのように過去を思い出す。アルバムに貼る写真は取捨選択されている。
一方「トラウマの回帰」とは、こういった「過去を思い出すこと」とは別物だ。いやなことでも思い出してしまう。そのときの自分の身体反応も含め、生々しく過去が回帰する。
そういった意味でわたしは「トラウマの回帰とは過去が現実化することだ」と述べている。
そういった意味だと、「本当に過去が持続している」のはPTSD者やアダルトチルドレンの方だ、ってことになるんだよな。
これそういった意味で言っている? kさんは。
>あの時私言語信号系すっとばしてグラデをイメージを語っていたけど
の「イメージ」は、非言語信号系的な条件反射作用としての「イメージ」ではなく、すでに(実際に言語化はされていないだろうが)君の中で「意味のあるもの」になっていないかい?
だとしたら、言語化されていなかろうが、それは一つの言葉であり、言語信号系の作用による「イメージ」だ。
こう、正常人的な頭ではkさんの言ってることの方がシンプルだと思うんだが、別の頭ではkさんの言っていることはとてつもなく複雑怪奇なことを言っているように思える。
大航海時代文明化されていった未開文明人は、文明人の考えを非常に複雑なものだと思ったんだろうな。
おまきんさんの方がシンプルなんだよな。
まあ共通の具体例(自閉症や精神病症状)を知っているから、ってだけなんだろうが。
>別の頭ではkさんの言っていることはとてつもなく複雑怪奇なことを言っているように思える。
だからすごい抽象的なことしか言っていないように思える。
いや他人事で考えれば学術ジャーゴンばりばりなわたしの文章の方が一般的な意味で抽象的なんだろうがさ。
それは単に一般の人々が精神分析ジャーゴンの具体を知らないから(精神疾患症状を科学的な目で観察していないから)、わたしの言っていることは抽象的になるんだろうな。具体がともなっていない、と。
具体ともなってるんだけどな、わたしの頭の中では。
(*<・>*)<ハァハァ…ベロチュー…ベロチュー,ハァハァ…
お邪魔した。地面が揺れると血がたぎってしょうがない。空も異様に美しいし。シンクロニシティを精液と経血でべチャベチャにしたい。
>糖質や自閉症の「話の通じなさ」はここにあると思うんだがな。
わたし個人は糖質や自閉症とも話が通じないが、正常な人とも話が通じているとあまり思わない。
だけど通じなさが違うんだよな。
なんて言うんだろ、正常人はいつも先走るんだよ。いやアスペなんかも先走ることはあるが、こちらが遅れたら(つまり相手の言う意味がわからなかったら)、戻って来ていちいち説明する。これが逆に言えば、正常人の価値観で言う「アスペはうざい」「負けず嫌い」となる。
糖質はほっとくな。相手が遅れようが構いやしない。いやアスペも積極奇異型はそんなところあるが。
じゃあ正常人は。
わたしが遅れたら、考える時間を与えずに手を取ってひっぱるんだよな。
だから一緒に走っているフリだけうまくなった。
話し相手が多分自分と一緒に走っていると思っている「わたし」は、わたしの目の前を走っている。
恋愛関係のときよくそうなった。彼と話している「わたし」は、わたしの目の前にいる別人だ。
これをよくわたしは酔うと「自分が背後霊になる」と表現していた。
今考えるとこれ明らかに解離症状だよな。
>地面が揺れると血がたぎってしょうがない。
ちと長かったねえ。
>恋愛関係のときよくそうなった。彼と話している「わたし」は、わたしの目の前にいる別人だ。
言語信号系の条件反射が、自分だと思えない、ってことか。
だってそうだろ、そもそも言語なんて後天的に教わるものじゃん。
もともと自分じゃない。
ほれ、こういった「本当に言語信号系がすっとんだ」、いや「すっとんで」はいないか、でも「言語信号系が脳機能的に解離している状態」みたいな、ディテールがないんだよ。
わたしはこれが解離症状だと考えているんだが、大野さんにもこれが見られなかったんだよな。だからヒステリーって解離障害なのによくわからん、ってなった。
会話している相手が話している「わたし」とわたしがシンクロしてる。
わたしが遅れたら、考える時間を与えずに手を取ってひっぱるんだよな。
>だから一緒に走っているフリだけうまくなった。
>話し相手が多分自分と一緒に走っていると思っている「わたし」は、わたしの目の前を走っている。
>恋愛関係のときよくそうなった。彼と話している「わたし」は、わたしの目の前にいる別人だ。
>これをよくわたしは酔うと「自分が背後霊になる」と表現していた。
elveさんなんかは、他人とテンポよく会話している「わたしにとっては他人の「わたし」」が、自分だと思えているんだろうな、とは思う。
ああ不倫の子も「背後霊になりたい」みたいなこと言ってたなあ。
わたしは「わたし」の背後霊なんだよな。
>わたしは「わたし」の背後霊なんだよな。
高校生ぐらいにはそう思ってたわ。
ほんとなんての、「世界は劇場、人生は夢」じゃないけれど、ネトゲとおんなじなんだよね。ゲームキャラが自分。リアルの自分がゲームキャラみたいなもので、わたしはそれを操作している(完全には操作できない。ゲームなんてそうだろ、わたしゲームしてると体が動く人。つまり「別人の自分」)。
脂さん,吉増剛造とか,フツーに,合いそうだ
60年代だか70年代だかに,ジャズ喫茶かホールとかで,
彼が,叫び踊り狂っていたんだってさ(舞踊繋がり,だろうか),
並立?で,音(叫び,呻き,軋み,頭綬,裏声)だらけの映像作品が30日から一挙上映やるらしいので
おすすめしとこう
まあ,プレイベントの大学行脚のトークショーで吉増さんを見て聞いているときに,
脂さんが浮んだため,おすすめ,しとく,よ
(私の感想は,なんか,ブルジョワは臭くて怖いや,とだけ,思ったが。とかく,肝だめしの夏…)
>吉増剛造
初めて聞いた。
