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「はっきりいってヘドがでるけどナ」なあたりで
教育でって簡単に言うけど、自分の子供が学校教育でセクシャルマイノリティになって孫の顔見えれなくても問題ないって思える人も少ないのでは。
(性差別が生まれる「ヘテロになるような教育困ります」って本気で思ってるのか?)
自分が子供産むかどうかですら親からプレッシャーかかってくるのにwww
相手もいないのにwww
で、大野さんのことだから本題と関係ないところで無茶言われるんだろうなぁと思っていたら案の定だったwww
大野さんはあいかわらず、「社会」が好きだのう。
あのへんに集まる、はてなーはなぜあんなに「社会」にこだわるのか?
ウザいのう。 コメントもなんか読む気しねーし。
ああいうヤツらには、関わられたくないのう。
ジェンダーってそんなに面白いのか? 僕はつまらんが。
なんでみんな、「社会」に「群れる」のだろうなぁ?
まるで、お菓子に群がる「アリ」みたいだのう。
ヤツらにとってはオイシイ「ネタ」なんだろうなぁ、「社会」って。
なぜそうなのかは、原理はまるでわからんが。
そういえば中坊俊平太も言ってたな。
「社会は無尽蔵のオカズ」とかって。
僕にはよくわからんのう。
もしかして、自分が「社会」という「ビッグ」な存在になりたいからなんだろうか?
「巨人」になりたいのか?
もしそうなら、「強欲」だのう。
>教育でって簡単に言うけど、自分の子供が学校教育でセクシャルマイノリティになって孫の顔見えれなくても問題ないって思える人も少ないのでは。
うちの母親がそうでした
私がそうなのだということを察したのか、どこかの種馬から二人目を授かって別の男の所へ行ったけど
でも私の予感だと二人目もそっち系に行く気がするわ
「社会」を語る大野さんも、それに群がるヤツらも、「葬式」に群がる「人間たち」と変わらん。
つくづく「普通の人間」たちは、「キリギリス」じゃなくて「アリ」なんだなぁ。
いったい、なにをそんなに貯めこんでんだろうな? 「ネタ」か?
「ネタ」って、なにかの栄養素かなんかか?
それともなんかの「脳内麻薬」の発生源とか?
もしかして、そんなんで「快楽」できんのか?
「原理」がわからん。
http://b.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20110731#bookmark-53157198
>ohnosakiko 自分の子供が学校教育でセクシャルマイノリティになって←いったい何の話してんだろ‥‥‥/↑ええー、信じらんないw学校教育が子どもをセクマイに教化する教育だと思ってる人がいたとは! 2011/07/31
http://b.hatena.ne.jp/simplemind/20110731#bookmark-53157198
>simplemind ↓「同性愛者を差別しちゃいけません」って教育すると「そんな授業受けてウチの子が同性愛者になったらどうしよう」って心配する親が増える(私なら心配しそう)って話じゃないですかね。たぶん。 2011/07/31
>自分の子供が学校教育でセクシャルマイノリティになって
↑バカフェミよりお前の方が何倍もFunkyだったわwwww
こういったジェンダー論から精神分析の領域までつっこめない大野さんにヘドが出るな。
うわっつらは大事だがうわっつらなぞってそれに反応するはてなーと戯れてるだけ。
なんつか、ディベートサークルみたいなもん?
>そういえば中坊俊平太も言ってたな。
>「社会は無尽蔵のオカズ」とかって。
精神分析の臨床素材が多種多様無尽蔵にあるって意味では同意した記憶が。
物性物理から見れば自然だろうが都会だろうが原子分子レベルまであらゆる物性の宝庫です。
大野さんのやってることは、科学における「実験」に相当する「臨床」までできていないんだよな。
ただのおしゃべりのネタとして書いている気がする。
ガッコの授業もそんなスタイルだって書いてなかったっけ、この人。
>ただのおしゃべりのネタとして書いている気がする。
いやだから別にこういう人なんじゃね、って話。
>ジェンダーってそんなに面白いのか? 僕はつまらんが。
女にとっては一時期おもしろくなるときがあるとは思うのよなあ。わたしも一時期はまったし。
結局さ、未去勢者だろうが前精神病者だろうが「鏡像関係の組み入れの失敗例」だろうが、「自我の確立」に向かう時期がある場合があると思うのよね。まあその「自我という鏡像的妄想」の定立に必要な土台の精神構造が壊れているからそういう人たちは結果としてほぼ必ずうまくいかないわけだけども。
とは言いながら正常人にとっても「自我の確立」って困難だと思うけどね。簡単ではあるけど。要するに自我なんてただの想像でしかないんだから、ぶっちゃけ心の持ち様なんだよね。だから困難な場合もあれば簡単な場合もある。
んでまあ長くなったが、「(日本)フェミニズムは自己啓発セミナーと同じで学問ではない」というのがわたしの主張なわけだが、性差という「構造主義的な構造」においてまあ広範囲に認められうる性差なる二項対立を根拠に、「自我を確立」をしよう、ってのは、よくあるパターンだと思うわ。わたしもそうだったわけで。
(自我なる)妄想のオカズとしては結構オイシイネタだとは思うよ。女のバヤイ。
性差を脳科学的に語るのはまだしも遺伝子レベルの差異を(心理構造的な)性差に繋げて語るバカの多さときたら。あ、フェミな。
そんなん量子トンネルをマクロな物性に適用させようってなことと同じだ。
まあ「自我の確立」であれこれ七転八倒するヒトという動物の習性、症状を主に観察するのが精神分析ではあるから、フェミジェンダーってのも精神分析の実験素材の宝庫ではあるな。
>性差という「構造主義的な構造」においてまあ広範囲に認められうる性差なる二項対立を根拠に、「自我を確立」をしよう、ってのは、よくあるパターンだと思うわ。
科学的な差異としての「性差」ではなく、心理的な「意味がある」意味での「性差」なら、こういった活動で「性差別をなくそう」つっても逆効果だよな。
いやアンチフェミがよく言う論法ではあるが、精神分析的にそうだ、って話。
簡単な話、「心理的ななんらかの意味がある性差」について固執しているのは、それについて「なくそう」と語っているその主体自身であるのだから、そのような言動をしている限りその主体における主観から「性差別」なるものはなくならないどころか助長するだろう、ってこと。
なのでもっともっと固執して「性差別」に対し精神疾患的な被害妄想レベルまでなればいいと思うのよね。
そうすれば「構造主義における構造の一柱としての「心理的な意味のある性差」という二項対立」を「逆さまにかけたハシゴ」にして、「構造」の外部を垣間見られるかもしれない。
>「ネタ」って、なにかの栄養素かなんかか?
胃袋のない「欲望」の栄養素。
胃袋がないんだからいくら溜め込んでも飽き足らない。
>「構造主義における構造の一柱としての「心理的な意味のある性差」という二項対立」を
わたしの学問放浪歴的にはフェミジェンダーの直後というか後半かぶってるけど、フェミジェンダー→構造主義、ではあったなあ。
典型だとは思う。ポモ思想界隈では。
んで、
>科学的な差異としての「性差」ではなく、心理的な「意味がある」意味での「性差」なら、こういった活動で「性差別をなくそう」つっても逆効果だよな。
>いやアンチフェミがよく言う論法ではあるが、精神分析的にそうだ、って話。
多くのアンチフェミはそういった論法を確かに使うが、それは「「構造主義における構造の一柱としての「心理的な意味のある性差」という二項対立」、そういった意味構造について、そいつは従順しているだけの場合がほとんであり、そいつに「性差別という症状の病理」がないというわけではない。
「心理的な意味での性差」を語るなら、「女」というシニフィアンに登録された主体の「自我の確立」は、「意味構造」「構造」によって、「男」というシニフィアン(以下略)より困難になってる、って話をしないとなんだよな。
「日本フェミニズムは単なる自己啓発セミナーになっている」ってのがそういうことの症状だ、というわけだ。
「ネタ」は溜め込んだ方がいいと思うぞ。エチュードの「ひきだし」みたいなものとして。ドナ・ウィリアムズで言えば無数の「キャロル」や「ウィリー」として。
「栄養素」としての「ネタ」か、「防衛」としての「ネタ」か、の違いか。
elveさんの「シモネタばかり言う残念なおばさん」は「防衛」としての「ネタ」だと思うがな。
elveさんにとって「ネタ」は、ああまあ、「栄養素」にはなってるのかもな。体質として牛乳があわないのにカルシウム摂ろうとして下痢し続けながら飲んでるみたいなもんか。
必要な「栄養素」が欠乏したら死んでもいいじゃない。
「パンがないならケーキを食べればいいじゃない」の魔女バージョン。
>elveさんの「シモネタばかり言う残念なおばさん」は「防衛」としての「ネタ」だと思うがな。
ドナの「キャロル」や「ウィリー」なんて別人格(解離性同一性障害的な症状ではなく、「ネタ」的な症状だと言える)は、それは(去勢済みではない)主体を防衛柵としてあるもので、「栄養素」にはなってはなかろうな。
http://homepage3.nifty.com/tamakis/%8D%D6%93%A1%8A%C2/HugBoxor.html
=====
彼女が主体化を避けるために作り出したキャラクター、「キャロル」と「ウィリー」のエピソードはその意味で興味深い。なるほどこうした局面では彼女はあたかも多重人格者のように、仮の人格で身を守っている。そして仮の人格があらわれる危機的状況とは、通常考えられるような暴力や虐待の場合に限らず、むしろ愛や親しさの告白などといった場合に生ずるのである。
======
>体質として牛乳があわないのにカルシウム摂ろうとして下痢し続けながら飲んでるみたいなもんか。
愛で下痢。
おいしいキャラだなほんとelveさんは。
むしろジェンダー論は、ヒステリーの精神分析から言えば肥やしって言うか、効果的な「ディスクール会場」になっているのかもしれない。
わたしが「防衛」としてつくりあげた「ネタ」をかたっぱしから「食われる」のはエチュードでよく経験したわ。
いやこっちは「たんとお食べ」って気になったがな。ただのエチュードなら。
大野さんに対しても大野さんに群がる人たちに対しても、こういう風に外野席から野次言ってるのはいいな。(わたしの)症状がでにくい。
むしろ追い出されたことに感謝しなきゃなのか。
サッカー見にきて間違えて選手と同じフィールドに出ちゃったようなもんか。
大野さんちが観客席だと思っていた時期もありました。
ときどき絡んでくる奴はイレギュラーで。
そっかあそこは「構造」のサッカー場だったんだな。
>結局さ、未去勢者だろうが前精神病者だろうが「鏡像関係の組み入れの失敗例」だろうが、「自我の確立」に向かう時期がある場合があると思うのよね。まあその「自我という鏡像的妄想」の定立に必要な土台の精神構造が壊れているからそういう人たちは結果としてほぼ必ずうまくいかないわけだけども。
「したくないセックスはしたことがない」と言い切れる大野さんよか、elveさんの方が、その土台に不具合がありそうではある。
機械製造やってたらわかるが、「故障している」と「故障していない」って結構曖昧なんだよ。部品なんかは強制的にその判断するが。
同じ設計で作られた製品なのに、「まじめな子」と「聞かん坊」がいるもんだ。
わかりやすく言えば、車だってそうだぞ。まあ製造側はなるべく均質な品質を保とうと努力はしているが。「品質管理」って奴だな。
車よりPCの方が個別でばらつきあるだろ、そう言えば。
同じ型番のPCでもすぐ逝くこともあればFF14寝落ちしまくっても元気な子もいる。
まあなべて夏バテするがな。PCは。うちの子もさいきん愚図って困る。
わたしが設計してたのはいわゆる製造機械で、商売相手が一般消費者ではなく工場の人だった、ってのもあるかも。
一般消費者向けの製品より製造機械などの方が「均質な品質」という「暗黙の了解」がゆるいと思う。
もちろんそのためのアフターケアもあるけどな。保守保全は大事。
ジェンダー論
↓
「自我の確立の困難さ」という「男/女」なるシニフィアンの差異
↓
自閉症や統合失調症のごとき「自我の確立」のための土台に不具合があるかないか
上にいくほど「症状」であり、下にいくほど「深層心理(病理)」、って感じの意味で
そういった意味で、前にもどっかで書いたけど、あるときからぱったりフェミジェンダーが「吉本新喜劇」みたいに思えてきちゃったのだよな。学生時代。構造主義に流れたせいか。
まあおまきんさんの言う「ネタ」ってことだろうが。
あった。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-281.html#comment396
=====
一方、「男(少年含む)」と「女(少女含む)」などは、融合したがりらぶらぶちゅっちゅしたがりの、「性質」という意味で「性」と呼べないものであり、むしろ「男」や「女」の方が「無性」である、みたいな感じかな。
=====
こういう話。
心理的な意味での「男」や「女」は妄想にすぎず、物性物理的な物性・性質ではない、ということか、今言い換えると。
>物性物理的な物性・性質ではない、ということか、今言い換えると。
生理痛とかって話なら物性的な話だと思えるがな。
>↑ええー、信じらんないw学校教育が子どもをセクマイに教化する教育だと思ってる人がいたとは!
