No.0226
2012年5月29日
ウチではまだストーブ炊いてます。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ O 。 , ─ヽ ________ /,/\ヾ\ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |__|__|__|_ __((´∀`\ )< これは暖炉なのサ |_|__|__|__ /ノへゝ/''' )ヽ \_________ ||__| | | \´-`) / 丿/ |_|_| 从.从从 | \__ ̄ ̄⊂|丿/ |__|| 从人人从. | /\__/::::::||| |_|_|///ヽヾ\ / ::::::::::::ゝ/|| ────────(~〜ヽ::::::::::::|/
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はてブロではAA崩れてたなぁ。
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20120529/1338297015
というわけで、No.224の続き―――かもしれない
昨日歩いてたら「分裂されると仕事が増えるんだよなあ」と
どこかの同僚2人組が話すのが通り過ぎてった。
増えてんならいいじゃん。
大抵、仕事が増えても、もらえる金が増えるわけじゃないんだよね┐(´∀`)┌ヤレヤレ
ヒャッハーおつかれ┐(´∀`)┌おつかれヒャッハー
>死ぬときは一人なんだろうけどさ。
こんな感じか。
http://jlyric.net/artist/a0007b6/l002255.html
>一人で生きていける?
一人で死なせてくれ。
これがよくわからん。
体感的に一人で死ぬという経験の形自体はどこに潜んでいるのか。
歴史の方じゃなくて、体感的にそっち側の話のでも分かるけど。
つうか基本的には体感に集中している時は百ぱーせんの一人状態であるが。それが基本的な人格においては乱れている状態であると考えればいいのかな。頭の体感速度と関係か。止まらないコントロールできない不安。実はこの速度が人間の快楽と関わっているってのは内緒の話。
死ぬときはわかるらしいってほんとかよ。
おまきんさんの文章でスキゾイドの幸せって何ってあったけど。ほかのスキゾイドの人の文章で何で喜びのないスキゾイドなんだろみたいな勘違いの思考があったけど、別に接触している間は楽しんでいるのに、自覚の時になると別人格のように違った情報が想起されているだけで関わりの間は楽しかったはずだと思うが。経験を統合できないだけで、統合しているところでは情報が回ってきてないだけでは。幸せについて異性同性問わず相性の合う人と関わるってのは変わらんと思う。
で人間は最高速度の快楽状態でも理性面を納得しえない限り日常生活を営んでいるために不安で幸せになれないというのだ。体や世界を含んでいることの難問。
メルさんはわからんでいいのじゃない。
わたしもメルさんをわからない。
それだけのこと。
メルさん飽きた。
余談だが原くくるってはじめて知った。
元演劇人だが最近のことはまったく疎くてな。
私も愚痴るのに飽きた頃だ!! 何か始めよう!!
そして飽きるまでは楽しもう!!(ADHD系www
勉強があるので
ゴミ捨ててに来ているようなもんだから面白いもんじゃない。
捨てれたならすっきりしそうなもんだがなぁ
私が妙にすっきりし始めたので
私のゴミ持って行って貰っちゃったかしらねぇ(;´Д`)
私の被害妄想がメルさんの書き込みを
「空気読めないなら人間に関わるな」に変換したので
お前が言われたらどうなんよ〜
人に関わらんで生きていけるならそうしとるわボケェ〜的
ウンコが「一人で生きていける?」ですw
理性なんぞという「妄想」で納得させれば、幸せになれるんなら、「幸せ」というモノを認識できるんなら、おまえはりっぱな「正常人」。
おまえの言っていることは、「自分はいくつものスキルを持っているのに、他のヤツらは“1”しか持ってないから、「自分はほかのヤツらとは違う」ということで、自分を「特別」としたい「壁」が必要」とぬかしてるんじゃね?
つまり、おまえの言う「壁」は「上下関係」。つまり「かけっこ」。
僕の言う「壁」は、「他種」から侵略されないための「防御反応」。
「正常人」に殺されないための「防御柵」。
実際、おまえは、僕の「幸せが認識できない」「性質」を無かったことにしている。
それが、「僕」を「殺す」、「正常人」の「侵略性」だ。
ったく、これだから、「うつ野郎」は嫌いなんだ。「中坊俊平太」と同じじゃねーか。
特に、「上下関係」を敷くために「他者」を頻繁に引き合いに出すところが。
反享楽主義者なので。各人格タイプごとにこういうなんらかの性質もった人がいるのか見つけたいところ。辻村深月タイプとかを見つけたい。
>捨てれたならすっきりしそうなもんだがなぁ
私が妙にすっきりし始めたので
私のゴミ持って行って貰っちゃったかしらねぇ(;´Д`)
あんまり多くてなー。だいぶ減った。
なんかよかったねー。
「空気読めないなら人間に関わるな」
じゃなくて俺に害をなすな。同じパターンで、又、誰かを殺そうとするなとかかもな。
人殺しはダメだよ。
だから躁鬱病でそうなったって書いてるんだが。
この流れ飽きた。
>「幸せが認識できない」「性質」を無かったことにしている
だから統合できないから、気づけなくて、でも合う奴と接触し続ければ快楽の高い状態を発生させ続けれて維持できるって言ってんだろ。
>ほかのスキゾイドの人の文章で何で喜びのないスキゾイドなんだろみたいな勘違いの思考があったけど
おまえは、「スキゾイド」を定義できてるのか? なぜそれが「勘違い」と認識できる?
