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ここんとこ貰えなくなった夜のお仕事のティッシュ
久しぶりに貰った
――ら横から別の男がめんどそうに『モモコ』って雑誌を投げて寄こした。
タイミング的に返せない、いい仕事するバイトだな、と感心。
「女のコ応援マガジン」「秋イチコーデで原宿のオシャレを先どり!!」と背表紙に書かれていて、中身はまぁ、予想通り「高収入求人」www
どれどれ、留学費用の足しにチャットレディでもするかねーっと開いてみたら
- 40〜60代募集
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(_Д_)アウアウアー
http://momoco.ch/ かw
あーあとお給料を大小で表記してる求人広告が多いのも独特だなぁ、と思った。
「痛いの痛いのとんでけ」ならやればいいのに。
「痛いの痛いのとんでけ」を言いたがる男は多いもんだ。お水の世界は。
「説教系」っていうかね。
「傷をなめあうような会話」にさせるのはホステスの高等テク。
「傷」を見せちゃいけないんだよな。「傷があるけど強がってる」風に見せるのがまず最初のポイント。
で、どこで「傷」を見せるのかが難しいのだろうな。
elveさんはそこのタイミングがうまくできないんじゃね。
まあ「傷をだだ漏れさせる」女が好きな男もいるけどさ。
>まあ「傷をだだ漏れさせる」女が好きな男もいるけどさ。
ヤンデレブームとかそういうもんだと思ってる。
ヤンデレゲに詳しい奴と話して「あーそれ水商売テクだわ」って言ったことあるわ。
六本木とかのお水じゃない渋谷とかもっとうらびれた系っつかな、そういうところのテクはヤンデレゲーと似てる。
傷が化膿してるというか
虫さされでもかき壊してがっつりあと残しちゃうとかそういう感じw
そーいや痛いの痛いの飛んでいけは自分で自分にはしないなぁ
ぶっかけあいだから一人ではできないか
化膿してるっつーかかさぶたをはがしちゃうタイプだろうな。
化膿は精神病になる、わたしの連想だと。
>ぶっかけあいだから一人ではできないか
脳内他者だったら一人になるんじゃね。
そもそも「ぶっかけるもの」も「他者」も妄想なんだし。
>そーいや痛いの痛いの飛んでいけは自分で自分にはしないなぁ
そりゃあれだ、「痛い自分も自分」だからだろ。
その自分に自分が嘘つくことになる。
まあネタバレしている奇術を見せられるようなもんだろうな。
その一言については、大野さんみたいな「レイプファンタジー」じゃねえなあ、とは思った。
elveさんのその「痛み」は「ファンタジー」じゃなかろう、と。
でその傷をいじくりたおすのが医学としての精神分析なわけです。
「人命を救う医学」ではなく「人体を研究する医学」な。
>まあネタバレしている奇術を見せられるようなもんだろうな。
だからわたしは「嘘を教えて」と言ってるわけだ。
わたしが疑ってしまわないような「嘘」を。
妄想ではなく本当に「痛み」がとんでく「痛いの痛いのとんでけ」を言ってくれ、と。
ぶっちゃけ「とんで」なんかいないだろ。
本当にとんでたら「痛み」なんて感じなくてすむ。
たぶん自分の痛みはたいしたことないから
私なんかのために「誰かが痛みを飛ばそうとしてくれること」を求めてしまう
全体的に甘いカレーなんじゃろねー
>たぶん自分の痛みはたいしたことないから
何と比較して?
また抽象化だな。
>>まあ「傷をだだ漏れさせる」女が好きな男もいるけどさ。
>ヤンデレブームとかそういうもんだと思ってる。
男女逆だと「だめんず・うぉ〜か〜」なのかなぁ。
自分こそが相手に必要で相手を救えるって妄想ぶっかけ合い
共依存
> 何と比較して?
わかんないけどw
なんか痛かったらそれどころじゃねーだろってって脳内ツッコミがwwww
野郎のオナニー観て金が貰えるのって
演技力求められそうだよなぁ
虫けらを見るような目で見て
でも最後はちょっと興奮して
たくさんでたねって褒めて
とかありそうだよなぁ、と妄想してちょっと楽しそうだwww
>男女逆だと「だめんず・うぉ〜か〜」なのかなぁ。
あー、あれ逆だと思うぞ。
「だめんず」はむしろ「かけっこ」でゴールした人たちだ。『山月記』のおっちゃんとかな。
「もうゴールしていいよね」だ。
まあ逆に言えば「かけっこから降りた」人でもあるが、「かけっこから降りた」つもりで『山月記』的な「大人になりたがっている」=「まだかけっこしている」、となる。
ゴールもスタートも同じかもしれんが、ゴールとスタートがある時点で「かけっこ」になる。
>なんか痛かったらそれどころじゃねーだろってって脳内ツッコミがwwww
「それどころじゃねー」のは誰?
なんでいちいち他人と比較したがるの?
それが「かけっこ」だっつーに。
>なんか痛かったらそれどころじゃねーだろってって脳内ツッコミがwwww
この「脳内ツッコミ」と「差別心」は通底してるってことでもある。。
なんか、広告がホストクラブのとかでお金の流れが見えるなぁ
モモコ、恐るべし。
んで、コラムは「男に話を聞かせる方法」とかSTDの話とか「私は男運の悪い女」とかwww
とても実用的だ
>虫けらを見るような目で見て
んー、それは「見下される」って思っている、ということだが、「壁」だと考えれば、「壁」は必要だぞ。水商売には。
水商売はあくまでも「遊び」「幻想」だから、「壁」をつくってあげなければならない。
「礼儀」みたいな心理があるんだよ。一般世界の「礼儀」とは全然違うが。
ある意味水商売にこそラカンの対象a論が臨床できると思うわ。
欲望関係の完成系。
> この「脳内ツッコミ」と「差別心」は通底してるってことでもある。。
まーかけっこしたがりとしては、かけっこに参加しつつ、参加しない人への差別心は極力だだ漏らさないように気をつけて・・・・・・無理だなw
>んで、コラムは「男に話を聞かせる方法」とかSTDの話とか「私は男運の悪い女」とかwww
触手が動いた。
>まーかけっこしたがりとしては、かけっこに参加しつつ、参加しない人への差別心は極力だだ漏らさないように気をつけて・・・・・・無理だなw
だな。「走るのはなぜか?」の答えが「差別心」なんだから。
「欲望のシーソー」ですよ。
逆にそういうフリーペーパーの広告でよくバイトできるわと思うわ。
やばい世界なのに。
1ページ漫画はフーゾク小悪魔道
セーリ中の出勤で海綿の話とかwww
がっつり本番してる漫画だけどいいのかwww
よくわからんなw
「あえいでるときってのはヒマなのでいろいろなコトを考えてしまうよネ!!」
ってwww
うん、怖いわ。無理(・∀・)
>「礼儀」みたいな心理があるんだよ。一般世界の「礼儀」とは全然違うが。
まあ(男に対し)「ビリでいてあげる」「礼儀」っつかな。
「旦那の三歩後ろを歩く」と同じかと。
熟読してしまったwwww
>うん、怖いわ。無理(・∀・)
無理してやることもあるまい。
そうなるときはそうなる。ならないときはならない。
>まあ(男に対し)「ビリでいてあげる」「礼儀」っつかな。
お前の「シモネタババアでいてあげる」のも「礼儀」みたいなもんだろ。
> 「旦那の三歩後ろを歩く」と同じかと。
それやって夫の機嫌が悪くなったりした日々を思い出して鬱orz
散歩もままならんのか
> お前の「シモネタババアでいてあげる」のも「礼儀」みたいなもんだろ。
私可愛いからね☆www
>それやって夫の機嫌が悪くなったりした日々を思い出して鬱orz
夫婦はむしろ「壁」をつくっちゃあかんのとちゃう? わたしはわからんけど。
旦那はそれを「礼儀」つまり「壁」に感じたんじゃね。
> 触手が動いた。
どれ? 要約しましょうか?
>私可愛いからね☆www
その連想がよくわからんwww
>どれ? 要約しましょうか?
zipで。
嘘、別にいらんわ。
目の前にリアル実験動物いるし。
まあでも、あれだ、『本当にあった笑える話』って四コママンガがあるんだがさ、新宮一成とか「フロイトは自分が苦労して構築した理論を詩人がいとも簡単に述べていることに驚いたが、(四コマ)マンガ家は現代の詩人とも言える」なんて言ってるんだがさ、精神分析理論の具体例としてすごいそのまんまなんだよな。ラカン派もクライン派も。
そういう雑誌もそっち系かなーと推測してみただけ。
可愛い私に野郎どもが欲情しないように残念でいてあげる
私やさしー☆ です。本当にすみませんでしたwww
>可愛い私に野郎どもが欲情しないように残念でいてあげる
ああ、お前が「自分を可愛い」と思ってるわけか。
自己愛の防衛だってことになるな。
smipleタイプもわたしからすれば「自己愛の防衛」なんだよな。抑鬱症のワードサラダくんにもそう言ったことあるし。
自己愛を防衛するために「自分に価値のないように」「演じる」。
抑鬱症も自己愛に見えるんだよな、あたし。
> ああ、お前が「自分を可愛い」と思ってるわけか。
むしろ私だけが私を可愛いと思ってる感じですwww
「自分に価値のないように」自分で言って他人に否定して欲しいってなら
痛いの痛いの飛んでいけして欲しいので私もかなぁ
>むしろ私だけが私を可愛いと思ってる感じですwww
それ「自分で「痛いの痛いのとんでけー」してる」ことになんね?
ぶっかけ合う妄想を愛と呼ぶなら「愛はすべて自己愛である」とかなんかちょい前にブコメで聞いたような書いたような
>他人に否定して欲しいってなら
だから「他者のハードルがあがってるところにコメントを書いた」んじゃねえの、simpleは。
> それ「自分で「痛いの痛いのとんでけー」してる」ことになんね?