>並立?で,音(叫び,呻き,軋み,頭綬,裏声)だらけの映像作品が30日から一挙上映やるらしいので
お前そっち系の人かwww
いやごめん勝手にのすたるじったwww
そういうアングラ(?)な人に渋谷ジャンジャンでやってる竹山だか忘れたけど津軽三味線誘われてさ、すげーと思ったんだが、あとで調べたら流派で内部分裂しているみたいでさ、そっちに興味がいって、その人にそれについて何回か話したら、すげー不機嫌になられたトラウマ(一般的な語義です)が蘇った。
今思うとさー、津軽三味線とか怨念とかそういったもので、流派の内部分裂とか怨念が渦巻いているだろ、俗な思考だが。
じゃあそっちに興味が向くのって自然じゃん、って思うんだが。
アングラはいいよな。コミュニケーションで相手より先走る(「未来予測」か)ことに妄信的な大多数の人たちから逃れられるエアポケットではあった。
ほんと、「それってどういう意味?」って聞いても答えてくれず怒ったりして聞いちゃいけないんだと思って育ってそれが暴発したのが今のわたしだなあ。
アングラなんかはもともと意味不明だからこういう会話が普通にできる。
>ほんと、「それってどういう意味?」って聞いても答えてくれず怒ったりして聞いちゃいけないんだと思って育ってそれが暴発したのが今のわたしだなあ。
まあこんなことやってるからアスペ当事者の知人が何人かいるが、ほんとときにはうざいしめんどくさいし同じこと言ってるだけだし避けたいことも多いのだが、正常人と比べると、アスペの人たちって親切だと思うんだよ。表面上不愉快そうにしゃべってはいてもね。
わたしには、アスペの「うざさ」「負けず嫌いさ」が、不愉快なときもあるが、説明せず「わかっているはず」だとして勝手に先走って「なんで意味がわからないんだよ」と怒る正常人たちよりよっぽど誠実だと思える。
本当の意味で律儀なんだよ。「どういう意味か」を説明するのが。一方、正常人たちは「どういう意味か」を最初から共有していてそれに従属することを「律儀」と言うらしいが。
「律に儀する」わけだろ、「律儀」って。
正常人の価値観で言うアスペの「負けず嫌い」は、語義的な意味での「律儀さ」だ。
むしろ言葉の意味なんてそもそもが曖昧なのに、それで通じている前提で語る正常人の方が不実だ。
で、ぐぐって見たわけだが。
http://www1.interq.or.jp/ipsenon/p/yoshimasu1.html
なんかちげーなあ。
あ、でも『燃える』とかは
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-492.html
に近いかもしんないけど。
説明不足じゃん、詩なんて。最初から。
どっち系といわれれば,わたし真面目っこ系の横好きのつもりではあるが
いま青森の実家住みなんだが,津軽三味線は日本海側で,
こちらの八戸は南部で太平洋だから,べんべんという荒波の?三味線は,なんだかなあ(あとうかい風に)
内部分裂,喧嘩……踊り子はそっちの,どろどろ,いくよねぇ
どろどろしてるとこが,悲しいしわかりやすいし,むむむ
おまきんさんなんてそうだよ、アスペじゃなくてスキゾイドだが。とっても律儀。彼なりの意味で説明しようとしている。
だからさー、kさんなんかはそうしているからいいんだが、saikokishidannnさんが本当に話したいのは、おまきんさんじゃないか、って思うわ。
いやさ、別のチャットでリアルアスペがいて、そいつとダシにして、「脂さんは向こう側もこっち側も語れる辺境人だ」と言われたことがあるが、まあそういうのかもしれんがさ。
逆に言えばわたしにとやかく言いたそうなパーンさんや蝸牛さんやラクさんなんかが、本当に話したいのはおまきんさんじゃねえの、って思うが。
あ、これelveさんの言う「わたしと通して」って奴かwww
>わたし真面目っこ系の横好きのつもりではあるが
そりゃごめん、まあ「横好き」がいいよ。わたしもそうだったし。「アングラミーハー」です。
真面目にやるのはそれこそ岡本太郎が言う「黒い道」を行くことだ。
>こちらの八戸は南部で太平洋だから,
南部せんべいをすまし汁に溶かすあの鍋、正直まずいよな。
でもあれが商品になってるのはそういう郷土的な象徴として売れてるんだろうなあ、って思ったことを思い出した。
八戸じゃないけど某文化センター的な最近出来たハコモノわたし基本設計やった。
夜はええよな、青森。でもチェーン居酒屋の焼き魚がうまいのには感動した。
>内部分裂,喧嘩……踊り子はそっちの,どろどろ,いくよねぇ
>どろどろしてるとこが,悲しいしわかりやすいし,むむむ
下剤だよ、いわば。
それ飲んで自分がうんこするためにそっちいく。
>あの時私言語信号系すっとばしてグラデをイメージを語っていたけど
いや私が言ってたのは言語信号系(や感覚信号系)という「概念」が私の領野に無かったってこと。その時
それとグラデっていうのは
>「正常と精神病はグラデーションになっているか否か」
の事ね
だから実際言語信号系を含んで考えると大体脂さんの言ってることで合ってると思うよ
だからこそのおまきんさんに対する
>何かごめん
ってこと
>ネトゲとおんなじなんだよね。ゲームキャラが自分。
そして脂さんのロールプレイングの世界の中で、私は一人称が「俺」の男性らしきものになってたわけか
それプラス
>恋愛関係のときよくそうなった。彼と話している「わたし」は、わたしの目の前にいる別人だ。
を考えると何か転移感じるわ
あれ、盛岡って岩手か。すまんなウチナンチュは外部のことなんて適当だ。
あれ、でも南部せんべいって岩手だよな。
>いや私が言ってたのは言語信号系(や感覚信号系)という「概念」が私の領野に無かったってこと。その時
ああうん、「概念」じゃないんだよね。「意味」。あるいは「価値観」みたいなもの。
>私は一人称が「俺」の男性らしきものになってたわけか
どこでそんなこと書いてる?
