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会社やめるときのあいさつの内容を考えて
状況をシミュレートしていた
もう駄目だろw
アラフィフバツイチ子なし独身女の日記
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会社やめるときのあいさつの内容を考えて
状況をシミュレートしていた
もう駄目だろw
反応があると喜ぶ(私が)
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最初の一歩。ぽちっとな。
「見世物小屋」 だなwww
まあ社会的立場が自我になっている男の子にありがちな性格の人で(それこそ「役割同一性が過剰なメランコリー者」)、お前の性格をある程度わかっていたら、お前がやめるのに「自我の解離」みたいな印象を持つかもしれないわな。
自我が解離することは鏡像的他者の解離にもなる、自我とはもともと「鏡に映った私という他者」なのだから。
とすると、「自我の解離」という印象から「鏡像関係の乖離」を連想しうるだろう。
とすると、それはそのメランコリー者からすれば、「欲望関係からの脱落・脱却」、「かけっこから降りること」だ、となる。
まあ「見世物」になるのはありえなくないな。
お前自身がsimpleや『山月記』のごとき抑鬱症者が好きなら、欲望関係のシステム上、そういう男が周りに多くいることになるだろうしなあ。
まあでも実際の社会では、特に抑鬱症者は欲望を抑圧してるもんだから、「ふうん、やめるんだ」ぐらいだと思うがな。
お前への欲望にあとで気づく奴もいるかもしれないが。欲望を抑圧してるだけだったら。
しかし未去勢的人間なら、「おもちゃが一つなくなった」ぐらいだろうな。
新しいおもちゃがくればそっちに夢中になろう。
つかなんで海外留学、会社をやめるって話になってるんだっけ。
会社は以前からやめたいんだっけか。
でも「私は這いあがる!」とか言ってなかったっけ。
「ローカルルールが違うかけっこで這いあがる」=「海外留学のかけっこで這いあがる」って意味だったんけ?
「かけっこから降りない」んなら会社にいても留学してもあんま変わらないと思うがなあ。
「降りる」っつか「落ちちゃう」んだがな。
ほんと「わかってるんです、わかってるんですけど、できないんです」だよ。
留学で「落ちちゃう」場合もあるだろうけどな。
そういう「異文化に住むことで落ちちゃう」病気は結構ある。旦那の海外赴任についてった妻とかな。旦那は会社という「異文化の中でもそれまで自分が持っていたルール」を維持しうる場所があるが、妻にはないから、みたいなことか。
で、こういうときに「ファクティッシュ」って概念になるわけだろうけど、「異文化在住を原因とする落ちちゃう精神疾患」には有効な気がするわ。
>旦那は会社という「異文化の中でもそれまで自分が持っていたルール」を維持しうる場所があるが、
妻も子供や家庭という「異文化の中でもそれまで自分が持っていたルール」を維持しうる場所を持ちえるがな。
結局ファクティッシュってファルスの意味作用の一部だと思うがな。ファルスに近い意味ではあるが。
>で、こういうときに「ファクティッシュ」って概念になるわけだろうけど、「異文化在住を原因とする落ちちゃう精神疾患」には有効な気がするわ。
実験的にわかりやすく言い直してみよう。
「ファクティッシュ」ってのは、「全体性を把握することでゲットする確信感」だ。いわば民俗的な「迷信」もこれ。神話なんてぶっちゃけ全部そうだろ、「神様があれこれして昼と夜ができた」って風に「迷信」としての「全体性」を説明している。
もちろんその文化に属している人々がみんな本当に「神様があれこれして昼と夜ができた」と信じているというわけでもなかろう。問題は、「神様があれこれして昼と夜ができた」こと自体は別に信じているというほどでもないかもしれないが、それに従うことでえる「確信感」そのものだ。
この「確信感」が、旦那の海外赴任についてった妻が陥る精神疾患(的精神状態)に対する心理療法となりうる、と。つまり「癒し」になる、と。
まあぶっちゃけ、心理療法的な考え方においては、「その話を信じる信じないじゃなくて、信じることによってえられる「確信感」が大事」、という話だ。別にそこでなされる話は嘘でも、「迷信」でもいい、と。問題はそれが事実か否かということじゃなくて、それによってえられる「確信感」という心理作用だからだ、と。
お前は今お前がしている「かけっこ」について疑念を持っている、と。だから「会社をやめたい」と。
で、ここで海外留学すれば、「フィリピンの(お前にとって)新しい話」「神話」「嘘」「迷信」は、お前に「確信感」という心理作用をもたらすかもしれない。
だが、「確信したがる」ってのは、それによって心を平安をえているなら快楽原則だが、疑念を持つことは、欲望を根拠にしている場合もあるが欲望の希薄な死の欲動を根拠にしている。
いわば、どちらも本能的なものだ、ということ。快楽原則は欲動ではないが。理屈上。
だから、まあ別にあんま変わらないだろうなあ、と。
それこそ「心理療法で病気が治った人を見たことがない」って話だよ。これについて現役メンヘラであるわたしが力強く同意しよう。
つまり、お前の「正常という精神疾患」を再発させるための刺激としての海外留学、ってことになるだろうが、刺激は刺激で本人の意図通りの結果を心にもたらすわけじゃない、ってことが。
まあ「海外留学しようが本質は変わらない」ってのはelveさん自身が自覚してそうだけどさ。
>別にそこでなされる話は嘘でも、「迷信」でもいい、と。問題はそれが事実か否かということじゃなくて、それによってえられる「確信感」という心理作用だからだ、と。
「落ちちゃった妻」に対してこう言って丸め込むようなことだな。
「その現地の「迷信」は「嘘」かもしれないが、問題は、それが「嘘か本当か」じゃなくて、あなたがそれを信じることによって、あ、信じるふりでもいいですよ? それでえられる心の平安の方が、少なくとも大事じゃないでしょうか」
みたいな感じかな。
そう言われるとその妻もなんか心が軽くなりそうな気がしね?
あんましねえなあ(失笑)。
まあ心理療法なんてこの程度のものである。
「ナラティブセラピー」とかと同じ詐欺手法だな。
「神話、迷信は、それが事実か否かということは問題ではない。それによって人々の心に与える影響が大事なのだ」
構造主義者の言い分ですな。
そういった「心への影響」があるのを認めたがらないんだよ、正常というキチガイたちは。
そういった「心への影響」があるから正常なんだ。
ぶっちゃけその「神話、迷信」は科学であってもいい。ちゃんとした科学者はみんな言うだろ、「現代の科学でもいまだわかってないことが多い」と。だとすればそれも「迷信」と同じだとは言える。
大野さんちで自称現役心理カウンセラーがわたしのコメントに対し「参考にはなるが、こういうことを公に言うのはいかがなものか」みたいに言ってきたとき、わたしこう返したんだよな。
「心理カウンセラーは奇術師のようなものだ。だとすればわたしはそのトリックを種明かしして稼ぐマスクマジシャンみたいなものだ」
と。
お前が、今のお前が参加しているかけっこに対して疑念を持っているのは、以前かららしいが、「ゲームだってことに今さら気づいた」って言っていただろ、それ。「疑念」は言いすぎかもしれないがな。「確信できない」と言い換えてもいい。
で、「フィリピンのかけっこならどうなるんだろう」みたいな話なんじゃないのか?
でも、フィリピンだろうが今の日本の環境だろうが、
「それは「ゲーム」、つまり「迷信」「嘘」かもしれないが、問題は、それが「嘘か本当か」じゃなくて、あなたがそれを信じることによって、あ、信じるふりでもいいですよ? それでえられる心の平安の方が、大事じゃないでしょうか。少なくとも今は」
って文章で丸め込められるだろ、理屈的に。
お前以前ちらっと「宗教には憧れてるところがある」とか言ってたが、「マイルドな宗教のようなもの」として、今のお前にとってのフィリピン文化は、あるんじゃないのけ?