いや、私が可愛いのは事実なのでw
> だから「他者のハードルがあがってるところにコメントを書いた」んじゃねえの、simpleは。
大野さんの目を気にしてるんだろうなぁって感じはしたなぁ。
>「愛はすべて自己愛である」とかなんかちょい前にブコメで聞いたような書いたような
何をいまさら。精神分析では自己愛も対象愛もリビドーの備給が違うだけだ。
「自己愛がなければ対象愛は成立しない」とかは心理カウンセラはよく言う論法だと思うぞ。
私基本は「僕なんて無価値で」って人には「なに言ってるんですかそんなことないですよ」って言ってあげるタイプなんだがなぁwww
>いや、私が可愛いのは事実なのでw
「ビリでも走るのが尊い」んじゃなくて、「最初から自分が尊い」のか。
「私は尊い・可愛いからビリを走ってるの」ってことになるな。
脳内母の嫉妬が怖いからね!
>私基本は「僕なんて無価値で」って人には「なに言ってるんですかそんなことないですよ」って言ってあげるタイプなんだがなぁwww
「価値観自体が妄想だ」とわたしは中高時代から言ってきた気がするわ。
「木炭もダイヤモンドも同じ炭素だろ」って論法はその頃からしてたし。
うおう、苦労させてる人出てきたwww
>脳内母の嫉妬が怖いからね!
旦那じゃなくて脳内母の三歩後ろを歩いているわけか。
まあ「大人という妄想」だよな。
しまって寝る。なんか小さい羽虫が同じとこに2匹いたので
どこかに大発生しているのではという恐怖が。
明日こそ部屋を掃除したいと思うのだった まる
>うおう、苦労させてる人出てきたwww
どんなん?
そして寝るためにベッドの上を片付けねばならない
>うおう、苦労させてる人出てきたwww
ああ、「脳内母」か。
わたし自分で言ってたもんな、「お前の母はお前にとって父性的機能を担っていた」と。
モモコにそんな話が出てたのかと思ったわ。
>>うおう、苦労させてる人出てきたwww
>どんなん?
いつも通り脳内母でしたwww
>どこかに大発生しているのではという恐怖が。
蛆虫なら羽虫を尊敬なさい。母親と同じように。
> モモコにそんな話が出てたのかと思ったわ。
ごめんごめん、もう読んでなかったよ。
ではでは おやすみなせぃ
水商売の「苦労させる人」の話ならわたしのトラウマが暴走したのに。
>精神分析理論の具体例としてすごいそのまんまなんだよな。ラカン派もクライン派も。
「どういうことか理解する」だけならラカン論とか特に小難しい話を読むよりそのマンガの方がよっぽど「心理の勉強」にはなる。
理論化はされてないがな。
理論化というか、精密さが足りない。
>「私は尊い・可愛いからビリを走ってるの」ってことになるな。
アダルトチルドレンだわな。
>smipleタイプもわたしからすれば「自己愛の防衛」なんだよな。抑鬱症のワードサラダくんにもそう言ったことあるし。
というか理論的には、すべての神経症が「自己愛なる症状」と同根だ、ってことになるな。
「すべての神経症が自己愛を原因にしている」というと精密さに欠けるが。
まあアダルトチルドレンの病理学的定義って「トラウマ」だけだしな。それならPTSD=アダルトチルドレンになるが、違った意味もあるしな。
わけわからんわ。
アダルトチルドレンの社会運動とフェミニズムの社会運動ってすげー似てる。自己啓発セミナー臭が。
>精神分析理論の具体例としてすごいそのまんまなんだよな。ラカン派もクライン派も。
『ほんわら』はラカン派とクライン派をつなぐ架け橋であーる。
>んー、それは「見下される」って思っている、ということだが、「壁」だと考えれば、「壁」は必要だぞ。水商売には。
>水商売はあくまでも「遊び」「幻想」だから、「壁」をつくってあげなければならない。
>「礼儀」みたいな心理があるんだよ。一般世界の「礼儀」とは全然違うが。
これさ、男子って大体「少年ジャンプ症候群」的な「かけっこ大好き人間」なわけじゃん。
で、それを具体的に言えばelveさんがそうであるように「社会的立場の上下」なわけだ。
ところが水商売女、六本木とかのじゃなく渋谷とか町田のうらびれた系は、「社会的立場の上下」という「かけっこ」から「壁」をつくって、「一歩離れて」、お前の言葉なら「虫けらを見るような目で見て」見てるわけだよ、男を。
これってさ、ここのコメントで書いている「文化人類学者の態度」と、構造は同じだと思うんだよな。
http://atratith.blog19.fc2.com/blog-entry-167.html
大野さんの「セックスワーカーの人たち」も、この文化人類学者のような目で見ていると思ったのだが、「したくないセックスはしたことがない」「レイプファンタジー」が根拠だったので、違うと思った。
>大野さんの「セックスワーカーの人たち」も、この文化人類学者のような目で見ていると思ったのだが
そうだと思って擁護したのがこの記事だが、今は撤回するな、大野さんの心理を臨床して。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-856.html
自分も相手も「虫けら」「実験動物」として物事を観察しなければならない。
科学者は。
科学者にとって、自分の感覚器官も研究対象物質あるいは観測機械でなければならない。
>それは「分析的視線」とも言い換えることができるだろう。
そうではなかった、という話だな。わたしの臨床では。
=====
顔では友好的に笑っていながら、内面では学者の冷静な視点を忘れてはならない、って。
=====
これとかお水にもあてはまるだろ。「愛を金勘定している」わけだから。
むしろ「誠意って言えばお金でしょ」というF子さんの方が、「分析的態度」だ、と言える。
いやまあ「最初から」お金目当てではなかったんだろうな、あの人のことだから。
落としどころで「お金」としただけで。
水商売は、文化人類学者は、科学者は、最初から「金勘定」で見てなくてはならない。
今思ったがelveさんに対する態度わたしがバイトしてたとこのママの態度真似てる気がするわ。
まあ彼女も口で「金」とは言うが結局は「恋愛病」だったけどな。
『家なき子』と同じ。いくら口で「同情するより金をくれ」と言っても最後の最後で「同情」などという「感情的な代償」を求める。
八割の人間が。
わたしはそのママほど正気じゃない、ってことだな。
elveさんにお水は無理じゃよ。「客を騙して稼ぐのであって客に騙されてはいけない」を守れなさそう。
>まあ彼女も口で「金」とは言うが結局は「恋愛病」だったけどな。
逆に若い子のお水は「恋愛病」がうわべなんだよな。うわべすぎるからお水やれてるだけで。
うわべじゃなくて皮膚に癒着してるelveさんは、そりゃお前が今の時点で予測しているように、「怖い商売」となるだろうよ。
お前みたいな人間にとっては皮膚を切り売りするような仕事だから。
>逆に若い子のお水は「恋愛病」がうわべなんだよな。うわべすぎるからお水やれてるだけで。
お水と腐女子は似てる。
アニヲタ結構いたしな。
>逆に若い子のお水は「恋愛病」がうわべなんだよな。うわべすぎるからお水やれてるだけで。
いやまあ「うわべ」でなおかつそのママみたいに「結局のところ」も「恋愛病」なのかもしれないが。
「枠」だよ。「いくも恋愛病、退くも恋愛病」。
では彼女たちの皮膚は。
むしろお金そのもの、シニフィアン・シンボルそのものなんだよな。
非常に資本主義的。
では資本主義がお水を生んだのか、というと時系列として誤りだ。
だから資本主義とか「誠意と言えばお金でしょ」ってのは、「現代病」なんかではなく、人間の本性だと思うのだよな。
「愛情サイコー、情性欠如者は死ね」って方がむしろ「現代病」なんだよ。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-618.html
=====
現代は、「愛」を知らない人間が、いわば情性欠如者が増えている、などという浅薄な言説をよく聞くが、そうではない。「愛」を知っている人間が、自身のパラノイアックな精神疾患症状をエスカレートさせたがゆえ、情性欠如者がより異常に見えているのである。
こちらは何も変わっていない。おそらく太古の昔から変わっていない。人との心的交流が希薄なのだから、社会からの心的影響は受けにくいだろう。少なくともお前らより。
変わったのはお前らだ。「愛」は全人類が知っているものだというお前らの妄想がエスカレートしたのだ。だからより「愛」を知らない人間が異常に見える。お前らは情性欠如者を排除したがる。
現代の魔女狩りは、ねちねちと、じわじわと、慢性的なやり方で、より手の込んだやり方で、より大勢の人間を共犯にして、行われている。
余談になるが、「キリスト教が行った昔の魔女狩り」と「ねちねちとした現代の魔女狩り」とを対比させると、昔のジャイアンがしていたような「ガキ大将がするイジメ」と現代の「陰湿なイジメ」という対比と相似するのもおもしろい。
そういう可能性も考慮してみろよ。
お前ら自身の心を振り返ってみろよ。
異常者は、どっちだ?
