移動前ブクマページ: https://b.hatena.ne.jp/entry/s/elve.hatenadiary.com/entry/20110206/1297002087
興味ないと言いつつだらだら。
ふと思ったのは婦人科の医者。女医さんを選ぶ人もいるようだけど私は絶対男じゃないと駄目。
女にマンコおっぴろげられて触られるとか見られるとかイヤ! 逆に自分がほかの女の性器とか見たり触ったりしたくない。そんな経験気持ち悪い!! ってのがある。
まーホントはイヤだけど百歩譲って男ならほかの女の性器も見てるだろうし、ほかの女も男には性器見られてるだろうしまだマシか、なんて感じる訳よ。(今気づいたがどっちにしろ看護婦に見られてるなぁ)
女にとって女だけが異性(異なる性質って意味の方?)になるとしたら、私はまさにそういう感じでほかの女を異性としてみてるんだと思う。そして異性を受け入れてない。ミソジニー炸裂。
女は恋に恋するなんて言うけど、男は女を愛してる自分を愛してるでしょー?
あ、この辺は男女関係なくあるか。
んー引っかかってるけど引っかかってることと違うこと考えてる感じ。
もうちょい回り道しないと駄目か。
「女は理解できない生き物」
女自身にとってもそうですが。
というお話でした。
大野さんの新記事についてはこのブログの人と同意見。
http://yokato41.exblog.jp/12059187/
理論的には、だが。
どうも大野さんは精神分析解釈を文化や社会に応用したがる癖がある気がする。
悪い、と言ってるんじゃなくてね。
だからクサヴァみたいな社会論大好きな奴につっつかれる、と。
Midasさんのコメントなどは、社会的話題へのつっこみでも、「精神分析的に言えば」という前提を持って読まなければならない、と。いやそうじゃないコメントもあるのかしらんが。
しかし「精神分析的な話」になるとクサヴァは「大野さんと遊べなくなる」。
自分で「精神分析からは一歩離れていたい」とか言ってたみたいだし。
そゆ話じゃないの。
つまり、正しくは、
>女にとって女だけが異性(異なる性質って意味の方?)になるとしたら、
ではなく、「男」にとっても「女」にとっても女は「異性」なわけだ。
ただし男に恋する女は、恋ってのは大体同一化に帰着するわけで、だんだんと男性化するだろうな。ペニス羨望と女が男に恋するのは同じだ、ってこと。
そういう男と女なら、その女も男性化しているわけだから、同性愛だとなる。
BLのある一群なんかは、ほんとホモソーシャルだと思うよ。ホモソーシャル自体をネタ(アニメやマンガ)化(意味なしという意味での「やおい化」?)しているが。
「戦国時代はホモ当たり前だったんでしょー? 森蘭丸大好き! 現実の森蘭丸? 知るかアホ」
的な。
BL文化はやおいの「意味なし文化」つまりナンセンス主義的なところをある程度残している。
だからあたしゃハテセンさんの「毛繕いメイク」を「ねばねば」と感じないんだろうな。
「この文化の根っこにはナンセンス主義がある」と知ってるから。
まあでも最近の腐れも変わったけどな。
ハテセンさんは腐れだろうが、Fさんに対して感じた「怖さ」を感じる腐れもいたりするだろう。
「少年マンガを女が読む」ことが大事だったんだよ。自分たちはどうあがいてもセイントじゃない。
あくまで自分たちは作品世界からそれを読んでいる読者だ。
なのに最近のBLファンには、自分が少年マンガの主人公になったつもりの奴がいる。表面的にそうではなくとも、無意識が。
そういう腐れだったら、あたしゃ怖い。
>あくまで自分たちは作品世界からそれを読んでいる読者だ。
作品世界の外から、な。
はてなのコメント欄書きにくい。
ファルスは去勢済みならば「男」にも「女」にもある。「男」はそれを所有したがり「女」はそれになりたがる。
人間の思考回路には本人が自覚できないあるパターンがある、というのが無意識だ。そのパターン、「構造」は、人類(ほぼ)全体に(大体)共通しているようだ、それを解き明かそう、というのが構造主義。
人類(ほぼ)全体に(大体)共通するある特定(とは言いきれないが)のこのパターンに、何かしら「パターンなどというあやふやなものではなく、本当に共通している何か」としての「軸」を仮定しよう。
これが(精神分析における記号としての)ファルスだ。
長くなったな。
長く語るのめんどくさいのでこっから暴論。