こことかあれだよな。わたしが最初大野さんに噛みついたのは「こんなんで普通の人は混乱しない」って言ってたのにカチンときて「いやわたしは混乱したけど?」って言ったわけだが、うまいこと言葉尻からは隠しているが、彼女も結構な「太宰メソッド病」「大文字の他者病」なんだよな。自分で認めてたが。
そら自分ちは「「構造」のサッカー場」の方がいいだろうな。大文字の他者の場所。
>↑ええー、信じらんないw
これとかすごく無意識が露出しているよな。
「信じらんない」ということは、彼女は「学校教育が子どもをセクマイに教化する教育だと思ってる人はいない」と「信じていた」となる。
ファルスとは「確信」という心理なんだよな。わたし説だが。
こういったところから彼女の男性的な無意識が漏れでていると言える。
試しに「ええー、信じらんないw」という文章をなくしてみよう。
「学校教育が子どもをセクマイに教化する教育だと思ってる人がいたとは! 」だけなら、「自分がそういった人もいるかもしれないという可能性を考えていなかった」という意味にも受け取れ、別に「何かを信じていた」という意味は見いだせない。ただ自分が知らなかっただけ。
>「信じらんない」ということは、彼女は「学校教育が子どもをセクマイに教化する教育だと思ってる人はいない」と「信じていた」となる。
こんなこと書くと「ジョークじゃん」と言われるかもしれないが、「ジョークにこそ無意識は表れる」と(以下略)。
「大文字の他者病」っつか「大文字の他者信奉者」なんだよな。ジジェクもだが。
「男」(に登録された主体)も「女」もファルスがあるんだよ。
「女」という意味構造が「男」と比してファルスを増長させないだけで。
今思うとFさんとのいざこざも、「私が信奉している大文字の他者はこうだ」という、宗教団体の内部分裂にありがちな「われわれの神はこうである、お前の考えている神は違う」ってのと同様のことだったのかもなあ。
トロロイモさんだかが「大野さんもF子さんも自分が信じている「世間様」のどっちかを言いあいしているだけ」ってブクマがあったが、わたしはそのときそれに懐疑的だったが(大野さんは「世間様」信奉として言っているのではなく、科学者視点で述べている、と考えていた)、そうだったのかもな。
あとで考えてみると。
わたしなら「elveさんはなぜ「自分の子供が学校教育でセクシャルマイノリティになる」って考えたの?」って聞くな。
というわけで聞いてみる。
セクシャルマジョリティもセクシャルマイノリティも学校では教育してるもんなんじゃねえの。
セクシャルマジョリティなんか授業で「はーいじゃあ男女ペアになってー」みたいな形で教育者も無意識的に子供たちをそういう風に「洗脳」「調教」してるわけで。
一方、学校でセクシャルマイノリティを教える大野さんみたいなのもいる。
であれば、どっちもありえるんじゃね。
ちなみにこれは
>simplemind ↓「同性愛者を差別しちゃいけません」って教育すると「そんな授業受けてウチの子が同性愛者になったらどうしよう」って心配する親が増える(私なら心配しそう)
simplemindさん自身が同性愛的な欲望があることの無意識の表出だ、となるな。
>(私なら心配しそう)
この「心配」がそういった自身の欲望の抑圧に相当する。
ある意味こんな短文で神経症の典型構造を見事に表現できている。
外野楽だなw
もっと言えば、この推測を敷衍すれば、simplemindさんは「自身の同性愛的な欲望を抑圧している」ことをelveさんに投影して(「elveさんはそういう意味で言っているのだろう」って意味だよな、これ)、こう書いた、というわけだが、この投影はelveさん的にどうだい?
わたしは大体わたしにでなくても「人が人に欲望を投影する」のに嫌悪を覚えるが、simplemindさんのこの文章にはあまり嫌悪覚えないな、と思ったが、
>(私なら心配しそう)
で投影を回収してるからか。
この括弧がなかったら嫌悪を覚えていたかもしれない。
「私なら」って言えばいいんだな、わたし対応テクニックとして。
珍しい発見の仕方だ。わたし的に。
まあここは「精神分析の場所」ではなく「ガールズトーク」「分析主体の場所」なのでざっくり言わせてもらうと。
elveさんも同性愛的な欲望を抑圧している、というsimplemindさんの投影っつか推測を採用してみよう。
おそらくelveさんが抑圧しているのは「母」(実際の「母」とは限らない)への欲望じゃろ。
「母」だから同性愛になるべ。
>教育でって簡単に言うけど、自分の子供が学校教育でセクシャルマイノリティになって孫の顔見えれなくても問題ないって思える人も少ないのでは。
>
>(性差別が生まれる「ヘテロになるような教育困ります」って本気で思ってるのか?)
ここら辺はヒステリーではなく強迫症っぽいなあ。この「欲望の二択」感が。
セクマイだろうがヘテロだろうが欲望という症状だ。
精神分析とは欲望を科学する学問である。
科学において水も炭素の同素体としてのダイアモンドもそれぞれそういった物性の差異がある物質でしかない。「ダイアモンドの方が価値がある」などという考え方は科学ではない。
>ここら辺はヒステリーではなく強迫症っぽいなあ。この「欲望の二択」感が。
そういえばお前の大野さんに対する文句って大体そうだよなあ。ぱっと見ラクくんとかが言いそうな文句を言う。
お前大野さんは「名誉男性だ」って言っていたが、そういう脳内大野さんと話しているからそうなるのか。
>ある意味こんな短文で神経症の典型構造を見事に表現できている。
「simplemind」なんかじゃなくてすっげえ複雑な心理してるよなw
神経症なんてそういうものだけど。
しばらく休んだからか元気いいなあたし。
ラクくんとかパーンくんとかyokato41とかkくんとかめんどくさいわ、ほんと。
あ、saikoなんちゃらさんもな。名前打つのめんどう。
ってkくんいたか。
ごめん排除してたわ。わたしの主観から。
つかまあジェンダー論なら文脈はわからなくもないがフェミとセクマイが親近して政治運動してたりするのがイミフなんだよな、ずっと。
あれか、saikoなんちゃらさんが言っていた「境界線をぶっ壊す」みたいな幻想を同性愛に抱いてたりするのか。
わかった。
「性」ってまあセックスって意味もあるが、わたしは「物性」みたいな「性質」って意味で考えちゃうんだろうな。だから「(心理的な意味としての)「男」も「女」も「無性」だ」って思ったのか。
でもりっしんべんの生きるなんだよな、りっしんべんって「心」がもと。つまりリビドーを意味すると考えられる。
漢字の成立としてはわたしの方が間違ってるな。
ああまた言葉を奪われた。違う言葉探さなきゃ。
「欲動」ぐらい使わせろよまったく。
地震気にするようになってから、高層ビルとか意外と揺れてるってのは設計の知識で知ってたが、二階建ての電気店にいるときでも微妙なゆれを感じるようになった。
もちろんわたしの幻覚だろうが。
「抑圧」とか書いたが、この「抑圧」って症状も、掘り返せば「父への欲望」だからのう。
ややこしやややこしや。
男性同性愛ってのは大体の場合(非男性化男性同性愛とかは少し違うが)、「父への欲望」の過剰さからきてるもんだしな。
男性は多かれ少なかれ、欲望を抑圧している限りそれは「父」を欲望しているってことだから、男性同性愛だとはなる。
だから意味わからんのよな、セクマイとフェミジェンダーが親近するのって。
精神分析からすりゃダヴィンチも同性愛者だってなるからの。
『キン肉マン』とか男性同性愛の花園。『饗宴』。
そういう意味でやおいのマンガの読み方はとっても精神分析的。
>欲望を抑圧している限りそれは「父」を欲望しているってことだから、
「原父」と書いた方がいいか。
「不思議」とタグがあるが、なぜ大野さんがそれを「信じらんない」のか不思議だ。
こういったところは「自我の確立」であって、「自我の解離」たるヒステリーとはまったく違うのだよなあ、大野さんは。
ああこれ一般的な語義と精神分析的な意味の違いにも似てるな、「ヒステリー」の。
たとえば自我が確立されていてその自我の防衛のために「うきゃー」となるのも一般的語義では「ヒステリー」と言われる。
自我が解離しているから「うきゃー」となる(症状が出る)んだよ、ヒステリーは。
何が不思議かって、大野さんが不思議と思ったのはelveさんの考えであって、であればelveさんにそう聞けばいいのだが、わたしの「elveさんはなぜ「自分の子供が学校教育でセクシャルマイノリティになる」って考えたの?」みたいに質問形で文章を書いていないところだ。
大野さんはなぜ質問形で書いていないのだろう。
「いったい何の話をしているんだろう」というのは、質問の意味ではない場合もあるよな。質問する気はないが、自分の中だけでそう考えることはあろう。
だが、彼女はブックマークして「不思議」というタグをつけている。
「私はあなたに質問はしないが、あなたがなんの話をしているのか不思議だ」ということをelveさんに言いたいのか。
いや、上に書いたような彼女の「大文字の他者病」な傾向を考慮すると、「私は彼女の言っていることが不思議です」と大文字の他者にアピールしている可能性もあるな。
elveさん本人に聞くつもりがないなら、「誰かどういう話か教えてくれ」と書けばいい。そしたらsimplemindさんというelveさんではない人がそれについて答えているという状態も理解できる。
いや、少なくともsimplemindさんは、「elveさんに聞いているのかもしれないが、自分を含めたはてなブクマーにも質問している」と考えたから答えたのだろう。
simplemindさんは、大野さんは大文字の他者に(も)話しかけている、と認識したわけだ。
おそらく本人たちは気づいてないだろうが、このような明文化されていない暗黙の意思了解があるんだよな。
はてな村はそれが色濃くて気持ち悪い。
とはいえ、はてなブクマには付箋の役割もあり、それはコミュニケーションとは別物だ、とも考えている。付箋のメモなんて他人にわかるようにするもんじゃないだろ。
大野さんのブクマはそういうものであれば、別に彼女はelveさんあるいは大文字の他者に話しかけているつもりはない、と言えるだろう。
しかし、elveさんではないsimplemindさんの「私なら」という考えを聞いている。
とすれば、大野さんはブクマをコミュニケーション手段として利用している、という可能性が高い。
実際ブコメで会話していること多いしな、彼女。
であれば付箋として利用している、とは言えないだろう。「付箋かつコミュニケーション」かもしれないが。
ああ、なんか、ブコメとコメント欄は現に別機能だから、ブコメでは「筆者に聞く」のを避ける暗黙のルールがあるのかもしれないな。
すまんなそういう空気読めない人で。こうやって言語化しないとわからない。
「筆者に聞かない」ブコメの暗黙のルールが、ブコメのほとんどが「大文字の他者への話しかけ」になるのかもな。
本人じゃなくてそいつの脳内世間様に「ねえ、これってどう思う?」というようなコメントばっか。
誰と会話してんだよ、会話じゃなくて独り言なのかよ、はっきりしろよ、ってのがすげー気持ち悪い。
ブコメのほとんどにF子さんと同種の症状が見られる。
はてなブコメ自体が「大文字の他者病」なんだな。
だからそれと同種の指摘たる「太宰メソッド」という概念提起にある種のインパクトが生じた、と。
わたしブログでもそうだが、独り言っつうか研究ノートみたいな感じで書いている記事に、聞いてもいない人(特にネットなら初対面の人)が答えてくるのがうざいんだよね。
今回とか、「何の話をしているんだろう」という「わからない箇所にした付箋」としてそう書いていたなら、わたしなら、「あなたには聞いてないんだけど」ってsimplemindさんに言うな。うぜえこいつ、って。「余計なお世話」って奴か。
わたしブログでもコメントするなら独り言のつもりで書け、とは言っている。
コミュニケーションではなく独り言を言いあうのが「ガールズトーク」である。
ちょびさんなんか独り言ばっか書いてるぞ、うちに。
ブコメもそういう独り言の累積ならいいんだが、実際コミュニケーションしてるし、独り言にならず各個人の大文字の他者という妄想へのコミュニケーションの場になっているところがあると思うんだよね。
そこが気持ち悪い。
>↑ええー、信じらんないw学校教育が子どもをセクマイに教化する教育だと思ってる人がいたとは!