=====
>こちらは何も変わっていない。おそらく太古の昔から変わっていない。人との心的交流が希薄なのだから、社会からの心的影響は受けにくいだろう。少なくともお前らより。
ここポイント。
>むしろお金そのもの、シニフィアン・シンボルそのものなんだよな。
他人ちで「人間、体全部がちんちんで体全部がおっぱいなんだよ」って言ったことがあるが、これか。
あった、ここのコメント欄。
http://kabashira.com/blog/?p=503
いやまあ、スナックにくるようなオヤジは、むしろ「体全部であるちんちん」を脱ぎたがってる気もするがな。
>スナックにくるようなオヤジは、むしろ「体全部であるちんちん」を脱ぎたがってる気もするがな。
それこそそこの中坊さんみたいに。
資本主義に体を売ったのが今のお水だ、って言うと「現代病」になっちゃうか。
「魂(ここではファルスとか)を売るより体を売る方がマシでしょ」ってなことか。そのママも若い子も。
逆に言えばファルスは売れないけどな。宗教の教祖にでもならない限り。
ファルスはバーゲンセールや在庫処分などできない。なぜなら金額を決定する「価値観という妄想」の根拠がファルスだからだ。
>お前みたいな人間にとっては皮膚を切り売りするような仕事だから。
>いや、私が可愛いのは事実なのでw
お前が「可愛いと思っている自分」は、皮膚だろ。
少なくとも内臓とかじゃないだろ。
いやまあ「解剖されたわたしも可愛いはず!」ってまで言うなら呆れると同時に逆に尊敬するが。
「可愛い内臓」かあ。本音でそんなこと言う人いるならすげえ興味あるなあ。
まあものによっちゃきれいなピンク色してるしな。生体は。
筋肉繊維とか芸術の粋。
<blockquote>605 774RR [sage] 2011/08/16(火) 15:05:38.23 ID:Kq6qUQJS Be:
血管褒められた
外見で褒められたのは初めてだ<br /><a href="http://ayacnews2nd.com/archives/51866319.html">外見で褒められたのは初めてだ:ぁゃιぃ(*゜ー゜)NEWS 2nd</a></blockquote>
を思い出した。うん、寝る
解離性障害だなんて言うが、自閉症と比較すると解離しきれてないのがヒステリーなのだな。
>血管褒められた
>外見で褒められたのは初めてだ
すげえな、詩の域に達してるわ。
「残酷演劇」的な評価なら。
>では彼女たちの皮膚は。
>むしろお金そのもの、シニフィアン・シンボルそのものなんだよな。
>非常に資本主義的。
これとかあれだ、名前忘れたけどクサヴァになじられて「今回はわたしはそっちの立場に立つよ」っていった子とかもそっち系な気がする。
ちなみにラカン派における「資本主義」とは「お金主義」というより「シニフィアン主義」となる。
http://d.hatena.ne.jp/lacanian/20070522#p1
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-472.html
横隔膜とか、まあCTスキャンやらで見れなくはないんだろうが、お金かかるだろうしなあ。
さすがにそういうのはわたしでもちょっと恥ずかしいわ。
ケツん中見られるのはなれたが。いやなれてはいないが。
elveさんはある意味正統派なんだよな。自我心理学的というか。
皮膚が自我になってる点が。
まあ自分で「保守的」って言ってたしそゆことかと。
近代とは自我主義だ。
「皮膚がシニフィアン化している子たち」って、この記事の「動物化しているオタクのディスクール」にあてはまるなあ。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-261.html
「快楽殺人者のディスクール」は言いすぎだわ、と思った。むしろ「他者が希薄な情性欠如者」の方が「快楽殺人者」になるだろうな、社会から見て。
知的好奇心も快楽になっちゃうからな、愚民どもの頭では。
>皮膚が自我になってる点が。
そうなる原因は鏡像段階で、鏡ってのは皮膚しか映さないだろ?
これが「欲望のシーソー」であり、「差別心」「かけっこ」の原因なんだよな。
つまり「皮膚が自我になっている」ということと「差別心」は鏡像段階という点で同根となる、って話。
今気づいたがそらパパの先輩、新保信長さんもsimpleさん系だな。
simpつながりで思い出しただけ。
>逆に若い子のお水は「恋愛病」がうわべなんだよな。うわべすぎるからお水やれてるだけで。
これは(若い)お水と腐れの共通点だが、わたしもこうだと思うんだよな。
なら、わたしもそのママのように「最終的に恋愛病」になるのか。
調べてみる気のある奴いねがー。
>そうなる原因は鏡像段階で、鏡ってのは皮膚しか映さないだろ?
内臓を鏡の国に置いてきたのが正常人。
アリスがうさぎに誘われてもぐった穴は肛門だ、とかはよく言われる話。
ほら、やっぱうさぎアナルにぶちこまないと!
ロリコンキャロルのお話にアリスが夢中になったのは、「うんこーうんこー」とか言って喜ぶガキと同じ心理だ、ということだがまあ反論は認める。
アリスより「うんこー」のガキの方がまだ正直者だわ。
わたし以前「女でも男殺せるだろ」って言ったが、「子供でも大人を殺せる」だろ。
赤ん坊でも、出産時に母体を殺すことはできる。
elveさんの「男にはかなわない」=「大人にはかなわない」なんじゃないけ。
「かなわない他者」という妄想。
>「子供でも大人を殺せる」だろ。
むしろこれこそ精神分析が長年テーマにしてきた「親殺し」だろ。
フェミニズムやアダルトチルドレンの自己啓発セミナー臭ってのは、そういうことだろうな。
「「かなわない男」「かなわない大人」とはあなた自身の妄想です、つまりあなた自身です、あなたは男に、大人になれるのです」
ってな。
ぶっちゃけ自我理想だわな。
ああ違うか、「女のままでもいいのですよ、子供のままでもいいのですよ」なら理想自我。
どっちだろうが自我心理学的、ってことで。
このへんの話とかもう「はいはい」って感じだわ。
そんなレベルの話じゃねーんだけどな、精神疾患は。
快楽原則、現実原則のほころびだ。
elveさんなんかは「男になりたいけど女な自分」「かけっこで一等賞になりたいけどビリになってしまう自分」って言う風に、「男になる自分」「一等賞になる自分」と「女でいい自分」「ビリでいい自分」で葛藤しているわけだろ。
理想自我と自我理想が合致していない。
それが正常であることなんだけどね。
これらが合致するのがパラノイアだから。
「男になりたい自分」「一等賞になりたい自分」と「女でいい自分」「ビリでいい自分」以外に、別の自分がいなくないか?
「かけっこなんてしなきゃいいだろ」って言っているわたしのような自分が。
「したくないけどさせられてるだけ」って自分が。
「わたしは怒られるから化粧してるだけ」って自分が。
「分析主体」とは自我ではない。いわんや理想自我でも自我理想でもない。
大体の心理カウンセラーはここを考えないからどんな理屈をこねても「痛いの痛いのとんでけー」となる。
>あれ? でも誰にとってのなんの結果でどんな意味???
と思ったのは、「男になりたい自分」「一等賞になりたい自分」と「女でいい自分」「ビリでいい自分」以外の自分ではないか?
ラカン派はそれを厳しく「分析主体」としているから他の心理学よかだいぶまし。学問として精密。
別にelveさんの「かけっこしたい自分」を否定するつもりはないが、「させられてるだけの自分」もいるんじゃないのけ?
精神疾患の、「分析主体」の葛藤を、「自我理想/理想自我」あるいは「父/母」って葛藤にすりかえて「痛いの痛いのとんでけー」してるのが正常人なんだよ。
葛藤の次元が違う。
あ、ここでの「自我理想/理想自我」は適当な。わたしもよくわかってない。どっちかどっちがごっちゃになる。ややこしい名前つけやがってよまったく。
>「自我理想/理想自我」あるいは「父/母」って葛藤にすりかえて「痛いの痛いのとんでけー」してるのが正常人なんだよ。
「simpleのいやなところは強烈に二つある」と言ったろ、そういうことだ。
彼には自我心理学だけでことたりるだろう。
>精神疾患の、「分析主体」の葛藤を、「自我理想/理想自我」あるいは「父/母」って葛藤にすりかえて「痛いの痛いのとんでけー」してるのが正常人なんだよ。
ラカンの三界で言えば、「現実界/象徴界また想像界」の葛藤を、「象徴界/想像界」って葛藤にすりかえてる、ってことだな。
これがスターンの「ナラティブ自己感」だと思うがな。
(ひねくれた)構造主義者のわたしは「物語的自己感」と言い換えてるがな。
ここのコメント欄。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-860.html#comment
要するに、自分が「かけっこから降りたつもり」なだけで、全然降りられてないんだよ、『山月記』は。抑鬱症者は。
ナラティブ自己感から、物語の登場人物であることから抜け出せていない。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-169.html
=====
メランコリー者(抑鬱症者)のポスト・フェストゥム的な時間の生きかたは、クラウスが指摘している「過剰な役割同一性との同一化傾向」と表裏一体をなすものである。彼らにとって自己の同一性は、共同体内部において与えられた役割を遂行する人物という同一性の中に完全に吸収されてしまっている。役割同一性の遂行にとっては、経験の積み重ねが何よりも重要である。彼らはそのつどの他者との「あいだ」を、自らの役割同一性を最もよく実現しうるような方向で課題として読みとる。
(『分裂病と他者』より。()内は筆者による)
=====
ちなみに木村の言う「他者」はラカン派の「他者」とはちょっと違う。
木村自身が「絶対的未知性としての他者」と書いているように。
いやラカン派もそういう意味で「他者」を使うがな。
女性の享楽たる「他者の享楽」の「他者」は「絶対的未知性としての他者」だ。
>木村自身が「絶対的未知性としての他者」と書いているように。
木村がやってるのは「現象学的精神病理学」らしいし、現象学的な文脈があるってことだな。
ぶっちゃけ現象学って独我論だしな。
「男になりたい自分」「一等賞になりたい自分」も「女でいい自分」「ビリでいい自分」も脳内物語の登場人物にすぎんよ。
物語から抜け出せば(落ちたら)「可愛い自分」も「ただの皮膚」になるだろうな。
だから構造大好きっこのままなんだよなぁー
まぁ、自分の枠を確認しがちなんだろう
水商売するくらいなら風俗! って感じの激しさが私を消耗させるのだが
それでバランスとってるのでどうしようもないw
>水商売するくらいなら風俗! って感じの激しさが私を消耗させるのだが
>それでバランスとってるのでどうしようもないw
それはちょっとおもしろいな。
「ビリならちゃんとビリで!」ってことか?
でもあれだ、「自我理想」と「理想自我」って名称もややこしいしよくわかりにくい概念なんだが(ある意味「現実界」よりわかりにくい、わたしにとっては)、elveさんのおかげで具体的になったわ。
勝手に「枠」におさまって「枠」を確認してるだけならいいんだけどな。
その「枠」は「鋼鉄の処女」の扉でもあるため、確認のために触るだけで中の人が「うぐうっ」ってうめくんじゃないか。
家の中のパパとママがケンカしてる。
でも外には出ようとは思わない。パパとママがいないとだめ。
でも扉は確認する。外への扉。
その扉は「鉄の処女」だった。
それは自体愛への扉だった。
> 「ビリならちゃんとビリで!」ってことか?
「同情するなら金をくれ」っていうくらいなら援交させてください!! 的な。
「「最初から」お金目当てではな」く「落としどころで「お金」」にするのは「お金」に失礼だろ!! 的な
> 中の人が「うぐうっ」ってうめくんじゃないか。
おかげさまで「うめいていればいいじゃない」ってちょっと思い始めましたwww
構造の番人目指す方がいいのかもしれないwww
あ、番人がつついたら駄目か
> 「自我理想」と「理想自我」
自我理想:男になりたい人間になりたい私 兄と比較する
理想自我:アニマになりたい私 男を誤解させる 「大文字の他者」を気にする
分析主体:私いまのままでもいいんじゃね めんどくさがる 思考停止したがる
こんな感じかなぁ?