あ、これか。
>kさんが「いや抑圧などではなく俺は本当にすっとばしていた」と言うなら別にそれはそれで構わない。
「と言うなら」って書いているんだけどなあ。
こんなとこに着目するわけだ、君って。
>
めんどくせえ。
本当に話したい対象(人間)などいるのかね?(おまきんさん風)
文字の奥のほの灯りでよいのです,です
吉増評,私を通してしまったからあれだが,
かなり冷静というか,自閉症気味(本人談)に,インデックスから引っ張る一律な(裏声の)声の使い手だった。
実際の現場
アングラ化すら無理な,その,現場のほうが,いい,というのは,
いいんじゃなかろうか,,,素材として分類を通してしか語られていない,誰か,
>を考えると何か転移感じるわ
ああ、転移なのかねえ。多分Kさんも、おまきんさんとの会話を傍から見ているだけで、「話が通じない人」と思った。
おまきんさんが「ラクさんか」って言ったのに影響受けてるのかもねえ。
>アングラ化すら無理な,その,現場のほうが,いい,というのは,
>いいんじゃなかろうか,,,素材として分類を通してしか語られていない,誰か,
倒錯の極みだよな。オタク文化の「ツンデレ」「ヤンデレ」とかって分類と似てる。
で、なんでkさんは自分の一人称が「俺」と思われることについて言及したの?
わたしは別に「俺」じゃなくて構わないけど。
>迷子になったような不安感を感じていれば、「あ、それは「まっくら森」かもね」とわたしは思うがな。
ああ、まさにそれ。ぞわぞわ感
一瞬飛ぶんだよね、意味が。その時に感じるぞわぞわ感、地に足がつかない感じ
脂さんのそれかどうかは知らないけど
>抑圧と排除の違い。
この辺の意味って、私まだよく分かってないんだよね
多分抑圧だと思う。排除ではない
あー、それと関係無いかもしれないけどデッサンしてる時ってすごく嫌な思い出が蘇ってきたりする
まあ長い時間物を見続けるわけだから、そりゃ辛いわと思いますし
私が入ってたデッサン部なんて春頃には10人くらい居たのが冬頃になると二人ぐらいにまで減ってたし
>kさんが「いや抑圧などではなく俺は本当にすっとばしていた」と言うなら
これはラクさんの言う「人の心なんてわかるわけがない」と相似はするな。
まあ一応おまきんさんの言う「ラクさんか」ってのには「違うんじゃね」とは言ったが、別にそういう可能性がないと思って言ってるわけではないしな。
>あー、それと関係無いかもしれないけどデッサンしてる時ってすごく嫌な思い出が蘇ってきたりする
お、ちょっとイイカンジじゃーん。
逆精神分析的に。
>まあ長い時間物を見続けるわけだから、そりゃ辛いわと思いますし
禅みたいなものじゃね。まさしくあれは鏡像関係を打ち消すための修行だから。
むしろ『レーダーマン』の「自分を見つめる孤独な毎日、悲しみに暮れる家族たち」って歌詞がリアルかと。
まあそれだよ。わたしは「グラデかどうか」については、それこそラカン派とクライン派の中立にいるわけだし、正常人が「まっくら森」について言及することもありえると思っている。つかまさにそれこそが「言い間違いや冗談にこそ無意識が表れる」としたことだと。
つまりそれはラカン的な「言語のように構造化された無意識」の表出であるとともに、おまきんさん的な「まっくら森」の表出でもある、と。
まあ、わたしはkさんについて何も知らないからな。大野さんみたいに「まっくら森」に近づいては離れて、って繰り返したらキレルかもしれん。
1.ハコモノ設計……敵じゃ敵じゃ。蔦で埋め尽くしたい
2.k……おむすびタイガー!
3.江戸の?藩制時代,南部藩は岩手ー青森太平洋側あたりを指していて,今もその名残だらけで…
4.うちなんちゅ
5.せんべい汁,酒飲みなのに合わなかったか。作った人の味が悪かったということにしとこう
ここらへんを離脱する!
>えるヴぇ,えるば,するめ,バルバラ
>あー、それと関係無いかもしれないけどデッサンしてる時ってすごく嫌な思い出が蘇ってきたりする
こういうのをさー、聞かれてじゃなくてちょびさんやおまきんさんみたいに垂れ流せばいいんじゃねえの。
君はどっかおでかけ的に気取ってしゃべっていただけかもしれない。わたしだってネトゲではこんなことしゃべらないのと同じなように。
ブログ主はそういうのおkらしいし。
>1.ハコモノ設計……敵じゃ敵じゃ。蔦で埋め尽くしたい
「ハコモノ」じゃなくらなせようとして現地のアーティストを採用した文化センターの黒歴史もよく知っている。
結局、「文化そのものがお金の無駄遣いだ」とわかってないから愚民は文句を言う。
>「ハコモノ」じゃなくらなせようとして現地のアーティストを採用した文化センターの黒歴史もよく知っている。
世田谷パブリックシアターなんてすげえ気合入れてたけどアノザマだしなあwww
住民の「税金であんなに無駄遣いして」なんてのも交換原則によるものだろ。交換原則に反するから「無駄遣い」「ハコモノ」と言われる。
文化ってものが贈与論で成り立っているのをわかっていないバカたち。
ほんと愚民。
じゃあ日本脱出すれよ、勝手に。どこ言ってもそうだが。
お金をドブに捨てるって感覚がわからない吝嗇者どもが。
>3.江戸の?藩制時代,南部藩は岩手ー青森太平洋側あたりを指していて,今もその名残だらけで…
なんかあとでぐぐったらそうらしかった。
酒と魚はうまかったなあ。岩手だったけど。
夜が早かったのがなんとも。9時に仕事終わって店言ったらラストオーダーとかよー。
それでも夜中までやってるスナックとかあってな。そこのママが「東北の女は意外と夜遊び好きだ」とか言って、「南国とは逆ですねー、女は夜遊びする気力がありません」なんて話したってのをelveさんとの会話つながりで思い出した。
>「ハコモノ」じゃなくらなせようとして現地のアーティストを採用した文化センターの黒歴史もよく知っている。
むしろ都落ちして清貧だかなんだかぶってる現地アーティストたちの逆にお金や名誉への執着ったらないわ。
東京のらいくあろーりんすとーんな若者たちの方がよっぽど清貧だわ。
これ大野さんならわかると思うなあ。
田舎の方が人間関係うるさい。
>むしろ都落ちして清貧だかなんだかぶってる現地アーティストたちの逆にお金や名誉への執着ったらないわ。
「抑圧」してただけだったんだろうねハイハイ、ってカンジ。「あーてぃすとっぽくない」ってレベルで。