この「無意識の構造の軸」たるファルスとは、「ぶっちゃけなんなの?」って聞かれると、わたしは「確信(することの快楽)」や「人間らしさ(のイデア)」などと言う。ブログではそう書いている。
本当には存在しない、妄想の「人間らしさ」を、「男」も「女」も基準軸にして、(情動を含めた)思考をしている。これが精神だ。
したがって、これが精神に存在する主体同士なら、それが生物学的に男であろうが女だろうが、同性愛となる、というわけ。
ラカン派の考えはね。
しかし、「女は存在しない」という意味つまり「ファルスの存在しない主体」としての、「本当の女」を仮定するなら。
それはほぼ全ての人類から見て「異性」となる。
「女」という隠喩には「ファルスの存在しない主体」という意味が連鎖される。
だから、「女」という言語規定をされた人間の精神には、ある程度「本当の女」「存在しない女」としての意味が、影響しているだろう。
そういう話、ってよけいわかりにくくなっただろうな。
まあ要するに、
「男」も「女」も大体の場合去勢されている。去勢済み主体だ。こういった意味で男女でも同性愛となる。
ただし、「女らしい」という意味(要するに「構造」的な「女の役割」)の一つには、「未去勢さ」がある。
この意味で「女」ならば、それを愛するのが「男」であっても「女」であっても異性愛、となる、という話。
「同性愛」「異性愛」の「性」つまり「性質」を、「去勢済み」か「未去勢」かで考えればよい、という話。
ああわかんねえんだろうなあ。
たとえばさ、elveさんは自分をミソジニーって言っているけど、全女性が嫌いなわけじゃないでしょ?
それは「女」という言葉から大体の人が連想するある一つの「性質」を嫌ってるわけじゃん。
それが「未去勢さ」だとは言わないが、そういうことよ。
「女」という記号で規定されるために、女たちは「女」という言葉から大体の人が連想する意味を自らに課している、というわけ。
「男」も一緒だけど。
これがいわゆるジェンダー論の言う、生物学的男女とは別物の「男性性/女性性」って奴。
ぶっちゃけ、この考え方を敷衍するなら、「自分の(無自覚的なところも含む)思考パターンからはずれた言動を取る人」「自分が(本気で)理解できない精神性を持つ人」を愛するのは、男×男だろうと女×女だろうと男×女だろうと、異性愛だ、ってことにはなる。
で、「女は女自身も理解できない」わけだから、ラカンは女×女が本当の異性愛だ、と言ったわけだ。
もうここら辺は大野さんに言っている。
>Midasブコメにスターをつけている人がどういう解釈なのかは知りたい。
わたしの解釈はこう。
解釈っつか単なるラカン理論の説明でもあるが。
>どうも大野さんは精神分析解釈を文化や社会に応用したがる癖がある気がする。
あるある、すごくある。邪道だと思うけど、「使えるもの」にしたいという欲求でそういうことをやってしまう。私は「わかりやすく病」だ。それで時々失敗する。
Midasブコメがいつも精神分析的なのもわかってはいた。それに即すと(クサヴァのとこにも書いたけど)、ラカンはこう言っているとか、ペニス羨望とか、女は存在しないって話をしなくちゃならない。どう噛み砕いて書いても、精神分析理論を知っている人にしか伝わらないし、それではつまらないと思ってしまったんだなー。
特にペニス羨望。これ象徴的な話だつってもほとんど理解されない。「男性に同一化」ってところでもう理解することを拒否される。
ラカン理論説明して、ほとんどの人に「なにそれ」「性差別じゃね?」みたいな反応されて終わるのって虚しい。私の説明が下手なんだろうけどね。BLで反応してた人は何人かいたから、そっちから行った方が良かったのかもしれない。でも私が解説するとまた反発されそうだ。
>「同性愛」「異性愛」の「性」つまり「性質」を、「去勢済み」か「未去勢」かで考えればよい、という話。
これすごくわかる。去勢済み主体でしかない私は、やっぱり同性愛者だ。なんとなく自分にがっかりしている。
>邪道だと思うけど、
いや邪道じゃないと思うけど。フロイト自身がやってたことだし。
ただし、精神分析の立場から社会を論じるなら、社会とは推論の結果の集合体である、ってことを自覚しておかなきゃならない、と思う。
精神分析とはクライエントの内面を推論する学問だ。だから社会という推論の結果の集合体は、「仮の答えあわせ」として機能することは可能だが、あくまでも正答ではない。あくまでも推論の結果の集合体。