「妄想」が人間より大事になってしまってる
構造は「ウンコ」
避けるにしても、つつくにしても
意識せずにいられない
うがーーーーー
>「落としどころで「お金」」にするのは「お金」に失礼だろ!! 的な
?
「お金」に対して「礼」ってなんだ?
そんなモンが発生するのか? 「お金」って?
もっとも「礼」ってのが、「うわべ」ぐらいでは分かるが、体感的に分からん。
「お金」に「礼」?
「お金」って金銭的価値以外に他に何かあるのか?
「落としどころで「お金」」がなんで、「「お金」に失礼」になるんだ?
じゃあ、何だったら「失礼」にならないんだ?
そもそもなんで「礼」が必要なのか?
「落としどころで「お金」」が失礼なら、「お礼は「お金で」」も失礼か?
そうなると、俗に言う「礼金」って失礼なのか? でもあれは「礼」がついてるよな?
「金で解決」が失礼なのか?
もしそうなら、お金出回ってる国の人たちはみんな「お金に失礼」やってるんじゃないのか?
おまえの「失礼」ってなんだ?
なんで「礼」やらなんとか言って、「構造」を自ら増やそうとするのか分からん。
「構造に組み込まれるのはイヤ」なんだろ?
そんなに構造を増やすのが好きなのか?
もしそうなら、なんで「イヤ」って言うんだろう?
僕から見たら、「礼」も「ぶっかけ」になることもあるがな。
「警戒」「防衛」のための「礼」ってんなら分からなくもないが。
そういうのは、僕にしてみれば「礼」というより「構え」になるが。
柔道では、まずはじめに「礼」をするが、もしこの「礼」も「構え」であるならば、すでに「礼」する時点で勝負が始まってることになる。
なら、「礼」の時点で攻撃をしかけるのもルール上でも「アリ」となる。
>「礼」の時点で攻撃をしかけるのもルール上でも「アリ」となる。
これを
「もめ事が起こった」時点で「落としどころで「お金」」してもルール上でも「アリ」となる
に置き換えられるか?
実際、裁判で「賠償金」というのがあるから、それはルール上にあるんじゃないか?
ルールにのっとってるなら「礼」があるじゃん。
「落としどころで「お金」」も「礼」じゃん。「構え」じゃん。
いつぞや、「落としどころで「お金」」してた女に、elveさんはあーだこーだ言ってたが、それは他人の「構え」に口を出すことなんだよな。
他人の「構え」≒「警戒」「防衛」にあーだこーだ言うのって、どういう心づもりなんだろうな?
そいつの「構え」でelveさんがなんか「実害」でもこうむったのか?
おまきんさんの尻馬に乗るわけじゃないけどさ。
>いつぞや、「落としどころで「お金」」してた女に、elveさんはあーだこーだ言ってたが、
そのくせここでは
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.excite.co.jp/freec/743600/
「取れるものはがっつりとっておいた方がいい。」と言っている。「取れるもの」って「お金」だよな?
こういうのがわけわからん。
> 他人の「構え」≒「警戒」「防衛」にあーだこーだ言うのって、どういう心づもりなんだろうな?
好きとか嫌いとか気持ち悪いとかじゃないの?
あるいはあーだこーだ言うのも私の「防衛」なんじゃないかなぁ
「実害」こうむる前にっていう。
それは私の妄想を破壊する→あーだこーだ
おまえの「礼」ってなんだ?
大野さん訴えて金とれてたら納得するかもしれん。
そのあと別件でもめて、自分が大野さんに当てこすりして他のを認める文章消したり
うだうだしてたのが気持ち悪いというか、なにしたかったんだよ結局っていう。
大野さんの評判落としたいだけじゃん。落としどころですらない
あれで金が取れるという発想自体が危険だと私は感じた
こういうので前例を作るのはイヤだなぁって正直思った
できたらすげーなーとも思ったんだけど
>「落としどころで「お金」」にするのは「お金」に失礼だろ!! 的な
そもそも「お金」自体が「落としどころ」だと思った。
「価値(観という妄想)の流通」の手形なわけっしょ、「お金」って。
つまり売買の「落としどころ」なんじゃねえの、そもそもが。
「象徴界とはクッションである」ってえのは、ここの
http://psychanalyse.jp/columns.html
=====
つまり一方の性の他方の性に対する、生きることのできる穏やかな関係が打ち立てられうるような避難所には、父の隠喩という媒介の介入が必要である、ということです。
=====
って話で、「穏やかな関係」を「クッション」と表現している、ってことなわけだが。
「お金」ってそもそも「クッション」じゃねえの、って思うわ。
まあ「お金」=「シニフィアン」ってだけの話だが。
「金の取り方が下手」って話か。
ところで別記事で小学生男子がまたコメントしてるな。
>あるいはあーだこーだ言うのも私の「防衛」なんじゃないかなぁ
>「実害」こうむる前にっていう。
>それは私の妄想を破壊する→あーだこーだ
ものすごい「過剰防衛」だな。
まるで、他の国の海上眼前まで、自身の国の領土だと言う「中国」みたいだな。
それがさらに発展すると「侵略」になるのだろうが。
こういうところが「普通の人」の「怖い」ところなんだよな。
「ぶっかけ」たうえに、さらに「キレる」という。
過剰防衛かー。それはあるか。気をつけるようにするぅ
ギザ強欲!!
> 「金の取り方が下手」って話か。
そこが愛され上手ななにかかもしれないけどね
今日もにぎやかな喫茶elveでした。
>ギザ強欲!!
はてな民ってたいがいそうだよな。僕からはそう見える。
あるいは、はてな民こそが「人間」らしい「人間」なのかもな。
> 「ぶっかけ」たうえに、さらに「キレる」という。
DVっすなぁwww
礼の時に攻撃した上に試合途中でどうでもよくなるとかさー
そこまでやったなら絶対勝てよ
ヒール役やる覚悟決めろよ
なんだよ、無敵の被害しゃぶりたいだけかよ!!
みたいなさー
> はてな民ってたいがいそうだよな。僕からはそう見える。
たぶん臆病なのよ
「お金に失礼」というより、「落としどころ」としてつまり「クッション」として機能するシニフィアンだから問題なんだろうな。
それは「父性隠喩」だから。「お金」には、どんなに合理的に考えたとしても、「父性隠喩」がこびりついている。この記事でこう書いているように。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-950.html
=====
安愚楽牧場大爆笑。
「オーナー制度」とかただの宣伝文句なんだよ、出資者の所有欲を煽るための。(本来の)株式制度と何が違うんだ、って議論を市況板でしたことがあるわ。
人間ってほんとアホだ。
どんなに理屈ぶっても最終的には気分で考えている。
=====
ここのコメント欄なら
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-860.html#comment
「お金」も「物語」だ、ってこと。まあ資本主義が成熟した現代では違和感あると思うが。
「父性に失礼だろ」って話なんじゃねえの。
まあelveさんの場合具体的には母親らしいが。
>ヒール役やる覚悟決めろよ
ヒールやってるつもりはないだろwww F子さん。
>そこまでやったなら絶対勝てよ
>ヒール役やる覚悟決めろよ
>なんだよ、無敵の被害しゃぶりたいだけかよ!!
それは観客の言い分なんだろうが、選手がそれを考慮する必要があるのか?
だって実害こうむってないんだろ? 「ネタ」にされたとかでもないんだろ?
>「父性に失礼だろ」って話なんじゃねえの。
「こんなくだらない事案で裁判に訴えるな」と同じようなこと、となるな。
お金で話してくれた方が「父性隠喩」はわかりやすいんだが、どうも社会学系の学者って「思い込み」が激しいのかラカン援用してもちゃんと読めてない人が多いのだよね。
中野昌宏はまだましだったが。中沢新一もラカン論で資本主義を語っていたが、なんだかんだ言って読めてたと思う。「現実界」を読み間違えているが。
勝利の代償をF子さんに求めてるのだろうか
いや、「勝利」と「代償」だな。どっちも中途半端。
勝利と代償はお互いの価値を補強し合うわけで
両方がっちり行って欲しいと強欲的には思ってしまう、と。
わたしは「お金」や「法」も疑ってるからなあ。両方とも「物語」であり「嘘」だ。
なので「失礼」とは思わないな。
たいがいの「普通の人」って、スポーツ観戦してると、一喜一憂するんだよな。
自分自身が競技に参加してるワケでもないのに。
赤の他人が勝ったり負けたりするのに、喜んだり文句言ったりするんだよな。
実害に影響あるわけでもないのに。
そういう「心づもり」がまったく分からん。
訴えられたら国外逃亡しようwww
> そういう「心づもり」がまったく分からん。
私も全くわからんかった。今は楽しく(?)応援してるわwww
奴隷を戦わせる市民気分になれるのかねぇーっと思ってるが
実際観てるときはよくわからんな。
単純に面白いことも多いよ。マスコットの踊りとかwww
>たいがいの「普通の人」って、スポーツ観戦してると、一喜一憂するんだよな。
これはわたしもあるわ。
だがたとえば日本代表と他の国が試合してて、他の国が得点したときでも「すげー」と思ったらそう言うからなんか変になる。
>なんか変になる。
空気が。
> だがたとえば日本代表と他の国が試合してて、他の国が得点したときでも「すげー」と思ったらそう言うからなんか変になる。
これはあるwww やっぱすげーことあると楽しいよなぁ
要するに「「落とす」なよ、もっと死ぬまでやれよ」って話か?
ならまあわからなくもないが、わたしはあの件についてそれほど興味を持ってないので別に「落と」されてもあんまどうも思わなかったんだろうな。
剣道でもそうだったな。団体戦で相手が「すげー」って技したら「おー」とか言っちゃう。
いや学んで言わなくなったが。
>要するに「「落とす」なよ、もっと死ぬまでやれよ」って話か?