つかあれだよな、学校教育なんて近代のものだから文化によってどうにでもなりえたろうし、学校教育とは少し違う大学ならそれの前身含め歴史は古いが、もとをたどればソクラテスとその変人仲間たちってところにいきついて、ホモ集団だったわけだろ。古代ギリシャではホモは普通。
「信じらんない」方がおかしい。
要するに、精神分析という欲望の科学からすれば、古代ギリシャ文化では普通だった男性同性愛も、ヘテロも、差異のある症状だが病理は等しく欲望であり、「どういった形の欲望が社会的に許されるのか」なんてのは時代によっても文化によっても変わりうる。
それを統一するのが学校教育だ、と考えることもできよう。
しかし、時代によっても文化によっても変わりうるのであれば、個人個人の受け取り方が変わっていてもおかしくはなかろう。
現代の学校教育をそう受け取る人がいてもおかしかあるまい。
なんかのドキュメンタリーでやってたぞ、GIDで女のカッコで学校通ってる男性教師とか。
>なんかのドキュメンタリーでやってたぞ、GIDで女のカッコで学校通ってる男性教師とか。
いやまあ大野さんの時代じゃ考えられないのかもしれないがな。
つか日本史でお稚児さんの話をイキイキとする先生もいたしな。
同じ県の別のガッコだけどゲイをカミングアウトしてる先生もいたらしい。いやあくまで噂だけど。
セクマイもヘテロもどっちも教えてるもんなんじゃねえの、学校なんざ。
それで子供がどうなるかなんて知らんわ。
んー、意味がわからなくなってきたぞ。
先に書いた通り、(elveさんは「学校教育が子どもをセクマイに教化する教育だ」なんて言っていない)「学校に通わなければ受けなかった影響を受けて子供がセクマイになる」可能性は十二分にあると思うんだよな、現代の学校教育現場は。大野さんの時代はしらん。
そもそも「欲望とは他者の欲望である」であり、どんな形であれ欲望とは他者から「教化」されるものだ。つまり後天的な学習だ(そういう意味でGID器質因説はわたしは否定する。理論的に器質因である証明はなされていない)。
であるならば、学校教育のある部分がある子供をセクマイにさせた原因である場合は充分にありうる。
それとも何か、もし万が一自分の生徒がセクマイになったとして、自分の授業が原因だった、と言いたくないのだろうか。いやまあ大学生で充分人格形成されてるわけだからそれが原因である可能性は低いだろうがな。
まあそれで「子供が同性愛者になった! 孫の顔が見れなくなって困る!」なんて言ってきたら、「それはお前の勝手な欲望だろ。同性愛者だって自身の欲望によるものだ」と言えばよい。
>>↑ええー、信じらんないw
>これとかすごく無意識が露出しているよな。
良く分かんないけどすごくガッカリして、とても不快だった。
脂さんの最初の
混乱するわけ無いって言われて混乱してるって言ってるの思い出した
同じの連想してて何よりwww
なんかすごいショックだったけど
消毒にFunkyって言われたのでちょっと持ち直したwww
ダヴィンチだってショタをはべらかしてたわけだし、ほんと「大文字の他者が許している欲望の形」って問題でしかないんだよね。
そもそもその大文字の他者が妄想なのに。
クサヴァもよっぽど「大文字の他者病」だけどなw
むしろ「学校教育は子どもをセクマイに教化する教育ではありえない」という大野さんの方が、まあ彼女の時代の学校はそうだったのかもしれないが、よっぽど性差別的に思えるな。
>混乱するわけ無いって言われて混乱してるって言ってるの思い出した
大野さんの口癖ではあるよな、「そんな人いるわけがない」って意味の言葉。
> 大野さんの口癖ではあるよな、「そんな人いるわけがない」って意味の言葉。
本人が本気でそう思ってるだけで「そんな人」に負の感情持ってたりする訳じゃないから文句も言えないんだけど。
まぁ、しょうないんだろうな。
想定外ですってちょっとたちわるいわwww
>本人が本気でそう思ってるだけで「そんな人」に負の感情持ってたりする訳じゃないから文句も言えないんだけど。
ものすごい敬虔なシスターみたいだな、「まあそんな信じられませんわ」的な。
> 女にとっては一時期おもしろくなるときがあるとは思うのよなあ。
脳内尾崎豊が「卒業」熱唱中。
カラオケ以外で聞いたこと無いのにぃぃwww
> ものすごい敬虔なシスターみたいだな、「まあそんな信じられませんわ」的な。
お嬢様とは生きる世界が違う
あれ? 脂さんはこっちで良いのかwwww
ココが観客席なら観客席の観客席がブクマなのかしらねぇwww
『卒業』の終わりあたりのメロディがなんかのコメディのBGMに似てる気がしてならない。
>あれ? 脂さんはこっちで良いのかwwww
逆にうらびれた村の人からすれば敬虔なシスターの方が「そんな人がいるなんて」だろ。
どっちもこっちもない。
あるのは断絶だけ。
そしてこの断絶は一人一人のあいだにある。
そういう「どっち側」って考えイヤだわー。女子も男子もそんなんばっか。
そうかーでもなぁ、育ちが良いって育っちゃった後だとどうにもできんので嫉妬しちゃうのよねー
> そしてこの断絶は一人一人のあいだにある。
さびしいよねぇー(・ω・` )
両親ほぼ別居で育てられたわたしは育ちがいいのかwww
父親なんて一回警察にパクられたことあるぞ。
両親そろってるかどうかと育ちは関係ないんじゃね?
んー、じゃ「育ち」ってどういう意味?
具体的に何がどうあれば「育ちがいい」「悪い」なん?
周囲と自分の生活水準が高いとか
お金で悩んだこと無いとか
ご飯食べたらお茶碗に米がついてないとか
お母さんが新聞読んでるとか
ニュースを見て意見を言い合えるとか
旅行先は海外とか
お金か。まあ祖父母んちは金あった方だろうな。宗教がらみは濡れ手に粟です。
「海外」の「海」が津軽海峡以外とか!!www
>旅行先は海外とか
はじめての海外旅行は自分でバイトで貯めた金でいきました。
母親は事業主だからか金持ちの印象あるのかな。
あれだぞ、乞食が住んでるような町工場のジジイだって事業主になるんだぞ。
まーソレ言うとうちの母も一応事業主なんだがのー
あーそうか。
で、わたしのどこが育ちがいいの?
まあ塾いってたけどタダだったし。
自称したのと大学でてるのと生活のためじゃない理由で水商売できるから
育ちがいいって自称してたっけ。お嬢様っちゃーお嬢様かもしれないがなあ。箱入りって意味で。
あと大学は国立はへたな女子大より安いぞ。目白短大だか忘れたけど授業料聞いてびびったわ。
>生活のためじゃない理由で水商売できるから
これそういう子多いんじゃね。青学の子で父親が某メガバン重役の子もいたし。
つかまあ生活のためではあったぜ。金ないのがデフォだったし。学生時代は。
あーお嬢様は育ちが良いもののインプットしてたわw
違うなら書き換えておくwww
会社やめてから何回かヘルプしたことあるがそれはもろ「生活のため」だなwww
「生活のためじゃない」って書いたっけ、あたし。
「生活のため」とは書いてなかったから私が脳内補完しただけw
箱入りではあったと思うよ。祖父母んちに預けられたりしたのは。「自炊してろ」って言われてたわけじゃないし。
「生活のため」じゃなく金を稼ぐケースがわからん。
> 「生活のため」じゃなく金を稼ぐケースがわからん。
分かんないことは妄想しちゃうんだよねぇ
生活にもよるだろうなあ。ある程度親から仕送りもらってるけど生活費が足りないって場合も「生活のため」にならないか?
なんかこう、具体的な基準があるわけじゃなくて、自分の欲望の対象(嫉妬の対象)を「育ちがいい」って記号で表しているだけじゃね。
便利だったから思わずwww
そーねー。育ちがいいとかそっちを具体的に考えてみるかー
>「信じらんない」ということは、彼女は「学校教育が子どもをセクマイに教化する教育だと思ってる人はいない」と「信じていた」となる。
つーか、セクマイが善だからそちらに導く(=教化)教育なんて、意味のうえからあり得ないじゃないですか。
まずセクマイ=善という証明でもあるんですかね。
>ファルスとは「確信」という心理なんだよな。わたし説だが。
こういったところから彼女の男性的な無意識が漏れでていると言える。
という主張には「確信」はないのだろうか?
「信じる」ことって知識には付き物だ。
信じてないのに、グダグダ知識を披露することって冗談でしょ。
>信じてないのに、グダグダ知識を披露することって冗談でしょ。
科学ってそういうものじゃねえの。科学者はよく言うだろ、「現代の科学でもわかっていないことが多いんです」と。彼らは科学を「確信」していない。
わたしもお前の言う「精神分析で人の心がわかるわけではない」という主張に反論しなかったよな?
お前の方が何冗談言ってるんだ、だ。
というか、なぜ「信じてはいない知識を披露する」ことが「冗談」になるのか、理屈を教えて。
「観測手法に疑問点はあるが、これこれこういったデータがある」なんてのは論文でも普通に見られる言い方だが。
「信じてはいない知識を披露してはならない」というラクくんの個人ルールでもあるわけ?
ラクくんも最近elveさんに感化されてか非論理的な印象論しか言わなくなったなw
>科学者はよく言うだろ、「現代の科学でもわかっていないことが多いんです」と。彼らは科学を「確信」していない。
というか「科学」って、真理を導くための営みみたいなものですよ。
だから彼らにとっての「確信」は真理開拓のための小道具にすぎませんよ。
仮説の確証のための。
>というか、なぜ「信じてはいない知識を披露する」ことが「冗談」になるのか、理屈を教えて。
信じてもいないものは知識ではないってだけ。
>「観測手法に疑問点はあるが、これこれこういったデータがある」なんてのは論文でも普通に見られる言い方だが。
これって単なる事実報告でしょ。
そして仮説確証の小道具、みたいな。
>仮説の確証のための。
結果「確証できない」という不確定性原理や複雑系などという分野が成長しているわけだがな。
君にとっての科学はいつの時代のものだか。
>信じてもいないものは知識ではないってだけ。
君にとってはそうなんだろうな。
>これって単なる事実報告でしょ。
「事実報告」なら「信じてはいない知識を披露する」のは「冗談」ではないの?
「事実報告」と「冗談」の違いを具体的に教えて。
ほんと最近のラクくんは「俺の感覚」でしか話さないなwww
ラクくんの個人ルールは個人ルールでいいから、勝手にやってればいいのに。
>というか「科学」って、真理を導くための営みみたいなものですよ。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-812.html
=====
薄暗い実験室で研究している科学者がいる。社会的な交流もあまりしないため、人は彼をマッドサイエンティストのように思っているが、薄暗いのは光により彼の研究する物質が変化してしまうためであり、人が思っているような意味はなかった。彼にとっては光もそういう物質でしかない。ただ電荷や質量がないだけ。
そんな彼が珍しく学者同士の会合に出席した。研究費の捻出という現実的な問題ゆえのことだった。
社会的なコミュニケーションが苦手な彼はほとほと疲弊して帰ってきた。
会合にきていたさまざまな学者たちの言い分にカチンときた。いや、隣接分野の研究をしている親しい学者とした議論は彼にとって有意義であったが、それ以外の学者たちの言い分に怒り、呆れ返ってしまった。
「ここにいるのは学者という肩書きの文化人ばかりだ。学者は文化人じゃない。本当の学者は年々減って行っている」
親しい学者に彼はこうこぼした。
研究室に戻り、疲弊していながらも怒りがおさまらない彼は、研究ノートにこんな言葉を書き殴った。
「学者は真理を探究しているのではない。ただ目の前にある物質を研究するのみ。その結果真理が見えてくる場合もあろう。しかし先に真理を追い求めるのは間違っている。真理はあとからついてくるものだ。特に哲学者などはここを理解できていない。」
会合でこう発言してやればよかった、と思ったがときすでに遅しであり、言っても無駄だとも思えた。
数年後、彼は精神を病み自殺するが、このことが原因となっているのかは定かではない。
=====
あ、これはわたしの個人ルールな。
>結果「確証できない」という不確定性原理や複雑系などという分野が成長しているわけだがな。
「確証できない」というのも「確証」だと思う。
だからそれも知識。
>君にとってはそうなんだろうな。
というなら、脂さんは何を信じて(≒知識として)語り続けているのかという疑問が浮上する。
>「事実報告」なら「信じてはいない知識を披露する」のは「冗談」ではないの?
>「事実報告」と「冗談」の違いを具体的に教えて。
「観測手法に疑問点はあるが、これこれこういったデータがある」というのは「知識の披露」ではないでしょ。
言うなら、こういうことを言っている人がいるというくらいの知識。
『「学者は真理を探究しているのではない。ただ目の前にある物質を研究するのみ。その結果真理が見えてくる場合もあろう。しかし先に真理を追い求めるのは間違っている。真理はあとからついてくるものだ。特に哲学者などはここを理解できていない。」』
「ただ目の前にある物質を研究する」にしても真理を獲得する手続きを踏んでいなければどうにもならないし、むしろこの学者の態度こそが「真理を導くための営み」だ。w
>「確証できない」というのも「確証」だと思う。
その「確証」は気分のようなもの、って話か。つまり「確証」という心の問題だと。
「人の心なんてわからない」はずじゃなかったか?
>というなら、脂さんは何を信じて(≒知識として)語り続けているのかという疑問が浮上する。
君の「何かを信じて語らなければならない」って個人ルールがあるから疑問が浮上するわけだな。
>「観測手法に疑問点はあるが、これこれこういったデータがある」というのは「知識の披露」ではないでしょ。
どう違うの?