これが、おまえの「正常人」特有の「侵略性」の「性質」なんだよ。
おまえ、おまえの「認識」から外れたモノは、脳内で「勘違い」として処分してんじゃねーの?
これなんだよな、「正常人」って。
結局最後には、自身の「定義」を確固たるモノとして、他人に説いてくる。強引にな。
その「定義」から外れた「キチガイ」が殺されることになる。
だから「壁」が必要と言ったんだよ、僕は。
> できるって言ってんだろ。
自分以外のことを良く断言するなぁ、と思ったら
おまきんさんが反応してるからいいやw
過去スキゾイドだったのが、操鬱病で神経症化して、今その視点から書いて相手しているって感じ。
>「キチガイ」が殺されることになる。
俺は殺された後の人ねってことになるのか。こうなる道があるよってこと。
まあ自分の認識でしか物事はわからないからなあ。
>でも合う奴と接触し続ければ快楽の高い状態を発生させ続けれて維持できるって言ってんだろ。
おまえ、それを知ってんなら、「幸せ」認識できてるじゃねーか。
それにこれって、「統合」できるから、「他者」となにかしらができてるんじゃねーか。
そもそも、おまえの
>幸せについて異性同性問わず相性の合う人と関わるってのは変わらんと思う。
と言ってるから、おまえ、「幸せ」について語れてるじゃねーかよ。
「統合」できないヤツが、なんでココまで「認識」できるんだ?
おまえは、「ニュータイプ」かなんかか?
> 特に、「上下関係」を敷くために「他者」を頻繁に引き合いに出すところが。
コレは感じたわー被害妄想刺激されたぁ(;´Д`)
神経症にもいろいろあるが、ラカン派の人が、神経症症状を不快を避けるように自分で選べたとしたら、何の苦痛もない、だが平坦な人生を歩むことが出来るだろう、とか書いてたな。
まあごっこ遊びならいいんじゃね。・
>つまり、おまえの言う「壁」は「上下関係」。つまり「かけっこ」。
>特に、「上下関係」を敷くために「他者」を頻繁に引き合いに出すところが。
だから「区別」が「窮屈」になるのだろうなと思った。
>過去スキゾイドだったのが、操鬱病で神経症化して、今その視点から書いて相手しているって感じ。
それ本当か?
ウソだったら、「また「yomaみたいな転移野郎か」」ってなるな。
僕の中では。
めんどくせーけど、説明が必要だから
>おまえ、それを知ってんなら、「幸せ」認識できてるじゃねーか。
それにこれって、「統合」できるから、「他者」となにかしらができてるんじゃねーか。
と言ってるから、おまえ、「幸せ」について語れてるじゃねーかよ。
「統合」できないヤツが、なんでココまで「認識」できるんだ?
それが変な形でできる病。統合できない上に変な形で統合する視点ができているのが、操鬱病。
ヒーローに憧れた子供がヒーローごっこするのは放置できるけど
障害者が別の障害者ごっこして障害者を馬鹿にしてる(自覚有り)は
何かいただけないわ〜(;´Д`)
完全に失敗だけどな。普通に想像界と象徴界を意識に追加できるようにした方がいい。
躁鬱病と統合失調症はちょっと違う。
>普通に想像界と象徴界を意識に追加できるようにした方がいい。
そこでサントームという第四の輪ですよ。
めんどくせえな。
で、メルさんは実際にスキゾイドと診断されたの?
それとも君がそう言っているだけ?
飽きてたけどおまきんさんが参戦したのでちょっとおもしろくなった。
>普通に想像界と象徴界を意識に追加できるようにした方がいい。
結局、「あなたも“正常”になりなさい」かよ。
おまえ、最初からこれが言いたかったんじゃねーの?
自分の認識を「他者」に「強制」したかったと。
まるで、人ン家に勝手に上がり込んで、無理矢理人のパソコンに何かの共有ファイルソフトをインストールしていくって感じだな。
> まるで、人ン家に勝手に上がり込んで、無理矢理人のパソコンに何かの共有ファイルソフトをインストールしていくって感じだな。
何かちょっとワロタwww
消毒がちょい前に「BLは卒業した」ってフェミの人(?)に
ツッコミ入れてたのが思い出される。
YOU! 昔俺もそうだったんだけど俺みたいになる道もあるぜ!!