だとしたら「火に油」を自ら進んでやってた、ってことになるな。
スポーツだと大体「逃げたら負け」だが(柔道なんか場外反則ってあるだろ、剣道も厳しくなっていった)、「殺しあい」なら「逃げるが勝ち」はありなんだよな。
前にも似たようなこと言ったが。
>これはあるwww やっぱすげーことあると楽しいよなぁ
そう思う人もいるんだろうなぁ。
僕はスポーツ見てても、なんか人がワサワサせわしなく動いてるようにしか見えないから、よく分からんわ。
アリの群れか、袋に入ったイナゴのかたまりにしか見えんわ。
. 要するに「「落とす」なよ、もっと死ぬまでやれよ」って話か?
そー。スカート男子と一緒だよ。
> だとしたら「火に油」を自ら進んでやってた、ってことになるな。
いやいや、そのときは抑えてた。あんなの怖いモンwww
抑えてたぶんなんかだだ漏れた。
そろそろ生理だからかw
まーつまり外野の汚いヤジってことですねwww
サッカーとかはいまだによくわからんな。
バレーボールのがまだまし。
入り乱れるからわけわからなくなる。
まあ別にあのときのF子さんが「殺しあい」だったとは言わないが、別にわたしは観客じゃなかったからなあ、どうでもよかった。
大野さんやお前みたく「構造を壊したがる」口ぶりをする奴には「死ぬまでやれよ」とは言うが。
F子さんはそうじゃないだろ。
ラクさんの対応してて思うけど
相手に悪意がないのに悪意があると思い込むって相当エネルギー必要よねぇ
> 「死ぬまでやれよ」
構造は壊せないけど這い上がる方は一生諦められないんだろうと思うよ
> アリの群れか、袋に入ったイナゴのかたまりにしか見えんわ。
今は無理だけど子供の頃はそういうのみるのも好きだった
「スポーツ」も物語だが、サッカーは複雑な物語なのだよね。物語って群像劇とか主人公クラスの登場人物が増えるほど複雑になるだろ。
個人競技なら主人公は一人だが。
野球は簡単そうに見えるけど、人工的なルールがかっちりしてる物語、いわばミステリってところか。
ああん、1時過ぎてる Σ(´Д`lll)
おやすみー
>相手に悪意がないのに悪意があると思い込むって相当エネルギー必要よねぇ
刺激=悪意と思えばいい。
言葉のルールにすぎん。
>這い上がる方は一生諦められないんだろうと思うよ
これ誰のこと?
> これ誰のこと?
私
這いあがれてるよ、「構造の中で構造を壊せない」なら。
あ、そう? じゃ、自覚の問題なのかねぇ?
多分「這いあがる」=「かけっこで勝つ」になってるんだろうな。
わたしの言う「這いあがろうとする蛆虫は蛆虫ではなく人間だ」とは、「かけっこに参加できる蛆虫は人間だ」という意味だ。
「かけっこ」していられるなら蛆虫ではない。
>あ、そう? じゃ、自覚の問題なのかねぇ?
知らん。elveさんが自分で言ってるじゃん。「枠の中」とか。
「ビリでも参加するのが尊い」論法で「かけっこに不参加」とはできないんだろ。
それが「構造の中」ということ。
「かけっこに必死になってる」のは「這いあがる」じゃねえべ。
おままごと。
そしてこの「かけっこ」はルールが明記されていない。「空気」とか「隠喩」とかでできたルール。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-950.html
ルールが明記されていれば、見てわかるものなら、わたしも参加できなくないんだがな。
「俺ルール」ってのは大体そいつに「これこれこういう俺ルールだろ」つったら否認するだろ、ラクくんみたいに。
「言わなくてもわかるだろ」って「ルール」なわけだ、「俺ルール」ってな。
>「かけっこに必死になってる」のは「這いあがる」じゃねえべ。
>おままごと。
わたしから見て、な。
まあだから「かけっこに参加できない」んだろうが。
「殺しあい」ならわかるんだけども。
ふと考えると「ビリでも参加するのが尊い」って考え方ミュンヒハウゼン症候群だな。
彼らは「ビリでも参加するのが尊い」から「ビリにしちゃう」、自分や家族を。
逆に「構造」がどんどん「空気」「隠喩」「言わなくてもわかるだろ」的なものになってたことへの去勢済み主体なりの適応かもな、ミュンヒハウゼン症候群は。
シングルマザーの恋愛病な人もそんな感じだったわ。まあ子供傷つけたりはしてないけどさ。でも男の子だが女装させたり今度高校生なんだが一緒にお風呂入ってるらしい。ちんちん勃ってるらしい。
「近親相姦まであと一歩だな」とか言ったら「そうそう」って笑ってたわ。
「いじめられるんじゃね」とかそれは他の人が指摘したんだが、「だから最近嫌われてる」だとさ。
親曰く「しっかりした子供」だそうだが、「親離れしたらアダルトチルドレンになりそうだなあ」と思ったが言わなかった。
「恋愛は千人いれば千通りある」なんて言うが、親子関係もそうだよなあ、と思ったわ。
「言わなくてもわかるだろ」の「言ってないこと」への過剰適応っつかさ。
まあそれが「女性性」っつうなら、フェミニズムの運動は成功してるんだろうな。
河合しぇんしぇーも「現代社会は母性化してる」つってたし。
社会が女性化している、ってことへの対応が、ミュンヒハウゼン症候群だ、ってことか。
まあ酒の席だったんだがな、そのシングルマザーも、そういう「うちの子」話は、しなれてると思うんだよな、反論への対応がなれていた。
「近親相姦まであと一歩」ってのは自覚してるんだろうな。
elveさんの言ってる「美少女願望」(だっけか?)って親にもあるんじゃね。
ちなみにそのシングルマザー元リスカちゃんらしい。腕の傷も見せてもらった。大した跡にはなってなかったけど。ひどいのとかケロイド状になるまでやる子いるからね。
「大人になってからはしてない」そうだ。
「ビリでも参加するのが尊い」っての自体が、まあ明言される場合もあるだろうが、ほとんど「空気」「隠喩」みたいなもんじゃないんけ? 「言ってないこと」。elveさんにとって。
いやたとえばそのセリフを毎日繰り返す学校だったなら違うが。
親は強いよ。「自分の妄想」「俺ルール」に対する信仰心が。
「実は近親相姦ちょっとだけしてました」つっても驚かんわ、その人とか。
土鍋ごはんさんも子供の頃親や姉から性的虐待を受けてたと本人がブログで書いてたんだがさ、なんかうちのブログそういう読者も多いみたいなんだよな。
土鍋ごはんさんなんかは、性的虐待を受けた方も、「親」に対しては否定的な態度を取るだろうが、「ビリでも参加するのが尊い」を維持している、ってことなんだよな。
elveさんは母親から虐待受けたってわけではないだろうが(「トラウマは客観的事実ではなくてよい、主観的事実でよい」)、「親」に対して反論はするが、「親」の「言わなくてもわかるだろ」という「言ってない」ことである「ビリでも参加するのが尊い」を遵守しているんだよな。
そういった「アダルトチルドレン」を「這いあがろうとしている人」と言うかどうか、って話だろうな。
わたしからすれば「言わなくてもわかるだろ」を理解できてるなら「這いあがれてるだろ」って思うんだがな。
這いあがった先でしてるおままごとにしか見えない。
「被愛妄想」にも上には上がいる、って話かwww
いやまあelveさんは「言わなくてもわかるだろ」の「言ってないこと」を違う「言ってないこと」って読むから「這いあがれてない」となるのか。
でも「言ってないこと」で他人の心なんてそんな簡単にわかるもんじゃないんだから、「言ってないこと」を読み間違えるのは普通だろ。デリディアン曰く「誤読するのが正しい」だ。
しかしまあelveさんの自己分析は精密だな。
まあわたしなんかよかelveさん自身の方がelveさんについての情報量多いから当然なんだが。
ここでラカン派の「欲望は文字通りに捉えなければならない」と見事に対立する。
あ、デリディアンの言い分が。
むしろわたしがelveさんをそのシングルマザーに追いやってる気がしてきた。
「かけっこしなけりゃいいじゃん」→「いや私はかけっこする!」
って形で。
「被愛妄想」を治そうとしてたんじゃないのかよ。
まあわたしの治療法は「被愛妄想を被害妄想にすればいい」ってことで全然治療じゃないんだが。
>ラクさんはDHAがなんの略称か書かないならコメント不要
日本酒フイタ。
冷酒は晩夏に限るねえ。
基本的に球技がだめなんだよな。ソフトとかフライ全然捕れない。ボールとの距離感がわからん。
でも剣道とかは小手打てるんだよな。
つか出小手とか条件反射だろ、「ボールとの距離を測る」なんて暇ない。体が勝手に動いたら竹刀が小手にあたってるという感じ。
いやまあ選手とかはフライ取るのも距離なんて測らず条件反射で取ってるのかもしれないが。
ほんとなんでフライ捕れるのかが不思議だわ。
バレーもレシーブだけはうまかったわ。逆にアタックもトスも下手だったが。サーブはまあ打てたな。
レシーブだけしかできなかった、か。
「ビリでも参加するのが尊い」「かけっこ」か。
そういうシングルマザーとか見てるから大野さんの「セクシャルマイノリティ教育」っつうのがわからん。
学校ででも家庭ででもセクシャルマイノリティあるだろ、と。
まあだからと言って「やるな」とは言わないが。そのシングルマザーにも言わない。
「自分がセクマイを教えたい」のであって、世間のせいにすんなよ、と言いたいわ。
多数か少数かって話じゃなく大野さんの欲望の問題。
そしてelveさんの批判はelveさんの欲望の問題。
「かけっこに参加できない」んだよ、蛆虫は。「なんで人間はかけっこに必死なの?」と。
やるにしてもルールがわからん。「言ってないこと」「見えないもの」だから。
そのシングルマザーも、子供が自閉症やアダルトチルドレン的な症状をわたしが観察したら、とやかく言ったかもしれないが、子供は写メでしか見てないからな。
>子供が自閉症やアダルトチルドレン的な症状を
アダルトチルドレンとか社会的隠喩を考えず精神病理学的に考えれば定義はPTSDと同じなわけで、そうしたらわたしも理論を知ってるし臨床してるからな、それについて言うことはできる。
>理想自我:アニマになりたい私 男を誤解させる 「大文字の他者」を気にする
あとこれは違うぞ。
「自分が思う自分でいい私」だ。
つか「ビリでも参加するのが尊い」=「アニマ」なのか、お前の脳内では。
本気でそれが「尊い」と思ってるんだな。
「大文字の他者を気にするの」は「自我理想」のせい。アニマも「自我理想」。
むしろ
>私いまのままでもいいんじゃね めんどくさがる 思考停止したがる
これが理想自我。
分析主体とは「考えが止まらない」「被害妄想が止まらない」状態だ。
>自我理想:男になりたい人間になりたい私 兄と比較する
>理想自我:アニマになりたい私 男を誤解させる 「大文字の他者」を気にする
>分析主体:私いまのままでもいいんじゃね めんどくさがる 思考停止したがる
お前のこの三行には「分析主体」「エス」は存在していない。
むしろ自我心理学の考え方そのものな気がするな。
自我心理学には「エス」は存在しない。
アナ・フロイトとクラインの対立点は「赤ん坊に主体はあるか」であり、アナは赤ん坊に主体があることを、自我ではない主体を認めなかった。
「赤ん坊の主体」「自我ではない主体」を明確に論じたのがクライン派のビオンだな。「思考する者なき思考」。
その「自我ではない主体」の行動原理は何か(去勢済み主体の行動原理は自我だとして)、というところで「死の欲動」がでてくる。
だからわたしはフロイト-クライン-ラカンを「死の欲動派」と呼んだりしている。
「かけっこに参加」できてるから「思考停止」できるんだろ、「言わなくてもわかるだろ」ってことについて。
わたしはこうやって自己啓発セミナーとは逆にある事柄を述べているのだが、elveさんはどう言っても自己啓発セミナーにしたがる。
「思考停止」は「かけっこから降りること」じゃねえぞ。
「かけっこに参加できないこと」とは「人間はなぜかけっこしたがるのだろう」と考えることだ。
むしろ「言わなくてもわかるだろ」ってことを「わかっている」(つもりだ)から、思考停止できるんじゃねえの。
そのシングルマザーの息子も「思考停止」できているなら、アダルトチルドレンにはならんだろうな。
母親とセックスすればよい。母親がセックスしたがってるんだから。
母親って動物は子供が娘でもセックスしたがっているってことになるがな、フロイトの言い分にならうなら。
まあelveさんは否認するかもしれないが、その元リスカ少女で中学生の息子と一緒に風呂入るシングルマザーと、心理が、「ビリでも参加するのが尊い」って点で共通している、ってことだ。
もちろん差異もあろうがな。
>お前のこの三行には「分析主体」「エス」は存在していない。
お前は自称「被害妄想が止まらない人」じゃないんけ?