「信じる者は救われる」は、正常という精神疾患の症状説明として、正しいんだよ。
「信じること」「確信感」で心の平安をえられるのが正常という精神疾患なんだから。
まさに「気の持ちよう」だな。
戻っちゃったな、話が。
その文化における「迷信」「神話」を「嘘だ」として論破するのはたやすい。
わたしが問題だとしている点は、心理カウンセラーたちと同じだ。
ただそれをそのまま話している。その大野さんちみたいに「種明かしを恐れるマジシャンたち」のようなことは言わない。
そのまま話す=種明かし、だろ。
>その大野さんちみたいに
大野さんちのカウンセラーみたいに、ね。
問題は、「確信感によってえる心の平安」だが、わたしはさらに「その心の平安が希薄化することに対する正常人たちの過剰反応が問題だ」としている。
それこそフロイトが論じた「嫉妬妄想の男」だろ。
=====
関係妄想の意味するところは、彼らがすべての見知らぬ人から、なにか愛情のごときものを期待していることである。
=====
「愛情」も「心の平安を作用させる原因」だと考えれば、「嫉妬妄想の男」とつながる。つまりファクティッシュは「あなたも嫉妬妄想・関係妄想のパラノイアになりなさい」という概念なわけだ。
「あなたもパラノイアになりなさい」
これすべての心理療法に通底する問題だけどな。新宮一成も著書で「では精神分析はパラノイアをつくるのか」と自問自答している。
> つかなんで海外留学、会社をやめるって話になってるんだっけ。
お、思いつきです(;´Д`)
なんでそういう風に思いついたん。
えっと、苦手なものにぶつかり稽古する性質で
今まで男だの女だの家族(主に母)だのにぶつかってみたのだが
稽古にすらならない。挫折感が増える一方だわ
というわけで別のコンプレックス「学歴」「英語」方面に
アタックチャーンス的な流れなのかなぁ、と。
「別のかけっこ」ってことか。
>挫折感が増える一方だわ
ってところが
>今のお前が参加しているかけっこに対して疑念を持っているのは、以前かららしいが、「ゲームだってことに今さら気づいた」って言っていただろ、それ。「疑念」は言いすぎかもしれないがな。「確信できない」と言い換えてもいい。
ってところになるんかな。
>苦手なものにぶつかり稽古する性質で
「なぜそうなの?」の「答え」が「ビリでも参加するのが尊い」になんのか、お前のバヤイ。
「苦手なものにぶつかってしまう」ってだけなら快楽原則のほころびたる死の欲動とも言えるが、「ビリでも参加するのが尊い」なら、(精神分析的な意味での)父への欲望になるなあ。
ぶっちゃけ、父(お前の個人的ケースなら、その具体はお前の脳内母になるだろうけど)に愛されたいからビリになる、という。
「子供がぶたれる」幻想だな。
http://d.hatena.ne.jp/lacanian/20070522
「稽古」って言葉に着目して、「稽古にすらならない」から「学歴」「英語」という「技術」を身につけよう、というのは、また違った規制がありそうだけどな。
まあ「男だの女だの家族(主に母)だのにぶつかってみたのだが」よか欲望が父への欲望あるいは死の欲動方向に傾いたとは言えよう。
ぶっちゃけ宗教にあたってみれば、とは思うが。そんな微妙な「自分への嘘」つかずに。
いや宗教じゃなくてもいいが。
どうもこう、「自分への嘘」な気がするな。
まあ「父性隠喩」自体がいわば「自分への嘘」、自己暗示だからなあ。
本当にそれらが「別」だったら、まあそういうもんか、って思うがな。新しいお前のついての情報になる。わたしにとって。
お前の「学歴」「英語」へのコンプレックスは、「家族」へのコンプレックスの代用品なんじゃねえの、って思うけど。
ぶっちゃけフィリピンの英語と学校教育の英語は別物だぞ。ネイティブの英語もまた別物。
お前のコンプレックスの「英語」って、「ネイティブの英語」あるいは「フィリピンの英語」なの?
「学校教育での英語」がコンプレックスじゃねえの?
とすれば、学校へのコンプレックスは大体の場合家族へのコンプレックスの代用品なわけで(それこそ先生を「お母さん」「お父さん」って間違えて呼んじゃうとかそういうの)、じゃあやっぱ家族へのコンプレックスの代用品じゃねえの、ってなる。
まあ代用品のおかげでコンプレックスを抑圧することはできると思うが。
てか大体の人間の行動原理とすら言える気がする。代用品を目標にすることで、本当の目的のコンプレックスを抑圧する、と。
>「学校教育での英語」がコンプレックスじゃねえの?
「学歴」と「英語」が並列しているのがその証拠じゃね、と。
この「学歴」と「英語」のあいだにある連想作用が。
まあでも「隠喩で抑圧」してるってことだから、まさしく「父性隠喩の介入」であり、児童心理学の人格発達方向を正とするなら、プラス方向への心理変化だとは言えようなあ。
自分でもよく分からないんだよねぇ
英語は昔からなんか苦手で、そもそもコミュニケーション苦手だから
分かってたはずの失恋にいつまでもダメージ食らったりしてるわけで
リンガフォンの体験レッスンとか行ってみたけど
日本人相手なら日本語で意思疎通できるから英語じゃなくていいじゃんって
バカらしくなっちゃってなぁ。
一応エンジニアであれこれ中国系の人入ってくることも増えてきたし
ちょっと臆せずに話せるようになれば今後の派遣生活にもプラスだと思うのよねー35からは仕事減るって噂だし、ちょっとスキルをつけたい感じ。
とまれ、セックスしたいと要求してそれが通っているのに
相手を呪ってしまうような馬鹿な状態および
それを後悔し続けるような毒沼にはまってるのはちょっと限界かなーっと。
(脳内)田舎で女が結婚しないで許されるのって東京か外国にいるって状態で
東響にはもういたくないってだけなんだけどね
なぜ響くwww
元夫なんかは日本ご勉強し直せっていうけどねwww
東響(あずま ひびき)
ってBLの登場人物でいそう。
両親大賛成なんだが、親父が今日電話で
「お前は4大に行かせてやれなかったからちょっとなら資金援助するぞ」
みたいなことを言っていた。そうやって私の中の
コンプレックスを増大させないでーwww
お兄ちゃんは英語得意だったのにまともに就職しなかった
弟は専門学校の研修でオーストラリアにホームステイしてた
私は韓国にお母さん連れて行ったのにケンカして泣かせた
みたいなな
>とまれ、セックスしたいと要求してそれが通っているのに
>相手を呪ってしまうような馬鹿な状態
こういう「辞書的な意味」以外のコミュニケーションはどこの言語文化でも健在だと思うが。
平たく言えば、英語圏の人間でも同じような悩みを持ってる人だっているだろうよ、ってこと。
母を京都に連れて行ったときもケンカした気がする
あのとき惚れてた男が好きだった三十三間堂、みれなかったんだよなぁ
>私は韓国にお母さん連れて行ったのにケンカして泣かせた
あっはっは。
あたしも大江戸温泉の飲み屋で母親と大喧嘩したわwww
ミソジでwww
>あのとき惚れてた男が好きだった三十三間堂、みれなかったんだよなぁ
こういう発想がよくわからん。
その男が見れればいいんじゃねえのって。
> 平たく言えば、英語圏の人間でも同じような悩みを持ってる人だっているだろうよ、ってこと。
でも、お互い文化も言葉も違ったからねって言い訳があれば
痛いの痛いの飛んでけになるじゃない
> その男が見れればいいんじゃねえのって。
その男と見たかったんだがな
その男は前の彼女と北海道旅行とかでなぁ
>でも、お互い文化も言葉も違ったからねって言い訳があれば
>痛いの痛いの飛んでけになるじゃない
辞書的な意味じゃないところの意味の疎通が日本人でもうまくいかなかったから「日本語勉強し直せ」って言われたんじゃねえの。
>その男は前の彼女と北海道旅行とかでなぁ
北海道ってところがまた皮肉だな。
セックスしたいと言って、セックスだけしようとする男なんて
こっちから願い下げよーーーーっと叫び続けてホトトギス
愛と性についてまじめに考えてるつもりなのに
ずれ続けていく
こういうのはもう、最初の方向性間違えてると思って諦めるしかない
続ければ続けるほどずれが大きくなる
だから他の方向に持って行けばとりあえずここのずれはこれ以上大きくならないはず
>でも、お互い文化も言葉も違ったからねって言い訳があれば
>痛いの痛いの飛んでけになるじゃない
でもあれだな、精神科医のkyupinさんとかブログで「アスペ傾向のある人は国際結婚するケースが多い」とか言ってるしな。
ADHDもアスペもコミュニケーション不全の障害だが、その障害が異文化相手だと気にならなくなるってのはあるのかもな。
でもそれは最初だけだと思うぞ。ADHDじゃないけどお前のバヤイ。
異文化で生活したとしても家族で生活したころの心的外傷が消えるわけではない。
痛いの
痛いの
アイキャンフラーイ!!!!(゜Д゜ )
飛ばぬなら
その首飛ばすぞ
ホトトギス
>愛と性についてまじめに考えてるつもりなのに
>ずれ続けていく
男はそんなもん真面目に考えたくないだろうからな。
それこそ前の記事の「セーラー服に欲情するわけっしょ」とかって話を。
> 北海道ってところがまた皮肉だな。
焼き餅焼きようにも冷静に思えば私が彼女な訳でもなくて
ただのセフレだったしなぁ。
嫌がらせに電話したり泣きながら体育座りしたり面倒だったわ
>こういうのはもう、最初の方向性間違えてると思って諦めるしかない
>続ければ続けるほどずれが大きくなる
>だから他の方向に持って行けばとりあえずここのずれはこれ以上大きくならないはず
に対する返事じゃなかったが、これに対し
>でもそれは最初だけだと思うぞ。ADHDじゃないけどお前のバヤイ。
>異文化で生活したとしても家族で生活したころの心的外傷が消えるわけではない。
って文章があったとしたら、残酷な物言いだなと自分で思うわ。
もうさー家でて14年たってるんだから私は私を許しちゃうよー
という自己満足はだいぶできてるwww
許しという代償を求めるのがすべての根っこにあるわけだが
産まれてきてごめんなさい
だったからしかたない
>焼き餅焼きようにも冷静に思えば私が彼女な訳でもなくて
>ただのセフレだったしなぁ。
便利な日本語教えてあげよう。
「横恋慕」
>嫌がらせに電話したり
まさにみゆきの『横恋慕』。
http://www.youtube.com/watch?v=GEL0XLYEI7c
レーザービームっ
>もうさー家でて14年たってるんだから私は私を許しちゃうよー
じゃあ「苦労させてる」脳内母からも解放されなよ。
うん、横恋慕しかできない人生なんだなぁ、これが
独り相撲で横恋慕ってほんと(;´ρ`)チカレタヨ・・・
独り相撲横綱!! 的なwww
> じゃあ「苦労させてる」脳内母からも解放されなよ。
こいつなー。まだよくわからんw
やるかやられるかならやられっぱなしだ
アスペは「辞書的な意味でしか言語を理解できない」から、異なる言語同士だとむしろそういったコミュニケーション方法の方がいいんだろうな。
いわばアスペは「一人異文化」なわけだが、だからこそ異文化に慣れているとも言える。
最初だけはやたらうまくいく感じなのがまたなぁ
まぁ、とにかく疲れたよ
>独り相撲で横恋慕ってほんと(;´ρ`)チカレタヨ・・・
疲れるも何もそれが普通だと思えばいいんじゃね。
「許されたことがいまだかつてない」なら許しがどういうものかもわかってないはずだが、やっぱそれでも「許しという代償」を求めるのは、お前はかつて一度許されたことがあって、その頃の自分を取り戻したがってるんじゃねえの。
貯金があるから生活保護も受けれないし
→貯金使っちゃおう
→海外go!wwww
>最初だけはやたらうまくいく感じなのがまたなぁ
「許しという代償」を求める限りどんなアプローチでも「最初だけ」になるだろうな。
「許しという代償」を求めないのが根本的解決法だと思うが、まあそんな簡単じゃなかろうがな。
> お前はかつて一度許されたことがあって、その頃の自分を取り戻したがってるんじゃねえの。
というか、自分が「許されてない」って気づいてなかった頃に戻りたいんだと思う。
> まあそんな簡単じゃなかろうがな。
ねー。
>貯金があるから生活保護も受けれないし
>→貯金使っちゃおう
>→海外go!wwww
これならまあ享楽的と言えるかもしれん。
親に孫を見せれてない私
兄に優しくできない私
そういう私でも良いと思っているのに割り切れない
割り切る前にそれを分析できてないだろ。
それを科学的に見れていない。
「石ころを半分に割って、また半分に割って……」ってしていけば、分子や電子などという「石とはまったく別の物」が見えてくるかもしれん。
「頭の中の小人、その小人の頭の中の小人……」だよ。
たぶん現実の母が私を許してないことなんか一つもなかったんだろうな
ちょっとちょっとの出来事を反芻するうちに
相手が伝えるつもりもないメッセージを勝手に受け取ってしまって
脳内母が育ってしまった。こいつを殺すのは元夫では無理だった
自分でもたぶん無理なんだろうな
「割る」んだから「割り切る」か。失礼。お前の言葉でよかった。
「脳内元夫」を殺せてなぜ「母」は殺せないのか。
「母殺し」は「父殺し」より簡単ではない。
それは延々と続く泥沼だ。
親が見栄っ張りだからな、いい顔させてやりてーなって思う部分もある
親は私で自己承認できたんだろうか。
脳内元夫のぶっかけてくるものには便利でネガティブな「名前」があった
「モラハラ」「パワハラ」
それを消すのは自分にとっても「正しい」コト
母のそれは「愛情」という名前がついている
それを消すのは「悪い」コト
だから半端に消すアクションをとると罪悪感がつきまとう
じゃぁ全部を一気に消すアクションを取れるか
それは正常人には無理だろ?