俺みたいになっちゃいなYO!! 失敗だけどな! ガハハ
って言ってる人が言う「最低限人間のコミュニケーションが成り立つのには分かってくれないとダメなんだけどなーっていう基準」が信用成らないwww
パソコン固まってた。
脂さんとおまきんさんの二人の反射的こだわりが出てくる文章から感じてた窮屈さがなにか分かったかもしれないこととして。
俺は虐殺不安があっていつか襲撃がくるのではないかとか歩いていたんだけど。日本は平和だったのでそのギャップがなぞだった。で海外ではそういう事件が起こる。
各国には文化的枠組みというのがあると思うんだけど。
俺の頭の中にはこういう枠組みを同時に含んで並列的みていく能力があるのに、自国しか理解できないとか存在しないとかと思い込んで日本一国で他国で起こるような分までの文化的枠組みがごっちゃとして存在すると混乱しててそれが邪魔をして、自国の状況自体も理解できなくなっているとかいうのがあったのではないかと。
俺はあんまりまともに会話できる状態じゃないので、他人と会話しているようで自分と会話するために文章書いてたりするので。返答は時間がかかるときもある。
>俺の頭の中にはこういう枠組みを同時に含んで並列的みていく能力があるのに
それぞれの「枠組み」を「並列」にすることこそ、「侵略」。
「キチガイ」を「正常人」の社会に放り出す、「特別支援教育」と同じ。
まぁ、ココは「正常人」の国だからな。
「郷に入っては郷に従え」と、「キチガイ」に言ってるんだろう。「正常人」は。
>「枠組み」を「並列」にすることこそ、「侵略」。
各人を並列にしろとかそういうことではない。
各人はそれはすりあわせれない。持っているものが違う。成長の仕方も違う。
文化的枠組みって才能の発現や発達と関わる関係あるようなものだけど
ここら辺複雑すぎてまだ分かってないけど
とりあえず。自国文化といわれたり特質性とか言われたりする言い方を認められるぐらいはある。
個人レベルだとどういうかなー。
他人や世界とかで動き回るのには自分に方向性のサポートを与える地図を作る必要性があるんだけど、地図が作れないからの不安だったのだと思う。
この人、脂さんが変な言葉の使い方覚えさせてその言葉で方向性与えられてなんか意固地になっていったの?
各人がすりあわせれないなら、なんで「枠組み」は「並列」に見れるんだ?
枠組みだって「並列」にできないモノもあるだろうが。
それともなにか?
個々人は「人それぞれ」だが、「枠組み」という「集団(に、おまえには見えるのだろう)」は「並列」にできるとでも言うのか?
そも、
おまえが
>各人はそれはすりあわせれない。
なら、なんで他人に
>普通に想像界と象徴界を意識に追加できるようにした方がいい。
なんて言うんだ?
これって、おまえが自分の思い通りに「他者」をすり合わせようとする行為なんじゃないのか?
>俺の頭の中にはこういう枠組みを同時に含んで並列的みていく能力があるのに、
「枠組み」って単語がなければ、「部分を並列的に見ていく能力」は自閉症の方があるだろうな。
ウタ・フリスいわく「断片化された世界」。
たとえば、実際に行われた実験だが、なんて説明しよっかな。
「犬の散歩をしている人」の輪郭線だけが書かれているとする。そこに規則性のないような、ぐちゃぐちゃな線を何本か書く。輪郭線にも重ねて。
それによって「犬の散歩をしている人」と外側の空白はそれらの線によっていくつもの区画があることになるだろ?
で、そのいくつもの区画を別々の色で塗り潰す。
そうしてから、輪郭線とぐちゃぐちゃな線を消す。
そういった絵があったとしよう。
大体の人はそんなぐちゃぐちゃなただの色の配列を見ても、ごちゃごちゃな線ではなく「犬の散歩をしている人」という「枠組み」を読み取ることができる。
自閉症はこのようなテストで大体普通の人より平均点がすごく低くなる。
メルさんの「枠組み」ってのは誰から学んだものだろうな。
>これって、おまえが自分の思い通りに「他者」をすり合わせようとする行為なんじゃないのか?
>普通に想像界と象徴界を意識に追加できるようにした方がいい。
これは語義通りに「他者に自分(つまりメルさん)をすりあわせようとする行為」だと読んだなわたしは。
「枠組み」なんてのもメンヘラまで含めたら人それぞれになっちゃうんだよね。
とはいえ正常人においてはある程度「枠組み」が共有されているが。
それをメルさんは「1」と表現したのかもしれないが、であるならばメルさんの「1,2,4,6,7」などもただの「1」が足しあわされたものでしかないので、「1」がそこにあろう。
>他人や世界とかで動き回るのには自分に方向性のサポートを与える地図を作る必要性があるんだけど
これが「個人」の「並列化」だろう?
「他人」ありきで「地図」を作らにゃならん、と言うんであれば、それは「他者」と「自分」を「並列」にする行為じゃないか?
この時点で、「各人」は「並列化」すると思うぜ。
「それだけでいいの?」って質問には「それだけじゃいけないのかわからんけど、それだけじゃだめな人がいるのはわかってるけど、まあまったくいいってわけではないが、大体はそれだけでいいかな」って答えになるかねえ。
>他人や世界とかで動き回るのには自分に方向性のサポートを与える地図を作る必要性があるんだけど
これはあれだな、まあ神経症者の世界は「他者の世界」なわけで、「他人」と「世界」を並列に連想するところがメルさんの神経症的な症状ではあろう。
であればここでの「自分」とは「想像的な自我」にすぎない。
一番最初のコメの印象でわたしは「過剰適応の反動っぽいな」と思ったが(書いたっけ)、ここでの「適応」とは「他者への適応」であり、すなわち「自我」と「他者」の関係性の話なわけだな。
象徴界と想像界だけの話。
むしろおまきんさんやわたしをなぜメルさんは「窮屈」だと思い「それだけでいいの?」と思ったのか考えてくれ。
そう思ったのはメルさんでありわたしではないゆえわからないため。
>この人、脂さんが変な言葉の使い方覚えさせて
そんな記憶はないなあ。ブログは読んでたみたいだけど。
多分、サントームって発想がないんだろうな。正常人にとってそれは象徴界と同一にしか見えない。
よって「窮屈」という抑圧的な印象になるのだろう。
それはメルさんの脳内にある象徴界がメルさんは窮屈だと言っていることでもある。
ああこれこれ。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-1005.html
「窮屈」でも「狭く」もないんだよなあ。メルさんがそう思うのは構わんが、それはあくまでメルさんの脳内の問題。
象徴界の代わりをする第四の輪である「サントーム」と象徴界のわたしの考える違いは、まああくまで大雑把で比喩的な言い方だが、「象徴界」は「大文字の他者が背後に控える言語」であり、サントームは「言語学が研究対象としている言語」とかか。
もっと平たく言えば「歴史の重みを背負った言葉」か「歴史のデータ的に受け継いだだけの言葉」か。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-894.html
の記事とか自分では具体的でわかりやすいと思うんだけどなー、人気ない。
現状の人格の歴史の時代の話としてこれでも。
http://kb6400.blog38.fc2.com/?no=508
http://kb6400.blog38.fc2.com/blog-entry-534.html
>「枠組み」は「並列」に見れるんだ?