精神分析家にも言いたいことだが、みんながみんな、ただの推論の結果の集合体に飛びつきたがっているように、わたしには思える。
数学で言えば、定理や公式に飛びつきたがっている。
それこそがファルスの作用だとあたしは思うんだけどなあ。
まあこうやって「精神分析理論の下世話なまとめ」て「ジェンダー論的な男性性と女性性」を考えると、精神分析はそれを脱構築してることがわかるよな。
「男」とか「女」とか「どうでもいい」とは言わないが、お前ら必死になりすぎだ、って素で思うんだがな、あたしゃ。
「人間」を愛したがるから、「人間」から愛されたがるから、「男」か「女」か重要になるだけだろ、と。
(「人間」ではない)人間だって分子の集合体だ、って本気で思えるなら、そんなの重要にはならん。
「やおい」は「意味なし」つまりナンセンスだったから、某自称「やおいの元祖」な作家から「タナトスの子供たち」とか言われたわけだ。
ラカン論においては意味こそが生の欲動の産物だから、「無意味」を思考すれば死の欲動になるだろう。間違ってはいない。
まあ「無意味」の度合いは足りなかっただろうけどさ。それこそ倒錯でしかなかったろう。
今の腐れはその頃のやおいたちよか「タナトスの子供たち」ではないように、わたしには思える。
「タナトスの子供たち」とか言われてた頃のやおいを愛すれば「異性愛」となっただろうが、今の腐れを愛しても比較的に「同性愛」となるだろうな。
http://zeitgeist.s206.xrea.com/stored/zianup0045.gif
これは男オタクに限らないよ。女オタクもおんなじ。現代の腐れたちは健全。
「うんそうだね、君達の方が全然イイね!! 客観的に見て間違っててねじ曲がってるのは、このアタシの人生の方だわさ!!」
無意味を思考すれば→無意味を志向すれば、な。
>「男性に同一化」ってところでもう理解することを拒否される。
「(ジェンダーとしての)性」に対しては女の方が強く固着している気はするな。わたしの経験上だが。
わたしもそういった拒否に遭遇したことがあるが、大学時代の経験から「あーフェミ女ってこういう感じだったよなあ、なら仕方ないな」と思ったことを今思い出した。
ほっとけば?
別にわからない人にまで教えなきゃなんないって義理はないし。
>別にわからない人にまで教えなきゃなんないって義理はないし。
精神分析はそういう学問じゃない、って話ね。まあ学問全部が最終的にはそういうもんだと思うけど。
大体「真理は無数にある」と精神分析学自身がしているのに、それを「一切の真理」のごとく語ってはならんよ。
>精神分析の立場から社会を論じるなら、社会とは推論の結果の集合体である、ってことを自覚しておかなきゃならない、と思う。
まあだから私の書いているのは結果論だってのはその通りで、わざわざ何か言ってることにはなってなかったんだけど、ああいうものにすら性差別を嗅ぎ取ろうとする人がブクマに湧いているのを見ると、じゃあ精神分析で真っ向正面からやったらどんだけ誤解されるんだと思うとヘタる。
>「タナトスの子供たち」とか言われてた頃のやおいを愛すれば「異性愛」となっただろうが、今の腐れを愛しても比較的に「同性愛」となるだろうな。
ふむ。さっき脂さんの書いてたことだけど、前は腐の人の「ナンセンス主義」ってのはなんとなくわかるつもりだった。「なんちゃって主義」というかね(こういうこと書くと突っ込まれそうだけど)。高度なコンテクストの読解を背景とした「無意味」を遊ぶ洒落の感覚だと思ってたわけです。一種ポストモダン的な。
でもそれが腐ではないこっちに向かってくる(いきなりキャラを振り当てられたり延々妄想されたり)と「ちょっと待って」という感じに私はなるなぁ。いや知らんところで勝手にされているのはいいけど、呼びかけるようなかたちで来ると困る。
あと、「タナトスの子供たち」であった頃のやおいを愛するのが異性愛なら、彼女たちは未去勢の「女」ということになるわけ? 私のイメージ的には、去勢済みだけどそれを忘れたふりができる‥‥という感じがするんだけど。
つか「大学の教員」なんてこの程度なんだけどな。
この記事のにぎりっ屁のおっさんとか。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-279.html
またはここのコメント欄でぬりかべくんが言う
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-114.html