>言うなら、こういうことを言っている人がいるというくらいの知識。
はラクくんの印象論でしかないよな。
>むしろこの学者の態度こそが「真理を導くための営み」だ。w
だからそうやって君のように真理を先に設定する哲学者みたいなのは学者ではないとわたしの創作上のこの科学者は言っているわけだが。
「確証していない」期間をなぜそこまで無視するんだろう。
結果、「確証」なり「真理」を見つけたとしても、また別のところに謎が生まれる。「確証」できない事象が生じる。
無限の謎に挑み続けるのが学者の態度だと思うが。
謎が謎であるためには「確証」していてはならないだろ。
確証しているかどうかなら、パラノイアたちは自分の妄想を確証しているぞ。証明もしている。彼らなりに。
逆に言えば「真理」を見つけているのがパラノイアだ、ってことでもある。彼らなりの、な。
だからフロイトは「哲学とはパラノイアだ」と言ったのだよ。
「じゃあ確証してれば知識なの?」って話だな。
まあ、ラクくんとわたしの「知識」の定義が違うってことでええんでねえの。
「確証してなければ知識ではない」ということの理屈が説明されていないんだよね。
だからただのラクくんの個人ルールでしかないと思えちゃう。
パラノイアだって同じだよ。傍から見れば彼の個人ルールでしかないことは、彼にとっての「確証」「真理」だ。
「男はつねに悪者にされる」とラクくんは言っていたが、それはラクくん個人のこういったパラノイア的な性格が悪者にされてんじゃないの。
適当に言ってるけど。言ってるわたしも信じていない。
だから別にこれはラクくんにとって「知識」じゃなくて構わない。
不快な感じのまんま反応すると攻撃的になると思ったので一拍おいてみた
今行われている教育はセクマジョ(って略でいいの?www)に教化する教育であり、ソレが差別を生み出しているのであれば、差別をなくす教育とは今よりもセクマイに教化する方向転換した教育をすることになるだろうけど、それを「セクマジョに教化されている親たち」が許容できるんだろうかねって話。
親じゃなくたっていい。
大学生になって「ヘドが出る」のはそういう事じゃないのかな?
今自分の差別的な気持ちを認識しどうすればいいかと言われたらもっと物心、分別、差別心を持つ前に差別心が無くなるような教育をすればいい。セクマイでもセクマジョでもいいじゃない。(自分も他人も)どっちになったっていいじゃないって教育をすればいい。そういう模範解答は出せても、セクマジョになってしまった大学生はその教育をする事に対してヘドが出るんじゃないの?
simpleさんの
===
「同性愛者を差別しちゃいけません」って教育すると「そんな授業受けてウチの子が同性愛者になったらどうしよう」って心配する親が増える(私なら心配しそう)って話じゃないですかね。たぶん。
===
の(私なら心配しそう)の私を脂さんはsimpleさんと捉えたようだけど違うよね。
って話じゃないですかねの前が全部私の記事(大野さん曰く「いったい何の話」)の説明ね。タイトルが私もたぶんダメだなので、そういう要約で問題ない。
そういう記事を書く人、そういう記事を受け取る人を前に「ええー、信じらんないw」って草まで生やしちゃう大野さんが不快だわって話ね。
大野さん、じつは差別なくす授業やってるつもりなのかなぁ?
”「同性愛者を差別しちゃいけません」って教育すると「そんな授業受けてウチの子が同性愛者になったらどうしよう」って心配する親が増える”
を
> 学校教育が子どもをセクマイに教化する教育だと思ってる
って変換するのも酷いと思ったし
ちがうな
ちがうけど、いいや
>君にとっての科学はいつの時代のものだか。
ごめん、ここは「検証」と書くつもりだった、と思う。
しかし、仮説→予測→検証を経た、理論の「確証」ということでもある。
したがってこのコメントからは、現代科学では「検証」≒「確証」という概念は必要とされていないのか?という疑問が生じる。
>>信じてもいないものは知識ではないってだけ。
>君にとってはそうなんだろうな。
不確定性原理を「信じている」脂さんにとっては、量子力学の知見が知識ということなのか。
>その「確証」は気分のようなもの、って話か。つまり「確証」という心の問題だと。
この「心」ってシュレーディンガ経由のノイマンの心のこと?
>君の「何かを信じて語らなければならない」って個人ルールがあるから疑問が浮上するわけだな。
「ならない」という規範的なことを言っているんじゃなくて、何かについての確信がなければ、脂さんのように自信をもった発言はできない、ということ。
>だからそうやって君のように真理を先に設定する哲学者みたいなのは学者ではないとわたしの創作上のこの科学者は言っているわけだが。
「「科学」って、真理を導くための営みみたいなもの」とは書いたけど、それは「先に設定する」ということではありませんよ。
逆に聞きたいけど、真理(=正解)を求めない科学者なんているの?
科学者が問題(謎)に突き当たり、それを解明するプロセスを何だと思っているのか。
ちっ(舌打ちwww
> 脂さんのように自信をもった発言はできない、ということ。
印象論だなぁwww
>「ならない」という規範的なことを言っているんじゃなくて、何かについての確信がなければ、脂さんのように自信をもった発言はできない、ということ。
「制限」(≒「抑圧?」)している点では同じじゃないか?
>脂さんのように自信をもった発言はできない
なんで「自身をもった」なんてことが、他人であるラクさんに分かるんだろうな?
もしかして、エスパーかなんかか?
> 信じてないのに、グダグダ知識を披露することって冗談でしょ。
の方がよっぽど自信ありげだよな
「信じてないのに、グダグダ知識を披露する」やつなんて
そのへんにごろごろいるのに
>「確証していない」期間をなぜそこまで無視するんだろう。
この意見は「確証」を前提しているし、「真理」に対する科学者の欲求を無視している。
>「確証してなければ知識ではない」ということの理屈が説明されていないんだよね。
流れがややこしくなってるけど、ここは「知識」ならば「確証」の対偶ではダメなの?
例えば、噂話を人に伝える場合、「これは噂だけど〜」という前置きをしたり「らしい」で誤魔化するのは、その内容に自信がもてないからですよ。
”「これは噂だけど〜」という前置きをしたり「らしい」で誤魔化”さないと地震があるって判断するのか〜グラグラ
”だから彼らにとっての「確信」は真理開拓のための小道具にすぎませんよ。
仮説の確証のための。”
この辺は自身あるのかー。彼らって誰だよ、具体的にwww
>印象論だなぁwww
正直言って、印象論から無縁でいられる人なんて私には想像しにくいです。
>「制限」(≒「抑圧?」)している点では同じじゃないか?
ごめん、「制限」の意味がいまひとつ。
>なんで「自身をもった」なんてことが、他人であるラクさんに分かるんだろうな?
自説に自信のない人は、あんなに断定的な発言はできないでしょ。特に大野さんとのやり取りとかぁ。
>「信じてないのに、グダグダ知識を披露する」やつなんて
そのへんにごろごろいるのに
言い訳なしでそう言っているなら、たぶんその人はそれを「信じている」んだと思う。
自身を持てよ!!(誤変換じゃなく!
> ラクくんの個人ルールは個人ルールでいいから、勝手にやってればいいのに。
>自説に自信のない人は、あんなに断定的な発言はできないでしょ。特に大野さんとのやり取りとかぁ。
脂さん本人はそう言ってたのか? あんた脂さんに聞いてきたのか?
そうじゃないなら、それはあんたの「ルール」じゃね?
>”「これは噂だけど〜」という前置きをしたり「らしい」で誤魔化”さないと地震があるって判断するのか〜グラグラ
普通はその人の自信の根拠を疑う。
>この辺は自身あるのかー。彼らって誰だよ、具体的にwww
科学者です。しかし確信(信憑)の感覚がなくて行動できる人なんていないでしょ。
ラクさんには、「他の人も「同じ」だろう」という「妄想」がデフォルトになってるんじゃないか?
じゃー印象論で行くか。
何が言いたいのか分からん>ラクさん
何も言いたいことなんか無いくせに無理して話してるみたい
そういう中味のない会話普通は適当にあわせるものだけど
ムシできない人がココのコメント欄多いのでグダグダになってる感じwww
普通ってなんだぁぁぁぁっぁぁ(自問自答w
>自身を持てよ!!(誤変換じゃなく!
一応持ってるつもりだよ。w
>> ラクくんの個人ルールは個人ルールでいいから、勝手にやってればいいのに。
これは脂さんにだって誰にだって適用できそうな反論のような気がする。
>脂さん本人はそう言ってたのか? あんた脂さんに聞いてきたのか?
そうじゃないなら、それはあんたの「ルール」じゃね?
少なくとも脂さんに限ってはそれは言わないでしょう。
そしてこういった言語ゲームのなかでは、「あんたの「ルール」」というのも所詮は「あんたの「ルール」」でしかないと思う。
> これは脂さんにだって誰にだって適用できそうな反論のような気がする。
いや、ラクさんは個人ルールを人に適用しようとしてるから反発されてるんだが
「こういった言語ゲーム」してるのもラクさんだけだし
全体的に意味わかってないのでずれてるかも
>ラクさんには、「他の人も「同じ」だろう」という「妄想」がデフォルトになってるんじゃないか?
たしかにそこは疑う余地は充分にあると思う。
しかしそれが確信とか信憑とかの構造についてなら殆ど疑う余地はない、というとりあえずの確信アリ。
確信も自信もゲームもルールもいらないから
話したいことかってに話せばいいのに
そういうブログのつもりなんだけど
>少なくとも脂さんに限ってはそれは言わないでしょう。
なんで、あんたにそんなことが分かるんだ?
>そしてこういった言語ゲームのなかでは、「あんたの「ルール」」というのも所詮は「あんたの「ルール」」でしかないと思う。
あんたにとっては、ゲームなんだろうがな。
じゃあ、あんたの言っていることはなんだ? 「普通」とか「誰にだって」とか「確証」とか「前提」とか言うヤツか?
>しかしそれが確信とか信憑とかの構造についてなら殆ど疑う余地はない、というとりあえずの確信アリ。
構造主義の文学家か?
おまきんさんや脂さんの書くコメントの最初って不明点とか不快感の表明が多いじゃん
ラクさんとかkさんとかそういうの無いよなぁ
別に書きたくもないこと書いてる感じを受けるのはそういうところかな?
自身を感じないな(印象論(笑)
ラクさんやkさんは、いきなり「確信」という「妄想」を、さぞ世界の「常識」であるかのように言ってくるからなぁ。
だからどっちも「概論」なんだよな。
不確定性をなかったことにする。
割り算の「余り」をなかったことにするのと同じ。
割り切れる「数」だけしか見ていない。
割り切れる自分を誇示したいだけなのかねぇ?
私はたぶん分子と分母の関係にばかり気をとられるタイプwww
>割り切れる自分を誇示したいだけなのかねぇ?
分からないのはそこだ。
ひとり言ならまだしも、聞かれてもいないのに、わざわざ人に言ってくるのが分からない。
ひとり言かどうか聞きたいが、「欲望」だって言うから(kさんはな)まぁ、ひとり言ではないんだろう。
>>少なくとも脂さんに限ってはそれは言わないでしょう。
>なんで、あんたにそんなことが分かるんだ?
現に言ってないと思うし、これは私の予測。
だからもちろん絶対ではありませんよ。
>あんたにとっては、ゲームなんだろうがな。
こういうのを「言語ゲーム」というんだろうし、ルーマンだったらコミュニケーションシステムですよ。
>じゃあ、あんたの言っていることはなんだ? 「普通」とか「誰にだって」とか「確証」とか「前提」とか言うヤツか?
言ってることの一部なんでしょうね。
>別に書きたくもないこと書いてる感じを受けるのはそういうところかな?