それが「分析主体」だってこと。
「被害妄想が止まらない」からこそこれだけ精緻に(とわたしが思う)自己分析できているんだよ。
>お前は自称「被害妄想が止まらない人」じゃないんけ?
もしそうなら、「私いまのままでもいいんじゃね めんどくさがる 思考停止したがる」の「私」は、お前が「理想」とする「私」であって、「今の私」ではないだろ。
「思考停止したがる」ってことは「思考停止できてない」のだから、「思考停止できていない」のが「今の私」であって、「思考停止する」「私」はお前の「理想」だ。
「私いまのままでも」全然よくないじゃん、お前自身が。
わたしはラカン派でもありクライン派だと思うが、「思考停止できない」「被害妄想が止まらない」「今のお前」という「自我ではない主体」のままでいいんじゃね、と言っているわけだ。
クラインが赤ん坊に死の欲動を見いだしたのと同じ。
まあそうなる(クライン論における「死の欲動、すなわち欲望によるものではない攻撃性もある赤ん坊」になる)と「男」でも「アニマ」でもなくなるけどな。
「思考停止」ってのを極論的に「抑鬱症」と考えれば、ラカン論にもクライン論にもあてはまるんだよな。
「男になりたい」「アニマになりたい」自我理想と、「今のままでもいい」理想自我。
「欲望によるものではにあ攻撃性のある赤ん坊」の主体である分析主体。
このあいだに「思考停止」がある。「喪」がある。「無」がある。
この「無」も「自我ではない赤ん坊の主体」ってことになるがな、クライン論では。妄想分裂態勢と抑鬱態勢って奴だ。
にあー。
つか
>自我理想:男になりたい人間になりたい私 兄と比較する
>理想自我:アニマになりたい私 男を誤解させる 「大文字の他者」を気にする
>分析主体:私いまのままでもいいんじゃね めんどくさがる 思考停止したがる
この三行全部に「したがる」があるじゃん。
「なりたい」「したがる」が。
>アナ・フロイトとクラインの対立点は「赤ん坊に主体はあるか」であり、アナは赤ん坊に主体があることを、自我ではない主体を認めなかった。
むしろラカンの「/S」(斜線を引いたエス)なんかは、当時の精神分析村の「女帝争い」たるアナとクラインの双方の言い分の中庸ではあるんだよな。
まあおこがましいかもしれないが、お前がアナでわたしがクラインみたいなもんだな。
だとすればfont-daさんの言い分なんかもろアナっぽいんだが、アナにもなれないんだよな、お前。
>自我理想:男になりたい人間になりたい私 兄と比較する
>理想自我:アニマになりたい私 男を誤解させる 「大文字の他者」を気にする
>分析主体:私いまのままでもいいんじゃね めんどくさがる 思考停止したがる
この三行には「被害妄想が止まらない」お前が存在していない。
むーねーがー、むーねーがー、くーるしくーなるー♪
CCB好きだったわ。はじめて買ったシングルレコードはCCBでした。
CCBタイム。
http://www.youtube.com/watch?v=xh-IAWajYQA
小学生のときCCBのコンサートがあってさー、友だちといったんだけど(隣の県までいった。ちょっとした冒険だったわ)、関口さんファンだったんだけど、「関口さんの顔生理的にだめだけど声が好き」って言ったらすげーひかれたわ。
でも「二度と生のコンサートはいかない」と思いましたとさ。
大音量がだめなんだよな。
とか言いながら大学生になって大音量でハウスミュージック+暗黒舞踏の伊藤キムさんとかのファンになってるんだが。
まあなんだかんだ言って「CCBのコンサート」はわたしのトラウマになってるんだろうな。
ミュージシャン冥利じゃないか。
笠さんだけは理解できんかったが。「なんであんなデブが」って思ってたもん。CCB一番売れてたとき正月に冠番組やってさ、笠さんに渡辺さんだかが「このデブ」って言ったんだが、それで「デブって言っていいんだ」って思って「デブじゃん」って言ってまたひかれて、とこうやって「浮いていく」わけですわ。
大体てんかん疑われて毎月脳波計ってる小学生にCCBのコンサートなんかいかせちゃいかんだろ。全方位ピカチューみたいなもんだ。
http://www.youtube.com/watch?v=a-NERdKpBns&feature=related
CCBつったらこれだわ。
コンサートとか「原色大暴走」だったしな。
>「関口さんの顔生理的にだめだけど声が好き」
四人ぐらいでいったんだが、電車の中何時間かいっさいわたしとしゃべってくれなかったもんな。
まあついたら普通にしゃべってたが。
動物だな、動物でいいんだよ、ほんと。
CCBの「生まれてはじめてのコンサート」とか「悪意」だろ、てんかん自動にレーザービビビ大音量のコンサートとか。
てんかん児童な。
「男になりたい」も「アニマになりたい」も同じ妄想だよ。「男」「アニマ」という大人たる他者。「理想という妄想」。
さらにそこから「自分がいいと思う自分」も妄想だとしたのが「自我とは想像的なものである」ってことだ。
さらにそこからお前がその三行で触れられなかった「被害妄想が止まらない」お前が「分析主体」だ。
自我心理学の甘さと同じ甘さだわ。くっせー。
この三行こそ「一見良心的で面倒回避」なだけだろ。
「自分の都合のいい私だけを見て」じゃん。お前も旗子と同じ。あ、思い出した。
お前が「旗子と自分は違う」のは「被害妄想が止まらない」「私」じゃないんけ?