「夢見る夢子ちゃん」だな。
>じゃあ精神分析で真っ向正面からやったらどんだけ誤解されるんだと思うとヘタる。
ひゃっはっは。
あ、自虐込みの笑いな。
>呼びかけるようなかたちで来ると困る。
ああ、まあ多少市民権を得てでかい面してるところはあるかもな。なりきり遊びはなりきり板だけでやってろ、ってな。
>私のイメージ的には、去勢済みだけどそれを忘れたふりができる‥‥という感じがするんだけど。
その方が正確だな。
わたしの個人的な定義では、未去勢者とは統合失調症者、自閉症者、統合失調症型人格障害、スキゾイドだ、としている。
ああ、ほっとけばいいのは、もうそうしてるけど。ただ非常に鬱陶しい。てか私の書き方が断定的だから反発されるんだな。これからは「真理は無数にある」と断り書きしよw
>でもそれが腐ではないこっちに向かってくる(いきなりキャラを振り当てられたり延々妄想されたり)と「ちょっと待って」という感じに私はなるなぁ。
まあわからなくもないがな。ライトノベルのサイトのチャットではあたしゃ「ツンデレだ」って言われてたわ。
でもそういった「キャラ化」が、心的距離を遠ざける作用にもなってる場合があるんだよ。
リビドーの備給、つまり心的距離を近づけるための「キャラ化」なら反発するが。
あれだ、以前にも言った、「心的距離を遠ざけるための配慮」ってな感じ。
>リビドーの備給、つまり心的距離を近づけるための「キャラ化」なら反発するが。
あれだ、以前にも言った、「心的距離を遠ざけるための配慮」ってな感じ。
ハテセンさんのは前者だと思っちゃったんだよな。前「師と思ってます。ついていきます(はぁと」的なこと書かれたことがあったもんで。あれは「心的距離を遠ざけるための配慮」だったんかな。
わからん。
あなたにとってはそうだったのだろう。
んー。お世辞をお世辞と理解する、ってことかなあ。大野さんがお世辞を真に受けすぎ、ってことか。
そういうところアスペにもよくあるんだよな。相手は冗談っつうかお世辞で誉めているのに、本気にしてしまって真面目にやってやりすぎて失敗する。
字義通りに物事を受け取ってしまう。
言語にもイメージにも、両方の機能が備わってると思うんだよ。心的距離を遠ざける作用と近づける作用と。
で、そんな心的距離事態が「妄想」なわけでただの主観問題でしかないんだから(物理的根拠はないでしょ? 物理的には脳内物質の化学反応なわけだから、主観)、あなたの問題だ、となる。
ハテセンさんがどうだったかは、ハテセンさんの言葉を聞いて推測しなければならない。
まあ、イメージの方が、心的距離を近づける(という主観をその主体に惹起させる)作用を多く担っているのは、そうなんだろうな、と思う。
なんせ「自我とは想像的なものである」なわけだからな。自我そのものがイメージだから。
相手が心的距離を近づけようとして、すなわちリビドーの快楽を予測しながら、わたしを「キャラ化」したとして、わたしという主観はそれを心的距離を遠ざける作用として認識した。
この場合、長くつきあっていれば、いずれ相手は怒るだろうな。予測していた快楽を得られないんだから。
だけどその前につきあわなくなれば、相手は怒ることもない。
わたしと相手が逆の場合もありうるだろう。
「妄想させとけ」って話だな。しょせんそれは主観なんだから。
そーかぁ‥‥。お世辞にしろからかいにしろ、冗談を真に受けてガチで反応してしまうことが時々ある。アスペの気があるのかな。いや、「私にネタは通用しません、全部ベタで受け取ります」という姿勢を堅持したがってるところもあるな。
>アスペの気があるのかな。
お世辞の場合は「無自覚的に字義通りに受け取る」のかもしれないが、「無自覚的に「構造」的な妄想を付加させて解釈する」ところもある。クサヴァに釣られるケースはほぼこれなんじゃないかと。ここは逆にアスペっぽくないと思う。
そしてこの点は逆にクサヴァが大野さんを認めている部分ではあろう。はてこさんに対してみたいにばっさり切らない。
繰り返すが、わたしゃ腐れはもう解釈しないと決めてるんだ。
ほんとめんどくさい。
このめんどくささは、彼女らは、多くの人たちが心的距離を近づける役割を担わせるイメージにすら、心的距離を遠ざける機能を担わせるからだ。
なんつーのかな、それこそ『5時に夢中!』とかそんな感じ。露悪的、か。
露出されているイメージが「悪」つまり人が嫌悪するようなものとなるのは、そのイメージに心的距離を遠ざける機能があるからだろ?