というかこれは一個人の頭の中での体感の整頓の仕方の話。見る見ないというかすでにそうあっている状態から。行為どうこうというかもっと根本的になにかあるものをいっているんだけど。そいつの動きにそういうものが現れるとか。思考したらこういう本になるとか。
たぶんここが壊れている。
現実界の人格しかなくても三界はあって稼働しているのなら、そこらをどうこうしたほうがいい。
>なら、なんで他人に
>普通に想像界と象徴界を意識に追加できるよ うにした方がいい。
こっちは症状が出てる。作っているというか。つか自分の目標を言っているだけかも。頭の思考を外においていて会話しているみたいになって、お前反応してうぜえ。でそっちからはそう話しかけられているのだから、えー意味分からん話に統一性がないって感じになりそうな。
>「最低限人間のコミュニケーションが成り立つのには分かってくれないとダメなんだけどなーっていう基準」
これも症状から作っているから、正直適当だから、でも相手にはそう登録されていくけどここの所を相手にする気にならんというか。
>輪郭線
そうそう輪郭線が固定されてしまったんだよ。これは俺の話。
>メルさんの「枠組み」ってのは誰から学んだものだろうな。
ある国が発達させて情報を蓄積させているような文化全体の仕組み。現実界のみの人間もきっちり中に入っている。
家というのは実はちゃんと才能と関わっているんじゃないって最近見直してる。
>窮屈
ドラマとアニメとかで作るのに意識の使っている部分が違うからその違いを。自分がアニメとかそっち側のを無理に使っているからといった。自分に対してのかな。
でそれの類似の人じゃないの?でなんの理由でそうしているの?と疑問が。
アニメをドラマ化ってこういう翻訳の作業なのかもとか。これは例えや理解は違うかもしれん。
ラノベと純文学の違いみたいな方がいいかも。孤児でも違いが表わせれてない。結構大雑把なんだよなー。あれは。現実利用まではもう少しいろいろ改造が必要。
夢野久作とかの思考を進めていたといっているけど意識を縮小させて無理してるから。あれ、でもやっぱ単純に孤児の問題も入ってくるかも。
>それはメルさんの脳内にある象徴界がメルさんは窮屈だと言っていることでもある。
そうです。
神経症の症状の動きが推察と対象選びの行為に同時に動いてくるから誤爆した後の相手やその動きを考えるのが面倒。
虐殺不安とかの話は。
>「鏡像関係の組み入れの失敗例」
を自覚しようとしている感じでうまくいっていない感じ。理解していなく自分で解決できていない状態だからまだ無理。
壊れたものは成長する以外にはなおせない。成長でも無理だったりする。
どこに傷が付いてるのか分かったら苦労しないだろう。逆に言うと苦労が分かったら付いていたのがどこかの傷。
>お前反応してうぜえ。でそっちからはそう話しかけられているのだから、えー意味分からん話に統一性がないって感じになりそうな。
なんだ。おまえ、もしかして「統一性」を求めてるのか?
「統一性がない」ことがイヤなら、「正常人」じゃないか?
そも、僕の「反応?」に対して、自身の統一性が無くなって、それがイヤって言うんなら、おまえの言う「気の合う、「1」があるヤツらの「枠組み」」に戻ればいいんじゃね?
「症状」が出てるのに、よく「作る」なんて器用なマネができるな。
つか、僕の「反応?」で「統一性が無くなる」なら、それはおまえの中に「僕」という「脳内他者」が存在してるからじゃねえの?
彦坂の言うのは、「構造」で、それをおまえが引用して自身の「定義」にするってことは、おまえ自身が「彦坂」に引き込まれてんじゃねぇか。
おまえと、「彦坂」という「各人」は、すり合ってるじゃねぇか。
「転移」じゃねぇか?
そうやって、「他者」から「自分」を「作る」のも、うつ(正常人)の症状か?
>ドラマとアニメとかで作るのに意識の使っている部分が違うからその違いを。
「意識」とかいうモノをうまく使えるんなら、「キチガイ」にはなってねーよ。
つーか「作る」とか「意識」とかできるんなら、まだまだ「余裕」あるんじゃねーの?
「輪郭線」が固定されてしまったんじゃなくて、もともと「輪郭線」を「固定」したがるおまえの「性質」に、おまえが気付いて、それが「窮屈」に感じてんじゃねーの?
おまえは、自分自身で「輪郭線」を固定してんじゃねーの?
もっとも、おまえは「輪郭線」がわかるくらい「器用」なようだな?
「喪」とか言うヤツ。
おまえは、「他者」から「構造」を作っては、自分で壊して、また元の「構造」を作ろうとしてそこに戻ろうとしてんじゃね?