アーティストは商人ではない。
お金をもらって無価値な物を返すのがアーティストである。
その無価値な物に世間が価値を認めるかどうかはまた別の問題である。
>むしろ都落ちして清貧だかなんだかぶってる現地アーティストたちの逆にお金や名誉への執着ったらないわ。
ほんとな、「太宰メソッド病」だ。
まあ立場上たまたまその地域住民の文化施設における代表者になっただけだろうが、「他の住人たちもそう思っています!」なんて平気で言うんだよな。都落ちしたアーティストたちって。
>田舎の方が人間関係うるさい。
「実名か否か」って話も人間関係の話だろ。
田舎の方がほんと「大文字の他者の暴力」は強いと思うよ。
とイナカモンが言っています。
文化,贈与,金,清貧だの田舎ー都市の二分法だの,執着の度合いを物差しで図るものたち,
近代人の愚言だな,愚言持ち込んで愚民言ってりゃ世話ないわ,,,宮台真司ー脂さんあたりの,僕は精いっぱい説明してる!という愚図のライン
貴様ら箱物屋のせいで田舎ももうないわボケ
コンクリートの路面がいっとうアーティスティックだわボケ>アーティスト向け
「ハコモノ」なんて言われてるけどさ、コピー物件を作るだけじゃないに決まってるだろ、普通の建築物を考えたら。
ちゃんと利用者の声を聞いて作るのが当たり前。「ハコモノ」だって同じ。
ただ、文化ってものは物質的なリターンがない。
だから文化センターは常に「ハコモノ」になる。
そういう話だよ。
で、文化センターが一部のゼネコンの利益のためにある、なんて言うけどさ、文化施設の日本における割合の低さって知ってるか? 文明国とは言えないほど日本は文化に対し「お金をドブに捨てない」。
もしゼネコンの不当な利益をどうこう言いたいならそれこそインフラ産業、道路建築やらに言った方がいい。
逆に「ハコモノ」なんて批判こそが、「文化とはお金をドブに捨てるものだ」とわかっていない愚民どものシンボルになっているにすぎない。
『シムシティ』とかってゲームでもそうだろ。文化にお金を賭けることはいわば一種のギャンブルだ。
>文化,贈与,金,清貧だの田舎ー都市の二分法だの,執着の度合いを物差しで図るものたち,
実際臨床してそうなんだもん。
二分法って概念化して臨床を覆そうというのが君が「概念化病」の証拠だ。
>近代人の愚言だな,愚言持ち込んで愚民言ってりゃ世話ないわ,,,宮台真司ー脂さんあたりの,僕は精いっぱい説明してる!という愚図のライン
抽象的すぎて意味わかんないです^お^
「脱構築」って考え方が臨床を覆す考え方に使われてるのがあれなんだよな。まあデリダレベルになればありなんだけど。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-677.html
デリダは「二分法」とかって哲学自体も壊そうとしている。
ここで「二分法」に拘っているのは、saikokishidannn、君の方だ。
正直わたしはどっちでもいい。
うちの母親のMがそれ(ほかの住民もそう思ってます)だわ
欝の弟のMを代弁して,取り込んで,身動きできなくさせてる
母の弟のMさん,仙台で一人で生保受けながらデイケア通うプランもあったらしいが
そうすっと今回流されてたから,なあ
デイケア通いがさまになってたらしいんよ
まあ,田舎で寝てるのも,いいが,とかく,田舎はもうないし
私はこっちきても煙草が減らない
>うちの母親のMがそれ(ほかの住民もそう思ってます)だわ
>欝の弟のMを代弁して,取り込んで,身動きできなくさせてる
「欲望する」のがフェミ文脈での「権力」だが、「欲望を誘導させる」という権力まで考えないと、「女について科学的に考える」ということにはならない。
欲望を科学的に考えられる精神分析においてでしか、それは語れない。
>そうすっと今回流されてたから,なあ
流されてた方が本人の希望通りだったんじゃね。
いや,執着を指摘する執着(精神分析)への執着=嫌悪(私の言説)を,執着へと戻しても,しゃーないのだ,脂さんの,どっちでもつまらん,と,言ったとおり
アーティストを金で入れてハコモノ作らせたって,場所自体はそこでハコモノじゃん,つまんないじゃん,という話だった
>いや,執着を指摘する執着(精神分析)への執着=嫌悪(私の言説)を,執着へと戻しても
そうやって深みに(「はまる」ではなく)導くのが逆精神分析ですお。
君にとっては「しゃーない」かもしれないが、「本当の無意味」へと相手をひきずりおろす。
>アーティストを金で入れてハコモノ作らせたって,場所自体はそこでハコモノじゃん,つまんないじゃん,という話だった
「つまんなくない物」は「自分が迷子になるような不安感」を惹起せしめるものしかないよ。
つまり、快楽など存在しない。
君がすべてを否定する世界こそが、君が目指している世界だと思うな。
「肯定/否定」ってものがただの言語信号系によるものでしかないんだから。
その二分法の外にいるなら、二分法そのものを否定しなければならない。
具体的に言えば肯定も否定も否定しなければならない。
「否定の否定」ではなく、「否定かつ否定」である。
あずまんのとかの「無意味」はニーチェの入り口でしかないと思うなあ。
一片建築関係の裏の世界見て見ろよ。
よきにそろ悪きにしろがある。
たとえば談合なんてのは建物の品質を落とさないためにあるとも言える。
建物の品質が重要になるのは地震国だからこそとも言える。
逆に言えばそのせいで姉歯事件みたいなのも起こるわけだけどな。
今回の原発事故だって同じだ。
まあ工学だから分野は違うが、「わからない」って言う科学者にアレルギー的に批判する愚民どもが気持ち悪い。
科学なんてわかっていないことだらけなんだよ。
愚民どもがただ単に他人任せしてるだけ。
わたしゃ科学の限界を現場を通じて知っている。
ほんと、無神教と言われている日本人の方が、「なんらかのカミカゼを期待している」っていうか、「神頼み」が強い気がする。
否定かつ否定……チュン,チュン
分析者の前では,分析的な言説だけしか出てこないよ(演技したくなくてもそうする,ここのブログ空間のように)
すまないが,おまきんさんだって,エリートぷんぷん,真面目臭ぷんぷん
誰か来たか?ここに?猥雑な自己テクスト学者以外の者が?
