スナックエルベ

何気なく暮らしてる

極めて未成熟なナルシシズムの肯定

本をもらった

昔はやった絵本。読んだ気もする。
たぶん、高齢シングルの私に、そのままでいいのだよ的励ましとして贈ってくれたのだろう。

新装 ぼくを探しに

ストーリー

絵本なのであんまり書くとネタバレなので、ラカン的に説明しよう(by Gemini)

主体は欠如を満たすこと(対象a)を欲望する。それを得て完全になり大文字の他者の欲望を満たすのだ。
このことを主体をパックマンのように表現して、対象aはかけら(切り分けられたケーキのよう)に表現されている。

見つけた「かけら」に断られたり、形やサイズが合わなかったり、壊れてしまったり落としてしまったり、紆余曲折をへて、主人公はぴったりの「かけら」と出会う。

完璧な「円」になった主人公は、猛スピードで転がり始める。欠如が埋まることは、欲望の消失(=精神的な死)を意味した。
もはや歌うことも自然を愛でることもできずに主人公は転がり続ける。

欠如を欠如として受け入れた主人公は「かけら」をそっと離し、また「自分に何かが欠けているので、それを探しに行くよ」的な歌を歌いながら旅に出るのだった。
欲望が達成されることではなく、「欲望し続けること(円環的な運動)」そのものが主体の本質である。「私は欠けている、ゆえに私は(欲望する主体として)存在する」という真理に回帰したのだった。
<完>

感想

まず、これ絶対男性が書いた話だと思ったね。みんなもそう思うだろ。大体自分のために必要な何かを手に入れて自分を完璧にするぜってのは男~ってなるよね。あるいは不要だから壊してやるぜ、とか。
女性は完璧なダーリンが欠陥しかない私にメロメロ、とか、私は完璧な彼の唯一の弱点を知っている、のほうが好きだよねw

よって、女の私はどうしても「かけら」に感情移入する。
主人公の物語として見たら、成長物語だろうけど、これを絵本にして呑気に子供に読ませたり、大人が人生ってそうよね……みたいになるのはなんかなぁ。

他人は、あんたの「かけら」じゃねーのよ。
最初に出会った「かけら」が「誰のかけらでもないからね ぼくはぼく」と先制で振ってくるのだけど、これが一番共感できたよw 主人公はここでごめんね、っとすぐ去るし、そのあと相手の同意とるようになったように見えるので、そういう経験が大事よねw

それを、大きい小さい形が合わねぇって、てめーの都合だけでジャッジする。合わないからポイだよ。落としたりしても探さないし、壊し(!)ても1ページしょげるだけだ。直そうともしない。
「ぴったりの相手」すら、主人公は最終的にそれを手放す。完全な自分都合で。


それで自由を手に入れてめでたし~って、主人公側の目線でしかないからな。

彼は「欠けている不完全な自分」というアイデンティティを維持するために、他者を排除した。
これは、「自分らしさ」という執着のために他者を犠牲にしてるわけだ。そもそもこいつ、雨だ雪だの苦労は乗り越えるが、相手が自分に合わない、に対して全く譲歩しないからなw

結局、誰とも深く関わらず、ただ自分の欠如を愛でるだけの孤独な旅(ナルシシズム)に戻っただけ。

そんなんでいいのか?


あれ? そういう問いかけで贈られたのかしら? (ホラー展開)


読後、うちの父親(元母のストーカー)が母に昔人間は男女一緒でアンドロギュノスであったが、その力を恐れた神によって分けられたのだ。君が僕の片割れで一緒になれれば僕は神も恐れないとかんとかいって口説いた話を思い出し、その方がまだ納得できるな、と思った。遺伝子に負けたw