書きたくなるから書いているのは間違いないですよ。
「不明点とか不快感」を書くこともあるしなー…。
ちなみに、目下の私の興味は、おまきんさんが何処かで書いていた、日常生活の困難みたいなものを解決or和らげる方法はないのかなあ、ということです。
大きなお世話と言われるんだろうなぁ。
何かないのかなあ。おまきんさんがやっているような仮説の構築しかないような気もするけど、どんな仮説がイイのかなぁー、なーんてね…。
> ちなみに、目下の私の興味は、おまきんさんが何処かで書いていた、日常生活の困難みたいなものを解決or和らげる方法はないのかなあ、ということです。
おまきんさんの!?>日常生活の困難みたいなもの
あーますます分からんわ。
なんか恥ずかしい人ってイメージが強固になった。
>何かないのかなあ。おまきんさんがやっているような仮説の構築しかないような気もするけど、どんな仮説がイイのかなぁー、なーんてね…。
それこそ、あんたがいつもやっている「確信」じゃん。
僕とは違うな。
デイケアスタッフ向きかもねぇ
言ってたのに。w
>デイケアスタッフ向きかもねぇ
これ妄想。w
おまきんさんの「僕とは違う」妄想して
「あなたのために」メソッド使う辺りは
かなりデイケアスタッフ向きと思うよ
>どんな仮説がイイのかなぁー
科学者が研究するときに、いちいちそんなこと考えてねーよ。
仮説にイイもワルイもあるか。
だから文学家なんだよ。あんたは。
善し悪しの判断はしちゃうんだよ正常人はぁぁっぁぁっぁ(何か触れたらしいwww
善し悪しに超拘っちゃうんですよ、私は!!(聞かれてないwww
冗談じゃねえよ。
スタッフ、こんなヤツばっかだから、っていうのも理由の一つでデイケア辞めたんだよ。
まぁ、糖質とかにはイイとは思うがな。
ヤツら、スタッフに感化されてマネしようとするからな。
分裂病とパラノイアは紙一重だからねえ。
『アンチ・オイディプス』でも分裂病とパラノイアは二極であり同じ領域にあるとしている。
>これ妄想。w
それはそうだが、
elveさんは
>じゃー印象論で行くか。
って書いてるからそれに含まれると考えれば、文句はないな。
「どんな人でも印象論から逃れられない」というのは同意するよ。わたしがいつも言っている「純粋な客観など存在しない」ということと同義だと考えれば。
であれば、ラクくんはそれを自分の主観だと認めた、というのならば、それでいい。
だからこう書いているわけだ。
>ラクくんの個人ルールは個人ルールでいいから、勝手にやってればいいのに。
ラクくんは「脂さんは自信ありそうだ」つまり「確証持っている」という印象論つまり主観を語っている、と自分で認めた、と考えていいよな。
一方わたしは「ラクくんは確証を持っている」とは言ってはいない。
ただし、ラクとの会話ではなく「大野さんの「信じらんない」と言う症状」について語っていると、「いや確証は大事だ。確証していなければ知識ではない」とラクくんが勝手に言ってきた。
この会話の流れの中のどこでラクくんは「脂さんは確証を持っている」という印象を抱いたのだろう?
これは、ラクくんは、自分との会話でもないのに「確証は大事だ」なんて言ってしまうラクくん自身の印象論・主観をわたしに投影している、と考えるべきではないだろうか。
ちなみにラクくんや。
>ラク 2011/08/03 23:50
>言ってたのに。w
これは誰が何を「言ってた」の?
最初から「確証」を求めて謎を解くことは、「憶見」を生みやすい。
たとえば、ある一つの仮説の傍証としてある「観察手法に疑問点はあるがこういったデータがある」の「データ」について、観察手法に疑問点がある」ことを棄却してしまう。
「確証」を求めていると、「ある一つの仮説」における「確証」のせいで、その傍証である「疑問点があるデータ」について不問になってしまう。
このときその人にとって「ある一つの仮説」は「憶見」となっている。
>このときその人にとって「ある一つの仮説」は「憶見」となっている。
精神分析的に言えば、それはパラノイアの症状である、ってこと。
ああそれと、simplemindさんに質問。
>simpleさんの
>===
>「同性愛者を差別しちゃいけません」って教育すると「そんな授業受けてウチの子が同性愛者になったらどうしよう」って心配する親が増える(私なら心配しそう)>って話じゃないですかね。たぶん。
>===
>の(私なら心配しそう)の私を脂さんはsimpleさんと捉えたようだけど違うよね。
これはどっち?
この括弧内の「私」は、simplemindさんの代名詞としての「私」なのか、elveさんの代名詞としての「私」なのか。
あ、こういうときIDコール使えばいいのか。
id:simplemind
また、もし後者なら、なぜelveさんでもないあなたがelveさんを示す「私」という代名詞でこういった文章を書いたのはなぜ?
そもそも、「私」という代名詞は、それを使うとき、「私以外の他人」を示さない語義じゃないっけ。
もちろん小説や演劇なんて場では「わたしじゃない他人」を「わたし」って言う場合もあるけど。
ということは、simplemindさんも、「世界は劇場、人生は夢」な人なわけ?
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-388.html
余談だけど、こういった症状はいわば「自我の解離」であり、ヒステリーとは(語源的に自我の解離という意味で)「解離性障害」と呼ばれているわけだから、simplemindさんはヒステリー的症状でそう言った、となるが。
であればsimplemindなんかじゃないけどな、ヒステリーはすべての神経症の大元と言われているくらい(ネカマyokato41くんもそのようなことを言っていた)「複雑な心」を表出している症状なんだけどな。
まあ、ヒステリー側からすれば「単純」な話なんだけどね。
「自我の解離」とは単純。
ラカン理論を参照すれば簡単。「自我とは鏡像的想像による妄想にすぎない」ってことだから。
つまり自我も妄想にすぎないんだから、「世界は劇場、人生は夢」となる、って。
たーんじゅーん。
こういう人から見ると、大野さんみたいな「自我の強い人」は、「お芝居だと気づいていない」みたいに思えちゃうのだよね。
ここでも指摘している「信じらんない」や「大野さんの口癖ではあるよな、「そんな人いるわけがない」って意味の言葉。」とかってのはそういうことでしょ。
お芝居の外の人が舞台に上がるから「信じらんない」となる。
ラクくんとの話にもどるけど、「信じること」「確証」こそがお芝居なんだよな、わたしにとって。
「同情するなら金をくれ」の主人公も似たようなこと言ってなかったっけ、「こんなお芝居どうでもいい」とか。
童話の外の人間からすれば童話の中の人間こそが「不思議」なんだよな。
だけど、たかがお芝居で、演劇評論的には脇役なんかも重要になるのに、みんな主人公になりたがるっしょ? いやわたしそもそもスタッフ志望だったからそういった野望はなかっただけかもしれないけれど。
主人公になりたがる、いわゆる「承認欲求」みたいなものが、「個々人の自我を根拠に成り立っている社会というお芝居」を、精神分析的には妄想つまり「お芝居」にすぎないのに、「現実」だって言わさせてるんじゃないか、と思うのだよ。
フロイトの「現実原則」の「現実」とラカンの「現実界」の「現実」は意味が違う。
とはいえ、「快楽原則に反すること」という共通性はあるがね。
舞台美術志望だったからなあ。だから大道具でまあ世間的語義ではバイトだけど現場で言う「バイトくん」じゃない仕事してたし。イベントバイトしたことある人ならわかるけど、「バイトくーん、ちょっとこっちきてー」とか言う人いるっしょ? ああいう人。
こういう業界ってあやしいもんで名刺もらったしなwww ただの大学生でバイトで日当払いなのに「主任」とかって名刺www
関東のデパートのイベントとかそういう立場で仕切ってたわ。相模原のデパートでそういう仕事してバイトはなんかそこの大学生ばっかだったんだが、打ち上げみたいなの誘われて「いやあたしも学生だよw」つって「えー!」って言われたもんな。
まあそのイベント会社の引越しとか手伝う関係ではあったしな。こっちは芝居仲間のスタッフさんって意識だけど、それだけじゃ食えないからイベント仕事取らなきゃなんない(金になるんだよ、これが。パシフィコ横浜とかでかいイベントならパンチカーペットとかくすねられるし。あと知識もえられる。お芝居のスタッフ仕事に流用できる技術を学べる。クラブとかで使うレーザー機器とかな。レンタルだけど)んだよ。
でもそれで「バイトしねえ?」って言われて主任の名刺作られてそういうことになったとw
まあそういうの多いと思うよ。偽名の人多いし。スタッフも役者も。
あれ、超有名な俳優さんの息子とか偽名でスタッフしてるよ。本名だと(芸名じゃないからいいだろ、ってわたしは思ったが)ばれるからって。
>パシフィコ横浜とかでかいイベントならパンチカーペットとかくすねられるし。
あ、もちろん産廃直行なものだよ、ああいう資材って使い終わったら捨てるもんなんだよ。それを再利用してるからエコw
>打ち上げみたいなの誘われて「いやあたしも学生だよw」つって「えー!」って言われたもんな。
その席ではなんかわたしはシングルマザーみたいに思われてたらしいw
年も言ったら「うそー」とか言われたしなwww
学生時代の話です。
>でもそれで「バイトしねえ?」って言われて主任の名刺作られてそういうことになったとw
デパートの担当とも交渉してたしなあ。
ああいう版権系人形とか作りもんってすげえややこしいのよ。機械部分ならそれなりの知識あるからこっちで勝手にいじって直せるけどさあ。
たとえば機関車トーマスの人形が壊れて修理依頼しても時間かかるのよ。それをデパート担当者に言い訳してるのがただの大学生のわたしというwww
社会人ならわかるだろう、版権物のややこしさは。
現場はそんなの待っちゃくれないがな。
社会人は製造機械系だったのでそういう「版権のわずらわしさ」ってのはなかったなあ。わたしが責任者だった新製品の名称とか「勝手につけてくれ」だったし。ただまあ「○○くん」みたいなのはいやだとは言ったがwww なんかこう英語のかっちょええ名前つけてもらったよ。
でもさあ、そのときまあ責任者だからそういう会議にも関わったんだけどさあ、業界で普通に使われている隠語を商標登録するのって、すげえ曖昧な問題なんだよね。
法的にはそれは誰も登録していないから、商標登録したもの勝ちなんだよ。で、業界で通常的に使われている用語だから、ほっといても金が入る。
カオスラ話に戻るかもしんないけど、こういった「お金とは関係ないところで使われている用語やイメージ」を、商標登録して儲けよう、ってのは、なんかまあ法律的には認められない場合があるらしいけど、実際的には「その商標は一般的に使われている語句である」と訴えた側が証明しないと、儲けたもん勝ちなんだよねえ。
>「その商標は一般的に使われている語句である」と訴えた側が証明しないと、
「隠語」なんてすでに「一般的に使われていない語句である」と認めているようなもんだしな。
大道具なら、金槌のことを「ナグリ」って言うし、物を移動させてて「壁とかにあたるまで動かせ」って意味を「ドンまで」とか言うし、平台を釘で固定するこを「縫う」って言うし、釘を使わず固定する金具を「ツカミ」って言うし、まあいろいろあんだよ。
そういう隠語には誰の著作権もない。だが一般的に使われている用語ではない。
こういうの商標権的にはどうよって思ったなあ。
「商業的」つまり金儲けに使わなきゃいい、って話もあるが、製造・レンタル界隈ではそういった隠語は商売上の言葉として使われている。たとえば「ツカミは平台使用料を払えばおまけでつけます」ってな具合にな。
つか「平台」自体が隠語か。
機械系ならたとえば「フィードバック」なんて概念どうよ、って話だよ。センサーとか「フィードバック機能つき」とか謳われていることが多いんだが、じゃあ「フィードバックエンコーダー」って商標登録したら、フィードバック機能を持つエンコーダーを、それの商品説明として「フィードバック機能つき」って言ったら、登録した者に金が入るのかよ、って問題。
いやまあここら辺なら訴えれば「専門用語ではあるが業界内で一般的に使われている用語である」って証明はたやすそうだけどな。
「フィードバック」は一般的かもしれないが、たとえば不純物を意味する「コンタミ」なんて概念はあれだろ、いやもとは英語だから証明できるのか。
工学系の奴らにとっては「コンタミ」って言えばすっと意味が通るらしいが、物性物理出身のわたしから言えば、「なんの物質を、なんの物質じゃない物を「コンタミ」って言っているの?」なんだよな。
つかあたし時給とか日当払いが好きなのかもしれない。お水も大体そうだし。
ただノルマはいやだったな。キャバ系はノルマないところはないが、スナックとかノルマねえからな。大体そっち系だわ。
>まあ、ヒステリー側からすれば「単純」な話なんだけどね。
ああ、それ以前に「他人も私である」だったら、よっぽど「単純」になるな。
どんな他人でも「私」なんだから。
傲慢な「単純さ」だが。
>まあ、ヒステリー側からすれば「単純」な話なんだけどね。
ああ、それ以前に「他人も私である」だったら、よっぽど「単純」になるな。
どんな他人でも「私」なんだから。
傲慢な「単純さ」だが。
>大野さんの口癖ではあるよな、「そんな人いるわけがない」って意味の言葉。
そういえばふと思い出したんだが、大野さんちで「こっちが残業で働いているってのに「今から飲みにこいよ」とか電話してくる男」の話したらさ、「えー、そんな男信じらんない」とか大野さん言ってきたんだよな。
このとき「え?」みたいな違和感はあったんだよな。「自称ヒステリーなのに自我が強いっぽいこと言うなあ」と。
とはいえ、ヒステリーだって自我が解離しているからこそそれをひきよせようとする言動が「自我の強さ」と思える場合もあるから、そのときはスルーしていたが、こんなに何度も「そんな人がいるなんて」的なことを言っているのを見ると、「自我の解離ゆえの強がり」ではなく単に本当に「自我が強い人」だって思えるわな。
>そういえばふと思い出したんだが、大野さんちで「こっちが残業で働いているってのに「今から飲みにこいよ」とか電話してくる男」の話したらさ、「えー、そんな男信じらんない」とか大野さん言ってきたんだよな。
「いやあたしも酒飲みだし」みたいなうだうだした返事した記憶がある。
どこのコメントか探すのめんちいが。
で、結局「女」というシニフィアンの意味構造は「自我の弱さ」に連鎖するわけで(「女は自分のことの客観視できない」とかそんなん。要するにそれって自意識なわけで、ラカン的な意味での自我とは「鏡像的想像」であるから、「自意識による自分(という妄想)」こそが自我だとなる)、そう考えると、大野さんは「私はヒステリーだ」ということで、「女」というシニフィアン意味構造下による自我を強化させている、ってことになる。
あれだ、一般的な心理学で「ボランティアをやって自我を確立する」臨床報告とかあるが、あれと同じことかと。
「三人の囚人」で走り遅れた人に着目することで、彼女は「女」というシニフィアンに登録された自我を保持している、と。
>大野さんは「私はヒステリーだ」ということで、「女」というシニフィアン意味構造下による自我を強化させている、ってことになる。
>あれだ、一般的な心理学で「ボランティアをやって自我を確立する」臨床報告とかあるが、あれと同じことかと。
彼女の「レイプファンタジー」って心理は「ボランティアをやって自我を確立する」心理と同種の構造だ、ということだな。
>「ボランティアをやって自我を確立する」
そういう意味では、ボランティアなんてのもその多くは、それをやっている当人にとって、「純粋に他人のため」の行動ではないんだよな。
そいつ自身の自我同一性の確保という見返りをえている。
>そういう意味では、ボランティアなんてのもその多くは、それをやっている当人にとって、「純粋に他人のため」の行動ではないんだよな。
>そいつ自身の自我同一性の確保という見返りをえている。
だからあれだ、デイケアのスタッフとかはボランティアではなくお金もらってるんだろうが、彼らはそういった行動を取ることで自身の自我同一性を維持しているのだから、おまきんさんが言うように「精神疾患者と強固な断絶を持っている」ということになる。
まあ大野さんはデイケアスタッフと違って実際に精神疾患者を食い物にしているわけじゃないから、いいんじゃね、って思うが。
倒錯者は倒錯している分にはそいつは幸福なのだよ。
大野さんも「レイプファンタジー」している分には幸福なのだ。
むしろデイケアスタッフは自閉症療育関係者は、そういったボランティア的な行動を取ることで、「自我の確立」という(おまきんさん曰く)「バリアー」を構築している、とも言えるんだよな。
デイケアサロンや療育現場以外では意外と神経症的な人だったりするんじゃねえの。
自閉症療育界もボランティアで参加している人が多くてな、ちょっとそれネタに創作文章書いたことあるわ。これ。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-694.html
「スキゾイドは「与える」のではなく「摂る」」だが、摂っていいと思うよ。
その「与えるもの」とは、正常人同士が正常人たちのあいだで勝手に暗黙の了解的に成立させている集団妄想にすぎないんだから。
元アーティストで先生で会社勤めしたことなくてってのもある意味隙がないよなぁ
あらゆることが通じなくても仕方ない、と諦めてしまえる。
>元アーティストで先生で会社勤めしたことなくてってのもある意味隙がないよなぁ
?