チュン,チュン,は,テクスト(文字)の底にいる,が,ここも,壊されてしかるべき,場所ではないのか
キャミソールの滲む汗にかじかむ乳頭から,いたずらに訂正する手から,
汗の濃いことそれ自体の場所で,
チュン,かつ,チュン,そして,チュン
同じことへの抵抗?いや,もっとなだらかな泥水
科学を知らない,愚民の?欝のMさんが,昨日の夜,「ちがぅよ」「3月11日だよ」などひとりごちでいるのが聞こえた
そして,地震が明け方に起こる,Mさんはそれ気づかずただ寝ている,だから,そういうのは,そういうのこそが,繋がってるんだ
被災地でもない名古屋の片隅で3月11日以降猛烈にエントリをあげて炎上する統合失調者のブログがあった
そういうのは,繋がってる
死に近いものたちが予兆ー波長する軋み
>kさん
>クロッキーもそうだけど「画家の興味のある部分」は強調して描く。そして「興味の無い部分は描かない」がテンプレ
>そのマトは行為の意味のなさじゃなくて、視覚としての意味のなさの話だけれど
>かつて私が行なった身振り、かつてどこかで見たタッチ、色合い、そういったものの(紙に描いた)持続によって結果として生まれるものでしかないから
>筋肉や骨の稼働範囲の限界や日常の経験によって従属した動きを必ずやってるし。
だから、これ全部「美術概論」だろう?
それとは、「違う」って言ってんの。
なのに、「新語創作」とか「キチガイの所業」を「美術概論」でくくろうとする発言だろ?
そもそも、「興味ある・ない」じゃないんだよな。そういうフィールドじゃない。
そういう人間が「まっくら森」らしきことを語っても、いまいち信用できないんだよな。
「ウソついてんじゃないの? 君の言うことってアーティスト特有の「フリー遊び」なんじゃないの?」
って疑ってしまうわ。
だから「想像の想像の産物」って言ったんだよ。
きみが想定した「コラージュ」なんてそうだよ。
きみは「アート」に「呪わ」れている。いやきみが「アート」を「呪ってる」のか?
その「呪い」は「想像の想像の産物」としての「呪い」だよ。
もしかして、大野さんの言う「アーティスト症候群」ってヤツなんじゃねーの?
>あー、おまきんさんは言語信号系も忘れるなって言ってたのか。
忘れるもクソも、きみは「キチガイ」を知らないんじゃないのか? だいいち僕が言ってるのは「言語」じゃないし。
「模様みたいの」って言ってんだろ。
きみが「新語創作」という言葉から「語」に囚われているだけじゃねーか。
それを僕にまで適用すんのやめてくんない?
きみは終始「言語」じゃねーか。「美術概論」っていう「言葉」。
だからそれとは「違う」って言ってんじゃん。
きみはデイケアとかにいる「キチガイ」を見たことあるか?
「アート」はそいつらを「美術概論」でくくってんじゃねーのか?
だから、「アウトサイダー「アート」」とか言うんだろ?
きみもそれと同じじゃねーのか? って言ってんの。
>いや私が言ってたのは言語信号系(や感覚信号系)という「概念」が私の領野に無かったってこと。
とか言ってるのに、なんで
>あー、おまきんさんは言語信号系も忘れるなって言ってたのか。
なんて、言葉が出てくんだ?
それが分かってれば、なんで僕が「言語」を語ることになってんだ?
だから、「言語」じゃねーって言ってんだろ。「模様みたいの」だ。
僕があんだけ「違う」「模様みたいの」って言ってんのに、きみは「言語」を語っていたじゃないか。「美術概論」をな。
だから、きみが
>いや私が言ってたのは言語信号系(や感覚信号系)という「概念」が私の領野に無かったってこと。
って言っても信用できるわけないじゃねーか。
きみは、ラクさんのように「言語」でくくろうとする割には、「まっくら森」を語ろうとするところが、「矛盾」なんだよ。
あっちいけ。
僕に関わるな。
そろそろコメント鬱ろーかーwww
>すまないが,おまきんさんだって,エリートぷんぷん,真面目臭ぷんぷん
そう言う君はロマンチストな文系臭ぷんぷん。
ぼろが出てきたな。気持ち悪。
みんな臭くて,みんな臭い
みんなボロボロで,みんな薄っぺら
みんな近代人で,みんなドケチな守銭奴
まあ,インデックス引っ張って「これな」「それが精神分析なんだわ」
ってブカブカの長靴を人の頭に履かせようとする輩には,
つまり,もはや書き始めることのないだろう脂さんには,興味が尽きかけている
そうでない場合の脂さんも同様
単なる観察者,線の引き手,手垢まみれ,
それでいいんじゃね?形而下学だって言ってたんだし,ずっとそこに留まれよ。
どいつもこいつも一生檻の中から出てくるな
てめえらにはそいつがお似合いだ
はいはい。
形而上(爆笑)がんばってねwww
文系って「形而上」とかって単語好きだよな。
「形而」なんてのもただのそいつという人間の認知認識でしかないのに。
形而上やりたけりゃ目鼻耳潰せばいいじゃねえの。
「形而上へのロマン」ってかwww
かわええのう。
精神分析の欲望やら無意識やらってのは、「形而下」のさらに下にあるもんなんだよな。
「形而上」なんてのはただの父性隠喩でしかない。
あれ,てめー,なんかフツーになったな,
形而上なんてやりたくねえよボケ
いっちいちそっちに戻さねえと
自己テクスト学だの自己認知療法だのデイケアだの
うっせー暇つぶし装置を相手に壁打ちしてるってわかんねえのか
テメーは
演劇戻れ演劇,背後から自分見るしかないRPG野郎にはおにあいだよ
>あれ,てめー,なんかフツーになったな,
「ハコモノ批判」するようなフツーの人の相手してるからじゃね。
>うっせー暇つぶし装置を相手に壁打ちしてるってわかんねえのか
壁打ち大事だよ壁打ち。
自閉症のエコラリアなんてのも「隠喩コミュニケーションの壁打ち」みたいなもんだ。
そら正常人たちにはそんな壁打ち必要ないのかもしれないけどな。
「暇つぶし」も大事だろ。
「暇つぶし」ばっかで暇だと思ったことなんてないけど。
お前みたいなロマンチストは世の中にゃごろごろいる。
舞台の主人公になりたがる「まっすぐ」な人たち。あ、ここからな。
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ラカンはクリスを批判してこう言っていた−「あなたの意図はまっすぐでも−なぜならあなたの判断も間違いなくまっすぐなのだか ら −、物事のほうは、曲折している」。
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そういうこと。