そのためには、「他者」が不可欠と。
「窮屈」なのに「構造」を壊しては、その状態を「窮屈」に感じて、また同じような「構造」を作ろうとしてんのな。
「うつ」じゃねーか。
問題は「1,2,4,6,7」と「1」じゃなかった。行動の内容のずれだった。やっぱ神経症の作りものだから嘘になっている。あやうく俺も少し信じてた。
表現理解に関わる問題だった。芸術は爆発だ。とか言われればそう芸術は爆発だとか並のわけわからん理解で一緒になにかを爆発させようとかで来る感じかな。意味がなく形だけ真似ようとか言ってくる感じの。それ芸術ではないよ。常にこんな感じ。こっちに近いな。
>おまきん
お前の人格が成り立っている理屈で想定してくると絶対に外れてくる。
>「意識」とかいうモノをうまく使えるんなら、「キチガイ」にはなってねーよ。
>「輪郭線」がわかるくらい「器用」なようだな?
そっちから神経症側に来ていると。人格が変わる変化の病。お前が言っているのは気分だけの変化の話。お前は気分の話しかしてないだろ。
ここの増えた部分は異様に他人の意識に引っ掛かるから普遍性があるのかも。
>人格が変わる変化の病。
っていっても通じないか。説明方法は分らん。
意識のダメな部分で自我を形成してしまう感じか。
>お前が言っているのは気分だけの変化の話。お前は気分の話しかしてないだろ。
だったら、なんで
>ここの増えた部分は異様に他人の意識に引っ掛かるから普遍性があるのかも。
なんて、言うんだ?
もし、この「他人」てのが「おまえ」のことなら、おまえは「気分」で「僕」に流されてることになる。
じゃあ、おまえの言うことも「気分論」じゃん。
そも、おまえの「人格」は、おまえの「気分」とは関係ないモノなのか?
もし、おまえが「人格」と「気分」との影響を分けて考えれるようなら、ずいぶん「器用」な「正常人」だな。
「ダメな部分」
「ダメ」というのは普通の人格としては成立しえないような、しかし意識にそういう存在が想定できている、各人違っていて暗黙にその人が反発の対象としている特徴のとかか。そこまでが自我化している。普通の神経症者でもそこは自我としてしていないから。散々反発されて引っ掛かる対象として一致されるところになる。やっぱ普遍性ある領域。
>意識のダメな部分で自我を形成してしまう感じか。
「無」の「穴」から、「ファルス」へ舞い戻ろうとする変化。
「うつ」のヤツらからよく見られた「性質」。
僕がデイケア、障害者就労支援センター、ネットでみた「うつ野郎」と、おんなじ「現象」。
躁鬱病らしいからねぇ。
鬱の症状もあるんだろうなぁ、とか。
おまえの言っていることが、「中坊俊平太」と同じになってきたから、飽きた。
僕の「うつ野郎」の「仮定義」は、結局変わらなかったか。
また、同じ「実験(分析)結果」しか出なかったな。
>じゃあ、おまえの言うことも「気分論」じゃん。
お前が気分の反応しか拾えたり自覚できないから理解できないだけ。
「現象」しか拾えてないんじゃ。
ああ、ちょっと本当に勉強になった。あんまりこの会話の内容と関係ないけど。俺に問題があってかなり不毛になるんだよな。
そうそう「現象」読みとって交流してんだったな。本当に忘れていたことを思い出させてくれてありがとうございました。
おまえが「気分」とか言ってるのが、おまえが「窮屈」とか言って「割り切れないモノ」「表現できないモノ」「定義できないモノ」なんじゃねぇの?
「理性」や「意識」や「普遍性」や、「1,2,5,6,7,9なんたら」などという、「ファルス」にすがりたいがために、おまえが「気分」とかぬかすモノを忌避したがるんじゃね?
「気分」という「カオス」をな。
しかし、「うつ」は結局、「ファルス」を求める。
それによって、「うつ」にされたにもかかわらず。
自分から「うつ」にされた原因にすがりつく。
こうなるんだよなぁ。何度「うつ」を「分析」しても。
暗黙が増えてるなら暗黙読みたいじゃん、読んでるけど、かつて読んだけど、いま読めなくなっているその暗黙を誰かの反発のさ中にあることで状況とともに読みたいじゃん?その役をメルさんが実際に(いまは「実際」を「現象」の対義語として使う)やってるんですよってことだろうか。ここではないところで、しかしここでもあるようなところで?無理は禁物だぞ。一応。実際に他者がいるなら他者から何を取り出してもそれは他者だ。
メルさん本人よりおまきんさんの解釈の方がおもしろい。
メルさんのバヤイ抑鬱症とは言えないと思うけど大体そういうところだと思うんだよなあ。
だがそこは本人が問題にしているだけでそこが問題じゃないと思うんだよなあ。
抑鬱症は逆で本人が問題にしていないそこが問題だが。
>「気分」という「カオス」をな。
「気分」も「言語のような構造」化されて「喜怒哀楽などという形式」を得る。
なので「気分」とは「カオス」なのだよな。
わたしにとってだが。
ところで下のリンク元に「響子+メゾン+母乳」というワードできた奴がいるらしいがこれどう思うよ?