「隙がない」ってどういうことだ?
どういう「隙」?
相手を理解する隙がなさそうって言うか
なんか、自分の言うことが全然通じないのが
あーまぁ仕方ないやって思っちゃうんだよねぇ
自我の強さってやつを私なりに感じた感想なのかねぇ?
>相手を理解する隙がなさそうって言うか
「相手を理解する」に、「隙」?
そういうタイプの「隙」ってのが分からん。
もしかして、「付け入る「隙」が無さそう」とかって意味か?
それでも、何に「付け入る」んだ?
山登りして、熱射病になって、すごく疲れると、
僕の「分析機器」の「センサー」が、いつもより働くようだな。
これが僕の「性質」か?
寝て、休みたいが、「センサー」が働く。
「バリアー」が強いヤツは、「分析機器」になることも無いのかもな。
もしかしたら、「強い自我」とは、「何か」がその人を「分析機器」化しようと、その人に付け入る「隙」を無くすモノなのかもな。
「何か」が分からんが。
もしかして、それが「相手を理解する隙」ってヤツか?
>それでも、何に「付け入る」んだ?
「自我が強い人」に「付け入る」「隙」か?
んー。もちろんさ、そう思ってるのは私だから正確には
「私は大野さんが私を理解するつもりが無いと感じる」って話なんだけどさ
付け入るよりは権威の方が単語的にしっくり来るなぁ
私は先生の期待する回答をしようと斜め上に行ってしまう生徒だったからねw
「バリアー」≒「強い自我」とすれば、その人を「防御」するってことだから、「攻撃」するための「隙」がない。
「攻撃」≒「分析機器化」
「隙」≒「まっくら森の入口」
か?
>「攻撃」するための「隙」がない。
は、
「分析機器化」するための「まっくら森の入口」がない。
か?
「入口が見当たらない」のほうがしっくりくるか?
私は権威に弱く割と権威を持つと思われるモノには
理解して欲しいと媚びる方なのだが
そういう気分が大野さんには起きにくいってことだな
あれ? 私が大野さんの権威を権威と感じないって話かなぁ?
じゃぁ隙ってなんだ?<適当にいったので分からなくなった(笑)
まぁ理解して欲しいという媚びも子供の頃さんざん失敗して
成長して諦めてしまった頃にあった教職者だってだけか
断絶というなら私の断絶なんだな
被愛妄想過多ですぐ「みんな」なんて言い出す私が
欲望する「他者」から大野さんを除外しがちってことかな
なんだろうねぇ。バリア。うん大野さんには何年もバリアはってるかもなぁ
まぁ、苦手なだけかもしれないねwww
入り口が見つからない、か
大野さんはそうだな。入り口って看板があっても信じられない。
脂さんが入り口って言うんだから入ればいんじゃね って
入る感じだったからちょこっとだけ覗こうかと思ったけど
やっぱり妄想しがちな私にとって、人の妄想を
「違います」「信じらんない」って
ぴしゃりとはね除けるイメージは怖い。
違わなくないし、信じられる私が殺される
自身が無くなるw
ショートカットを望んでしまうとお互い違うショートカットになるし
ちがうーっていうと怒られそうなイメージ
ではおやすみノシ
「まっくら森」では「確信」という「妄想」はできない。
「まっくら森」ではすべてが「仮定義」。
「仮定義」するには「分析機器」が必要。
しかし、もしかしたらば、「まっくら森」の外にいる人、とくに「自我が強い人」は「分析機器」が無いか、もしあっても「分析機器化」することはない。
その人に「分析機器」を設置する、または「分析機器化」するには、「確信」という「妄想」がない「まっくら森」に入れるしかない。
とすれば、その人に「まっくら森の入口」が必要で、またその人がその「入口」に入るようにしなければならない。
「自我が強い人」に「付け入る」「隙」とはこういうことか?
ということは、「自我が強い人」は、「確信」という「妄想」があるかぎり「分析機器」は必要ないということか? 「仮定義」する必用はないってことか?
なぜなら「確信」があるからか?
大野さんが
>「えー、そんな男信じらんない」
と言うんなら、「確信」という「妄想」があるんだろうな。
そういえば、大野さんは、僕と脂さんがコメントすることを「気持ち悪い」と言ってたな。
あのときの僕は、おそらく「仮定義」のために「分析機器」が働いてたのだが、もしかして大野さんはそれが「気持ち悪い」のか?
だとすれば、「分析機器」には、大野さんが「気持ち悪い」と思うような作用があるということか?
もしそうなら、不思議だよなぁ。
一体、「分析機器」が大野さんに何をしたって言うんだろうな?
思い当るのは、大野さんの「何かの性質」を「仮定義」するときに「分析」したっていうくらい、だと思う。
しかし、それの何が「気持ち悪い」のだ?
それが「摂る」なんだろうが、「与える」は「欲望」の「与えあい」か?
「与える」と言えば、僕は大野さんに「欲望」は「与えて」なかったが、それがもしかして「気持ち悪い」?
その「原理」が分からん。
もしかして、「普通の人」は「欲望」が「栄養素」か?
しかし、なぜ「欲望」が「栄養素」になるのかが分からん。
「栄養素」を「与え」なかったからといって「気持ち悪い」なのか?
僕は大野さんの「親鳥」でもなんでもないぞ。
>おそらく「仮定義」のために「分析機器」が働いてたのだが
逆かもな。
「分析機器」があるから、その勝手にする「分析」をもとに勝手に「仮定義」してしまうのかもな。
しかし、「仮定義」してしまうのはなぜだ?
>しかし、「仮定義」してしまうのはなぜだ?
もしかしたら、「防衛反応」かもな。
しかし「仮定義」はかなりもろい。崩れたり、変わったりすることはよくある。
そのような、もろさではちゃんとした「防衛」にはならない。「バリアー」にはならない。
まぁ、だからすぐ「疲れる」のだが。
しかし、「防衛反応」をする「原理」がわからん。
なぜ僕は「防衛反応」をするのだ?
「分析」が「刺激」だからか?
ならなぜ「分析」してしまう?
自分の身体が勝手にしてしまう「コト」の「原理」が分からん。
>ならなぜ「分析」してしまう?
そうだよな。ココで詰まる。
なぜ僕に「分析機器」があって、勝手に「分析」してしまうのか?
逆を考えるか。
>おそらく「仮定義」のために「分析機器」が働いてたのだが
なら、
「防衛反応」のために「仮定義」し、「仮定義」のために「分析機器」が働く、か?
しかしこうなると
>なぜ僕は「防衛反応」をするのだ?
になる。
>「分析」が「刺激」だからか?
>ならなぜ「分析」してしまう?
>
>自分の身体が勝手にしてしまう「コト」の「原理」が分からん。
に、なってしまうな。
やはり分からん。
詰まった「ところ」がネックか?
とすれば、
>なぜ僕に「分析機器」があって、勝手に「分析」してしまうのか?
というところを、考えるか?
「分析機器」とは何か?
だな。
それが、分からんのだが。
>「分析機器」とは何か?
「分析」するモノとしか分からんな。
>「分析」が「刺激」だからか?
これか?
「刺激」は「防衛反応」の対象となるのか? それはなぜだ?
やはり、分からん。
すごく「疲れて」寝たいのに、僕はなぜこうやってるんだ?
だめだ、もう寝る。
>simplemind ↓「同性愛者を差別しちゃいけません」って教育すると「そんな授業受けてウチの子が同性愛者になったらどうしよう」って心配する親が増える(私なら心配しそう)
>この括弧内の「私」は、simplemindさんの代名詞としての「私」なのか、elveさんの代名詞としての「私」なのか。
後者です。
>って話じゃないですかねの前が全部私の記事(大野さん曰く「いったい何の話」)の説明ね。タイトルが私もたぶんダメだなので、そういう要約で問題ない。
この読みで合ってます。
>また、もし後者なら、なぜelveさんでもないあなたがelveさんを示す「私」という代名詞でこういった文章を書いたのはなぜ?
記事のタイトル「私もたぶんダメだ」を説明したかったので一人称を合わせて「私なら心配しそう」と書きました。
>記事のタイトル「私もたぶんダメだ」を説明したかったので一人称を合わせて「私なら心配しそう」と書きました。
その一人称の「私」はelveさんだとあなたは理解していないわけではないだろう。であれば、「私」という代名詞の語義を考えれば、「elveさんはそう心配しそう」と書くべきではないか?
また、「説明したかった」「あなた」の代名詞を表記していないのはなぜ?
日本語ってこういうところ不思議だよな。主語書かないのって。
つまり、「私」をelveさんの代名詞にして書き、simplemindさん自身を示す主語は表記されていない、ということになる。
そう考えたのはあくまでelveさんではないsimplemindさんなのに。
simplemindさんが「elveさんは私である」なんて妄想を持っていなければ。
ここにはどういう心理があるんだろうな。
>「私」という代名詞の語義を考えれば
あなたが「私」という代名詞を使えばあなた自身を示す言葉になる。
それはみなそうであり、elveさんがelveさん自身を「私」と示したからと言って、それを流用すればelveさんを示す語彙になる、ということにはならない。
そもそも代名詞自体がそういうものだ。「それ」と「これ」は距離の違いが意味されるが、Aにとっては近くにある「これ」は、Bにとっては遠くにある「それ」である場合がある。
なのにsimplemindさんは、Aが「これ」と言ったからと言って、Bにとっては「それ」であるのを意味的には誤りとなる「これ」と述べているようなことだ。
さらに質問。
「私」という代名詞を本来の意味ではない語義で使っていながら、あなた自身を示す代名詞がその文章で表記されていないのは、なぜ?
id:simplemind
こう、「自我同一性の拡散」にもよく見られるのだよな、強迫症的に自分を示す主語を言いたがらないのって。たとえば具体的には大学生のモラトリアムなんかそうだが、彼らは「僕は」「俺は」「私は」と言いたがらない傾向がないか?