君がいくらわたしを嫌おうと関係なく、わたしは君をものすごくかわいらしく思えてきた。
抑鬱症ではあるんだろうなあ。「シニフィアンの否認」、わかりやすい。
抑鬱症って中坊さんもそうだったんだが、かわいいって思えるんだよなあ。嫌いな場合もあるが。
まあ一応説明しておくと、形而下学ってのはいわゆる一般的な科学なわけだろ。物理とかそんなん。
精神分析は科学だよ。創始者のフロイトがそう規定した。
そもそも「形而」自体がただのサッカーとかのルールと同じなんだよな。
君はそれに気づいているのだろうか。
クサヴァもクリスタイプなんだろうが、萌えるところがないわけでもない。クサヴァがいくらわたしを嫌ってようと関係なく、な。
>そもそも「形而」自体がただのサッカーとかのルールと同じなんだよな。
まあ「壁打ち」が必要ないほどそのルールが身に染みついている人にとっては、「ただのルール」なんかじゃないのかもしれないけどな。
あれだ,正常人,異常,境界例,スキゾ,パラノ,自閉,倒錯,癲癇,欝,デイケア,人格障害
だー…
だから,病気という名付けの中で初めて向き合える,病気という概念的事物の存在の格闘ー壁打ちの中に,へ,なぜかいる誰か,っていうのを認める立場と
だから,その名付けの境界線自体を壊してやりましょう,できれば実地で,,,
というのは形而上学のロマンうんぬんいうより,言葉を用いる,言葉の中で,言葉という,誰かしらんもん,を,打ち付ける,行為の中で,すでに,行われているべきだと,
私は主張したくて,
だから,駄目なんだってここの語り口は
いや,黙って日記書いてたほうが面白いということ,わたshのばあい
まあ、いろいろがんばれよw
>その名付けの境界線自体を壊してやりましょう,できれば実地で,,,
一応ラカン派はこういうルールなんだがな。
http://psychanalyse.jp/columns.html#Theorie_et_pratique
=====
分析家の欲望は純粋な欲望ではありません。分析家の欲望は絶対的な差違を得ようとする欲望です。
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あるいはこの記事なんかも参考になるかもね。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-276.html
お前はここの土鍋ごはん(自称アスペ。わたしはアスペではなく人格障害だと思っているが)と同じことを言っているわけだな。
お前が「境界線」を壊したいのはお前の欲望が満たされないからなんじゃねえの。まあ欲望ってな満たされないものなんだがな。
わたしは「構造を壊せ」と大野さんには言っていたが、別に「境界線を壊せ」とは言っておらんよ。
そこの記事で言う「差別と断絶は別物」って奴だ。
たとえば水分子とダイヤモンドという物質には差異がある。しかし科学においてはそれらに優劣はない。水素原子や酸素原子も炭素原子もただそれらに差異があるのみ。水よりダイヤモンドの方が価値がある、というわけではない。
問題は、ただの「断絶」「境界線」ではなく、そういった「差異」のあるものを自分勝手な価値観で優劣をつけることだ。
たとえば君の
>すまないが,おまきんさんだって,エリートぷんぷん,真面目臭ぷんぷん
というセリフや、「ハコモノ批判」などから、君自身がそういった「差異のあるものについて、ある価値観で優劣をつけている」ことがうかがえる。
>自分勝手な価値観で優劣をつけることだ。
「自分勝手」ってわけじゃないんだよな。「ただの結果としてそれが多数派になった価値観で優劣をつけること」と言い直そう。
わたしから見れば多数派な奴らの「自分勝手」なんだが。
>わたしは「構造を壊せ」と大野さんには言っていたが、別に「境界線を壊せ」とは言っておらんよ。
水分子と炭素の同素体であるダイヤモンドにはある「差異」がある。
しかし、水はタダでダイヤモンドは価値がある、というのが、「構造」による作用だよ。
水分子と炭素の同素体としてのダイヤモンドの「差異」まで壊せ、なんてわたしは言わない。
それは自然の理に反することだからな。
「錬金術とは科学の根っこだ」という主張もあるが、わたしは錬金術とアリストテレスの言う自然学とは別物だと思うんだよな。
わたしからすれば、君の言う「境界線を壊せ」なんてのは、ただの土くれを黄金に変えようとする錬金術みたいなもんだ。
土は土。金は金。土を金にしたがるのはそいつの欲望の症状だ。
それの差異を作る概念群が,実地に関係ない
その概念の背後にひとがいようといまいと,概念の元で同一化されていく症例(ひと,ですらない)
その日その日で良いテレビ悪いテレビ,これが実地
私がやっているのは別だ,それこそ,fort-da-
みたいなもんで,同じものの中の同じ差異ーつまり際を,えぐっている
科学という割合を重んじる実在論者,分析家の不純欲望吐露じゃん
それにのっかって脂さんがエーコラ言ってるのは,症候を楽しめてないのではなかろうか
そもそも,ハコモノで敵だ敵だって言われて,ハコモノという単なるモノにまつわる金銭ー信頼の流通システムがあるんだよ愚民ども,ってトラウマ的インデックスを探ってこっちに向ける,,,その行為が私を刺激したと,,,
てめえが頑張れ
わたしはがんばってない
インデックス,インデックス,箪笥の引き出し,ユニクロ商品,ハコモノ設計士,科学標榜のアスぺ分席者,不真面目野郎,てめえが頑張れ
>科学という割合を重んじる実在論者,分析家の不純欲望吐露じゃん
お前が「科学っぽい何か」を欲望しているのは理解した。
>その日その日で良いテレビ悪いテレビ,これが実地
「良い悪い」なんて価値観は「実地」などではなく「お前個人の妄想的な価値観」だ。
>てめえが頑張れ
ずっとがんばってるがなwww
結局だなあ、「良いテレビ悪いテレビ」なんていうある価値観に、お前は「壁打ち」なんてしなくても身に染みついて則れるわけだよ。
で、その自分自身が「壁打ち」などしなくてもそう体が動いてしまう「価値観」が、わたしにもあるとして、文句言ってるだけなんだよね。
お前の一人相撲なんだよ。
お前が嫌っているのは、お前自身の「構造」だ。
わたしが言っている「科学」とは、それこそそこの「水分子と炭素の同素体としてのダイヤモンドには、物理学というある理論体系による差異があるのみで、価値観を決定づけるものではない」という意味なんだが、それでなぜ「科学という割合を重んじる」なんて発想になるのかね?
