移動前ブクマページ: https://b.hatena.ne.jp/entry/s/elve.hatenadiary.com/entry/20110210/1297351403
仕事も恋も、報われたらそこで終わってしまう。
だから報われないことにはまるんだろう。
はまり続けていたいんだろう。それはそれで・・・・・・
アラフィフバツイチ子なし独身女の日記
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仕事も恋も、報われたらそこで終わってしまう。
だから報われないことにはまるんだろう。
はまり続けていたいんだろう。それはそれで・・・・・・
反応があると喜ぶ(私が)
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最初の一歩。ぽちっとな。
大野さんちの夢日記のブクマの伸びなさにワロタ。
まあそういうもんだよな。
うん、そんなもん。関連記事で挙げたのもブクマほとんどないよ(精神分析の話してるから、もあるが)。
だって他人の夢の話なんてどうでもいいじゃん。朝ご飯何食べたかよりどうでもいい話だよ。
はてなでは、男女論とか表現規制とか政治経済の話とかを社会派っぽくすると伸びる(笑)。
>その隙間に自分の体を入れて向こう側に抜け出ると、
ここを描くのが「物語」だろう。これ以降あなたは「統合した自分の想像的身体」つまり「夢の中の自我」を連想していない。
ここが壊れていくのが「自我崩壊パターン」の物語かと。
あと
>私は時々移動する夢を見る。
じゃねえだろ、これ。
「飛び越えようとする夢」だろ。主題は。
個人的に
>手を前に伸ばしてみると、まるで水の中のように抵抗があった。
ここよかった。
わたしにとって周りの人間は、【頭で】「空気や水も物質だ」と思っているだけで、【体で】わかっていない。
わたしは子供の頃から【体で】「流体や液体も物質だ」と思ってきた。だから物理に走ったのだと思ってたりする。この体感の言い訳のために。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-620.html
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-802.html
物理を学べば学ぶほど、「なんだ、他の人たちが間違っていて、わたしの体感の方が正しかったんじゃん」と思える。
だからわたしは大人らしくなりたいとは思えないのだと思う。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-811.html
大人になることとはバカになることだとわりと本気で思ってるから。
>その隙間に自分の体を入れて向こう側に抜け出ると、
この文章なんか「その隙間から向こう側に抜け出ると」って書き換え可能だろ?
なのになぜわざわざそう書いたのか。
普通の精神分析解釈と逆だよな。
精神分析解釈は、言い落としたことに着目する。
起きているあなたは、「その隙間から向こう側に抜け出ると」と書くのだろう。
これを書いているときは、夢を思い出しながら、一種夢うつつのようなエセ自動書記のごとく書いたから、わざわざそう書かなくてはならなかった。
まさにS/が能動者となっている「ヒステリーの語らい」じゃん。
まさにこれこそが「自分語り」だと思う。
>その隙間に自分の体を入れて向こう側に抜け出ると、
この一瞬を描こうとすると上野千鶴子あたりから「自傷系アート」とか言われるんだろうな。
この命名はさすが上野だなとは思ったわ。松井冬子との対談番組で知ったが。
しかし対談で松井に「あなたも幸せになりなさい」と言ったときのあの顔はマン汁にまみれたクリトリスにしか見えなかったわ。
なあにが「おひとりさま」だ。テレビ番組でだらだらマン汁垂れ流しておいてよ。
あのとき松井ムッときてたと思うんだよな。
あのとき松井が上野に対し殺意を覚えていたなら、わたしはそれを「純度の高い憎しみ」と表現する。
大野さんあたり上野みたいなのから「自傷系アートだ」とかって「いかにも自分をかわいそうに見せるアート」と思われるのに妙な抵抗感ないか?