搦め手が見えない
母はいつも苦労して被害者で
最悪の加害者だった
そうなりたくないのにもうべったりだ
>親は私で自己承認できたんだろうか。
うちの親はなんか地元のコミュニティ雑誌かなんかで「女手一つで娘を東大に入れた母親」みたいなインタビュー受けてたから自己承認できたと思うな。
カメラマンがうまかったんだろうがうちでは見たこともないような笑顔してたし。
でも私、人間は好きなんだ
好きでいたいんだ
おまじないwww
> うちでは見たこともないような笑顔
母が飲み屋友達と話してるときくらいしか見たことねーわwww
大嫌いだよ
「好きであること」って「相手のいやなところに目をつぶること」かね。
水商売に母親をとられた恨み、みたいのがあるのかねぇ
>大嫌いだよ
今思い出しても鳥肌が立つ。
> 「好きであること」って「相手のいやなところに目をつぶること」かね。
どうなんだろう。
イヤなところなんかに気づいちゃいけなかった
なんでそんなに見てしまったのだろう
こんな目いらない→眼鏡を直すのがおっくうです
とかねぇ
母を大嫌いな自分を許していないのか
まぁでも、嫌いだから仕方ないよなぁwww
言うと凹まれるから言わないけど(伝えるというのは
改善を相手に求めてると言うことなんだろうか
改善ってのは私にとって良いお母さんになって、という要求で
それはもう通らないし今更通っても私はもう母を必要とする年ではない
「手のつけられない子」みたいに話してたんだよな、そのインタビューで。それはわたしもいろいろわがまま言った覚えあるからそうだと思うが、別の話で直に聞くと「手がかからない子だった」とか言うんだよな。
わけわからん。
だからあんたはそのままで良いけど私は嫌いだよ、となる
よって実家には2泊以上できないwww
>改善を相手に求めてると言うことなんだろうか
赤ん坊が泣くのは改善を求めてるのかね。
「手のつけられない子」で「手がかからない子だった」なら「手がかけられない子」だったのかもね。
「母」にとってはさびしいことだろうさ
つかそれはお前の「脳内母」だって書いてるじゃん。
またうまいこと言われたな。
そろそろ寝る。お休みノシ
私はもう母を必要としていないと言いつつ
脳内母殺せないのだから困ったモンだわ
「母」の私の「可愛がりたい」ように「可愛がりたい」って怖いよな
変な日本語になった。寝る
母親が精神疾患になるまで論詰してみたい。
>じゃぁ全部を一気に消すアクションを取れるか
消すというより、それが木の根っこみたいに自分の体内に侵入してきてる触手のようなもので。
触手は細分化している。シャムの双生児みたいなもん。別の生物の血管が自分の血管と絡みあっている。
そいつを殺すことは自分も殺すことになる。
それだけのこと。
母に限らない他者がな。
クサヴァまだ何かやってんのか。
ああ、うちんブログをけなしてたねーちゃんか。
うちブログけなしちゃって大丈夫かね。精神分析の知識がないってことを表明しちゃったようなもんだけど。
自分の家、部屋があるのに、自分ちだと思えない。
これって、「手がかけられない子」を原因としてる気がするな。
親という鏡。鏡に映る内臓のない皮膚だけの自分。「この自分は僕のもんだ」と鏡と取りあう。これが「欲望のシーソー」。
それは養育者の「脳内子供」。親が夢想する「理想の子供」。
しかし、鏡は鏡だ。そういう物質だ。鏡の表面についているゴミはどうなる。
「鏡に映る自分」を認識するようになるのは、なぜだ?
その前にも鏡像段階があるのか。まさに「小人の中の小人の中の……」だな。
「寸断された身体」が「統合された身体」になるのは、本当に鏡像段階なのか。
あとブログタイトル下のその文章さー。
いやあたしはあれだよ、実際にストーカーあったときは、まあ第三者に相談したことはあるけど、ストーカー本人と二人っきりで話した。
これって今のストーカー対策としては間違ってるんだよね。ストーカーと話しあうときは第三者をいるようにしてもらいましょう、となっている。
まあもつれたよ。
でも一年ぐらいかな。耐えて、まあちょうど就職活動時期だったし、自然とやんだ。
でもさ、この「第三者」ってのも、今回のelveさんみたいな立場になりうるわけじゃん。ストーカーに敵とみなされる可能性がある。
そんなリスク犯してまで同席する人っているの? って思うのだよ。よっぽど自分に転移してる人じゃなきゃ。たとえば家族や友人とかじゃないと。
だとすればな、要するに「人海戦術」になるわけじゃん、多人数でストーカーをいじめよう、って。
まあ今回はelveさんはわたしにお願いされたわけじゃなくなりゆきで第三者になったわけだけども。
あんまなー、どうかと思うんだよな、この対処法は。
いやもちろん不法行為までエスカレートしていたらそうするしかないのかもしれないがさ。
>「SlutWalkが擁護しているのはsweet_flagさんの様な女性」→ ぎゃはははwww そうなのかwww オレの認識において旗子は"バカだから同姓を擁護しているつもりで真逆な言辞を弄して敵を利するバカ"だが、こいつにとっては違うらしいwww
クサヴァにとっては「女の主体性のなさ」を含意する文章は「利敵行為」になるのか。
わたしは明確に「主体性のなさ」を擁護しているが、まあわたしは「したくないセックスはしない」なんて「主体性ばりばり」な女たちには反吐が出るけどな。肥大したクリトリス。
「主体性のある女」も敵だからな、わたしにとっちゃ。正常という精神疾患者だ。死んでほしい八割に入る人間。
「主体性がまったくない人間など存在しない」=「(言語の意味構造における)女(というシニフィアンが示すシニフィエ)は存在しない」ということだな。
器質的に主体性の根拠となるファルスが希薄な個体は自閉症やらといるが。
クサヴァも「主体性のなさを意味している」っていいところに目をつけたんだから、そこを掘りさげるべきだろうよー。
まあああいう相手だと「男/女」なんて言語ゲームに還元されちゃうんだろうけどさ。
まあクサヴァも「フェミとは女性の主体性を確立する運動だ」と考えてるんだろうな。
わたしが「フェミは学問ではなく自己啓発セミナーだ」と言ってるのもそういう話だし。
主体性教っつか、まあいわば近代的自我主義傾向なわけだが、まだ根強いんだな、フェミは。
つか正直このツイッターのやり取りわたしには会話に見えない。
意味がわからん。
お互いがお互いの主観を披露しあってるだけの2ちゃんのアニメ板みたいなもんだと思えばしっくりくるか。
でもフェミにはいろいろあるんだよ。今はすたれたけどアナーキズムや個人主義と親近したフェミもあってなあ。
日本には皆無ではあるな、アナーキズム・個人主義と親近したフェミって。
https://twitter.com/#!/AntiSeptic/status/102646258233126912
ここかー。
「意図的に扇情的ななり(=「男の為のおしゃれ」)をした上で意図的に扇情的ななり(=「男の為のおしゃれ」)をした上で尚且つ「自分たちは男のものではない」と主張したのだ。」
これの「扇情的ななり」ってのをおそらく皮肉のように解釈しているのだろう。
で、旗子さんはそれを皮肉としてやってない、と。
「Aを皮肉していればAを否定していることになる」ってことか、彼女たちは「意図的に扇情的ななりをして」それを皮肉ることで「扇情的な格好を否定している」と。
これはどうかと思うがな。
まあ意識体系においてはそういう理屈になるだろうがさ。
「ジョークにこそ無意識は表れる」。そしてヒステリーは無意識がメビウスの輪のように意識化する。無意識が意識化するのだから、本来の意識である自我が解離する。
まあでもそいつらが肥大したクリトリスならクサヴァの解釈が正しいだろうなあ。
ヒステリーが社会運動に参加するのはよくある。そうすると、まるで「自我の解離」を穴埋めするように、その社会運動における役割「想像的な自我」に固執する、ってのはあるのかもな。
そうなるとヒステリーというよりBPDだな。
社会運動としてやっているなら肥大したクリトリスであろう。とすればヒステリー的に「扇情的ななり」をしている、ということにはならんか。
クサヴァの解釈の可能性が高いな。
匿名性が維持されたゲイのパレードみたいな奴なら、ヒステリーの語らいとしてやってる可能性はあると思うがな。
名前も出してるわけだし、主張が「セックスはしたいがレイプはいやだ」ってことだし。
やっぱ肥大したクリトリスだな。主体性がある女。
わたしはそいつらの敵だ。
で、わたしは旗子さんはヒステリーだと思っている。「自我の解離」のケがある人。ごめん適当だが。あんま観察もしてないし。
だとしたら、肥大したクリトリスとは違った思考・心理になるだろう。
で、「肥大したクリトリスが擁護しているのは旗子さんだ」とされているわけだが、もしそうならそう言っている旗子さんじゃない人は、「主体性が曖昧な」旗子さんと「主体性が確立した」その運動家になる、って言ってるんだから、いいんじゃねえの。
クサヴァが欲望している「主体性のある女性」にみんな向かってる。彼と議論している女たちは。
うまいなークサヴァ。
あれだ、ネトゲ板の「TERAやるなら高スペPCでやらないと無意味だろ。低スペお断り」とか言って『TERA』というゲームの欲望を煽るやり方だな。
かけっこの上位と下位を具体化させ、「お前たちは下位だ」とすることで、上位になりたがらせる。あれだ、幸福の科学も似たようなことやってたな。試験制度みたいなんで。
かけっこしたがり屋たちがごっそり釣れる論法なんだろうな。
あ、だからelveさんが釣れたのか。
クサヴァは、旗子とその「意図的に扇情的ななりをした」女性運動家は違う、と言っているわけだよな。
それはわたしも同意するわ。
で、その二人なら、わたしは女性運動家の敵になる。
旗子さんを擁護するわけじゃなくな。わたしに擁護されたら足を引っ張られることになるからな、今のelveさんみたいに。つかそれ以前によく知らないし。
クサヴァの論法に見事に釣られてるってことに気づいた方がいいな、「中途半端なクリトリス」ちゃんたちは。
見方によっちゃ、その「セックスはしたいがレイプはいや!」っていう女性運動家の取りあいをしているわけだろ、「彼女は俺の味方だ」「いや彼女は私たちの味方だ」って具合に。
「主体性のある女性」を、肥大したクリトリスを取りあいしている。
もうこの時点でクサヴァの思う壺だわ。
>匿名性が維持されたゲイのパレードみたいな奴なら、
ドラァグクイーンとかは男によるヒステリーのシンボル化だと思うがな。
>もうこの時点でクサヴァの思う壺だわ。
男の思う壺、に言い直しておく。
そろそろ常温だな、酒は。
日本酒頭痛くなるからやなんだよな。
「女」という単語の意味連鎖において、「主体性のなさ」ってのがある。たとえば主体性のない男を「女々しい奴だな」と言うように。
まあそういった意味で「言語のように構造化された無意識」すなわち「超自我」自体が男性原理主義ではあるのよ。ここでの「構造」の文脈としてある構造主義の「構造」だって男性原理だろ、「女の交換」とか。
「女」というシニフィアンに登録された主体にも、生物学的男女関係なく去勢済みならば、近代的自我のごとき「コギトのような確実性の基盤となる主体」がある。
この葛藤が、ほとんどの女性にある。逆に言えば、「女」という単語の意味連鎖が、「女」をファロセントリストにすることを抑制している。
だけどそれは超自我で、ファルスはある。
男性と等しく超自我が自我を抑圧しているわけだが、その抑圧の形が男性の場合「構造化された網」のようなものであるのに対し、女性は「女」という単語一点にある。
「女」というシニフィアンに登録された主体とってファルスは空虚ではない。
空虚ではないからこそ、「言語のように構造化された無意識」によって、女は子供を産むようにさせられるわけだが。本能とは違うレベルで、超自我により「子供を産まされる」。
で、何言おうとしたんだっけ。
あーわかった。
「女」というシニフィアンに意味連鎖する(「女」という単語が隠喩する)「主体性のなさ」が、彼女らのファルスを抑圧してるわけで、まあこれは男女も構造はあまり違わない、と。男は「超自我の軸」を「原父」みたいな表現しないと表現できない、ひっじょーに抽象的なことであるのに対し、女のそれは形がある。
まあこの辺分析主体で自分の無意識を探って乗り越えた女性もいるがな。二階堂奥歯とか。「女」という単語は中ボスにすぎない。ラスボスはファルスだ。
で、こうやって見てきても、「では主体性のなさとはどういうことか」という考えがまったく見当たらないのだよな。フェミニズムにすらない。いいとこいってる論文はあるが。スピヴァクとか。
クリステヴァは「自分はフェミニストではない」と言っているが、この「主体性のなさ」をクライン論風に、またヘーゲルの否定とつなげて見事に論じた。それが『恐怖の権力』。つまり「確実性」を根拠にしたファロセントリックな権力ではない、「曖昧さ」「未分化さ」を根拠にした権力があり、人はそれを恐怖している、と。
人(去勢済み主体)は「主体性のなさ」を恐怖しているのだ、という論。
こういうところをほんっとーに日本人は論じないな。
まあ和風に言うなら「ケガレとはなんぞや」って思考だし。
わたしの管見では東ゆみこの『クソマルの神話学』ぐらいだな。
でこのおばちゃんかわいーんだ。『地獄少女』のファンだとさwww
大野さんももっと肩肘張らずかわいいおばちゃんでいればいいのに。「スイーツ(キリッ)」していいんじゃよ?