お前自身が「何かに対し割合を重んじたい」「何かに対し優劣をつけたい」という症状の表れじゃないの。
そういった症状が「ただの差異」を「差別」にするんだと思うがな。
「俺は(科学じゃないにしても何かを)欲望しているんだから、お前も欲望しているはずだ」
と言っているように思えるんだよな。君の言っていることって。
いや,比喩系列で精神分析と科学を同列に語ってる馬鹿の脂さんを差異における不感症だといってるだけだよ
ある概念を統御する理念の元で概念の配備をしていったのなら,わたしのやってることも科学だろうね
てめーは中立や分子覗いてるだけだって言うが,それ自体の配備が一つの価値を背後にもった構造だ
違うなら違うで結構なことだ
は?私はあじてーしょんしてるだけでしょ,誘われないならいやだってそれだけですむだろう
答えたか?貴様は?背後が見えないことを,一人メタ視点のRPGのなかにしかいれない貴様を?答えたか?
なぜ答えない?
インデックスにないからだ
貴様はインデックスとしか人間を捉えられない
静的な分子を覗くだけ
同一のがいねんの元に同一なキャラクターを並べて遊んでるだけ
不真面目きわまる
いい加減にしろ
ばか
さいなら
>境界線自体を壊してやりましょう
冗談じゃない。
スキゾイドの僕が、「普通の人」やウツや糖質とかとごっちゃにされてたまるかよ。
そんなの、まるでデイケアじゃねーか。 せっかく辞めたっていうのに。
「境界線を壊す」だと?
それじゃ糖質向けの、糖質と団体行動させるデイケアプログラムじゃねーか。
そういえば、デイケアスタッフがこう言ってたな。
「私たちは病気で差別していません。人それぞれで見ています。」
ってな。
「境界線を壊す」ってこういうことだぞ。
僕を「普通の人」と同じく扱ったと思えば、糖質と団体行動させるようなデイケアとな。
線引きがなくなった環境など、狂気の沙汰だぜ。
>境界線自体を壊してやりましょう
そんなことしたら、種族の異なるキチガイどうしをぜんぶごっちゃにして、「普通の人」の社会に放り込む「特別支援教育」と同じじゃねーか。
もっとも糖質とかは、むしろ喜びそうだがな。 あいつら「人間」になりたがってるようだから。
僕はごめんだがな。そんな状況。
それで、過敏性腸炎になったんだからな。
>いや,比喩系列で精神分析と科学を同列に語ってる馬鹿の脂さんを差異における不感症だといってるだけだよ
精神分析は提唱者のフロイトが科学だと言い張ってるんだがな。
もしそれをそうじゃないと言わなければならないのなら馬鹿で不感症で結構。
つか「不感症ではないこと」=ロマンチストなんじゃねえの。
であれば不感症なわたしは「ロマンチストではない」となる。
その通りだと思うよ。
そのロマンチシズム、不感症ではなさが気持ち悪いつってるわけで。
ばいばい。
むしろそういったお前みたいな「不感症ではなさ」を気持ち悪く思えない方がわたしにとっては不感症だ。
柄谷行人なんかもそうなんだが、ほんと自分の「理系コンプレックス」的なものを援護するために精神分析を使っている人が多いよな。哲学畑とか。
「欲望を科学する」のが精神分析だよ。
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ずっとがんばってるがなwww
<https://elve.hatenadiary.jp/entry/20110719/1311082370#c1311660988>
=====
俺も俺も(・ω・` )
kさんのでっざんしてるとイヤなこと思い出すで
中学生時代の自分を思い出して死にたくなった。
あのとき私は虐めていたなぁ、後輩を〜
一方的な思い込みで自分は正しいと思い込み
美術部部長という立場を利用して彼女をををおをををおぉぉ
もう絶対に集団にはなりたくない
しかし「不感症」って言い方もかわいいよな。
この場合要するに「ボクチンの感覚が理解できないお前は不感症だ」って意味だろ。
それなら他人全員が「不感症」だよ、現実は。
なぜなら他人全員saikokishidannnさんじゃないから。
>そういえば、デイケアスタッフがこう言ってたな。
>「私たちは病気で差別していません。人それぞれで見ています。」
>ってな。
>
>「境界線を壊す」ってこういうことだぞ。
>僕を「普通の人」と同じく扱ったと思えば、糖質と団体行動させるようなデイケアとな。
「差別してません、人それぞれです」って言って団体行動を刷り込むのがすでに矛盾してるわな。
http://d.hatena.ne.jp/saikokishidannn/20110726
=====
6.精神分析厨の脂氏に絶縁宣言したった。すっきり!イライラ!