ああいうのはほんと解釈なしで受け取ってればいいんだよ。
それこそ「ヤマなし、オチなし、意味なし」ってな。
そのライトノベルサイトのチャットとか、中高生とか若い子が多いのに、わたしゃ今みたいな話をしていたんだな。
まあ中にはそんなのに釣られる奴もいてな、そのぬりかべって奴だ。
若い子が寝静まった夜中に小難しい話をしてよく喧嘩してたわ。
でも目にはつくだろ? 反発されたり過剰な妄想を抱かれたりした。
これは「頭のよさそうなことを言ってるくせに」っていう、大野さんに対する「大学教員のくせに」って心理と似たものだと思う。
そのときそのぬりかべが、「脂さんはただのツンデレだと思えばいい」と言って丸め込もうとしたんだな。
この場合のツンデレというキャラ化は、そいつらに心的距離を遠ざけさせる役割を担っているだろ?
まああれだ、反発はあって当然のものだ。
他人から認められたくて、他人から好かれたくて、学問をやってるなら、世間からの反発はそいつの心理上重要な問題となろうが、そうでなければ、単なる知の楽しさだけでやってるなら、研究がまったく阻害されるような事態に陥らない程度の反発なら、スルーできるだろ。機能的に世間からの反発が決定的な影響を及ぼさない程度の反発なら、ほっとけ。
まあそんな態度だと「社会から自閉する傾向がある学者」とかになるんだがな。東大改革が「悪」と決めつけた学者の態度に。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-795.html
日本では最高学府が「妄想」を助長する立場を取っているわけだ。つまりあなたが受けている「大学の教員のくせに」という批判は、東大が認めている。
だから、まあ苦労しとけ。
ひゃっはっは、と笑ったわけ。
はあ、まあこの歳になってこういう苦労するとは思わなんだ‥‥けど、こんなん苦労のうちに入らんなと思っておきますわw
精神分析の世界に私を誘った人から、「崖っぷちを歩いてみたいと思いませんか?」と言われたことを思い出した。
まだ崖の際まで言ってないな私。10メートルくらい先に崖を見つけて「やだこわい」って言ってるだけ。
>「崖っぷちを歩いてみたいと思いませんか?」と言われたことを思い出した。
その人よく精神分析をわかってるなwww(この「www」はelveさん解釈の自虐込みな意味な)。
苦労は苦労でいいけどな。その「大文字の他者を起因とした苦労」がそいつを「崖っぷち」に連れていく。
「崖っぷち」に立てば、「崖っぷち」ではない方向の「他者の世界」も、地獄になる。
「他者は地獄である」だな。
行くも地獄、退くも地獄。
そこはそういう「崖っぷち」。
そういや笑い方は「ウヒヒ」の方がいい、と言われたことがあったな。
そっちのが魔女っぽいか。
>しかし「精神分析的な話」になるとクサヴァは「大野さんと遊べなくなる」。
>自分で「精神分析からは一歩離れていたい」とか言ってたみたいだし。
お前文盲か? そんなこと一言も言ってねえよバカ。
最近あちこち怒りっぽいなぁ( ´・ω・`)_且~~ イカガ?
脂さんのとこでみた自閉症の子供を持つ母親は異性愛になるのかしら?
血縁だとまた別の話なのかなぁ
血圧高いんじゃね。
最初に結論出すとそこで終了だから大野を弄って遊べないってことね。どSだわ。