お前ら去勢済み主体はどうあがいても「いやよいやよも好きのうち」なんだから。
ファンタジーを切り刻まない理屈なんていらん。むしろファンタジーに固定剤をぶっかけるような理屈には、わたしはねちねちと反論する。
>「女」というシニフィアンに登録された主体とってファルスは空虚ではない。
ごめんこれ間違い。
>「女」という単語は中ボスにすぎない。ラスボスはファルスだ。
と矛盾すっしな。
>「女」というシニフィアンに登録された主体とってS1は空虚ではない。
に言い直す。
逆に、女は「女」という中ボスのおかげで「原父」なんて陰謀論を構築せずに済んでる、ってことか。
とかいいながら東さんって意外と若いんだよな。
若い時分に腐れ文化にまみれなかった腐れ気質の人。
腐れは東ゆみこ読んでみて。腐れ文化なんか論じてないけど共感できる気がする。
ケガレを語れない日本フェミと関連させるなら、東ゆみこと石飛道子あたりでフェミニズム的なものについて対談させてみたらどうだろう。
そういや東さんも最近仏教になびいてるらしいし、ちょうどいいんじゃねえの。
劣化した現代の華厳思想は女が復興する、ってな。
=====
かえりみて、一千年余の間に、日本文学は顕教(明在系)であった。ありすぎた。顕教界で「もののあわれ」「わび・さび」を主流とするとき、たとえ本来そうではないにしろ、やはり虚無、諦念、厭世、無常観に片寄りすぎている。密教が無さすぎる。俳句界でもそれは数えるほどしか行われていない。華厳・密教界においてはじめて文芸は生命界へ転ずるように、私には思えてならない。不在・異空間、暗在系を詠み得てはじめて生命が誕生する…。
=====
「生命界へ転ずる」には、やはり女性が必要だろう。
>東ゆみこと石飛道子あたりでフェミニズム的なものについて対談させてみたらどうだろう。
自分で妄想してちょっとおもしろそうだと思った。
>まあこの辺分析主体で自分の無意識を探って乗り越えた女性もいるがな。二階堂奥歯とか。
「乗り越えた」っつうのはおかしいな。「女」という単語が他人事になった、と。自我の解離が悪化した、と。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-47.html
二階堂は、「女」というシニフィアンの意味連鎖について思考した挙句、こう述べた。
=====
私は、女のドラァグ・クイーンだ。
=====
これこそ、「女」という単語とそれにまつわる意味連鎖(隠喩)に対し、他人事になった証拠ではないか。
=====
ドラァグ・クイーンとは、表象的・社会的に女性的とされている記号を意識的に過剰に身につけた人間のことで、通常男性である。とにかく派手なドレスを着て、激しく化粧をして、女性性をパロディ化する。
=====
なわけだから。
「女」というシニフィアンではなく、それに意味連鎖する、それが隠喩する「主体性のなさ」について真面目に考えている女は、クサヴァがケンカしている女たちの中にはいないだろうな。
もっと「主体性のなさとはどういうことか」までつっこんでくれたらなあ。
まあそれはクサヴァの自我がクサヴァの欲望から一歩離れることになるから、できないんだろうな。それは自分の欲望が眼前化することだから。
日本女性はほんと「おしとやか」だと思うよ。無意識レベルで。クサヴァにぎゃーぎゃー反論してる女たちもすごい「おしとやか」。
「ケガレ」について語らないんだから。
ケガレに片足つっこんだヒステリーを、ケガレという津波に飲み込まれそうな前精神病やケガレという津波に飲み込まれた精神病的なな精神状態に「退行」させることによって、別の神経症に移す、ってことか。
=====
これはまた、分析主体を「汝、何を望むか[Che vuoi?]」という問いへと連れ戻す点である。ラカンはドラの症例を題材に、ヒステリー者では症状を形成する同一化のほかに、その症状を見る位置にある他者への象徴的同一化I(A)があることを指摘している。*6このようなヒステリーの分析主体を、象徴的同一化がおこる「汝、何を望むか[Che vuoi?]」の点へ連れ戻すことによって、自分の症状行為がいったい誰のためになされていたのかを分析主体に認識させ、そこから引き離すことができる。
=====
「「汝、何を望むか[Che vuoi?]」の点へ【連れ戻すこと】によって」。
なぜ「連れ戻す」なのか。
児童心理学的な人格発達方向を考慮すれば、それは「退行」になるからだ。
大野さんとか「ケガレという津波に飲み込まれそうな前精神病やケガレという津波に飲み込まれた精神病的な精神状態に」くるとは最初のときに思ってなかったんだよな。
なんか話してるうちに「お、これはいけるかも。「自由連想法」ではなく、「本当の精神的自由」たる「精神病の主観世界」に、顔をぶちこむことができるかも、とは思ったんだよな。
でもそうではなかった、と。
期待させないでおくれよ。最初から期待してなかったんだから。
クサヴァの
>あれだ、ネトゲ板の「TERAやるなら高スペPCでやらないと無意味だろ。低スペお断り」とか言って『TERA』というゲームの欲望を煽るやり方だな。
>かけっこの上位と下位を具体化させ、「お前たちは下位だ」とすることで、上位になりたがらせる。あれだ、幸福の科学も似たようなことやってたな。試験制度みたいなんで。
というやり方、つまり相手を主体化に導く、つまり児童心理学における人格発達方向では正の方向に導くことに対して、精神分析は反論せねばならない。
「お前は、何を望んでいるんだ?」
2ちゃんコピペの「一体誰と戦っているんだ」と同じ意味作用がある気がする。
つかelveさんてUOやってたのか。
わたしよりネトゲ歴長いんだな。
とまあややこしいこと言ってるが、女はほんと複雑なんだよ。フロイトやラカンですらお手上げだ。
男は単純でいいな。
=====
児童文学を読んでいたころ、そこに出てくるのは女の子だった。大人の本を読み始めた九歳頃、私は「少女」というものに出会った。
「少女」は女の子とははっきり言って関係がない。それはすぐにわかった。
それはとても抽象的な存在だ。女の子や人間よりは妖精に近い。ただ、女の子と同じ姿形をしているのでとても間違われやすい。
「少女」は素敵なものだ。それは純粋できれいで観念的だ。
でも当然気付く、「少女」はすぐに大人の男の人に利用されるのだ。
それは無垢で悪魔で天使でいたずらで非日常で無邪気で神秘的で繊細で元気で優しくて残酷で甘えん坊でわがままで弱くて強くて無口でおしゃべりで白痴で悩みがなくて憂いに沈んで無表情で明るくておてんばで物静かでこわがりでなにもこわくなくて何も知らなくて何でも受け入れてくれて潔癖で閉鎖的な性質を持っている。
=====
これ、elveさんの「ビリだけど参加するのが尊い」のさらに下にある「ビリが尊い」と同じことだと思うな。
=====
出版物や社会組織を成り立たせている言説に出てくる「女」はどうやら大抵女の子の成長後ではなくて「少女」の成長後のことらしい。文学に出てくるのも、哲学に出てくるのも。
=====
クサヴァと議論してる女たちはこの文章でなんか気づかないかね。気づかないのか。