=====
「縁」なんてあったんだろうか。
君が勝手に君の脳内わたしと「縁」を結んでただけだろ。
勝手に転移してきてキレル。大体わたしの相手をする人ってみんなそうだわ。
>やるなら私のコメント欄でやれ。もう精神分析の部屋に私は行くことはない。
君が勝手にこのブログにやってきて勝手にコメントして勝手にわたしにキレてこなくなっただけなのに、なんで「私のコメント欄でやれ」なんて指図されなきゃなんないんだろう。
野次馬がごちゃごちゃ言って野次にちょっと反応したらキレて「もうコネエヨ!」つって「やるなら俺んちこいよ」って話なわけだが。
ほんと自意識過剰だなこいつ。
この文章だって「俺の話をちゃんと聞け」だろ。
別にわたしはお前って人間なんてどうでもいい。
あと、何勘違いしているかしらんが、わたしはお前の精神分析したつもりはないぞ。
elveさんにはガシガシやっておるが。
ここがすでに「俺は脂から精神分析されている」という悲愛妄想。
「精神分析とは人をイライラさせるもの」ってのはそうだと思うよ。
そいつの欲望を眼前させるものだから、自身の欲望を抑圧している人ほど嫌悪を覚えるだろうな。
>12.ものすごくイライラする。脂氏は西山M子氏と似ている。話を聞かない(聞けない)。
ふと思ったんだが、この子はわたし以外の人には「話を聞いてもらっていた」のだろうか。
人間全員が人間全員の話を聞いてないものなんだが。
「この人は自分の話を聞いている」ってのは自分の妄想にすぎない。
わたしにとっては大体の人間が「話を聞かない」、「話が通じない」ことが多いから、別に相手に対し「話を聞かない」なんて言わないけどなあ。それが普通だと思っている。
精神分析は「クライエントに対し目で見るのではなく耳で聞く」ものだが、ここでの「聞く」はクライエントの考える通りのことをしゃべってあげる、って意味じゃないんだけどな。
それはむしろ転移関係の構築だろ。
本当の分析家はそもそもこんなにしゃべらない。クライエントに解釈を述べたりしない。ただ黙っている。
そうやって転移関係が途絶えるから、クライエントにとって分析家に投影していた自身の欲望が眼前する。
ここを勘違いしてるんじゃないんだろうか、この子は。
この子は自分の話を聞いてもらいたくてここのコメント欄に書いていたのか。
何度も言っているがな、「ガールズトークは(そういう意味で)相手の話なんて聞かないもんだ」と。
ま、「精神分析とは相手をイライラさせるものだ」ってのがわかってよかったんだろうな。
「精神分析とは不快に進むものである」
あれか、「人は人の話を聞くものだ」というのが、「壁打ち」しなくてもいい体に身に染みついたルールなのかね?
わたしは大体人はわたしの話を聞いてくれないと思って生きてきた人だから、そんなのただのそう思える奴同士の暗黙のルールにすぎないと思えるがな。
ああわかった。結局この子は「自分の話を聞いてほしかった」のか。
それこそ欲望なわけだけど。
筋が通った。
そういやあ、言語信号系とか色々読んでて思いました。思い出した。
ちょっと前に雑草の名前を覚える機会があったのだが、それで皆で田んぼに集まってクログワイだのタカサブロウだのの雑草を手に取り名前や生態を教えて貰ったんだ。元々、私は草が好きなもんで、最初からそれ(名前がついていない状態のクログワイ)の存在を知っていたのだが、それが先生から名前を伝えられクログワイしてクログワイに結びついた時、異様に興奮したのを覚えている。人目を気にしてクログワイクログワイと呟くのみだったが、ちょっと叫びたかったかもしれない。クログワイと言うイメージが、クログワイと言う模様とリンクされて記号として安定化したと言うか、そんな瞬間だった。
それで、近所の知り合いにミクっていう一歳だか二歳だかの赤ちゃんがいるんだが、その子がしきりに『アンパンマン! アンパンマン!!』『カレーマン! マン!!(家族いわく、食パンマンの意らしい』って繰り返すんだよ。それとその時の自分が、被って見えた。精神年齢とか頭脳年齢とか言うが、自閉症者やアスペルガー者は“性質”として子供に近いのかもと思った。まあ私はアスペルガーよりなんで、そういう反応(模様とイメージが結ばれた瞬間に覚える快楽という症状)が起こったのかも知れないが。
あ、あと『新語創作』って記号がただ単に統合失調者に特有な症状にあてられた記号だっということは解った。
『新領域創成科学[相関科学?』だかの時のことを思い出した。
> それが先生から名前を伝えられクログワイしてクログワイに結びついた時、異様に興奮した
ああ、分かる気がする。名前は呪いだから
カラーボールにはしゃぐキチガイみたいなものかねぇ
>ああ、分かる気がする。名前は呪いだから
なんか“固定”されてしまうんだよねえ。イメージ、印象から名前がつけられているはずなのに、名前が持っている意味から連想されるイメージに引っ張られてしまう。あだ名だったり、槍の又坐だかヒデヨシの猿だか、名前を変えたりするのは良いことなのかもしれない。身体や精神が成長するに連れ、生の自分というものは確実に変化しているから。赤ちゃんでもミク、成人してもミクと言うのはある意味不思議だ。しかし名詞としては変わるが…『子供』から『大人』へと纏っている記号が変わる。
最近流行りのアラなんちゃらって呼び方は良いのかも知れない。おばちゃんと言う記号に引っ張りまわされなくなるから。その代りアラなんちゃらに引っ張られているけど。
ちなみに母親と姉ちゃんがボカロヲタだからミクちゃんなんだ、まさしく呪いだよな( ̄ω ̄;
>カラーボールにはしゃぐキチガイみたいなものかねぇ
こっちの方はちょっと解んなかった;