いやあたしも中島みゆきをカラオケで歌うが、「自分をかわいそうに見せて同情買いたいだけだろ?」って言われるのがいやなんだよな。
「むしろ自己陶酔だよ、バーカ。悲劇のヒロイン症候群だって? それでいいよ? お前の文句は、お前が勝手に悲劇のヒロインを欲望しそうになっているのをお前が勝手に抑圧しているのであって、それをあたしにぶつけんなよ。筋違いだこの精液野郎」
ってぶちぎれるわ。
>「飛び越えようとする夢」だろ。主題は。
訂正。
「崖っぷちに立っている夢」だな。
ビルにしろ橋のところにしろ。
「飛び越えよう」と思うからその谷間はある。
谷間に気づかず歩いていって落ちてはじめてその谷間がわかる。
【頭で】ではなく【体で】。
落ちて死んでも物質の様態が変わっただけだ。分子の集合体として「生命活動」と呼ばれる様態が機能しなくなるだけ。
気にせず飛び降りて死ねばよい。
大野さんの新記事から。
>そこで異質、異端な者は村八分となる。魔女狩りと同じく。
そこよそれそれそれがあぶじぇくしおーんですよ。
クリステヴァ派が元気になったようです。
聖なるものの極値として神が創造されたのなら、醜なるものの極値は悪魔、ってわけじゃないんだよね。
それは「聖なるものの極値としての神から見た反対側の極値」であって、悪魔の土台には神がいる。
醜なるものの極値を、聖なるものに対するモンクのごとく、真摯に歩み寄ろうとしているのが、魔女だ。
つかそもそもその「極値」時代が、人間の精神性におけるもので、いわば「幻想の極値」でしかないんだよね。舞台で言えば上手か下手かってだけの話。
裏方への出口が演出家かスタッフかの違いでしかないんだよな、美醜なんて。
演劇人はよくわかってるよ。いわゆる美人女優で売ってた人ですら。むしろ中途半端な役者よりやっぱりそこそこ売れてる役者の方がよくわかっていると思う。
「キレイはキタナイ、キタナイはキレイ」ってね。
ほんと下痢でも舞台上でオムツつけながら演じたって役者さんとかいるからね。いや都市伝説だけど。
>「極値」時代が
「極値」自体が、でした。
いや、夢について記述するのって難しい。ほんと難しいと思った。言葉の選び方とか多分ムラがあると思うわあの記事。
「崖っぷちに立ってる夢」‥‥そう言われればそうだねw 落っこちたい願望があるんかな。一回目のビルからは、怖くて時速20キロになった。河に落ちて流されていく時はある種の幸福感があった。なんかもう、これでいいんだという。
上野千鶴子がドヤ顔でアレを言った時、松井冬子に同情しましたよ! でもサラッと大人の対応で躱してた。ほんと上野は醜いと思ったわ。
私の作品は初期は明らかに自傷的な傾向があったけど、上野に言われたらその場で殺したくなっただろうなぁ。
大野さんの新記事、「あーまた社会論かよw」って部分もあるが、「お、社会って人間教信仰者にはいい弓の一手にはなってるな」とも思える。
クサヴァがまた突っ込んできそうだなあ。「我はどこそこの武将なり、名を名乗れ、一騎打ちを望まん!」的に。
この文章は魔女の使い魔みたいだ。怒ったらごめんね。素でそう思えた。わたしが魔女かどうかとか関係なく。
>でもサラッと大人の対応で躱してた。
いや、なんかカメラもそう言われた瞬間の松井の顔をアップで撮ってたじゃんw あれはカメラマンよくわかってるなーと思ったよw
あとはあれだ、全体的に「論」では上野に翻弄されるのは当然だと思って見てたし。思想家とタイマン張れる芸術家はむしろ芸術を疎かにしてんじゃね? って思っちゃう人だし。
だからそのあとの対応も「上野に論で押されている」格好になってたけど、若手としてはいいプロモーションになったと思うよ。
わたしの思想は「芸術家とは生贄だ」だし。うまいこと上野は観客として松井を生贄にした。彼女の神官(つまり幸福という妄想を民衆に配分する仕事)としての仕事も誉められるべき。
あの対談は演出もカメラもよかった。
テレビの対談であれほどドラマを感じた映像はそうそうないわ。
ブログではそのときの上野の「あなたも幸せになりなさい」発言を訴えられてもおかしかないくらいに批判してる。適当にぐぐってみそ。興味があれば。
よかった、あれむかつくアーティストがいて。
>種の幸福感があった。なんかもう、これでいいんだという。
それを踏まえてもう一度ジルおばちゃんの動画を見るといい。「魂があきらめた」だかなんだかゆってた。
後半宗教化しているが、前半中盤の説明は、腐っても科学者だと思うよ。
http://www.youtube.com/watch?v=AZZ1vXerxYQ
http://www.youtube.com/watch?v=vLBPr02qzZI
ジルおばちゃんなら「論」で上野に勝てたかもしれんが、宗教化しないとこの系統は勝てないのかね。