男はみんなロリなんだよ。男に好かれたがる女はロリになりたがってるんだよ。「ビリ」になりたがる。
そのあとの
=====
私は「女」ごっこをする女になった。
「女」の仮装をする女になった。
=====
にこれないのがああいう女たちだと思うなあ。「中途半端なクリトリス」たち。
>そしてなにより、「少女」でなくても女の子はなんとか上手くやっていけるかもしれないが、大抵「女」じゃないと女は上手くやっていけないのだ。
これ今思うと真理だな。
わたしなんかは精神年齢低いと他人から言われるし自分でもそう思うが、「少女」ではなく女の子なんだよな。
メルヘン大野さんは「少女」。
理系のおかげで「女」を仮装する機会が少なかったのが幸運だったのか。
演劇もお笑い系だったしな。
>能力(仕事、学力、趣味、なんでも)が高い女がいても、「女」度が低いと減点される。
これは本当にそう思うわ。東大卒女が同意する。
二階堂は早稲田だっけか。
>私は「女」ではないのをはっきりと知っている。
>それが架空の存在であることをはっきり知っている(なにしろ女だから)。
それがわかってない女も多いというのがよくわかる。このクサヴァがしてる議論を見ると。
>女を素材にして「女」を作ってみました。
演劇でやってみたけどお笑いにしかなりませんでした。
あーくそ、二階堂なんて死んだんだよ。
あたしと殺しあえばよかったのに。
>それがわかってない女も多いというのがよくわかる。
そういう女をあたしは「肥大したクリトリス」「中途半端なクリトリス」と呼んでいる。
旗子さんあたり二階堂奥歯読んだらどう思うのか実験してみたい。
あれだな、クサヴァが「かけっこの上位」たる「主体性のある」女性運動家を具体化したから、それに対抗して、「主体性のなさ」について真面目に研究している具体例として、東ゆみこや石飛道子やら二階堂奥歯やらってのを挙げてみた、ってことか。
そしてこの三人は三人とも「通好み」でしかないという。
男ってほんと本当の意味での「異性愛」ができないんだな。
ラカンが「本当の異性愛にもっとも近いのは女性同性愛だ」としたのがよくわかるわ。
女は女にとっても異性だ。
elveさん二階堂奥歯についてどう思うかな。
本買わなくても日記のログはここに残ってる。
http://homepage2.nifty.com/waterways/oquba/
クサヴァも議論してる女たちもホモソーシャルな人たちだ。
日本の「ロリ」って意味も、今は大体二次元ロリを意味してるだろ。三次元は「惨事」なんて変換されている。もちろん三次元ロリもいるが。
これこそ男たちは女の子ではない「少女」を欲望しているということだ。
そして、どんなに男たちが否認しようが、むしろ二次元ロリコンこそが、男という性の実体なのだ。
だから『魔法少女まどか』を熱く語ってたクサヴァとか、むしろ「あーこいつ正直者なんだ」と思って好感持てたんだよな。
三次元の女の子とかむしろケガレだろ。日本神話ですら「女=うんこ」って語ってるわけだし。
二次元を愛しておけよ。
しかしその愛を「お前たちは二次元じゃない」と言ってリアルの女の子にぶつけるのはやめろ。
オナニーだけしてろ。
ああまあクサヴァがいじめてる「中途半端なクリトリス」たちは二次元の「女」になりたがってる子たちだからいいのか。
elveさんなんかクサヴァがいじめてる女子は嫌いだろうな。
ああ、クサヴァを利用してるわけか。
わたしは両方嫌いだから、どっちが勝っても負けてもウマウマだなー。
>日本神話ですら「女=うんこ」って語ってるわけだし。
正確には「処女=うんこ」らしい。
まあ確かにちんぽ挿れるための濡れたまんこじゃない経血垂れ流すだけのまんこは汚物だろ。男から言って。
なのに「処女=純潔」みたいな考えになってることが、倒錯なんだよ。
妄想のカウパー液。
しょんべん臭い腐臭のする処女のまんこを愛液に濡れたまんこに妄想すんなよ、倒錯者どもが。
ざっと読んだ
私はぎりぎりパソ通世代だからな!www
===
あんまなー、どうかと思うんだよな、この対処法は。
<https://elve.hatenadiary.jp/entry/20110903/1315065122#c1315169163>
===
だって私はラクさんの書き込みが凄く嫌なんだもん
実際あったら良い子っぽいけど。
なんか、なんも書いてないとまたさらっと何事もなかったのように
全くの悪意もなく書き込みしてきそう
困るのよ、そういうのwww
===
elveさん二階堂奥歯についてどう思うかな。
<https://elve.hatenadiary.jp/entry/20110903/1315065122#c1315180210>
===
まだ読んでないけど読んでみるよ。
このあなたの感想が聞きたいの的なメッセージはうれしくて参るよ
一度大野さんにやられて本買っちゃったwww
1ページ読んで
===
そしてとてもかわいいひと。
だいすきです。だいすきです。だいすきです。
<http://homepage2.nifty.com/waterways/oquba/>
===
でぞっとした。おまきんさんの気持ちがちょっと分かった(;´Д`)かも
===
elveさんなんかクサヴァがいじめてる女子は嫌いだろうな。
ああ、クサヴァを利用してるわけか。
<https://elve.hatenadiary.jp/entry/20110903/1315065122#c1315181339>
===
どうだろう? AntiSepticのtwitter読んでるだけ
関連を全く読んでないので話が全く分からないwww
最近はしずかちゃんときゃふきゃふしやがってこんにゃろ、ですわw
私は自分が「いやよいやよも好きのうち」で「レイプされたい女」で
「流されてるだけ」なのに
それが「女性の敵」であるかのような思い込みを持っていて
そのタブー感を持つ自分にすらまた嫌悪感がある。
自分のそういうところがイヤで認められなくて
ちゃんとした人間になりたいと願う。
『生き延びるためのラカン』でも仏教出てきたよねー
ラカン自身が禅思想に触れて自分の思想に似ているって言ってるしな。
>でぞっとした。おまきんさんの気持ちがちょっと分かった(;´Д`)かも
自殺間際なところがまたいい。
サイトはうしろから読むことになるのか。
「いや」はリアルだが「好き」はファンタジーだよ。
そういう意味で「いやよいやよも好きのうち」は現実の否認、パラノイアだ。
大体ストーカーの基本思考ってそういうもんだろ。
現実には「いや」か「いやではないもの」しかない。
別にファンタジーを排除するつもりはないが、「妄想は妄想として現実にある」なんだよ。
ちゃんと妄想と現実をわけて考えろ、と。
>現実には「いや」か「いやではないもの」しかない。
これがいわゆる妄想分裂態勢と抑鬱態勢。
だからクリステヴァなどはそういった去勢前の赤ん坊の主体について「始原の暴力」と表現したりしてるわけだ。
ヘーゲルの否定だな。だから否定の否定って話になるわけ。
>でぞっとした。おまきんさんの気持ちがちょっと分かった(;´Д`)かも
僕のどの「気持ち」のことを言っている?