>壊れたものは成長する以外にはなおせない。
ここだな。壊れたものが成長しても壊れた成長しかしない。
心因性ならメルさんの言う通りでいいんだけどな。
>「無」の「穴」から、「ファルス」へ舞い戻ろうとする変化。
>自分から「うつ」にされた原因にすがりつく。
こうなるんだよなぁ。何度「うつ」を「分析」しても。
大体そういうところだと。繰り返している。
計算しているときの気分とか情報ためている気分とかわけわからんし。
人間の頭の中には後でなぜかできるようになっているとか、自然に学んでいっているとか、で稼働し続けているところとか閃きのなにかとかわけわからなさすぎる状態と思ってしまえるし。
人間の体感意識の最高速が幸せかというと幸せじゃない。とんでもなくきつい。計算し続けて、全力疾走をしていることだから。だから人間であること自体が嫌いな所なんだよな。未来の人間に用意されている最高の幸せがこれだって言うんだから。エデンはこの意味で幸せと地獄が釣り合っているといえるのかもしれない。皆こっから堕ちてきた。知恵の実を食べて。中途半端な人格作って学習して不快やら刺激の中にいることになり帰ることはないのが今の人間。この幸せを超えるような人間の進化が用意されているのか。これが最終か。これだけは精神的に「完全な幸せ」だと理解させられる。本当に理解する。反享楽主義の理由でもある。スキゾイドは人格がとり外れかけているところを外すとここに帰ってくる。で耐えられずまたはめなおす。おしまい。
ぶっかけさんの文章読むの難しいな。
> ぶっかけさんの文章読むの難しいな。
( ゜д゜ )<お前が言うな!!
> 「響子+メゾン+母乳」というワードできた奴
その上の林原めぐみに憧れるとあわせて味わい深い
響子さんの母乳はよく出るだろうなと思う。
スカートなびいてる。ブラウスの襟元が光ってる。素晴らしい!
「もうあなたなしでは生きていけそうにないから」ほんと?きゃー。ぎゃー。
ほら、私のように「うつ」には押し付けがましい自己しかない。
暗黙だろうが無だろうがそれらに対して我慢を知らないんだ。
↑ありゃりゃ。上も私な
ママはテンパリストのアキコさんのようだな
(母乳ぷっしゃぁ〜で犬に襲われる)
めぞん一刻の音無響子は絶対母乳派だとかの
育児系宗教系の人じゃなくて良かった良かったwww
私を投影すると、メルさんの飢えは分かるが、問いが分からない。
メルさん自体に問いはないんじゃないかなぁ
(自身が発話するのではなくコメントする形だし)
会話を重ねると周囲が問い続けるから答えてるだけでは
その答えがまた周囲の問いを(ry
>スキゾイドは人格がとり外れかけているところを外すとここに帰ってくる。
そこが「抑鬱」なら違うと思うよ。
外れかけている人格を外すと「享楽」にいたるとわたしは思う。
何だその、メルさんは実際にスキゾイドと診断されたのか、それに投影しているだけなのかはっきりしてほしいところではある。
あとぶっかけさんがsimpleに似てる気がする件。いやまあ独り言スタイルでいてくれるならいいが。
ありていに言うと、「開き直れてないじゃん私とメルさん!」
そう、俺らの読みにくい問題だよ!
ここまで見ただけのわたしの解釈ならば、メルさんはスキゾイドではないと思える。
おまきんさんの「うつ」つまり抑鬱症の構造ではあるが、抑鬱症でもないと思う。
まあ向こう側の人かなと。
蟻帝。
>外れかけている人格を外すと「享楽」にいたるとわたしは思う。
ここでの言葉なら「気分というカオス」かな。
私はメルさんを向こう側の人だとは思わないんだがなあ。読もうと思えば普通に読めるし。
疲れてるって言ってたから無理しないでほしい。繰り返し言っとく。
ぶっかけさんもsimpleに似てると書いたが向こう側だと思ってる。
わたしからすれば。
向こう側=去勢済み主体な。
そうだ!ここでは「向こう側」は去勢済み主体でゾンビであるのだった。了解した。
「ここでは」だけではないから「ゾンビ」なんだ。
ゾンビはよく気取る。ゾンビはどこかに自己を隠してる。放り出されたのはゾンビではない、ゾンビという檻だ。私だ。
ゾンビ喫茶 elve ・・・最後に妖精名乗るあたりの割り切れなさw
ゾンビの死ぬ死ぬ詐欺。そりゃあ死んだことはないだろう。ゾンビだし。どの生がなんどでも生き返るって?けれども私は死につつあるだって?どの生だよ!
妖精は信念だろ!くそ!ゾンビは馬鹿!
永遠の35歳を名乗ろうかなぁ(妙齢
死んじまうのが楽だ?ゾンビの錯誤。いつか来たものを手放せないだけ。どこにいつかがある?ないよそれだけがないよ。ガラスに施された粉。ゾンビはいつも手前で踊っている。死ねばいいのは私だった?違うよ私を死んでいるだけだよ。ゾンビ。
ゾンビは永遠と賭けをしている。くだらない。
不来不去
いったん死ななきゃ直らない?ゾンビは死を取り違えた者だ。逆はない。ゾンビは解消できない。ゾンビはあったことの記憶だ。記憶が真ならすべては不都合だ。しかしゾンビはそれしか言うことができない。
ゾンビは二重化する。ゾンビが増殖する。耐えられない事態だとゾンビは言う。ゾンビが耐えられないのに?