ほんとelveさんは水商売やっちゃいかんと思うわ。「信じたい気持ちが過剰だから疑ってる」だから、あっさり男に騙されそう。「男を騙す商売」はできんだろうな。
それで骨までシャブられる女はよく見たわ。
ちなみにそのシングルマザーもお水。
「骨までしゃぶられたい」ならその三行の「なりたい」「したがる」を殺せ。
できないならお前が男をしゃぶれ。
スイーツブログにすればよい。「一見良心的で面倒回避」な記事だけ書いていれば。
「被害妄想」とは「疑う」ってことだろ。
>「男になりたい」も「アニマになりたい」も同じ妄想だよ。「男」「アニマ」という大人たる他者。
実際お前の母親は「母」でもあり「父」でもあったんだろ。
そのシングルマザーとか散々父親を「中出しして逃げた」と言っといて「子供は自分が産みたかったから」って言ってるんだよな。
わけわからんわ。
「産ませられた」んじゃねえの、それを認めると今の近親相姦ができなくなるからそう言ってるだけじゃねえの、って思うわ。
これelveさんの「被害妄想と・め・て」と言ってるくせに「自我についての三行」でそれを触れられなかったこととおんなじ心理だと思うわ。
ちなみにそいつも「レイプファンタジー」はあるわ。
まあ彼女は「したくはないセックスもある」とは言いそうだけどな。
不倫の子もそうなったらそうなるのかなあ。
んー。
不倫の子はリスカ少女ではなかったけどな。
ミュンハウゼン症候群は「愛に対するあきらめの悪さ」でもあるだろ。
「あきらめ」はあったんだよな、不倫の子は。「好きとかそういうんじゃなく惰性」って。
でもそれは嘘だったのか。
不倫の子が不倫相手に中田氏されて逃げられたなら、「ビリでも参加するのが尊い」ってなるとはならん気がするんだよな。
「参加するなら勝て」とかになりそう。
「やるなら勝ちましょう」ってタイプだったしな。
ほんとわたし以外の人はその子を「クールな人」と言って、わたしを「感情的な人」って言ってたんだが、わたしからすればわたしより「感情的な子」なんだよ、不倫の子は。上岡さん。
あ、仮名です。
不倫の子が「父」でもあり「母」でもあるお前の母親に似てるのかもなあ。
お前はどちらかというとそのシングルマザーっぽい。
>お前はどちらかというとそのシングルマザーっぽい。
「被愛妄想」「ビリでも参加するのが尊い」って点が。
なんかすげえ重要な点話してる気がする。
いやいつもと同じか。
>自我理想:男になりたい人間になりたい私 兄と比較する
>理想自我:アニマになりたい私 男を誤解させる 「大文字の他者」を気にする
>分析主体:私いまのままでもいいんじゃね めんどくさがる 思考停止したがる
正しくは(ラカン派に限る)、
自我理想:「男になりたい私」、「アニマになりたい私」
理想自我:「私いまのままでもいいんじゃねという私」
分析主体:私が認めたくない「思考停止できない私」「被害妄想が止まらない私」
だ。
「思考停止」「喪」「無」は自我と分析主体のあいだにある。
まあ自我心理学、テレビに出てくる占い師みたいな心理学者の心理学なら、お前の三行で正しいと思うよ。
上野あたりがそれを「男性原理に飲み込まれてる」って批判すべきなんだがな。
自我理想:「男になりたい私」、「アニマになりたい私」
理想自我:「私いまのままでもいいんじゃねという私」
−−−−−「思考停止」「喪」「無」−−−−−
分析主体:私が認めたくない「思考停止できない私」「被害妄想が止まらない私」
って感じだな。
この
−−−−−「思考停止」「喪」「無」−−−−−
がわたしブログで言う「トランポリン」だ。ブログ内検索してくれ、知りたければ。酔っ払った。
お前も「思考停止」って「トランポリン」でびよよーんって「かけっこ」に舞い戻ってるじゃん。
トランポリンって跳ねずに寝そべるのって気持ちいいんだよな。
その「跳ねずに寝そべっている」のが抑鬱症。
分析主体はそのトランポリンが破れた下にある。
あ、ごめん、トランポリンが破れた下も、トランポリンの表面も含めたのが分析主体ってことになるな。ラカン派もクライン派も。
ラカン派の「治療」とはこのトランポリンに「蹴落とすこと」だ。
だがトランポリンが薄い人はそのまま落ちてくだろうな。自閉症とか前精神病者とか。
それが
http://d.hatena.ne.jp/lacanian/20100514#p1
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しかし,おそらくそのような状況としての出立が問題なのではなく,その状況が招く「自分自身の言葉で語ることの突然の要請」が問題なのである.こう言って良ければ,それは「語りの出立」ということになろう.自分自身の言葉で,誰の助けも借りずに発言すること.このような状況では,人は父の機能に対する問いに直面させられることになる.精神病者の発病契機となる事態は,「自分自身の言葉で語ることが不成功に陥る」こととして一括できる.例えば,会社の朝礼で他の社員の前に立たされ演説をさせられたある女性は,その翌日から被害的内容を持つ幻聴と実体的意識性の出現をみた.そして,当時を回想して「(朝礼のときは)うまく喋ることができなかった」と語る.このように,前精神病者は,自分自身の言葉で発言しようとした瞬間,語りが「うまくいかない」という事態に陥る.ここにおいて,宮本のいう「言語危機」*2をラカンの理論と対応させることができよう.
分析がときに精神病の発病を招くという事実は,自由連想の規則がまさに自分自身の言葉で話すことを求めることによる.
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という文章が示していること。
>自分自身の言葉で,誰の助けも借りずに発言すること.
とかわたしがよく言ってる「独り言」だろ。
だが、人間の脳は「他者」で構成されているため、「他者のいない語り」をしようとすると、「他者が亡くなった」「喪」に服してしまう、ってことだ。
上野は「おひとりさま」なんて論じているが、「おひとりさま」という「語る主体」が精神病を想定していない点が、すでに男性原理主義者だ。
まず上野やんなきゃか。
あたし寝技出小手タイプだから自分から打ってでるの下手なんだよなあ。
著名人なら藤田博史とか笙野頼子とか向こうから技かけてくれたからなあ。
わたしに技をかけないようにがんばっている「刺激しない」=「優しい」なelveさんは対わたしとしては非常に有効な装置だな。
「刺激しない」=「優しい」
これだよ、ほんとに。
ここだけが共通点だ。
でも逆に言えば、これって「刺激」=「悪意」だろ。
>ここだけが共通点だ。
わたしとお前のな。
むしろ糖質は発症してはじめて「宮本のいう「言語危機」」に陥って、自閉症は生まれつき「宮本のいう「言語危機」」を生きているわけだから(その対処法がエコラリアやエコプラクシアだ)、「言語危機」なんて表現は自閉症にはあてはめにくいだろうな。
生まれつきな環境を「危機」だとは言えないだろ。むしろそっちが「普通」「正常」だ。
>わたしに技をかけないようにがんばっている
「攻撃しない意志」なんて「人間の言葉のルール」でしかないだろ。
「攻撃しない意志」を示していようと「攻撃してしまう」動物でもある、人間は。
だからわたしはわたしの頭をつかんでスナックのカウンターに打ちつけた男をそんなに憎めない。ほんと普通に話してたんだぜ、その直前まで。わたしよくわからないが目撃者曰く「あわてて逃げた」らしいから、自分でも「攻撃しよう」と思ってやったわけではないだろ。体が自然に攻撃してしまった、と。
そんな直接的な暴力よりsimpleみたいな人間の方が暴力的だ、わたしにとって。
elveさんのわたしへの攻撃もそういうものだと考えればいい。
それを「悪意」と呼ぶかどうかは言葉の定義にすぎない。
とか書くと
http://homepage3.nifty.com/tamakis/%8D%D6%93%A1%8A%C2/HugBoxor.html
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彼女がおそれる具体的な行為を挙げてみよう。それはまず相手と視線を合わせることであり、抱きしめられることであり、体に触られること、指示されること、そして優しくされることである。例えば「やさしさ、親切、愛情には身がすくむp.58」とある。これら彼女の嫌いなものに、どんな共通点があるだろうか。
おそらくこれらはいずれも、心的組織を主体へと凝集させる契機にほかならず、それゆえ彼女はこの契機を逃れるためにあらゆる努力を惜しまないのである。例えばまなざしや親密さは、それを受けるものに対して、ほとんど暴力的に同一性や主体性を強いてくる。ドナにとって、愛や親密さが恐ろしいのは、それが暴力にほかならないためだ。われわれはこうした暴力に、たんに慣れ親しんでいるに過ぎない。心的主体を意識しなければいけない場面は、彼女にカタストロフを予感させるのである。
彼女が直接的な暴力に対していかにも無頓着であることも、逆の方向からそれを裏付ける。暴力は身体感覚には訴えてくるが、疎外される感覚はむしろ安心をもたらしたのではないか。彼女が主体化を避けるために作り出したキャラクター、「キャロル」と「ウィリー」のエピソードはその意味で興味深い。なるほどこうした局面では彼女はあたかも多重人格者のように、仮の人格で身を守っている。そして仮の人格があらわれる危機的状況とは、通常考えられるような暴力や虐待の場合に限らず、むしろ愛や親しさの告白などといった場合に生ずるのである。
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を連想するのだよなあ。
わたし自閉症じゃないけど。
>だからわたしはわたしの頭をつかんでスナックのカウンターに打ちつけた男をそんなに憎めない。
その男ともそのあと普通にあってたけどな。
なんか気まずくなって別れたけど。
たまきんは『戦闘美少女の精神分析』といい『生き延びるためのラカン』といい『文学の徴候』といい『文脈病』といい決定的に「現実界」をわかっていないが(でも中沢新一のように「否認」になっているわけではない。ただ知らないだけと思える)、まあ自分で「ラカン萌え派」って言ってるぐらいだし、逆に「人命を救う医者」は「現実界」があってはならないんだと思うわ。
たまきんはちっとは小笠原晋也を見習え。
「精神病は治療すべき」というルールを疑ってはならない、と。
たまきんの評価できる文章ってその自閉症の論文だけだな。
あとは自我心理学派とそう変わらない。
彼の学派遍歴の問題ではなく、彼自身の心理傾向として。
たまきん元々ユンギニアンだったらしんだけど、ユングやってればいいと思うんだよな。ラカンなんて倒錯しないで。
たまきんと大野さんもそういう意味では同じ。「ラカン論という補助線」を引っ張れば、同じ位置にいる。
中沢新一はさすがインドの山奥でじゃなくてチベットで修行しただけあって、「現実界」を知っている気がするわ。
それを「こんなにいいものですよー」っていう「営業脳」だけどな。
たとえば「非対称性」についての彼の思考の遍歴は、一貫していない。それが「わかってるなあ」と思える。
大野さんもユングの方があうと思うんだよな。
まあ確かにアート村ではユングは味の抜けたガムになってるんだろうけどさ。
ガムなんてもともと味のしないもんだ。
「大野さんは誰と戦っているんだ」
多分、「童話好きな父」にとっての「アニマ」と。
elveさんも「脳内母親」にとっての「アニマ」と戦っている。
どっちも同じっちゃー同じ、違うっちゃー違う。そらま、elveさんの母親と大野さんの父親は別人だろうからな。
たまきんも中沢も詐欺師だが、中沢の方がこっちに「お金」「シニフィアン」を落としてくれるだろうな。