彼らのそれはこういうことだと思うんだよな。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-371.html
「モラトリアムとは責任感が強すぎるからなるものだ」って巷の(精神分析ではない)心理学本でも言われてることだしな。
>日本語ってこういうところ不思議だよな。
たとえば、simplemindさんやelveさんが述べた通りの意味で、例のsimplemindさんの文章を英訳せよ、って問題があったと考えてみそ。
「誰が」という主語をまず明確にしてから訳さないといけない。
英語だとここの場合の意味で「私なら」の「私」を「I」とは書かないだろ。
ああ、“…”で区切ればいいのか。日本語なら「」でくくればよい。
つまり、simplemindさんのその文章は、simplemindさんの脳内elveさんのセリフとして「」で述べられたものだ、と。「」を省略している、と。
「」を省略するなら、そこの「私」は「彼女」と書くべきじゃないか。
こういうところに「投影のねばっこさ」を感じるんだよなあ。
「境界線をなくそう」ということは、この場合、「私」という代名詞の意味下でelveさんとsimplemindさんの境界をsimplemindさんが壊している、ということになるが、「ねばっこい酸で境界を溶かしている」って感じなんだよなあ。
これ昔から感じてたことだわ。これこれ。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-598.html
「他人の立場に立って考える病」って言うかな。
現実的に考えれば、他人は他人でありお前はお前であるゆえ、「相手そのものになって考える」ことは不可能だ。
もちろんそれを踏まえてあえて「相手の立場に立ってみる」というならありだが、この不可能さがどっかいっちゃってるように思えるのが「ねばっこいものを噴出させる人たち」なんだよな。
>わたしは大体わたしにでなくても「人が人に欲望を投影する」のに嫌悪を覚えるが、simplemindさんのこの文章にはあまり嫌悪覚えないな、と思ったが、
>「私なら」って言えばいいんだな、わたし対応テクニックとして。
>珍しい発見の仕方だ。わたし的に。
と書いたが、この「私」がelveさんを示す代名詞の意味であれば、やっぱりわたしはsimplemindさんのこの文章に嫌悪を覚える。
自分じゃない他人を示す意味で(「」って引用符をつけることもなく)書いて、自分を示す代名詞を書かないって、すごいいやらしい。
>すごいいやらしい。
いやまあ正常人の感覚ではこういった態度は「謙虚さ」「慎ましやか」とかになるのかもしれないが。
「日本人の謙虚さ」とか「他人の立場に立って考える」なんてことは、まあすべてがそうだとは言わないが、「他人に対する責任」を重視することで「自分の自分に対する責任」から逃避するいやらしさになりかねない。
>その一人称の「私」はelveさんだとあなたは理解していないわけではないだろう。であれば、「私」という代名詞の語義を考えれば、「elveさんはそう心配しそう」と書くべきではないか?
>「」を省略するなら、そこの「私」は「彼女」と書くべきじゃないか。
「elveさんはそう心配しそう」「彼女はそう心配しそう」と書くと「私=simplemindが想像するに、elveさんはそう心配しそう」という意味になってしまいませんか?
脂さんに指摘されて「私(elveさん)もたぶん心配しそう」と書いた方が分かりやすかったかな?と思いましたが、でもこれだと「simplemindが『私=simplemind=elve』と書いている。意味が分からない。私=simplemindも心配しそうだし、私=simplemindが想像するに、elveさんも心配しそうだ、という意味だろうか?」と脂さんは解釈したかもしれないですね。
……これは私=simplemindの想像ですが。
>「私」という代名詞を本来の意味ではない語義で使っていながら、あなた自身を示す代名詞がその文章で表記されていないのは、なぜ?
私のネットでの一人称は「私」なので、私自身を示す代名詞「私」を表記していたら尚更分かりにくかっただろうと思います。
まあその場合「」でくくるなりしたかもしれませんが。
>ああ、“…”で区切ればいいのか。日本語なら「」でくくればよい。
そうですね。“(私なら心配しそう)”までを「」でくくるか、“(私なら心配しそう)”の後で“…”で区切った方が良かったと思います。
>すごいいやらしい。
>「日本人の謙虚さ」とか「他人の立場に立って考える」なんてことは、まあすべてがそうだとは言わないが、「他人に対する責任」を重視することで「自分の自分に対する責任」から逃避するいやらしさになりかねない。
いやらしいですかね(笑)
>>ラクくんの個人ルールは個人ルールでいいから、勝手にやってればいいのに。
だから勝手にやっているんだけど。w
>一方わたしは「ラクくんは確証を持っている」とは言ってはいない。
だから何なのかがサッパリ?
それで自分が何かから逃れられるとでも思ってるわけ?
>最初から「確証」を求めて謎を解くことは、「憶見」を生みやすい。
当然でしょ。
つーか、「「確証」を求めて謎を解く」って意味が解らない。
(あととこかで書いたと思うけど、「確証」は「確信」に変えてほしい)
>たとえば、ある一つの仮説の傍証としてある「観察手法に疑問点はあるがこういったデータがある」の「データ」について、観察手法に疑問点がある」ことを棄却してしまう。
だったらその人は、(発言の文脈にもよるけど)「確証」は求めていないということでしょう。
つーか、よく仮説は予測を含意すると言いますが、その仮説からは驚くべき予測とかは導かれたのですか? そしてその予測が的中すれば何も問題はないわけで。
>>このときその人にとって「ある一つの仮説」は「憶見」となっている。
言いたいことは解るような気がするけど、デュエムのテーゼとかもあるし、あんまり短絡的な断定はできないでしょう。この判断そのものがドクサだということもあり得るわけだから。
>ラカン理論を参照すれば簡単。「自我とは鏡像的想像による妄想にすぎない」ってことだから。
つまり自我も妄想にすぎないんだから、「世界は劇場、人生は夢」となる、って。
たーんじゅーん。
基本的に、なんでこれを「たーんじゅーん」と言い切れてしまうのかが不思議なんですよね。
ラカンが言っているんだったら、ラカンの妄想がそう言っているってことになるよな。
他者の妄想(ドクサ)をそんなに「たーんじゅーん」に信じてしまう心性って、あまり信じたくない。
>ラクくんとの話にもどるけど、「信じること」「確証」こそがお芝居なんだよな、わたしにとって。
だっらら、何も言うこたーねーだろー、となるよ。
自分もお芝居ごっこの中にいて、さも仲間ではないように振舞う臭い芝居が鼻につくみたいなとこあるよ。
誰を舞台セットにして演技してんだみたいな、素朴な疑問でいっぱいになる。
>、「えー、そんな男信じらんない」とか大野さん言ってきたんだよな。
このとき「え?」みたいな違和感はあったんだよな。「
「信じられない」のこういう用法っていまは自然にあると思う。
意味としては、「自分の趣味に合わない」とか「自分の中の常識の圏外」みたいなとこや皮肉的な意味にも使われる。
「意味」って、一般的意味からどんどん変化するからね。
>「いやあたしも酒飲みだし」みたいなうだうだした返事した記憶がある。
脂さんも他者に気を遣うことはあるわけだ。
>そういう意味では、ボランティアなんてのもその多くは、それをやっている当人にとって、「純粋に他人のため」の行動ではないんだよな。
ということはマザーテレサ 自信 も自分の行為が利他的行為ではないということを認識していた、ということですかね。
ふっ、別に驚きはしないけど。w
( ̄  ̄ll
>おまきん 2011/08/04 23:31
>「バリアー」≒「強い自我」とすれば、その人を「防御」するってことだから、「攻撃」するための「隙」がない。
確かに。想像することによって、攻撃に備えたり、想像することによって防御しているんだろうな。
想像力によって、自分の嫌なことを回避したり良いことを能動的に取り入れることが出来る。“そのもの自体”を受け取るのではなく、ものから連想された印象や繋がりを感じ取ることが出来る。それは自らにとって最悪な一瞬間を人生の中での良き経験にしてしまったりして無理やり良いもんにする為に繋げたりするんで、胡散臭い感じがする。
>「攻撃」≒「分析機器化」
光による劣化のような攻撃なら、私の印象に近いと思う。
自我に対しての攻撃は、本当に上手いことやらなければ不発に終わると思う。妄想に対して(一般的な語義での)攻撃を加えると妄想が妄想を呼んで妙なことになる;
自我(言語、意味)による攻撃ではなく、音や光による、とか、殴ったりとかの物理的なショックの方が入り口は開けるんじゃね? 人為的にその状態を作り出すのは面倒なことになるが、地震とかどうなんだろうな? すぐに傷口は閉じそうだけど。
言語を使ったコミュニケーションが鍵をピッキングするようなイメージだとしたら、物理的なショックは爆破って感じがする。しかし、爆破でさえも、何か良い未来へと繋げようつなげようとして逃げるのだろうけど。
風呂入りたいからか、文章が急いているな( ̄  ̄;
>elve 2011/08/04 00:02
>善し悪しに超拘っちゃうんですよ、私は!!(聞かれてないwww
善し悪しじゃなくて好き嫌いに拘れば良いのにって思う、いつも。
善し悪しなんて他人が自分の邪魔をしない範囲内で守れば良くて、自分のイメージを高めたり、他人の生活についてちょっかいかけることが目的にはならんもん、私の場合は。なのでそう思う。
> 善し悪しじゃなくて好き嫌いに拘れば良いのにって思う、いつも。
本当にねぇ。
なんだか「嫌うこと」は「悪いこと」と思ってる節があって(;´Д`)
自らに嫌うことを禁じているというか。
だからたたりがみになっちゃうんだけどねー
>最初から「確証」を求めて謎を解くことは、「憶見」を生みやすい。
『物質の最小単位は何だ?』って思ってたら量子の壁にぶち当たったみたいな感じだろうか。
『物質の最小単位は何だ?』が既に確証めいた「憶見」を含んでいた訳だろう? まあでも私は物理学者では無いので、量子がなんだか判んなかった当時の物理学者がそのように考えて研究を進めてたのかどうかは知らんけど。生物学だったらもう少しは学として修めている中では馴染みで「『遺伝子がDNAな別けない、そんな分子量の低い物質ww』的な思想があって多くの科学者が遺伝子の解明にてこずった」なんて話を学校で聞いたことがある。
あと、私が考えるに、DNAとかそこらへんから物質だけではなく配列って考えを持った人が増えたんかなあー? とも思うが、でもここらへんはコンピューターの歴史とか他の発展の歴史との繋がりを考えて見なければ推測出来なくてよく判らない。『配列』の考え方は近代的なものなのだろうか。なんか気になる。ドット絵とか。凄い気になる。
>なんだか「嫌うこと」は「悪いこと」と思ってる節があって(;´Д`)
>自らに嫌うことを禁じているというか。
>だからたたりがみになっちゃうんだけどねー
ああ、それでイジメとかあると迷ってしまうのか。
上のコメのどこかで権力が好きって言っていたが、権力が好き(権力に気に入られたい)だからイジメんなってのも変な話になるもんな( ̄  ̄;
ある種独特の空気を読んで環境保護すんのも変な話だと思うし。保護される動物は結果的には嬉しいかも知れないけど(オットセイとか白熊が何思ってんのかは知らないが
あと、elveは権力が好きな人に好かれることが多いから余計それを感じているのだろうな、と、私は思う。
腹減った&風呂……。
腋からカキの匂いがするんで風呂。
先にシャワってきたぜーw
権威と権力と力についてぼんやり考えていた。
あたしが惹かれるのはなんだろう。
「ちから」よりは「権」の気がする
生まれてきてごめんなさいな私にとって何かの「権」を持っていることは
きゃーすてき!!人間様ー!!って気分になるんだろうな。
ただそこに自分にも何か素敵なことがあるかも的期待とか妄想しすぎて
そんなのだったの?みたいな失望感持つことも多いwww
他力本願っすなぁ
よし、片道2時間!!ウサギの旅!!
id:simplemind
>「elveさんはそう心配しそう」「彼女はそう心配しそう」と書くと「私=simplemindが想像するに、elveさんはそう心配しそう」という意味になってしまいませんか?
そういう意味ではないのか?
君が「後者だ」といった意味はこうだとわたしは考えたんだが。
こういった意味じゃないのか? 君の文章は。
わけがわからない。
ラクくんがだいぶ壊れてきてるな。
>「elveさんはそう心配しそう」「彼女はそう心配しそう」と書くと「私=simplemindが想像するに、elveさんはそう心配しそう」という意味になってしまいませんか?
「想像」ではないかもしれないが、そこを「解釈」と言い換えれば、「私がその文章を解釈するに、elveさんはそう明言はしていないが、「私なら心配しそう」と思ってこういう文章を書いた」という意味だろ、これ。
elveさんがそう明言していないのにelveさんではない君個人が「私なら心配しそう」という文章をつけたしているのだから。
>「elveさんはそう心配しそう」「彼女はそう心配しそう」と書くと「私=simplemindが想像するに、elveさんはそう心配しそう」という意味になってしまいませんか?
そういう意味だろ、違うのか?
意味がわからない。
すまん、誰かsimplemindが何を言っているのか教えてくれ。
あ、ごめん敬称抜けた。
それこそモラトリアムの自我同一性の拡散のごとく、simplemindさん自身の「自分の主語を書きたがらない」症状として、「私=simplemindが想像するに、elveさんはそう心配しそう」という意味を避けたがっているのではないか?