個人的には好きな記事なんだけどな、アルトーっぽくって。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-304.html
=====
わたしを殺してくれる精神分析家が現れるまで、わたしはお前らを殺し続ける。
お前らの仲間だった時期もあるから、殺人テクニックはよく知っている。
「あなたも幸せになりなさい」
上野にこう説教された時、松井は(彼女が本当に自傷系アーティストならば)殺意を覚えただろう。
それは、自然の摂理に裏打ちされた、もっとも正統な殺意である。
=====
松井が「あのとき一瞬殺意湧いちゃいましたよ」ぐらい言ってくれれば、松井を認めてやってもよい。
>彼女の神官(つまり幸福という妄想を民衆に配分する仕事)としての仕事も誉められるべき。
これは「魔女狩り裁判をする神父としての仕事」とも言い換えられるな。
ちなみに「魔女狩り」って民族宗教の信仰者が殺されたって解釈になっているが、身内のキリスト教修道尼が殺された例も多いみたいだよね。
これって(ある一部の)フェミニズムが女女差別を助長しているのと似てるな。
いやま、松井も「崖っぷち」に立っているとは思わないけどね。
「崖っぷち」に立てば売れるアーティストになれるわけじゃない。
ただ、創作意欲というか、モチーフに対するモチベーションの維持には、崖っぷちに立つのは有効だと思う。
わたしは「ゴッホは画家であるのに真摯すぎたのだ」なんて表現甘っちょろく思えて、「ゴッホは絵筆になろうとした」って言い直しているんだが。
崖っぷちに立たないと、その感覚はわからないのかもしれない。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-492.html
>大野さんの新記事、「あーまた社会論かよw」
ここで「寛容」って言葉使うの違うでしょって言いたいだけだけど、社会派はてなーが釣れそうな内容だからブクマはそこそこ行くと思うw
>クサヴァがまた突っ込んできそうだなあ。
元記事とまとめてバッサリ的にか、こっちの重箱の隅を突くかどっちかだw
>あの対談は演出もカメラもよかった。
テレビの対談であれほどドラマを感じた映像はそうそうないわ。
うん、被写体もいいしドラマ作る気満々だったろって感じがした。スタッフがタメ口でインタビューしてたのとか、風車とカラスの映像はやり過ぎだなと思ったが。
でもあの上野にムカつかないアーティストはダメだ。松井冬子の絵はすごく芸大臭いと思う。ある意味優等生的で上品。
そろそろelveさんに、あんたんとこのコメ欄開いてそっちでやれーと言われそう‥‥‥ごめんね。
> あんたんとこのコメ欄開いてそっちでやれーと言われそう
えーそんなこと言うと思われるならそっちの方がショックーっwww
楽しませていただいてますのでどうぞどうぞ( ^-^)_旦~
ブログタイトルは喫茶elveの方がよかったかもしれない(笑)
いや実は「そんなこと言う」とは思ってないです←ひどい
喫茶「五つ葉のクローバー」でもいいよ(笑)
ありそうありそうwww
1日に1枚は皿割ってそうだけどwww
>ある意味優等生的で上品。
わたしにはグロ趣味という悪癖があるんだが、その目で見ると、彼女の描く「血」は動いていない。生きていない。「静的な血」と表現したことがある。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-190.html
=====
彼女の絵ってグロなのにケガレとしての血が描かれてないのよね。描かれていても静的な血。ほとばしるような、じわじわ滲み出てくるような、自他の境界侵犯としての動的な血が描かれてない。彼女の描く血は、きれいなのだ。それは西原理恵子氏が好きな田亀源五郎氏の作品や、故二階堂奥歯氏が好きだった氏賀Y太氏などの作品と比較したら明らかだろう。
=====
こういった意味ならわからなくもないが。そういえばその番組でネズミの解剖に立ち会う松井の姿を映していたが、「やっぱ死体をモチーフにすると血は動かないのかね」とも思った。死斑ってのは生命活動が停止して血が流れなくなるから重力に従ってある箇所に溜まってできるものだ。
それはともかく、「優等生」「上品」は微妙に違うような気がする。
んー。
「形式」の問題か。
彼女の絵の「形式」は日本画だ。この形式を重視しているのは、作品からも例の番組の発言からも明らかだ。
だけどだな。彼女はこの形式から一歩離れていると思えるのだよね。「確信犯的に形式を重視している」って言うか。形式と同一化していない、って言うか。
ある意味こういうところは「私は少年じゃない」と自覚しながら少年マンガにはまる腐れと似ているように思う。
「確信犯的な優等生」かなあ、蛇足するなら。
>elveさん
アルコール類はありますか?