何で産んだ?それは最良の質問だよ!お母さんなんて呼べなくなる。ゾンビがゾンビと笑う瞬間だ。ノーノーノー。何を返してもノーだ。
水溜まりと笑うゾンビ。
終わる。終わりを知ったのはゾンビだけだからだよ。終わり以外ゾンビは知らないんだ。そして、はじまりを遠くにしたあげくに、終わりの遠さだけ見てる。はじけた泥。糞みたいな人生。これも全部が全部ゾンビの脅迫だ。定位、定立、んなもんガスだ。水溜まりだ。どれもこれも脅迫だ。ゾンビはそれだけを手にして歩いている。ゾンビが終われるわけないだろう。馬鹿か。ゾンビはゾンビと供にいる。馬鹿か。私が私とゾンビだって言ってる。ゾンビはガスと水溜まりを背負いました。ゾンビは何も要りません。ゾンビだけがゾンビの嘘を付きます。出口は終わりだから笑止万全のゾンビというわけだ。ゾンビは死ぬでしょう、死んだこともないような死を死ぬでしょう。ゾンビと運命。ゾンビはゾンビに飽きている。運命の日に飢えたゾンビの生。私の生。
独り言だからいやな感じはしないがなんだろうこのおもしろくなさ。
スルーしようと思ったのにwww 言ってやるなよwww
>「享楽」にいたるとわたしは思う。
だから外したから享楽に至ったというか初めに戻ったというか。人格は外しただけでなくなってないから普段の日常の思考の観点からは、その享楽のカオスの動きに耐えられないという話。元々人間ははじめここにいたけどなにかしら耐えられなく?て変わってくる。こういう事を覚えている人はあんまりいない。「ここ」は享楽の場所のこと。西尾の話はこれをテーマに書いている。ねぎまも多分そういうところがある。
で元々生きている人間は幼少期に人格が埋め込まれるというか発現するというか。その埋め込みの人格を何段階か変化させている。環境に合わせて。暗黙に親に対して何回変化させた人間であると自覚的に識別してスイッチを押して変えている。個人的記憶では。
でこうやって享楽の削りは暗黙で自動的に動いている仕組みを制限することによって発生している。なんとはなしの不愉快さとかもなにか持つようになっている。こういう元の部分に対する削りや影響がいくつの角度であるのか知らない。
スキゾイドは自己診断ね。躁鬱後に調べてそういうことねという感じ。でその時のこと思い出してみたら、そもそも行動を制限していく範疇を増やして感情の発生の制限とかをしていくようになっていっていた。見える風景とか色が灰色な感じで運動していたら少し色が戻るくらいだった。
自分でも、今の思考で使っているところは百ぱーせととスキゾイドや現実界の見方ではないと判断するけど。「去勢済み主体」の場所ではある。知っていることをここの自我の所で翻訳して文章作っているし。今も。
窮屈って、脂さんが会話の度に同じ話を繰り返す事と関係あると思うんだけど。相手が知っているとか蓄積でなく毎回リセットされているとしか考えれなく、よく会話でしていくところとか。同じことを繰り返すとか、どっかで誰かに言われていたと思うけど、する―してた。する―しかできないところかもしれないし。
人格がファルスの場所にずれてんだけど、でも想像界とか象徴界があるわけでもないからそれがあったらするはずの企画がないんだよな。
だからサントームってどこだよってなる。
外したのは操鬱前ね。
自分で外したらその後、たまに外れたりするからはめなおして外れないようにしたり、ちゃんとそれも小説にあったから共通するそういった現象のものと思う。
会話の刺激とか身体的な部分でそういうファルス方面にずれているのだから。
で通常思考の頭の仕組みを身につけて動くようにないとならないのだけど。もともと頭の説明事態がうまくいっていかない状態だったし。自覚とと実行能力の全体がずれているとか。説明もなく。
もともと自覚とと実行能力の全体がずれは整合的に合っているのを崩しただけなんだけど。おまきんさんも脂さんもなにか操作をして崩していると思う。
どっちも家族問題だよな。家族内の意識決定システムみたいな幻想に合わせてふるまっているとかの。家族はいないとか必死にいっているとか。それがわからん人からはそうしないし。しかしなぜその操作をしたのかがわからん。
知ってるわかってるを繰り返す割にこちらの質問にはなかなか答えないでやたらとタイプミスや「間違った文章」が多い人って前もいた気がするわ。
私の中で病気関係なく向こう側(会話しても無意味)。
スイッチを押す動機は家族のパワーバランスに合わせたり、欲望に答えたりとかではないのか。
それでも脂さんが演技を必要とする人間であることがなんか納得いかない。どこで能力が崩れているのか。女の居場所問題みたいでよく知らんな。
自分が普通だったら答えて会話しているよなーって基準からも逸脱してる。というか頭で把握しても体でする―しているというか。違う思考が独立して進めていっているから。体の問題もあるんですよ。とほほ。
ごめんなさい。
やー、今の私が意味ねーナって思ってるだけで嫌なわけではないので
吐き出す分にはお構いなくご自由に〜
評価とかどうでもいいかもしれないけど
あとで読み返したときとか別の人とかに面白いかもしれないしね
>でこうやって享楽の削りは
削られてるんじゃないよ、「1」で享楽は斜線が引かれる。つまり「ない」とされる。「0」とされる。
斜線が引かれても臭いというかそういうものはあるので、それを自分や他人に限らずどうこうするという意味ならわからなくもない。
>スキゾイドは自己診断ね。躁鬱後に調べてそういうことねという感じ。でその
ああそう。わたしは君はスキゾイドではないと思う。
>窮屈って、脂さんが会話の度に同じ話を繰り返す事と関係あると思うんだけど。
たとえばどれ?