これこそ「他人に対する責任」を言い訳にして「自分の自分に対する責任」から逃避していることに思えるんだが、わたしは。
そういえば宮台真司だかが最近のミスチルとかって歌謡曲について「主語の欠如」って表現していたなあ。
>脂さんに指摘されて「私(elveさん)もたぶん心配しそう」と書いた方が分かりやすかったかな?と思いましたが、でもこれだと「simplemindが『私=simplemind=elve』と書いている。意味が分からない。私=simplemindも心配しそうだし、私=simplemindが想像するに、elveさんも心配しそうだ、という意味だろうか?」と脂さんは解釈したかもしれないですね。
そう解釈したかもしれないな。なぜなら助詞が「も」だから。「も」というのは複数の主語を意味するわけだろ、では「私(elveさん)」と他の誰を示している「も」なのだ? と考えれば、この会話は大野さん、elveさん、横から割り込んだあなた、という三名で構成されており、大野さんは「信じらんない」と書いていることからそういった「心配」はしないだろうと推測され、であれば、残るあなたを含める意味での「も」だと解釈するのが論理的ではないだろうか。
>脂さんに指摘されて「私(elveさん)もたぶん心配しそう」と書いた方が分かりやすかったかな?と思いましたが、
不思議なのは、括弧で「私」を具体的に指示することを単純に問題の文章に適用するなら、「(私(elveさん)なら心配しそう)」となるはずだが(括弧内に括弧があるというわかりにくい文章とはなるが、数学やってれば普通のこと)、となるはずなのに、なぜいきなりここで「も」という助詞が新たにでてきているのか、ということだ。
「も」という助詞はsimplemindさん自身が発話した意味だ。
であるならば、
>脂さんに指摘されて「私(elveさん)もたぶん心配しそう」と書いた方が分かりやすかったかな?と思いましたが、でもこれだと「simplemindが『私=simplemind=elve』と書いている。意味が分からない。私=simplemindも心配しそうだし、私=simplemindが想像するに、elveさんも心配しそうだ、という意味だろうか?」と脂さんは解釈したかもしれないですね。
「私=simplemindも心配しそうだし、私=simplemindが想像するに、elveさんも心配しそうだ」というのが、お前の無意識であり、「脂さんはそう解釈したかもしれないですね」とそれをわたしに投影してしゃべっている、という状態ではないだろうか。
精神分析理論で考えるならば。
揚げ足取りのように思われるかもしれないが、これが精神分析の思考法なんだよね。
「欲望は字義通りに捉えなければならない」
http://d.hatena.ne.jp/lacanian/20070522#p1
=====
例えば、「私が行きます」と「私は行きます」では、言語を使った行為としての意味がまったく異なるが、まさにそういった点に主体が存在するとラカンは考えるのである。これは患者のちょっとしたいい間違いや錯誤行為に注目したフロイトと同様の考え方である。フロイトはそこに「無意識」を見出したのである。ラカンのいう主体は、ディスクールの流れのなかの「穴」のようなものとしてのみ捉えられる。
=====
こういった、一般的な会話では見過ごされるような「穴」に着目するのが精神分析。
ここでわたしが資格持ち分析家の藤田博史に対ししている解釈も同様だ。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-805.html
平たく言えばさ、simplemindさんの例のブクマコメントを英訳してみたら、って考えてみろよ。代名詞が誰か具体的に考えないと訳せられないだろ。「(私なら心配しそう)」の「私」を「simplemindさんの想像・解釈によるelveさん」と考えるか、「simplemindさん自身を示す代名詞」と考えるかで訳し方が変わる。
ここの会話で新たな意味としてsimplemindさん自身が提示した「も」という助詞の意味こそが、simplemindさんの無意識を示している、って話なんじゃないだろうかね。
この「も」の意味を、多少暴論的な表現だがsimplemindさん自身が書いているので書くが、『私=simplemind=elve』と表現することもできる。
わたしが解釈したのは「(私なら心配しそう)」の「私」がsimplemindさん自身を意味する代名詞だ、ということであり、『私=simplemind=elve』という意味はない。
その証拠に、elveさん自身が「も」なのかつまり『私=simplemind=elve』なのかわからないので、
>この投影はelveさん的にどうだい?
と聞いている。
つまり、少なくともこの質問をしたときは、わたしの思考のなかでは「も」『私=simplemind=elve』という意味は、「確証されていない仮説」としてはあったが、「そうだ」とは思ってはいなかった、ということになる。
>わたしが解釈したのは「(私なら心配しそう)」の「私」がsimplemindさん自身を意味する代名詞だ、ということであり、『私=simplemind=elve』という意味はない。
「も」ではなく「なら」という助詞なら『私=simplemind=elve』とは限らないだろ。「elveさん本人はどうかわからないが、私(simplemind)ならそう心配しそう」という意味に取れるから。
したがって、「(私なら心配しそう)」という語句についてsimplemindさんと会話しているわたしの発言に、「も」『私=simplemind=elve』という意味はない。
まあelveさんなら「私もそう」って言ってくれた方が喜びそうだがな。
わたしは以前から「私も私もー」なんて気軽に言いあうような社会を「ツレション社会」と呼んでいるが。
elveさんも「私もそう」って意味のことよく言うよな。実は内心ちょっと不愉快だ。
とはいえ「ツレション」が真理化している「女子社会」を生き抜くためには嘘で「私もそうだよー」って言わなければならないのはわかっているので黙っているが。
おまきんさんにはこういったところないよな。
これこそ「女子社会」のテクニックだよ。異文化の作法やマナーと同じ。
>まあelveさんなら「私もそう」って言ってくれた方が喜びそうだがな。
もちろんこれは「わたしがelveさんについてそう想像している」ということだ。
>生物学だったらもう少しは学として修めている中では馴染みで「『遺伝子がDNAな別けない、そんな分子量の低い物質ww』的な思想があって多くの科学者が遺伝子の解明にてこずった」なんて話を学校で聞いたことがある。
これ今でもあるよ。わたしがいた学科「科学ならなんでもあり」な学科だったので物性物理と同じ棟に生物化学系の研究室があったりしたわけだけども(それこそ「相関基礎科学」)、そこの子(修士)が、「DNAって七割がいまだに個体にどういった作用を及ぼすのかわかっていない。そういったDNAを「ゴミ」と呼んでいる」と言っていた。
要するに、たとえば親子の遺伝子鑑定でも、ある部分的なアレルだけを測定して判断しているわけで、それ以外のアレルは別々であってもいい。
個体にどういった作用を及ぼすのかわかっていないだけで、またあるいはそこが変異しても見た目は異常のない個体ができあがるのかもしれない。
そういった部分を「ゴミ」と呼んでるらしい。
>>(私なら心配しそう)
>
>で投影を回収してるからか。
>この括弧がなかったら嫌悪を覚えていたかもしれない。
というわたしの「想像」は間違っていた、ということだな。
simplemindさんは「なら」という助詞で自身の投影を回収などしていなかった。
つまり、欲望だだ漏れの文章だった、ってことだな。
コメント300越えたのでできたらちょっとまっとって。記事書く
「私(elveさん)もたぶん心配しそう」というのは、要するに、『elveさん=他の親たち』という「も」だろ。
elveさんは「欲望しっ子」だし「投影しまくりっ子」だし「私も私もー」って言う子だから、そういう意味ならそうだと思うよ。
ただし、その「私」は引用符に入れるべきだろ。その「私」はお前じゃない代名詞なら。
つまり、simplemindさんは「私」という代名詞を定義からはみでた使い方をしているのには変わらない。
いわば「言い間違い」だな。
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これは患者のちょっとしたいい間違いや錯誤行為に注目したフロイトと同様の考え方である。
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この「も」は、elveさんを臨床しているわたしは「elveさんの投影、欲望の症状だ」と言えるが、引用符に入れていないこと、また「も」から『私=simplemind=elve』を連想したことを考慮すれば、simplemindさん自身の投影、欲望の症状だと言える。
そういった言い間違いと連想をしたのは、いくら「脂さんはそう解釈しそう」と君が勝手に想像しようが、それは君の「脳内脂さん」でしかないので、君自身の症状だからだ。
>「同性愛者を差別しちゃいけません」って教育すると「そんな授業受けてウチの子が同性愛者になったらどうしよう」って心配する親が増える(私なら心配しそう)って話じゃないですかね。たぶん。
ここの「私」を「elveさん」に書き換えてみよう。
>「同性愛者を差別しちゃいけません」って教育すると「そんな授業受けてウチの子が同性愛者になったらどうしよう」って心配する親が増える(elveさんならそう心配しそう)って話じゃないですかね。たぶん。
何か意味がおかしいか?
最初の質問に戻る。
id:simplemind
>「elveさんはそう心配しそう」「彼女はそう心配しそう」と書くと「私=simplemindが想像するに、elveさんはそう心配しそう」という意味になってしまいませんか?
そういう意味ではないのか?
違うなら、どういった意味なのだ?
>「想像」ではないかもしれないが、そこを「解釈」と言い換えれば、「私がその文章を解釈するに、elveさんはそう明言はしていないが、「私なら心配しそう」と思ってこういう文章を書いた」という意味だろ、これ。
elveさんがそう明言していないのにelveさんではない君個人が「私なら心配しそう」という文章をつけたしているのだから。
だいたい合ってます。
より正確に書くと、こんな感じだと思います。
「elveさんが「うーん、私もたぶんダメだ」という記事タイトルに込めた意味を、私ことsimplemindが解釈すると、「(きっと『親』たちは心配するんじゃないかなあ)私ことelveなら心配しそう」という意味ではないでしょうか」
こんな感じです。
「きっと『親』たちは心配するんじゃないかなあ」がこの記事本文の解釈で、「私ことelveなら心配しそう」はタイトルの解釈。だから「elveさんがそう明言していない」というのは少し違うかなと。
>「elveさんはそう心配しそう」「彼女はそう心配しそう」と書くと「私=simplemindが想像するに、elveさんはそう心配しそう」という意味になってしまいませんか?
>そういう意味ではないのか?
>違うなら、どういった意味なのだ?
違うと思います。
「私=simplemindが想像するに、elveさんは(もし親になったら)そう心配しそう」
この文だと、「elveさんが(もし親になったら)そう心配しそう」と想像している主体は私ことsimplemindだという意味になってしまいます。つまりsimplemindが「未来のelveさん」について想像しているのであって、elveさん本人が未来の自分自身をどのように想像しているか(あるいは想像していないか)について言及した文ではない、という意味になってしまいます。しかし正しくは「未来のelveさん」について想像している主体はelveさん自身です。それが「うーん、私もたぶんダメだ」の意味です。
私=simplemindは「私=simplemindの解釈では、elveさんは「私=elveがもし親になったらそう心配しそう」と未来の自分自身について想像して『うーん、私もたぶんダメだ』という記事タイトルで表現したのだろう」という意味のことを書こうとしたのですから、「elveさんはそう心配しそう」「彼女はそう心配しそう」と書くと違う意味になってしまうということです。
>この文だと、「elveさんが(もし親になったら)そう心配しそう」と想像している主体は私ことsimplemindだという意味になってしまいます。
>「想像」ではないかもしれないが、そこを「解釈」と言い換えれば、「私がその文章を解釈するに、elveさんはそう明言はしていないが、「私なら心配しそう」と思ってこういう文章を書いた」という意味だろ、これ。
こっちなら大体あっているんだよな?
なら、「「elveさんが(もし親になったら)そう心配しそう」と解釈している主体は私ことsimplemindだという意味」になるが。
>「elveさんはそう心配しそう」「彼女はそう心配しそう」と書くと違う意味になってしまうということです。
「elveさんはそう心配しているだろうと解釈している」という意味ではないのか?
君にとって「想像」と「解釈」はどう違うのだい?
あとコメントいっぱいだと読み込み遅くなるから記事移ろう。
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20110806/1312626450#c
>そう解釈したかもしれないな。なぜなら助詞が「も」だから。
>「も」というのは複数の主語を意味するわけだろ、では「私(elveさん)」と他の誰を示している「も」なのだ? と考えれば、この会話は大野さん、elveさん、横から割り込んだあなた、という三名で構成されており、大野さんは「信じらんない」と書いていることからそういった「心配」はしないだろうと推測され、であれば、残るあなたを含める意味での「も」だと解釈するのが論理的ではないだろうか。
「も」という語は、elveさんが書いた記事タイトル「うーん、私もたぶんダメだ」の「も」です。本文は「多くの親が心配するのではないだろうか?」という意味であり、タイトルは「もし親だったら私『も』心配するだろう」と意味だ……とsimplemindは解釈します……という意図を表現するために「私(elveさん)もたぶん心配しそう」と書くことも有り得たかな?と考えてみたということです。
あ、すみません。移ります。
>「も」という語は、elveさんが書いた記事タイトル「うーん、私もたぶんダメだ」の「も」です。本文は「多くの親が心配するのではないだろうか?」という意味であり、
この(わたしにとっての)仮説は2011/08/06 19:33のコメントで述べている。
移ろうか。
>ラクくんがだいぶ壊れてきてるな。
うーん、これは分析か想像か解釈か妄想か占いか???w
ん? ただの印象論。
印象論しか言わない相手なら印象論でいっかな、と。