もし「「愛」がキモイ」と僕が言ったことが根拠なら、この
>そしてとてもかわいいひと。
>だいすきです。だいすきです。だいすきです。
は、
僕が普段「普通の人」に感じている「キモさ」とは異なると思うぞ。
この人の「だいすきです。」は、生き死にが必死になっている状態の、刺激を感じる「皮膚感覚」だと思うぞ。
そしてそれは「愛」とは違うと思う。
もっとも、僕はそれを「ウザイ」と思うだろうが。
こういう感じの「だいすきです。」は、僕が重度の糖質からもらった手紙にも、似たような感じのことが書いてあったぞ。
それは、僕にとっては「キモイ」じゃない。「ウザイ」とは思うかも知れんが。
逆なんだよ。僕にとっては。
「キモイ」ことが「キモくなく」、「キレイ」なものが「キモイ」んだよ。
ストーカーは「お前は俺のことが好きなんだろ?」で、「自分はあなたが好きです」とは違うわな。
ストーカーもそうやってぶつかってくれたら、とは思うわ。
「ウザイ」は「ウザイ」だろうが。
「刺激」をどう言葉にするかは、言語ゲームのルールでは定義できない。
だから文学なんてものがあるわけだろうけどな。
まあ今の文学は「超自我あるいはファルスの探求」になっちゃってるからつまらないけど。
「わびさび」な日本文学の「抑鬱態勢の探求」ですらない。
「エスの探求」、華厳・密教は現代文学には皆無だな。
ああ、キモイとかウザイとかより「怖い」だったわ
ちがった、失敬
> そしてそれは「愛」とは違うと思う。
だね
何となくだけど
===
残高7千円の27歳女の人生聞かないか
<http://blog.livedoor.jp/hatumisokuhou/archives/5730690.html>
===
===
ストーカーかもしれない事に気付いた
<http://blog.livedoor.jp/hatumisokuhou/archives/5730149.html>
===
だと後者の方が私好み。
前者の方が脂さん好きそうとか思った。
前者は友達欲しいとか意味不明なコトを述べておりーなんだが
人に見えないものが見える下りとか面白い
私は、スペシャルななにかを持ってる人には
同情より嫉妬してしまうんだよな
なんで「好きかどうか」を考えるんだろ。
両方斜め読みしたが意味わからない。そういうそれぞれのネタとしてなら話せるが、何を比較しているのかがわからん。
どういう思考回路で「脂さんは前者が好きそう」って思ったの?
女子的妄想と男子的妄想というかw
elveさんが「ぞっとした」のは、キチガイと一線を画したいからじゃないか?
でも、そのほうが僕にとっては都合がいいかもな。
「「普通の人」と「キチガイ」は「壁」で分ける」がイイと僕は言ってるんだから。
elveさんもキチガイと一線を画したいなら、僕とか無視するか、コメ禁にしたほうがいいぞ。
「ぞっとする」モノが「イヤ」だと言うならばの話だが。
前者は本気で死ぬ気で死ねなかった人
後者はうっかり気がついたらストーカーになってた人
どの部分をどう比較してその二つの事例を挙げてるの?
>前者は本気で死ぬ気で死ねなかった人
>後者はうっかり気がついたらストーカーになってた人
それはわかるが「死ぬ気で死ねなかった人」にも「気がついたらストーカーになってた人」にもいろいろいるだろう。
おまきんさんのコメントへの嫌悪感の元が
別の人だってのが自分で分かってるのでなぁ
コメ禁にするほどでもない
邪魔になるようなコメントでもないし
>女子的妄想と男子的妄想というかw
そうかー?
前者は太宰っちゃー太宰だろ。
>前者の方が脂さん好きそうとか思った。
むしろ、こっちのほうが、僕としては「キモイ」予感はするな。まだ「予感」だが。
なんかこう、どの点をどう比較してその二例を挙げたのか説明してくれないと意味不明で答えようがないんだが。
「前者が好きそう」もわけわからん。
なんでこう途中の式を抜かすかな。
ああ、なんか自分が同時にその2つの記事を読んで
何となく7千円女子の方が「本気」なのに全然こう、興味がわかなかったので
私って結局「ネタ」なのよねぇ〜とか連想してた
まぁ、男子の方も辛かろうなぁーとかそっちの方が私は感情移入しやすかっただけなんだけどさw
前者は抑鬱症っぽくはあるな。
後者は対人恐怖症の典型。
> なんでこう途中の式を抜かすかな。
数学の証明は分かってるはずなのに減点されたのよぉぉ〜
わたしもあんま興味わかんが。
二階堂とかは記事に引用した「私は女のドラァグクイーンだ」とかが興味わいた。
ラクさん嫌いな自分はストーカー嫌いなのかなぁとかぼんやり思って
急にこの記事思い出して適当に話を振ったのwww
まあ、お茶請け程度に
>数学の証明は分かってるはずなのに減点されたのよぉぉ〜
証明してないなら減点されて当然だろ。証明問題なんだから。
>急にこの記事思い出して
なんでこの二つの記事を思い出したの?
二階堂のサイトをおそらく一ページを読んで、「自殺した女」ってことは認知してるだろう。
で、「死ぬ気で死ねなかった記事」を連想した、ってこと?
で、自分は興味わかなくて「ネタ」なんだなあと思って、それより「ストーカーになっちゃった記事」の方が興味わいた、という話?
>おまきんさんのコメントへの嫌悪感の元が
>別の人だってのが自分で分かってるのでなぁ
どっちにしろ「嫌悪感」なら、なぜごっちゃにしないのか?
なんかその辺、無理に「制限」してないか?
その別人と僕をごっちゃにし続けるなら、「被害妄想」と感じるだろうが。
それも「制限」するのか?
まぁ、ごっちゃにされても
「それはあなたのことであり、僕のことではありません」
と、僕は言うだろうが。
しかし、僕がどう言おうともだな、「自分の勝手は、勝手にできる」んじゃないか?
そういうのも、できないんだろうか?
とすると、「脂さんは死ぬ気で死ねなかった記事の方が好きそうだと思った」のは、「自殺する人」の話だったから、ってことなわけ?
いや別にあたし二階堂に興味わいたの自殺したからじゃないけどな。太宰も自殺してるけどあんま触手(わざとだからな)動かないし。
なんでだろうなー
7千円の女性の記事の方がブクマの新着ページに上がってて
見に行ったんだけど、スゲー冷たい気分になって
同じサイトのストーカーの記事読んだら普通に楽しめて
なんか、前者の方が病んでるのになぁ 同情もできなかったなぁとか
なんだろうなぁ。脂さんを見るときの気分と似てたのかなぁ
大変そうだとは思うけど同情はしないなぁって感じの
それで嫉妬とか出てきたのかなぁ
> 二階堂のサイトをおそらく一ページを読んで、「自殺した女」ってことは認知してるだろう。
> で、「死ぬ気で死ねなかった記事」を連想した、ってこと?
あーそれもあるか
「死ぬ」で連想したか「ストーカー」で連想したか
んー両方って感じか
>脂さんを見るときの気分と似てたのかなぁ
要するにその記事の人がお前の脳内脂さんと似てるから脳内脂さんはその記事の方が好きそうだと思ったわけ?