>だからサントームってどこだよってなる。
いわば「壁打ち」。目的のない。
目的がないからこの「壁打ち」には窮屈さを感じない。
>もともと自覚とと実行能力の全体がずれは整合的に合っているのを崩しただけなんだけど。おまきんさんも脂さんもなにか操作をして崩していると思う。
「崩した」じゃなく「崩れた」じゃね。
ああそっか、君はエスを自我化しているわけか。
そりゃー自己愛っぽく思われるわなあ。
>どっちも家族問題だよな。
メルさんはそうなんだな。家族に「枠組み」を刷り込まされるのは大体そう。
これがエディプスコンプレックス。
エス、享楽ってもんは存在しないことになっているわけだよ、人間の世界では。
正常人になった時点でそれは「殺されて」いる。
しかし殺されても死体は残る。腐敗臭を発する。
それをどうこうするのが普通の人。
まあ殺されなくても最初から「(人間の生としては)生きていない」「死んでいる」んだけどな、エスなんてもな。
>それでも脂さんが演技を必要とする人間であることがなんか納得いかない。
目的のない「壁打ち」楽しいよ。
「個としての人間」まあ「1」から逃れられてねえんじゃね、メルさんは。
小文字の他者は対象aや部分対象化にすれば非他者化するし、大文字の他者もサントーム化すれば非他者化する。
両足はこっちの世界に踏み込んではいそうだが頭が正常人の世界、「他者の世界」にどっぷりなのだよ。
わたしの論ですまんがサントームの具体例は自閉症のエコラリアだと思っている。
メルさん単独だとつまらなくなってきたな。
メルさんが「窮屈ではない」世界とは、正常人と同じ「他者の世界」なのではないかね。
しかしその世界の外からエスの臭いは漂うもので、それにあわわとなっているのが神経症だが、メルさんは足はつっこんでいるが体全体がこっちきてないので、こういう話になるのかなと。
結局「正常人の世界できゃっきゃうふふしたいけど足が躁鬱病という化物に取られてる」って感じかね。
足を抜くか頭を抜くか。
それは君の病だ。一生持ち続けるもよい。薬で治そうとしてもよい。将来には脳外科手術で治せたりするかもしれないな。
はい次の方。
いや別に「吐き出し」ててもいいけど。
マスターもいいよつってるのでどうぞ。
なんつーかおいらその辺の興味が中途半端だから
「知ってる」「わかってる」気分になっちゃうのがうつ病なのかねぇ
わかってるのにできないから鬱 だと思ってたけど
わかってる気分なのにできない、
そして周囲(他者)に分かってないと思われると思ってしまうから鬱
なのかねぇ
> その辺の興味が中途半端だから
なんか続けようとして抜けた
中途半端だからなんだったろうか・・・(-_-;)
> 自分が普通だったら答えて会話しているよなーって基準からも逸脱してる。
この「普通」「基準」も気になったんだがいまいち言語化できてない
私の場合は、自分を目的化すんのがうつ傾向なんかなと思いはじめている。
分かってる気分の自分と、分かってないと思われると思う自分、どっちも最後は自分になってる。
分かりたいこと(他者やら目的やら)が自分とこんがらがってる。
何やってても私がやらなきゃ誰がやるんだよーっていつも自分に言ってる状態はしんどかろう。ズレて回りだすと見えなくなるってかそもそも見えずらい自分が見えるわって感じになるんじゃないのかなあ。ちょい一線引くとか、目を奥のほう引っ込めるとかいうレベルの問題でもあるんかなと。
> 分かってる気分の自分と、分かってないと思われると思う自分、どっちも最後は自分になってる。
そうそう、すげー独り言なのに唐突にこっちを巻き込む(というか決めつけてるというか)
だから結局それどういう意味?分かってないのね、知らないのね、て突っ込みに終始してしまう。でも当人の気分は分かっているので、それが伝わらないのは病気のせいだという。
あーそー って感じ。
>分かってる気分の自分と、分かってないと思われると思う自分、どっちも最後は自分になってる。
誰から「分かってないと思われると思う」のだろうか。
「他者」すげー。
そうか。唐突。すまんかった。
他者すげーです。そうでなかったら苦しんではいない。
私も結構人を気にするほうなんだがそういうんじゃないんだよな、「他者」
「分かってないと思われると思う」の「分かってない」の主体は「想定的知の主体」であろうな。
それに「分かってない」と言われるんじゃないかとぶっかけさんは思っていると。
参考。
http://psychanalyse.hatenablog.com/entries/2010/05/14
すまん。もう参加したくない。疲れた。
すまんなんておっしゃらずご自由に入退室あそばせ。
日記。今日は労働の面接だ。労働に飢えている。飢えは大事だ。……お言葉に甘えて?甘え!言葉に甘えを欲していた?なんということだ。私としたことが。志望動機?私は働くことができると思いました。私は働くことができると思いました。飢えと飛躍と顔。そうだよ。顔だよ。顔が疲れている。鏡よ鏡よ疲れていますか?鏡は鏡だ鏡ならそこだ。どこだよ。どこに鏡があるんだよ。嘘つき。
elveさんもぶっかける気にならん独り言か。
それはそれですごいんだろうな。