とか書いたけどわたしも意外と「きれいな死体」が好きなのかもと思った。(きれいな)死蝋とかぐっとくるし。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-321.html
ほんとぐちゃぐちゃ系のグロもあるけど、人体の形を残しているのは一部で、ほんとただの「肉」なんだよな、ああいうの。
エレベーターの落下事故だかなんだかでほんとぐちゃぐちゃの画像とかあったが、そこまでいくとなんか冷める。
あ、「確信犯」の語用が定義的に間違っているけど、間違っているけど一般的に使われている意味でそう書きました。
なんて言えばいいんだっけ、こういうの。ウィキペディア見た。「故意犯」か。
腐れは(一般的に誤用されている意味での)「確信犯」よか「故意犯」のがしっくりくるな。
まあ腐れでもBL作家になると(一般的に誤用されている意味での)「確信犯」になりそうだけど。
まあぶっちゃけ「倒錯」だよな。
この理屈を敷衍すると、「女」が「男」を愛するのはなべて「倒錯」である、となっちゃうんだよな。「女」の側からすれば。
だから「女性の同性愛は、倒錯的満足の領野より、むしろ愛の領野に構成されています。」ってなっちゃうんだろうなばーいミレール。
>「優等生」「上品」は微妙に違うような気がする。
デッサンの仕方が芸大臭いんです。受験で訓練された人の線。で、「優等生」と言った。=上手いということではない。
「上品」は脂さんが書いたようなことかな。NHKで放送できる範囲のグロというか。曖昧さが身上でしょ。「優等生」は技術面で「上品」は内容。まあ切り離せるものではないけど。
日本画は形式として借りているという客観的な意識は強いと思う。その辺が希薄な作家は現代作家とは言えないし。
喫茶店より居酒屋なのかもしれないw
「「そんなこと言う」とは思ってない」のに「ごめんなさい」といった大野さんの話になるかと思ったらそこはもう分析済みかw ナチュラルメイクwww
私もアナタも、幸せになってもいいのよ
私もアナタも、幸せになりなさい
少女漫画家が教祖になるように
女性の支持ってある一定量超えると宗教になっちゃうのかもねぇ
で、別の宗派から憎まれる、と。
>デッサンの仕方が芸大臭いんです。受験で訓練された人の線。
ほうほう。音楽でもそうだがこういう話がおもしろい。技術的な話っつうか。
>女性の支持ってある一定量超えると宗教になっちゃうのかもねぇ
男もそうだよ。
むしろ女は(思想により)群れられない。フェミニズムを見ればわかるように。
>その辺が希薄な作家は現代作家とは言えないし。
そりゃそうだよな。すげー納得。
わたしものすげー絵とか下手だから線とかよくわからんけど、構図というか、全体的なモチーフの認識の仕方も、「静的」だと思った。
たとえば絵でも、「(人などが)躍動しているその一瞬を捉える」とかあるじゃん、あれとは逆。いや日本画だからかもしれないけど、むしろだから日本画なのかもしれないけれど。
だからこそ、彼女の幽霊画とかは、「昔からそこいらにあるオカルト番組とかで取りあげられがちな怪談絵巻」じゃない「よさ」って言っていいのかわからないけど、あると思う。
京極夏彦とかが好きな妖怪絵巻と彼女の幽霊画は違う。悪く言えば彼女の描く幽霊は「大人しそう」。「呪ってこなさそう」。
「怪奇さ」が足りない。
それは、「優等生さ」ゆえなのか、とも思った。
受験用に訓練された技術で書くから、そうなる、と。
優しさ、と言ってもいいかもしれない。
そこが受けてるのかな、と。
実は松井冬子の根底にも「トイレの神様」がいるんじゃないか、って話か。
学者の世界にも、芸術の世界にも、非人間はいない、ってことか。
どんだけ人間は「非人間さ」が嫌いなのかと。
ネットで松井冬子ファンの男子(おっさんだと思う)と議論したことがあるが、はじめはわたしが「いや松井ってそんなに持ちあげるほどじゃないだろ」って否定的立場だったんだが、最後はわたしの方が松井を擁護しているような議論になってたな。
松井冬子ファンってそういう人多いんじゃないだろうか。掘りさげると実は(作品なり松井本人なりを)嫌悪しているんだけど、それを否認(抑圧)して「ファンだ」って言っているような。
まさに「自傷系アート」だなw
心の奥底では「自傷ってキモイ」と思っているのに優しい嘘の笑顔を振りまく心理カウンセラーと似てる。
上野すげえな、やっぱ。
上野もそのおっさんも同じだが、上野の方が正直だったんだろうな。
「あなたも幸せになりなさい」ってセリフは。
それを抑圧させてねじれてるから、最初は擁護してたのになぜか最後は批判的言説になってしまったんだろうな、そのおっさんは。
ググって絵を見てきた。
こんな可哀想な絵を描く子を嫌っちゃいけないっ
とか思いそう>おっさんw
自傷系アートは誰が自傷してるんだろう?
作り手も受け手も?
少なくとも上野には松井の作品が「自傷」に見えたんだろうな。
そうでなきゃ「あなたも幸せになりなさい」なんて言わないだろ。
上「私は自傷なんてパス、あなたも自傷なんてやめなさい」ってことじゃねえの。