脳内わたしをわたしに押しつけないでくれるか。
いつもはそんなことあんまりないのにな、お前。
あーごめん
確かに好きそうって書いた時にちょっと違うなぁと思ったんだけど
言い言葉が浮かばなかった。どう思うんだろうなぁ、でよかった
> いつもはそんなことあんまりないのにな、お前。
そうなのかなぁ。よく分からなくなってきたよぅ
ぶっかけ合いが好きなのにぶっかけてなかったのかなぁ
なんか表に出してなかっただけかもしれんね
確かに抑鬱症っぽいから、抑鬱症は好きではないがよく反応してしまうからな。
でも会話できないだろう相手だったら抑鬱症でもあんまり反応しない。
むしろ前者はsimpleタイプ、太宰タイプだろ。
超自我が強くて自殺するタイプ。
死の欲動で自殺するタイプではない。
> その記事の人がお前の脳内脂さんと似てる
似てるような似てないような。
部分的になんか近いのかもなぁとか思ったんだけど
最後の方でこんなんでも友達できますかーみたいなこと言い出して
なんじゃこりゃっとちょいがっかりした部分があり
その辺の感想を聞きたかったのかなぁ
>ぶっかけ合いが好きなのにぶっかけてなかったのかなぁ
お前の脳内わたしにぶっかけてる分にはなんにも言わないが。
>その辺の感想を聞きたかったのかなぁ
がなんで
>前者の方が脂さん好きそうとか思った。
って文章になるのかがわからん。
わたしはお前に二階堂の文章の感想を聞こうとして
>elveさん二階堂奥歯についてどう思うかな。
と書いているが。酔っ払ってる状態で。
そっかー私がラクさん駄目なの自己嫌悪の延長かと思ったんだけど
ストーカー男子の記事は割と面白く読めたんでちょい混乱した。
> 死の欲動で自殺するタイプではない。
ああ、面接がトリガーとかそいう感じだね
>>前者の方が脂さん好きそうとか思った。
>って文章になるのかがわからん。
なんかちょい煽ってる感じあるね。なんだろなぁ
>ストーカー男子の記事は割と面白く読めたんでちょい混乱した。
それこそ「ネタ」で「ストーカーwww」って話になってるだけであって、この子の症状は対人恐怖症だろ。
いや病理はストーカーと同じだが。
「関係妄想の意味するところは、彼らがすべての見知らぬ人から、なにか愛情のごときものを期待していることである。」
ストーカーも対人恐怖症も関係妄想ではある。
むしろ女子の抑鬱症はダメだろうなー。逆にクリトリスが肥大しすぎてるってことになるから。
>なんかちょい煽ってる感じあるね。なんだろなぁ
煽ってるの?
うぬー。いまいちだわ。
すまんかった
ねるっすノシ
>elveさん二階堂奥歯についてどう思うかな。
別に聞こうとしてたわけではないがな。酔っ払って一人でくっちゃべってる人が「あの人どう思うかな」って言っても聞いてることにはならんだろ。
あと同情と嫉妬は同じなんだけどな。
精神分析理論では、な。elveさんの脳内の意味は違うんだろうけど。それを聞かないと話が進まない。
>ストーカーは「お前は俺のことが好きなんだろ?」で、「自分はあなたが好きです」とは違うわな。
>ストーカーもそうやってぶつかってくれたら、とは思うわ。
口で「私はあなたが好きです」と言ってはいても、そいつの自覚していないそいつの思考回路で、「感情的な代償はあるのがデフォ」って考えなら、そいつは「あなたも私のことが好きなんでしょ?」という代償ありきで話していることになる。
「代償を求めて」いたならば、「私はあなたが好きです」といくら口で言っても、「あなたは私のことが好きなんでしょ?」「いやよいやよも好きのうち」になる。
「礼儀を相手に押しつけることが無礼である」って奴だな。
「礼儀」=「感情的な代償」という交換だとそいつは考えている、という話。
二階堂は代償を求めていなかった、とは言わないがな。
>ああ、面接がトリガーとかそいう感じだね
別にトリガーはなんでもいいんだけどな。
>見に行ったんだけど、スゲー冷たい気分になって
逆にこれが不思議だな。
わたしの印象ではむしろこの27歳の子はsimpleタイプ、太宰タイプ、『山月記』タイプなんだが。
お前そういうのは好きなんだろ?
女が『山月記』するのがだめって話か?
むしろお前がこの子に「よくもいやなわたしを見せつけやがって」なんじゃねえの。
自分に似ている人は、自分が好きな部分を見せている分には好きだろうが、自分のいやな部分を見せたら嫌いになる。
「類は友を呼ぶ」と「同属嫌悪」は矛盾しているが、こういう構造を考慮すれば矛盾しない。
あーわかった!
もしかして、elveさんは、人との距離が遠い場合は、「ネタ」とか「ぶっかけ」やって、
人との距離が近い場合は、余裕無くなって「被害妄想」とかやって「バーサーク」するんじゃないか?
違うか?
だから、「人が好き」とかいって、近づくと「バーサーク」するんじゃないか?
それを繰り返してないか?
人に近づいても「イヤ」だし、人から遠ざかっても「寂しい」になるんじゃないか?
「ヤマアラシ」みたいだな。
「ヤマアラシ」なんて、よくスキゾに当てはめられるが、そんなの実際は「普通の人」にこそ当てはまることなんじゃねーの?
前者の子に「自我の解離」は見られないなあ。「自我の抑圧」は強いだろうが。「脳内世間様」「大文字の他者」がすごい重圧になっている、と。
それは後者の子も同じだと思うがな。
確かに抑鬱症、『山月記』みたいなのは「かけっこから降りた人」っぽいが、実際はそうではない、と。かけっこしている自分への抑圧が過剰になった状態。
『山月記』な子だと思うぞ、前者の子は。
後者の子は『山月記』までいってない。「いっそ、無」までは言ってなかろう。
まあこういう子が恋しても対人恐怖症が悪化するだけだろうな。そのスレで「ストーカーだろ」って言われてるように。
同じ「自殺した女性」でも、二階堂には、わたしが引用している「私はドラァグ・クイーンだ」ってところが、「自我の解離」の症状だ、となるわけだ。
この前者の子にもそういった症状はあるのかもしれないが、このスレの文章しか観察できない今の状況では、「自我の解離は見られない」となる。
連想の仕方がわたしとelveさんで違ったんだろうな。elveさんは「自殺した女性」でそれらを連想した。わたしはそのあたりのコメントを読めばわかるように「自我の解離」症状、ヒステリーとして二階堂を例示している。
elveさんが「人と近づきたくない」のは、自身の「イヤ」な「わたし」を見たくないからで、
「人と遠ざかりたくない」のは、「ネタ」とか「ぶっかけ」ができなくなるからじゃねーの?
こういう「ヤマアラシのジレンマ」って、「構造に組み込まれるのはイヤだけど、構造がなくなるのもイヤだ」なんじゃないのか?
だからわたしにとっては、同じ「自殺した女性」の話であっても、「別の新しい話題」でしかない。
その子は抑鬱症であり、二階堂はヒステリーだ、というわたしの個人的な解釈。
だから、「脂さんはその記事の方が好きなんだろうな」と言われて混乱した、と。「好き」じゃなくて「前者の記事の方に興味持つんだろうな」ならば、ここのコメントでわたしは「自我の解離」について語っているのだから、その文脈で興味を持つだろう、という推測はわたしも納得できる。
で、その前者の子はわたしの印象では抑鬱症で、『山月記』な子なのだが、それに憧れてこの子に「冷たく」なるelveさんがわからない、という「「自我の解離」とは別の話題」をしている、と。
まとめてみた。
elveさんが僕をコメ禁とかにしないのも、「距離」が遠いからなんだろうな。
現実に僕が近くにいたら「ぞっとする」んじゃね?
「見世物」だったら、「キチガイ」も「見たくないわたし」も「ネタ」として見れる、か?
>前者の子に「自我の解離」は見られないなあ。「自我の抑圧」は強いだろうが。「脳内世間様」「大文字の他者」がすごい重圧になっている、と。
これと、二階堂の
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『ペン』(引間徹氏著)で描かれている範囲は『くますけと一緒に』(新井素子氏著)のそれより広い。主人公は大人であり、仕事を持ち、失踪し放浪する。主人公と離れたペンは一時南の島の老夫婦と共に暮らす。
しかしそれでもなお、ここで描かれるのは社会への違和感である。半ば正気を失っているように見える老人もまた、一人の市民としてその身に降りかかった不幸に向かっている。
探しているのは社会に対する違和感ではなくて、世界に存在することへの違和感を持つ者とぬいぐるみの物語。
世界に対する違和感を感じる主人公はより抽象的な存在だ。それは社会の中の一個人ではなく、世界があらわれでる場としての主体という性格を強く帯びている。
従って主人公が変容するとき世界は変容し、私が崩壊するとき世界は崩壊するのだ。
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という文章と比べるとわかりやすい。
前者の子が苦悩しているのは「社会に対する違和感」すなわち「大文字の他者からの抑圧」である、と。
「世界に存在することへの違和感」とは、「私が崩壊するとき世界は崩壊するのだ。」とあるようにここでの「世界」とは独我論の「世界」であり、現象学的な「世界」であり、ラカンの言う「現実界」に親近した世界だと言える。
つまり、エスが感じる違和感である、と。
前者の子の文章にはエスの鳴き声は聞こえない。
わたしは「自我の解離」について話していたつもりなのだが(その臨床例として二階堂を挙げた)、elveさんは「自殺した、しようとした女性」でそれらを連想した。
むしろelveさんが「自殺した女性」に拘っている、となる。
精神分析においては自殺も症状の一つでしかないんだがな。
もちろんそれ以降臨床素材として観察できなくなるという点で、【観察側にとって】決定的な症状になるが。
たとえば発熱や下痢などという症状は、別の病理でも起こりうる。
症状が同じだからといって病理が同じというわけではない。
>「私が崩壊するとき世界は崩壊するのだ。」
(対象愛や自己愛ではない)自体愛的な主観世界、ということになるな。
で、「自我の解離」とは別の抑鬱症の話をされて混乱したわけだが、elveさんが「自殺・女性」で連想していた、とするならまあそれらはその二人の共通点であるのは間違いないので、納得できる。
であるなら、「自我の解離」ではない話題として、「自殺・女性」について語ればよいのか、それとも「抑鬱症」について語ればよいのか、それとも「自殺・女性」の対比として挙げた「対人恐怖症者の恋」について語ればよいのか。
elveさんはどれを語ろうとしているんだい?