たまきんの言説は精神疾患者から、未去勢者から言葉を奪うだけ。
いやわたしのやってることも中沢じゃなくてたまきん方向だが。
わたしは自閉症者などと言う未去勢者から言葉を奪って正常人に横流ししている。
たまきんはそれを自覚しているならまあいいや。
中沢は横流しではなく改竄している。
まあ、「横流し」ってことは「加工せずにそのまま受け渡す」ってことだから、基礎科学的ではあるよな、「横流し」の方が。
中沢はガタリと一緒。
アルトーや仏教僧というキチガイの言葉を自分の都合のいいように加工して「欲望に従っている」。
>自分の都合のいいように加工して「欲望に従っている」。
elveさんもそう。
まあelveさんは「これは私の欲望だ」と「欲望に妥協していない」からまだまし。
中沢やガタリの方がelveさんよりバカ。
「自我というレベルより深いところにある自分がわかっていない」。
では科学者は「自我というレベルより深いところにある自分」それこそ「分析主体」なのか、というとそうでもない。
ただ仕事としてそんなの考える必要がないだけだ。
たまきんもガタリも中沢も「人の心を研究する学問」を援用するなら、まず自分の心を研究してからにしろ、ってだけ。
この見方ならたまきんやガタリや中沢よりelveさんは「研究できている」。
男は他者に対して科学者になれるが、自分に対する科学者になれない。
女は他者に対して客観的になれないが、自分に対する科学者になれる。
ぶっちゃけ、「人の心を研究する学問」なら、たまきんやガタリや中沢や原和之や藤田博史や水上雅敏や向井雅明や小笠原晋也やミレールやジジェクや大野さんなんかより、勉強になる。
思いつくまま書いたが大野さん以外全員男だった。
>自我理想:男になりたい人間になりたい私 兄と比較する
>理想自我:アニマになりたい私 男を誤解させる 「大文字の他者」を気にする
>分析主体:私いまのままでもいいんじゃね めんどくさがる 思考停止したがる
ではなく、
自我理想:「男になりたい私」、「アニマになりたい私」
理想自我:「私いまのままでもいいんじゃねという私」
−−−−−「思考停止」「喪」「無」−−−−−
分析主体:私が認めたくない「思考停止できない私」「被害妄想が止まらない私」
ってのが重要。
elveさんが間違っているって話ではなく、むしろelveさんのその自我心理学的な三行のおかげでこういう風にまとめられた。
simpleとかその「−−−−−「思考停止」「喪」「無」−−−−−」にすがりついているんだよ。
「這いあがってそれにすがりつく」のではなく「落ちないためにすがりついている」わけだ。これはelveさんも同じ。
ベクトルが逆なんだよ。
であう「地球の裏側」って場所が同じだとしても。
>理想自我:アニマになりたい私 男を誤解させる 「大文字の他者」を気にする
>分析主体:私いまのままでもいいんじゃね めんどくさがる 思考停止したがる
この二行のあいだに「トランポリン」がある、って話だな。
「トラポリンの下」を視点にすれば。
「私が可愛いのは事実だ」って文章は、「アニマになりたい私」=「私いまのままでもいいんじゃね」だろ。
この「=」に「思考停止」があるだけで。
その下をわたしは論じている。
>−−−−−「思考停止」「喪」「無」−−−−−
>分析主体:私が認めたくない「思考停止できない私」「被害妄想が止まらない私」
この二行が数学の公式の途中の式のごとく省略されるのが正常人なんだよな。
そういう意味では「思考停止」「喪」「無」な抑鬱症は正常人とキチガイの境界にいるのかもな。
図にしてみた。
↓ :「男になりたい自分」 ←自我理想
↓ ↑ :「ビリでも参加する尊い自分」「アニマな自分」 ←自我理想
:「今の私でいいんあじゃね」 ←理想自我
−−−トランポリン−−− :「思考停止する自分」 ←抑鬱症
???? :「思考停止できない自分」「被害妄想が止まらない自分」 ←キチガイ
だぶったけど消すなら上の消してくれ。
ふだん重複してるーとか思って消すときはなんも思わないのに
こう、消すならこっち、って言われると
あれ? 消しちゃいけない方消してるんじゃないだろうか
というもやもやとした不安に襲われることを発見www
だれか 被害妄想 とめて と叫びながら
それを止めれるのは自分だけなんだよなぁってちょっと醒めてる自分もいる
「思考停止したがる」は「死の欲動」だと思っていた
私の認めたくない私は私が認めたくないから見つけにくいよなぁ
>「思考停止したがる」は「死の欲動」だと思っていた
その「死」は「無という妄想」だろ。「糸車がある、ない遊び」の隠喩作用を受けた妄想の「死」。
「実際に死にかけている人間の脳内反応」ではないだろ。
わたしはそれが「てんかん発作」だとなぜか思えている。
>私の認めたくない私は私が認めたくないから見つけにくいよなぁ
こういう文章とかすげえなと思うわ、お前。分析主体として。
ラクさんが10代の美少年だったら土下座したい気分
そう思っとけば。お前の「脳内ラクさん」なんだから。←これが思考停止。
土下座気分で攻撃する。最大防御なんだがもろい
トータル言うと本当にむかついてるってことなんだろうw
こうやって相手をバカにして楽しむのは反吐がでる
楽しいけど
欲も私の嫌いな(ry part2 だな。
印象は※欄に粘着するとろろ芋さんって感じ
見えないとこでやってくれ
ああ、誤変換
私が私の嫌いな私を見るというテーマではナイスタイミングだ
ほんと、こういう時は妄想止まらないな。
>「思考停止したがる」は「死の欲動」だと思っていた
あれだ。抑鬱態勢と考えれば「死の」かどうかはわからないが、「欲動」だとは言える。
だけど、「思考停止【したがる】」のは「欲動」ではない。「本能」って「したがる」ことじゃなく「そうしてしまう」ことだろ。
わたしここでこう書いてるじゃん。
https://elve.hatenadiary.jp/entry/20110822/1314016114#c1314020745
=====
だけどやらなきゃならない。
なのに体が言うこと聞かない。
上司の前で泣いたことあるもん。「わかってるんです、自分でもわかってるんですけど、できないんです」って。
そんで病院いったら「抑鬱状態」って診断された。
=====
「思考停止してしまう」んだよ、体が言うこと聞かずに。
それが「欲動」だ。
お前の「思考停止したがる」は「楽だから」だろ。快楽原則だから、それらのほころびである「死の欲動」たりえない。
「思考停止」を理想化してるわけだ。現実の「思考停止」ではない。わたしが観察してきた抑鬱症者たちのそれらも。
「思考停止しているボクチン」に憧れているだけ。
「わかってるんです、自分でもわかってるんですけど、できないんです」って泣くぐらいなら「欲動」かもしれないと考えてやってもよい。
やっとまとまった。わたしの方が。
わたしの顔をカウンターにうちつけた男も、「暴力したがって」暴力したのではなく、「暴力してしまった」だったんじゃないか、とわたしは考えている。
「攻撃性」とか「思考停止」って話じゃなく、「したがってる」のか「してしまう」のかって問題。
それが「欲望」と「欲動」の違い。
elveさんの「被害妄想が止まらない」も「被害妄想したがって」るのではなく、「被害妄想してしまう」だろ。
だからそれは「自我ではない主体」たる分析主体だったんじゃないか、とわたしは推測している。
だが、「思考停止したがる」のは分析主体ではなく、自我だ。
「思考停止【したがる】」ではなく「被害妄想【してしまう】」方が(「死の」かどうかは保留しておいて)「欲動」「本能」だってことだ。
記事移るか。
この「したがる」と「してしまう」の違いは、このマンガでも触れられている。
http://zeitgeist.s206.xrea.com/stored/zianup0045.gif
=====
「アタシが大学にいた頃はオタクは「なろうかな」ってなるもんじゃなく気付いてたらなっていた生まれつきの病気か呪いかなって認識がまずあってさ」
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とか
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「気が付いたら変なのとかエグいのとかダメなのとばっか見てるマイナー嗜好になっててさ」
=====
とか。
この作者の「オタクになった」のは「欲望」ではなく「欲動」的な原因であり、このマンガで描かれている「後輩オタク」たちは「欲望」でオタクになった、と作者は考えている、ということだ。
これと同じ理屈で、elveさんの「思考停止したがる」のは「欲望」的なものであり、「被害妄想が止まらない」のは「欲動」的なもの、と考えている。
もちろん、同じ「思考停止」でも、「思考停止してしまう」人もいるだろうな。心因性の抑鬱症ではない器質因と考えられうる鬱病とかがそうなるんじゃね、定義的には。
わたしはまだ見たことないが。
中坊さんなんかは「ああそういう脳の人なんかな」とは、つまり抑鬱症ではなく鬱病かな、とはちらっと思ったが。
ワードサラダくんは明らかに抑鬱症だな。
>つまり抑鬱症ではなく鬱病かな、とはちらっと思ったが。
言い換えれば「生まれつきのバカ」。
「生まれつき思考停止する脳」なんだから。
まあこんなこと言ってるわたしも診断は「鬱病」ではなく「抑鬱状態」だったんだがな。
で、「死の」かどうか、って話なら、それは欲動の話なんだから、隠喩的連鎖で考えてはならない。つまり「思考停止って「死」っぽいじゃん、だから「死の欲動」」という考え方自体が誤りとなる。
「死っぽい」とか隠喩連鎖、連想をはずしたところで考えなければならない。
「欲動」「エス」ってえのは「言語のように構造化された無意識」のさらに奥にあるもんだからな。フロイトの「エス/超自我/自我」って奴だ。
で、藤田博史とかは「生の欲動/死の欲動」を「ネゲントロピー/ネゲントロピー」だとか書いてるわけだ。
わたしはそれについてこう書いている。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-951.html
>「生の欲動/死の欲動」を「ネゲントロピー/ネゲントロピー」だとか書いてるわけだ。
まちがいた。「ネゲントロピー/エントロピー」でした。
「抽象的だからわからん」と言ってはいるが、こと「欲動」の話になると、それは「言語構造外のもの」「語りえぬこと」なので、どうしても抽象的になってしまうのだよなあ。
まあ少なくとも、「死の欲動」とは最初の定義が「快楽原則のほころび」なんだから、「楽だから」「思考停止したがる」ってのは「死の欲動」ではない、となる。理屈上。
少なくとも、elveさんにとっての「思考停止したがる」のは「死の欲動」ではない、とわたしは考える。
まったく同じ文章を、elveさんじゃない別の人間が言ったとして、それが症状として「快楽原則のほころび」であったなら、「死の欲動」と考えるかもしれないが。
>それは「言語構造外のもの」「語りえぬこと」なので、どうしても抽象的になってしまうのだよなあ。
「本能」とはそもそもが「語りえぬこと」なので、「人間同士は話が通じないのがデフォ」「手紙は宛先に届かない」となるが、人間という動物は「本能が壊れた動物」だから、「手紙は宛先に届く」んだよ。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-677.html
この辺の話はずーっと脳内で「永遠のパズル」が流れ
わかってる よくわかってる でもできなーい!!
と叫び続けるのだった
本当にごめんなさい。
『バニラ』の方がいいな。
そんなに私若くない
そんなに私利口じゃない
そんなに私都合よくない
「精神分析はバカを利口にすること以外ならなんでもできる」
1,2,3,ダー!