あ、わたしの「自我の解離」はいいよ、大体独り言みたいなもんだし。
ここで自殺の話にもってくのはなー。逆にelveさんにはかけっこの奨励になる気がするんだよな。elveさんを強迫症者化させる気がする。
そしたら今おもしろいelveさんが隠されてしまう。
>その辺の感想を聞きたかったのかなぁ
「その子について脂さんはどう思うか」という質問ならば、「抑鬱症という印象を持った。simpleや『山月記』タイプの女子っぽい」という返答になるが、それでよい?
で、わたしの方からの質問として、前者の子が抑鬱症傾向のある子だというわたしの印象を採用するならば、simpleや『山月記』という、elveさんが「好き」なタイプの性格系統になると思うのだが、elveさんは彼女に「冷たい感じ」でしか見れなかった、と。
それはなぜだい?
simpleや『山月記』との違いは、前者の子は女子だ。
女子が『山月記』状態だったから「冷たく」してしまったのかい?
もちろん、elveさんが前者の女子を『山月記』じゃないと思っているなら、どこがどう違うのかと説明してくれたら、わたしは納得するかもしれないし納得しないかもしれない。しかし話は聞く。「elveさんという症状の臨床」として。
男が言う「自分には価値が無い」と女が言う「私には価値が無い」って、字義通りじゃないところの、隠喩的な意味、裏の意味で違いがありそうだ。
女の「私には価値が無い」というのは、「私は女としての価値が無い」ということになるが、男の「自分には価値が無い」というのは、「自分は、共同体において、ひいては父性のもとで価値が無い」と言っている、となる。
後者の男は、自分に価値を無さしめた、父が、無意識に大きな存在になっている。
一方女は、「女として自分は価値が無い」だ。だから、「女」が解離していない。自我が解離していない。
意外と、優しい彼氏ができたら、本能的なものではなく超自我の作用、抑圧として、子供を産むことになるだろうな。
抑鬱症からパラノイアに彼女はなれるのか。いやむしろ育児鬱とかになるのか。いや、あたしは、意外と健全な母になれそうだと思う。パラノイアックな症状もそれほそ過剰にならず、ネグレクトってほどでもなく、まるでバイトの単調作業の延長のような感じで、子育てするだろう。機械的に。しかし、やがて、育児ノイローゼ的な状況になることもあるだろう。
まあ、意外と普通の嫁さんになれそうじゃないだろうか。
>本能的なものではなく超自我の作用、抑圧として、子供を産むことになるだろうな。
「あ、なんかはまった」って感じで種付け。
赤面恐怖症は。承認欲求は強い。強すぎて、それに対応する強い超自我がある。
それが恋する。
最初は「僕は君が好き」だったが、いずれ「こんなに好きなんだからあの子もまんざじゃないはず」となるだろう、すでになりかけている。
しかし、ストーカーにはならないだろう。「君も俺のことが好きなんだろ」というのは、大文字の他者、ひいては父により、抑圧されるだろう。
やはり、自我理想・超自我と、理想自我・自我、は、近接してはならない。
ちょっと酒なかったんでOD気味に書いてるんだけど画面が揺れてなんか3D化して、北極の兵士が、大小さまざまな白い氷のビルみたいなのに、文字がずらーってならんでいる。兵士として。そういうゲームみたいになっている。
あと三日前ぐらいから気づいたんだけど、ちょっと暗い部屋を歩くと、右側がまっくらになってるんだよな。左側は薄闇の中でそれなりに見れるのに。
すごい座椅子が硬いんだよな。でこの固さって小学生だかのころ座った祖父の座椅子と似たような固さだと思った。
自我なんかゆらゆら水草みたいにゆれてるー
神秘家ー!!!!!!!!!!!!
文字かわからんがゴキブリが画面の上をはいまくってるんだけどelveさんちゴキ多かったりする?
トイレいくのに大冒険
素で、前者が女で後者が男だったからじゃないのー?
男女逆だったら、elveさんはどう思ったかしらあー?
キーボード打つときの音がなんか「そんなこと聞いていいのか」「いやそれはそれ」とかなんやら言っているように聞こえてくる。と書いたら聞こえなくなった。
兵士はそろった。この雪山踏破のために各員、出せるだけの力を出していきましょう!
画像認証が、なにかこう鋭利なアルファベットが多くなってきて、キーボードのNとかBとかがぼくっって凹んで打ちにくいけど、画像認証が。
読めない。
なんかコメント欄が3D化している。認証するぜ。
脂さんはこういうの好きじゃないかしら、みたいな言い方が
とても気持ち悪いなぁ、とは思っていたのにあえてそれで書き込んだので
たぶん山月記女子を脂さんに批判して欲しいというような意図があったと思うんだが
なんでそういう意図がそういう出力になったのかがよく分からない。
疲れているんだという言い訳でちょいお茶を濁す
> 『山月記』な子だと思うぞ、前者の子は。
なんか私の好きそうなにおいがしたのに
やたらと読者に媚びだしたので気持ち悪いなぁって思ったんだよ
「わたし、まだ生きてても良いですか? (ウルウル)」
「こんな私でも友達できますか?(チラッチラッ)」
みたいな
んなの人に聞く話じゃねぇだろ、と
> 文字かわからんがゴキブリが画面の上をはいまくってるんだけどelveさんちゴキ多かったりする?
ダニは大量発生したがゴキはまだ見てない(;´Д`)<見ても見ないふりするかも
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「見世物」だったら、「キチガイ」も「見たくないわたし」も「ネタ」として見れる、か?
<https://elve.hatenadiary.jp/entry/20110903/1315065122#c1315238584>
===
それはあるな
画面の向こうなら耐えられるどころか楽しめてしまう
>やたらと読者に媚びだしたので気持ち悪いなぁって思ったんだよ
simpleだってそうだったじゃんか。
抑鬱症は「過剰な役割同一性」なんだからすなわち「大文字の他者の奴隷」だ。
ちょいといじめてやれば「大文字の他者はボクチンがやってる役割を認めてくれるよね?」となる。
しかしその27歳女子とはどうやって接点持てばいいのかわからないのでどうでもいい。
実際に接したときどうなるかはわからない。
>画面の向こうなら耐えられるどころか楽しめてしまう
それは「見たくない私」じゃなくなってるじゃん。
つまり「自分で自分に代用品をおっかぶせてる」ってことだ。
>simpleだってそうだったじゃんか。
それこそ「わたしが虫を観察している横から勝手に「私も虫好きなんですよー」と言ってくるところ。
お前に「痛いの痛いのとんでけー」してくるところ。
なぜわたしと会話できるsimpleに対して攻撃するわたしに疑問を覚えて実際問題会話できない27歳女子に攻撃しないわたしに攻撃させようとするんだ?
はてな民はこないだの「スカートをはいたイギリス人少年」みたいに自分の言葉が届かない相手に偏って批判する傾向があるが、それと同じなんじゃねえの、simpleに対していやとは思わずこの女子に対していやと思ったのは。
わたしはそのイギリス人少年のときも「実際がどうなのかわからないから「解釈」はできない」と大野さんちで書いた。
いやこの27歳女子は「自分の言葉」で語っているからまだイギリス人少年よりかは臨床素材として情報量が多いと思うが。
だから「抑鬱症なんじゃね」と書いた。
むしろ「自分と会話できる範囲にいる相手」には「いやな部分が見えなくなるように催眠術をかけられている」んじゃねえの。
だからsimpleのそれをいやに思えなかった、と。
simpleの「周りの人がハードルをあげているところにおもしろい書き込みを書き込みたがる」ってのはその女子の「わたし、まだ生きてても良いですか? (ウルウル)」と同じだと思うが。
>はてな民はこないだの「スカートをはいたイギリス人少年」みたいに自分の言葉が届かない相手に偏って批判する傾向があるが、
あたかも「我々に批判されたくなければはてなーになれ」と言わんばかりに。
2ちゃんは2ちゃんねら同士で潰しあうだろ。
ここが2ちゃんと空気の違うところ。
「大文字の他者はボクチンがやってる役割を認めてくれるよね?」=simpleの「周りの人がハードルをあげているところにおもしろい書き込みを書き込みたがる」=27歳女子の「わたし、まだ生きてても良いですか? (ウルウル)」という話だ。
いや、「会話可能な相手」でもお前は相手が女なら、同じ「大文字の他者はボクチンがやってる役割を認めてくれるよね?」を「ウルウル」に見えちゃうんじゃないのけ?
「男/女」って話じゃないと言っておろうが。リビドーは。
>はてな民はこないだの「スカートをはいたイギリス人少年」みたいに自分の言葉が届かない相手に偏って批判する傾向があるが、
まさにsimpleがそうだろ。彼はelveさんやわたしの解釈では「大野さんと会話したがっている」にも関わらず、「「反吐が出る」と書いた学生」やelveさんについて語りたがっていた。
大野さんの心理を語るのを過剰に拒否していただろ。
「みんなに言いつけてやる」って心理と同じだよ。「大文字の他者はボクチンの役割を認めてくれてるよね?」だ。
はてな村の空気としての閉鎖性。
この閉鎖性に対しては、クサヴァの言動は反しているとは言えるだろうな・